35話 天才少女と救出
ボスうさぎにトドメを刺した巫女装束の女の子は、うさぎを潰した大きなトゲ突き鉄球を軽々と持ち上げて手に持った。あれって、ボスうさぎが持っていたのと同じやつだよね?いやでも、素材が違うっぽい?重々しい黒色なんだけど、なんだかところどころ虹色に光ってるような気がする。
念のために警戒と解かないで女の子のことを注視していた私達を尻目に、女の子は私達…ではなく目線を更に後方に向けてにぱっと笑った。ふわぁ、めっちゃ可愛い!
「かあさま!面倒なのはやっつけたのです!」
「お疲れ様、卯月。こちらも掃討を終えたわ」
後ろからの声に振り返ると、『かあさま』と呼ばれるには若々しい綺麗な女性が空からふわふわと下りてきていた。後方の魔物を殲滅したのは、どうやらこの人のようだ。目の前の女の子によく似た顔で、同じ白銀の髪に金色の瞳をしている。服装も同じ巫女装束だ。並ぶと確かに親子だね。
女性は私達から少しだけ離れた場所に着地すると金色の瞳を私達に向ける。その瞳には女の子に向けていた慈愛の感情は無くなり、事務的な無感情なものになった。
「私達は貴方達に危害を加えるつもりはありません。それよりも、先を急がねばならないでしょう?」
全員で顔を見合わせ、それぞれ武器を仕舞って警戒を解いた。いろいろと疑問はあるけれど、敵対意思は確かに無さそうだ。それに、彼女の言う通り先を急がないと。
突如乱入してきた母娘を先頭にして先に進み、ようやく神殿前まで辿り着いた。ここまで来れば安全地帯だから魔物も寄ってこないらしいから安心だね。
神殿はとても大きな建物で、たぶん広さは東京ドームがすっぽり入るんじゃないかってぐらい広い。どこかに入り口があるかもしれないけど、今見える範囲では無さそうだ。
「よいしょ…なのです」
っと、いきなり、巫女装束の女の子がモーニングスターの鎖を持って鉄球を持ち上げたかと思うと…
「どーんなのです」
可愛らしい声で鉄球を神殿にぶつけて壁を粉砕した。えぇ…。さっきのうさぎより怖いんだけど。可愛らしければなんでも許される訳じゃ無いんだからね?
「ダンジョン製の建物がこんなにあっさり壊れるなんて、凄まじいパワーなの」
トリアさんも呆れたような顔でそう呟いたのが聞こえた。この神殿がどういうものかは知らないけど、仮にボス部屋だとしたら相当に丈夫でないとボスとの戦闘中に壊れちゃうもんね。それをあっさり壊すってホント凄いよね。でも、おかげですぐに入れるから良しとしよう!
「みんな急ごう!」
「ちょっ妹ちゃん!?」
「私達が中に入ります!『白の夕霧』の皆さんは閉じ込められた時のためにここに残ってください!」
「わかりました。気を付けてください」
私が走り出して中に入るのと同じタイミングで、母娘も先を急ぐように神殿内に侵入する。私のすぐあとから綾さん、千鶴さんが続いたようだ。
「あっ!」
神殿内に侵入した私が真っ先に目にしたのは、血塗れの兄様にまさに剣を振り下ろそうとする首の無い鎧の姿だ。私はほぼ反射的に残された魔力を使って魔法を使う。
「『放電・照射』!!!」
バチバチバチという音と共に一瞬で首無し鎧のもとに達した雷が、金属製の鎧を通電させてバチバチと音を立てる。10秒も経たずに魔力が底をついてしまったけれど、電気攻撃が思ったより効いたのか、首無し鎧は剣を振り上げた状態で固まった。
「どーんなのです!」
固まった首無し鎧に向けて女の子が投げつけたモーニングスターの鉄球が見事に命中し、鉄球ごと神殿端にまで吹き飛んで行く。倒したかどうかわからないけど、今は兄様のことが先だ。
「兄様!!」
床に倒れ込みそうになった兄様を慌てて駆け寄って抱き留める。よく見ると左腕の肘から先が無くなっていた。血がとめどなく溢れてくる。ど、ど、ど、どうしよう!?さっき魔力を使っちゃったよ!?
「失礼。…とりあえず、応急処置をしましょう」
母娘の母親の方が、私のもとに駆け付けて瀕死の兄様に手をかざした。すると淡い優しい光が兄様を包んで、体中の傷が無くなって、左腕の傷も塞がっていく。これが治癒魔法か。初めて見た。でも、無くなった腕は再生出来ないのか。
一通りの治療を終えた女性はそそくさとその場から離れていく。向かった先はどうやら一番奥に居る女の子(?)のようだ。女性と入れ替わるように綾さんと千鶴さんが私のもとにやってくる。
「妹ちゃん、全さんは!?」
「大丈夫。とりあえず、生きてるよ」
「そのようですね…。安心しました…」
「でも、腕が…」
綾さんが悲痛な顔で兄様の左腕を見る。先ほどまで血が出ていたからか、その場所は血塗れだったけど、明らかにそこにあるべきものが無いのはわかる。
「う、うぅ…」
「あ、兄様。気が付いた?」
「あれ…?輪音?」
兄様が呆然とした顔で私をじっと見た後、はっとしたように体を起き上がらせようとして、血が大量に無くなったことによる貧血のせいか、すぐにぐらりと体勢を崩して倒れそうになった。近くに居た綾さんが思わず倒れないように支える。
私はジト目で綾さんに支えられている兄様を見上げた。
「何やってるの?アホなの?」
「いや…あれ?デュラハンは…?」
「デュラハン?…あぁ、あの首無し鎧こと?それならあそこで鉄球に潰されてるよ」
「……は?」
あの万能兄様がここまでアホ面するのも珍しい。思わずスマホで写真撮りたくなるね。
私がそんなことを思いながらいそいそとスマホを取り出そうとしたら、後ろから肩をぽんぽんと叩かれた。振り向くと「何やろうとしているのですか?」と言わんばかりににっこりとした笑顔を浮かべた千鶴さんが立っていた。い、いつの間に背後に居たの?
「綾さん、もう大丈夫。…とりあえず、みんなが助けに来てくれたってことかな?ありがとう。今回ばかりは死んだと思ったよ」
「ほとんど妹ちゃんのお陰だけどね」
「ふふん♪もっと褒めても良いんだよ?」
「ありがとう、輪音」
「兄様に褒められてもなぁ…。百歩譲って綾さんが良い」
「ヨクデキマシター、イモウトチャン」
「棒読みなんだよなぁ」
そんなやり取りをしていると、兄様が突然くすくすと笑いだした。何?気持ち悪いんだけど?
「妹ちゃん、顔に全部出てるから」
「大丈夫。隠す気無いから」
「輪音さんは本当に全くんのことをぞんざいに扱いますね。さっきまでのがウソのようです」
「それは言わない約束だよ!」
「くっ…はは…あははは…!俺、生きているんだな…」
兄様がついに声に出して笑いながら涙をにじませてそう言った。私はそんな兄様のお腹にべしっとパンチする。
「当たり前でしょ?私が助けに来てあげたんだからね!」
「ああ。ありがとう、輪音」
「ふーんだ。でもでも、今度は私が助けるような状態にならないでよね!むしろ私が助けて欲しいこと沢山あるんだから」
「妹ちゃんがめんどくさいツンデレになってる」
いやいや。私はツンデレなんかじゃないから。いつでもずっと素直だよ?
お互いの再会に喜ぶ私達を微笑ましそうに見ている千鶴さんが視線を神殿の奥の方に移す。私と綾さん、そして兄様もそれに釣られるように視線を動かした。神殿の奥には巫女服の母娘ともう一人、恐らくは兄様を連れ出した元凶が話をしているようだった。
「こちらの目的は辛うじて達成することが出来ましたが、少し話をしておいた方が良いかもしれませんね」
「そうだね」
千鶴さんの台詞に綾さんが重々しく頷く。綾さんは兄様の無くなった腕を痛々しそうに見る。でも、兄様はそれに待ったをかけるように手を上げた。
「彼女達はこの領域の管理者である神獣の眷族だろう?あまり下手に関わり合いにならない方が良い。命は助かったんだ。それ以上は望まないよ」
「って、兄様は言っているけど?」
兄様がそれでいいなら私は何か言うつもりはない。片手は失ったけど、不幸中の幸いというやつか、残った腕は利き腕である右手だ。私にも思うところはあるけれど、正直なところこれ以上の面倒事のほうがごめんというのが本音だ。兄様も早く休ませてあげたいし。
でも、綾さんと千鶴さんは何か交渉する気満々みたいだ。話が通じる相手だと良いけど…。
「冒険者において、突然の不幸で手足を失うことなど珍しくもないこと…とは聞いていますが、今回ばかりは理不尽すぎるでしょう。もちろん、話が通じないと判断すれば、すぐに諦めますよ」
「え?なんなら、私の〈思考誘導〉で…」
「相手は最強の魔物である神獣の眷族だ。ユニークスキルとはいえ、そう簡単に〈思考誘導〉にかかるとは思えない。むしろ、何かされたと察せられて綾さんが危険な目に遭う可能性が高い。やめてくれ」
「……む~」
綾さんが不服そうに唇を前に突き出しながら頷いた。
「でも、スキル無しでも交渉はしてみるから」
「ええ。無茶はしませんから、安心してください」
「妹ちゃん、全さんのこと、見ててね?」
「えー?まぁ、良いけど」
「気を付けてくれよ」
体調が万全ではない兄様を見ることになった私は、巫女服の母娘と性別が分かりにくい人の下へと歩いて近付いていく綾さんと千鶴さんを見送った。




