37話 天才少女と兄の治療とオリハルコン
ドアを開けたら私達全員の視線を一斉に浴びて、千鶴さんとプリシラさんが笑顔のまま固まってしまった。私はなんでもないよと言う意味を込めていつもの調子で部屋の前で固まっている二人に声を掛けることにする。
「あ、千鶴さんおかえりー」
「…ただいま戻りました、輪音さん」
私が声を掛けたことで、ほっとしたように千鶴さんが笑顔を向けてくれる。相変わらず可愛い。雰囲気は大人なのに、顔は完全に少女なんだよなぁ…。
「千鶴さん、おかえり。何かされなかった?」
「ええ。さすがは神獣と言いますか、人と話しているのと何も変わりはありませんでした。それでいて、神々しさと圧倒される気配を感じました」
「へぇー。怖くないなら、私も会ってみたかったなぁー」
「他はともかく、この領域の主は人に対しても友好的ですから、怖いなんてことはありませんよ」
私の呟きにプリシラさんが優しく答えてくれる。月の女神だなんて言われているくらいだし、きっと綺麗な人なんだろうな。あ、でも人の姿をしているとは限らないのか。魔物姿だとやっぱりうさぎなのかな?神々しいうさぎってなんかイメージが浮かばないなぁ。
っと、私の思考が逸れている間に千鶴さんが月兎の神獣から貰ったという収納袋を取り出してどんな話をしたのかを説明していた。思考は逸れていたけど、話はしっかりと聞いていたから内容を要約すると、お詫びにオリハルコンのインゴットを二つを収納袋とセットで貰い、治療の得意な聖獣が兄様の腕の再生の為にこちらに向かっているらしい。
「あれ?オリハルコンは人数分って話だったはずだけど…?」
「インゴット一つでも過分なの。むしろ貰っても困るの」
「ミスリルぐらいだったら遠慮なく貰うんだけどねー」
「オリハルコンにもなると、持っているだけで狙われたり、売るのも加工するのも一苦労だからな」
「インゴットひとつでも過分なくらいですわ」
というわけで、インゴットの一つは『白の夕霧』の分なので、千鶴さんが収納袋の口をトリアさんに向けた。トリアさんが恐る恐る収納袋に手を突っ込んでオリハルコンを取り出す。うさぎの耳がぴくぴくしてちょっと可愛い。
「ふわぁ…」
「これは、凄いな」
「100%純正のオリハルコンインゴット…。圧巻ですわね」
「重いの~?」
「とても軽いの。さすがオリハルコンなの。文献通りなの」
どうやら、『白の夕霧』も実物のオリハルコンを見るのは初めてみたい。それぞれが感嘆の息を吐いて虹色に輝く金属を見詰めている。
「しかし、このオリハルコンどうするか…」
「武器、防具、魔術具、何にも使えるから迷っちゃうね」
「ミスリルと混ぜて全員分の装備を作るという手もありますが…。折角の純正品が勿体ない気がしますわね」
「ふわ…んにゃ…そもそも加工出来る人探さないとでしょ~?」
「あぁ、そうだな。それまでは収納の中に保管しておこうか」
っと、『白の夕霧』ではオリハルコンの扱いは決まったようだ。私達はというと…
「それでは、この収納袋は輪音さんに預けますね?」
「落としちゃダメだよ、妹ちゃん?」
「デスヨネー」
現状、収納袋から物を取り出せるのは魔力が使える私しか居ない。ということは必然的に私が収納袋とその中身を管理することになるのだ。
「物を入れるだけならば魔力が必要無いんだよね?」
「そうですね。でも、取り出す時は空間に干渉する為にほんの少しだけ魔力が必要になるそうです。その魔力で個人を認証するシステムもあるそうですよ」
「防犯対策も兼ねているってことかー」
「認識機能付きはとっても高価な収納袋なの。それにはついてないから勘違いしちゃダメなの」
「さっきトリアさんもここから取り出してたもんね。了解だよ」
千鶴さんから収納袋を受け取り、取り出し口から中を覗いてみる。そこにはただ暗闇しか見えない。へぇー、こんな感じなんだね。ちなみに、収納袋や収納魔法に生きた生き物を入れることは出来ないそうだよ。入れようとすると、生き物から強い魔力の反発が起こって弾かれるか、収納魔法そのものを破壊してしまうこともあるらしい。
……仮死状態の時とか、生命活動をほぼ停止した状態で生きている生命体とかはどうなのかな?気になるけど、研究したいとは思わないから頭の片隅に追いやっておこう。
試しに〈鑑定眼・科学〉で収納袋を鑑定してみる。ふむふむ。魔術具としての造りが見えるのは便利だね。材料さえあれば真似して作れそうかも。
私が収納袋の造りをじっと鑑定していると、入り口の方から控えめなノックが聞こえた。顔を上げた時にはプリシラさんが既に返事をして扉を開けた。
「あら?人の姿でこちらまで?」
「ええ。人族の前ですからね。この方が不必要な混乱を招かなくて済むでしょう?」
「ご配慮ありがとうございます、レピオスさん」
「気にしないで下さいませ。わたくしが勝手にやったことですゆえ」
目の覚めるような真っ白な髪に、色素の薄い肌、そして同じく真っ白な着物を着こんだ女性が部屋の前でプリシラさんに微笑む。人族という言い方をしているということは、この人は少なくとも人間では無いのだろう。人の姿に慣れていないからか、微妙に動作がたどたどしく見えるのもそのためかな。でも、言われなければ普通の人にしか見えないと思う。
……この人が兄様の腕を治療してくれる人?
私達が来訪者とプリシラさんのやり取りをじっと見詰めていると、プリシラさんがその視線に気付いて女性を手で示して紹介した。
「こちらは聖獣アスクレピオスのレピオスさんです。アスクレピオスは治癒能力はこの世界でもトップクラスの能力を持っているのですよ。腕の一本や二本を再生させることなど容易ですのでご安心ください」
「ふふ。その通りなのですが、そうプレッシャーを掛けられると困りますね」
くすくすと笑い合う二人を呆然と見ていたけど、ふと私も挨拶しなきゃと思って声をあげた。
「あ、えと、兄様をよろしくお願いします!」
「ええ。お任せを。親愛なる主様の御命令ですもの。手抜きなどしないのでご安心下さいな」
親愛なる主様ねぇ…。神獣全部がそうなのかは知らないけど、少なくともここの神獣は凄く慕われているみたいだね。
白い着物の人…レピオスさんはゆっくりと兄様の前まで歩いていき、腕の無い部分を確認してその場所に手をかざした。すると、かざした手から白い蛇がにょきにょきと出てきて兄様の腕に噛みついた。
「えっ!?」
「ちょっ!?何を!?」
「大丈夫だ。痛くもないから安心してくれ」
驚いた私と綾さんを兄様がもう片方の手を上げて制する。いや、そりゃあ驚くでしょ。いきなり蛇が出てきて噛みつくんだもの。
そんな私達の反応など意もせずに手をかざしたまま動かないレピオスさん。10秒ぐらいだろうか、徐々に兄様の腕が仄かに光り出して、切れた腕の部分が少しずつ伸びてきているが見えた。
「ふぇ~」
「再生治療ってこんな感じなの。初めて見るの」
「聖獣の再生治療なんてもう二度と見れないでしょうね」
「ふわぁ、ねむ…」
全員が…あ、いや、智里さんだけ眠そうにあくびしているけど…レピオスさんの治療に釘付けになりながら見守り、そして、段々と伸びてきた腕から手まで再生され、およそ1分ほどで爪の先まで元の通りに再生された。
「問題ないとは思いますが、腕の感触はどうですか?」
レピオスさんに問いかけられて、兄様が手をにぎにぎしたり、腕を曲げたりして状態を確かめる。何度か確認した後に満足そうに頷いた。
「全く問題ありません。ありがとうございます」
「そうですか。では、わたくしの役目は終わりですね。ごきげんよう」
兄様の迫真のキラキラ笑顔をまるで興味なく受け流して、レピオスさんはもうここに残る理由は無いと言わんばかりにそそくさと退室していった。…聖獣には兄様のキラキラ笑顔は通じないみたいだね。
私は再生した手を興味深そうににぎにぎとしている兄様にてててっと近付き、笑顔を向ける。
「とにかく、腕が治って良かったね!」
「ああ。輪音もいろいろとありがとな」
「ふふん。存分に褒め称えると良いよ!」
「妹ちゃん、調子に乗りすぎだよ?」
「ふふふ。でもこれで元通りです。安心しました」
その後は強引なダンジョンの突破による疲れもあったので、それぞれ解散して部屋で休むことになった。兄様は念のため、今日はここのベッドで休ませて貰えることになった。
ダンジョンをきちんと堪能することは出来なかったし、兄様は死にかけたりと散々な目に逢ったけど、結果としては兄様も五体満足で、オリハルコンのインゴットという超貴重な物を手に入れるという大収穫をした一日だった。もうこんな冷や冷やするのはごめんだよ。




