閑話 異世界教師と扇動者の交渉
全くんはなんとか助けることが出来ました。輪音さんの強い信念…いえ、トラウマのようなものが後押ししてくれたおかげでしょうかね。私や綾さんも、まさかあの全くんがここまで窮地な状況に陥っているとは思いもしませんでしたから。
綾さんもそのことに少し罪悪感があるのか、片腕を失い、あと少し到着が遅ければ死んでいたかもしれない状況にかなり動揺しているようです。…顔に出さないようにしていますが、私にはバレバレなんですよ。
「…」
お互い無言のまま、何やら言い争い(?)をしている三人の下へと向かいます。そのうちの二人は巫女装束を身にまとい、よく似た容貌をしています。輪音さんと同じくらいの身長で幼い顔をした少女がもう一人の女性のことを「かあさま」と呼んでいたことから、母娘なのでしょう。
そして、その少女は最後の一人、恐らくは全くんをこの場所に転移させて殺そうとした犯人を羽交い絞めにしていました。身長差があるので背中に飛び乗ってじゃれているように見えなくもないですけど…。
「う、卯月ちゃん、逃げたりしないからもう放してくれないかな?結構痛いんだけど…」
「ダメなのです!あるじさまに連れてくるように言われたのです!あるじさまの言う事は絶対なのです!」
「うあ…力強すぎだって…。いたたた」
前髪が長く、右目が隠れているため見えにくいですが、瞳の色は母娘と同じ金色の瞳で、髪の色も同じ色のように見えます。こうしてみるとまるで姉妹のように見えますが、顔の造形に似たところはありません。服装も白の長袖のブレザーに水色のスカートと普通です。同じ繋がりを持つ別々の個体…ということでしょうか?
…そう、例えば同じ主の眷族という繋がりがあるが、種族の違う個体とか…。
まだまだこの世界のことを知らない私が推測だけで物事を決めるのは危険ですが、恐らく今回の推測は合っていると思います。
「今回の件、主様は大変驚いていました。貴方の行動は、眷族である私達を家族のように大切にし、自由な意思で行動させて下さっている主様に対する重大な裏切り行為ですよ?眷族筆頭として、主様がお許しになっても、私が許しません」
「分かっているよ、弥生。主様に謝った後はきちんと罰も受けるさ」
「貴方の気持ちも全く理解出来ない訳ではありませんがね…」
母親の方は弥生さんという名前なのですね。きつい物言いだった言葉から、後半の台詞は理解を示して苦笑していました。彼女達のやりとりから、今回の件はダンジョンコア(だと思われる)の少女…少女?身体的特徴は女性らしさの方が多いので少女で良いですね…の独断行動だったということが分かります。
私達が近付いてきたことに気付いた弥生さんは…背を向けていた状態からサッと振り返ります。先ほど前に身内同士の話し合いとは打って変わって、表情から感情が抜け落ちました。人に対して良い感情を持っていないのか、身内以外には興味もないのか、出来れば後者であって欲しいですね。敵意があるよりはマシです。
「貴方がたには大変迷惑をお掛けしました。主様に代わり、謝罪いたします」
声音には謝罪の気持ちなど全く籠っていませんが、弥生さんは深く頭を下げました。綾さんが眉を不愉快そうに動かしますが、すぐに無表情になります。
「私達は被害者…という認識で良いのですよね?」
「ええ。そのように考えて問題ありません」
綾さんと弥生さんがお互いに探るような目付きになりました。私は…とりあえず様子を見ることにしましょう。交渉事は綾さんの方が上手いですからね。やりすぎないと良いですが…。今回はある程度強く出れる分、ちょっと心配です。
「では、被害者である私達の方が立場が上であるという前提で話を進めさせて頂きます」
「…良いでしょう。何をお求めで?」
綾さんの目付きがすっと細くなります。相手側がどこまで許容するのかを見定めているのでしょう。
「まず、こちらの一番の被害者である彼の治療をお願いします。神獣は魔物の頂点に立つ存在だと聞いています。腕の一本くらい治せますよね?」
「ええ。元々治療を施すのも主様のご命令の内にあります。後で治癒の得意な者を向かわせますので、教会で待っていて下さい」
「そう。それならば、こちらからもう一つ要求します。魔力伝導率の良い素材を私達の人数分下さい。もちろん、外に居る人達も合わせてです」
魔力伝導率の高い素材…?最初は何故、綾さんがそんな条件を出したのか分かりませんでしたが、そういえば、輪音さんの持つデバイスの制作に必要なのでしたね。輪音さんが持っているデバイスも、いろいろなものを加工したり組み合わせて作ったらしいですし。魔法が使えるようになるデバイスは、今後私達に絶対に必要になるものには違いありません。
市井に出回っているもので魔力伝導率の高いものといったら、ミスリルという金属か魔鉱石という鉱石になります。どちらも非常に高価な物で、今の私達では手に入れるのが難しいものでしょう。今回の件を利用して、出来るだけ良い素材を無料で手に入れようと考えたようですね。
「出来れば…そうですね。オリハルコンとかあるなら良いんですけど」
オリハルコン?たしか、この世界に現存する最も産出量の少ない金属の名前でしたよね?虹色に光る金属で、羽根のように軽く、ミスリルよりもずっと硬く、魔力の伝導率が最も高いと言われているものだったはずです。
一般の人や冒険者であっても、なかなか目にする機会が無いと言われている希少金属がそんな都合よく…ありますね。あの卯月という少女が持っていた鉄球は僅かですが虹色に光っていました。恐らくですがオリハルコンを使った武器です。それに気付いたから交渉に出したのでしょうか?
なにはともあれ、綾さんの言葉に弥生さんは目を瞬かせてから首をゆっくりと傾げます。
「オリハルコンぐらいで良いなら大丈夫だと思いますが…」
「え?良いの?」
「…?もちろんです」
綾さんが余裕のある表情からきょとんとした顔になって聞き返します。それに弥生さんもきょとんとした顔になって答えました。想定外の返しが来て固まってしまったようです。
「綾さん?」
「あ。ん、んん!…じゃあ、そのオリハルコンを頂きましょう」
「ええ。後で治療の者と一緒に持って行かせます」
「え?普通にくれるの?」
「え?ええ。主様のご許可さえ頂ければ問題ないと思います」
恐らくはオリハルコンを持っていない、又は希少なものだから渡すことはないと思っていたのでしょう。最初に大きく交渉に出て、そこから徐々に及第点を探していく…。というのがしたかったのであろう綾さんはあっけにとられつつも、人間界では手に入れるのは不可能に近いオリハルコンを手に入れることに成功しました。…交渉術、鈍っていませんか?彼女が居なくなってからの綾さんは当時ほどのキレが無くなってきているように思います。一度きちんと話をする場を設けた方が良いかもしれませんね。
さて、なんだかあっさりと交渉(?)が終わったようなので、今度は私の番ですね。話が出来るかは分かりませんけれど。
「…ところで、えっと、弥生さんで構いませんか?」
「ええ。構いません。何でしょう?」
「ちょっと、こちらへ…」
私は弥生さんを手招きして綾さんから少し離れた場所まで移動します。万が一にも、彼女に話を聞かれる訳にはいきません。読唇術も持っているので、綾さんに口元を見られないように背中を向けました。弥生さんも怪訝そうにしながらも同じように綾さんに背を向けます。
「それで?仲間にも隠れて何を話すつもりで?」
「私の知りたいことはひとつだけです。…この領域の主の名前を教えて頂けませんか?」
私がそう問うと、弥生さんは目を大きく開けて驚きます。この反応を見るに、やはり私の予想は正しかったようですね。
私は動揺する彼女を見てにこりと微笑みます。それで、彼女には解ったのでしょう。苦々しい顔をして私を睨み付けてきます。
「貴女は…」
「ふふ。もう私の知りたいことは解りました。ありがとうございます」
私達が届けた『紅い瞳』の月兎。この領域に居る月兎の目の色はみんな『金色』でした。毛色等も僅かに差異がありましたし、他と比べたらあの月兎…ルナだけが違う点が多いのです。それに、ルナは明らかに月代さんの事に興味を示して反応していました。
あれだけ分かりやすい反応をしていたのに輪音さん達が気付かなかったのは、恐らくはまだ月代さんがこの世界に居ることに確信を持てていないからでしょう。私達四人の中で唯一私だけが、初めてこの世界にやってきた時に出会った少女が月代さん本人だと気付いているのだと思います。
……私が、彼女を見間違う筈ありませんからね。
「…少々お待ちを…」
私はこの領域の主があの月兎で、その正体が月代さんであることに確信を持ちました。この時点でもう話すことはありませんが、弥生さんが私を引き留めて考えるように俯きました。なんでしょう?
少しだけ待っていると、弥生さんが顔を上げます。その顔の表情は全く読めませんでしたが、彼女がどことなく不機嫌そうな気がします。
「千鶴…でよろしいですね?主様が、貴女に会うそうです。少々、御同行頂きます」
「えっ?」




