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2話 天才少女と異世界生活の始まり

 朝の日差しを浴びてゆっくりと瞼を持ち上げる。眠気のせいかまだふわふわとした頭の中で視界に入った光景を見てこう思った。



「知らない天井だ…」



 たしか、異世界物語では定番の台詞だったはず。違うっけ?最近はアニメもラノベも漫画も見たり読んだりする時間無かったからなぁ。話題を作って話したい人も居なかったし。



 のっそりと起き上がった私は眠気眼の目をごしごしと擦る。すると、誰かがその手を止めた。ぼんやりとした視線を向けると、どう見てもまだ少女と言える顔の千鶴さんが私の手を握っていた。



「目に傷が出来たら大変でしょう?ほら、起きたのなら顔を洗ってきなさい」


「…ふぁ~い…」



 昨日来たばかりだけど部屋の間取りを覚えていた私は迷うことなく洗面台まで歩き、ぼんやりとした頭のまま鏡を見て蛇口をひねって水を出そうした。



「あれ?…あぁ、そっか」



 蛇口のハンドルが無いことに驚いて目が覚めてしまった。そしてすぐにその理由も思い出す。この世界ではこういった機器を動かすのに魔力を用いるらしい。魔法の無い異世界から来た私達にはその魔力が無いから、これらの機器が使えないみたい。とっても不便。でも仕方ないということで、浴室にかなりの量の水を用意してもらっている。水の入った容器を持ってきて顔を洗った私は再び部屋へと戻る。



「あ、妹ちゃん起きたんだね。おはよー」


「おはよー」


「おはようございます」


「おはようございます」



 さっきまで部屋に居なかった綾さんが私に挨拶する。私が綾さんに挨拶を返すと、千鶴さんも挨拶をしてきたので同じく返した。千鶴さんは先生でしかも普段から誰にでも敬語で会話するからつい釣られて敬語になってしまった。



「綾さんは何処に行っていたの?」


「うん。少し部屋の外に出てた。廊下とその先の庭までは自由に行けたけど、その他の場所は警備をしていた騎士さんに止められちゃった」


「まぁ、そうでしょうね」



 千鶴さんが当たり前でしょ。というふうに頷く。部屋に監禁されていないだけすごくマシな境遇と言える。食事もきちんとしたものをくれるし。メイドさん、ではないけれど、呼び鈴を鳴らしたらシスター服の女性がいつでも駆け付けてくれる。言葉も文字も通じないから、身振り手振りで意思疎通をすることになるんだけど…。そんな好待遇を用意してくれた昨日の夜のことを思い出しても、あの天使さんはとても偉い人に違いない。



 ちなみに、兄様は向かいの部屋に一人で泊まっているみたい。部屋の大きさは同じらしいからとても広々としてそう。私達の部屋は三人分のベッドがあるからちょっと狭い。それでも十分な広さだけど。



 綾さんが広い庭の花に囲まれた場所にテーブルセットがあってお茶会が出来るようになってたとか。この建物や周囲の建物を行き来している人は女の人ばかりだったとか。騎士達は剣とか槍とかを持っていて、銃器らしきものは持っていなかったとか。建物の様式を見る感じでは、地球でいうと中世に近い造りになっているとか。でも、もっと他の建物を見てみないと判断は出来ないとか。いろいろと話をしてくれた。



「随分と生き生きしていますね」



 千鶴さんがこの短時間であちこち調べ回っていた綾さんに苦笑していた。昨日あれだけのことがあったのに元気すぎる。私はまだ混乱の方が大きいのに。



「この世界が私達の居た世界とは違う異世界だったのだとしても、私は確かめたいことがあるから、少しでも早く馴染めるように努力しているだけだよ」



 確かめたいことと言うのは他でもない。昨日出会ったおねえちゃんそっくりの人のことだろう。私は落ち着いてきた頭で、昨日のあの後のことをゆっくりと思い出していった。



 * * * * * * 



「……お、ねえ、ちゃん?」



 私は震える喉で辛うじて言葉を紡いだ。おねえちゃんそっくりのその人は私の事をちらりと見て、まるで興味の無さそうにふいと顔を逸らした。



 そして、再び私達に背を向けると天使さんと2、3言葉を交わしてから再度こちらに振り返った。その顔はとても面倒くさそうなのを隠しているような表情をしている。ちなみに、私の話を聞いている時は大体この表情をしていた。



(聞こえますか?)



 突然、頭に直接響いた声に思わず体がぴくりと反応してしまった。綾さんも同じ様にぴくりと動いたから、たぶん同じ声が聞こえたはず。



……おねえちゃんと同じ声だ!



(その反応では聞こえているようですね。貴方達の言葉はわからないので、こちらから一方的に話すことになりそうですが、何かあれば身振り手振りで反応してください)



 よく見ると、おねえちゃんに似ている人は口を一切動かしていないことに気付いた。たぶん、あの火の玉みたいな魔法っぽいものなんだろう。おねえちゃんに似ているけれど、私達とはとても違う存在のように見えて、ただとても似ているだけで別人ではないかと思い始めた。



 頭に直接響く声でいくつか質問されて、それらに頷いたり首を横に振ったりして答えると、おねえちゃんに似ている人は天使さんに声を掛けられてまた私達から顔を逸らした。



 また何度か話をしていると、天使さんがお願いするように手を合わせて、おねえちゃんに似ている人はゆっくりと息を吐いて顔を横に振った。なんだろう。会話の内容はわからないけれど、なんとなくこの後おねえちゃんに似ている人は「仕方がありませんね」とか言いそう。



 実際にそう言ったかどうかわからないけれど、おねえちゃんに似ている人が最後に天使さんに一言言うと、天使さんが嬉しそうに顔を綻ばせておねえちゃんに似ている人に抱き付き…そうだったけど避けられた。あまりの早業で見えなかったけどたぶんそうだと思う。



 おねえちゃんに似ている人はやれやれと再び顔を振り、私達に視線を向けた。



(貴方達はこちらの女性が面倒を見てくれることになりました。異世界から召喚されたと知られればいろいろと面倒なことに巻き込まれるでしょうから、彼女の下でしっかりと勉強してください)



 おねえちゃんに似ている人はそれだけ言うと、くるりと背を向けて歪んだ空間の中に消えていった。今日一日、超常的なことを見過ぎたせいか。転移でもしたのかなと冷静に分析してしまう。



 それから私達は天使の人に一カ所に集められると、視界が埋まるほどの大量の天使の羽根と眩しい光に包まれて、気付いたらまた知らない場所に立っていた。どうやらどこかの庭のようだ。外は夜のようで周囲は真っ暗だけど、電気のような明かりはあるようで、全く何も見えないということはなかった。



 天使さんが何かして集めたのか、すぐにあちこちからわらわらとシスター服の女性が集まってきて、その人たちと共に目の前の建物に入り、豪華な部屋に案内される。天使さんがどこからともなくベッドを二つ追加で置いて、兄様を手招きして向かいの部屋に案内した。



 残された私達とシスターさん達で身振り手振りでなんとか意思疎通をしつつ、お風呂に入れて貰ったり、着替えの準備とかをしてもらったり、他にもいろいろと解る範囲で部屋の設備を説明を受けた後に、その日はベッドに入った。窓の外の景色を見ると、丸い満月が満点の星空の浮かぶ夜空と一緒に浮かんでいるのが見えた。



 いろいろとあって興奮状態だったけれど、それ以上に精神的な疲労が多かったのか、私がベッドで横になって瞼を閉じると、すぐに眠気に襲われて意識が吸い込まれていった。



 * * * * * * 



「あの時の黒髪の人、確かにおねえちゃんにそっくりだったけど、なんだかすごく遠い存在に見えたよね」



 私がポツリとそうこぼすと、千鶴さんが顎に手を当てて考えこむような体勢になった。



「そうですね。やはり、魔法という私達の世界には無いものを目の当たりにしたからでしょうか?」


「魔法、ね。昨日の夜も話したけど、やっぱりここは異世界で間違いなのかな?」



 まだどこか疑う、というよりも信じられないところがあるのだろう。綾さんが改めて確認するように私達に問うてきた。千鶴さんは困ったように苦笑して肯定するように頷いた。私も千鶴さんに続いて頷き、私の考えを言ってみた。



「魔法に関しては私達の世界にもあったかもしれないけれど、こんな明らかに魔法が主流の国があったらニュースにならないはずがないと思う。電気を用いた器具はないし、ネット環境ももちろんない。言葉や文字は私達全員が聞いたことも見たことも無いもの。それに、なんとなくだけど、私はこの世界の人とどこか違う違和感を感じる。その違和感こそが決定的な証拠だと思うんだ」



 似て非なるものというか、まるで世界がお前達は異物なのだと語り掛けているような。そんな言いようのない違和感を感じるのだ。窓から見える空の色さえも違って見えてしまう。



「違和感か。確かに、いろいろと違うことは多いけど、その違和感というのは一番大きいかも」


「そうね。この世界に来てからどこか落ち着かない感じはします」



 綾さんと千鶴さんも憂うように窓の外を見ると、どこからか鐘の音が聞こえてきた。その鐘は大きく2回音を鳴らして静かになった。



 私が目を瞬かせると、千鶴さんと綾さんがおかしそうにクスッと笑って私を見てくる。



「結構前にも一回だけ鐘の音が鳴ったのよ。私達はそれで目が覚めたの」


「そ、そうだったんだ」



……全然気が付かなかったよ!



 その後、「緊張感が無さすぎる」とか、「寝付きがいいのは良いことね」とか言われて、私が頬を膨らませていじけていると、ドアを控えめにコンコンコンとノックする音が聞こえた。



 私達はお互いに顔を見合わせてから「はーい」と返事をする。言語的な壁はあってもこういった返事まではそう違わないだろう。



 私達が返事をしてすぐに、ガチャと音を立てて扉が開いた。




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