閑話 異世界勇者とダンジョンコア『朧月夜』
眩しい光が視界を覆い。それが晴れると全く見知らぬ場所が目に映った。どことなく聖国の大神殿にも似ている造りに見えるけど、まるで練武場のように開けた空間だ。これが輪音だったら、ボス部屋って言いそうだな。俺はゲームなんてやったことないから、輪音がやっているのを見たことがあるぐらいの知識しか無いけれど、たぶんそんな感じだ。
「みんなと引き離されたか…」
周囲には俺以外誰も居ない。逆に言えば、恐らく単身で一番生存力の高い俺だけが転移させられたということになる。これは運が良かったのか悪かったのか。
「いや?魔法陣には輪音達全員が入っていたはずだ。まさか、俺が狙われてここに連れて来られたのか?」
「正解だよ」
「…っ!」
いつの間にか、少女のような少年のようなどっちともつかない中性的な顔をした小柄な人影が広い空間の反対側に立っていた。
「あまり驚かないんだね?」
「もう驚き過ぎて感情が上手く出てこないんだよ」
声も性別が判別しにくいが、スカートを履いているからとりあえず女性ということにしておこう。
華奢な体付きで、まだ少女と呼べそうなくらいの容姿だが、なんとなく只者ではない予感がする。友好的という雰囲気でもなさそうだ。とりあえず、何があっても対応出来るように警戒はしておこう。
少女はフードの付いた長いローブを纏っていて、銀色の髪をボブカットにして、前髪が右目を隠すように流れている。目の色は金色で月明かりのような光を放っている。
「あらためて、こんにちは。ボクの名前は『朧月夜』。このダンジョンを管理しているダンジョンコアだよ」
蠱惑的な笑みを浮かべながら彼女は自己紹介をした。顔こそ笑顔だが、その瞳には何かを警戒するような、探るようなものを感じる。俺は下手に何か言うのは悪手を判断し、無言のまま話を聞くことにした。
「ボクが君をこの場所までご招待した理由だけど…。君のことを見極めさせてもらおうかなと思ってね」
「…」
見極めるだって?俺の何を見極めるつもりだ?そもそも、俺はこのダンジョンに入ったのは今日で初めてだ。どこで俺のことを知ったんだ?
「主からは放っておけと言われたけれど。ボク個人的には、他の人達は大丈夫そうだけど君は危険だと思ってる」
俺のことだけじゃない。輪音達のことも知っているようだな。主…ここはダンジョンの中だからこの少女が本当にダンジョンコアならば、このダンジョン内では彼女が一番上の立場のはずだ。その彼女が主と呼ぶもの…。まさか、この領域の主か?だとすると、彼女の背後に居るのは、神獣?
神獣は魔物の中でも特殊な存在で、人より遥かに長くを生き、人よりも知性が高く、そして、一個体で人の国を滅ぼせるほどの力を持っているとされる最強の六体の魔物達のことだ。
……そんな危険な存在に監視されている?いや、でも『放っておけ』と言われていると言っていたな。少なくとも、今回の件はこの少女の独断による行動か。
俺が言葉の端から情報をかき集めている間にも、少女は淡々とした口調で話を続けた。
「だから、確かめさせてもらうよ。主を害する能力があるか否か、そして、主を害する意思を持つ存在なのかどうか」
「……俺にはその『主』とやらは知らないけれど、君のような存在に危険視されるようなことはしていないし、今後もするつもりはないんだけどな」
彼女の言葉の端々から段々と敵意のようなものを感じ始める。なんとか戦わずに帰してくれないだろうか…?
「それを見極めるために、主にも感知されにくいこの場所を用意したのだよ。このままはいそうですかと帰すわけないでしょう?」
だめか…。戦いは避けられそうもないと判断した俺は、素早く剣を抜いて構えた。聖都の大神殿を出る時に余り物だと貰った剣と小盾だが、余り物とはいえ、元々聖都を守護する騎士達の装備なので、とても初心者冒険者が持てるような品質のものではない。この剣でなければ、初めて魔物に襲われた時にあんなにも簡単に狼の首をはねることなど出来なかっただろうし、ゴブリンジェネラルの変異種に警戒されるほどの攻撃も出来なかっただろう。足を斬り飛ばせたのもこの剣のおかげだ。これに関しては用意してくれた熾天使さんに感謝してもしきれない。
だが、その武器も、彼女相手にどこまで通じるか。人の姿のようだが、ダンジョンコアと名乗っている以上は魔物であるのは間違いない。しかも、人の姿をしていて、普通に会話も出来ることから知性も相応に高いのだろう。恐らくは、彼女は魔物の変異種が更に進化した存在…『魔人』と呼ばれる種族に該当すると思う。当たり前だが、ゴブリンジェネラルの変異種などとは比べ物にならない危険な存在だ。冒険者の規定ランクでも、どんな種族の魔物が魔人まで進化しても、最低でもAランク以上で、ほとんどの場合はSランクに該当する討伐難度に設定されている。
「ボクが直接相手をしても良いのだけど、今回はとっておきの相手を用意してあげるから、これと戦ってもらうよ。『ダンジョン管理・ボスエネミー設置』」
少女が右手を突き出してそう唱えると、俺と少女のちょうど中間辺りの空間に魔法陣が浮き上がり、そこから禍々しい姿の全身鎧を着た人が黒いロングソードを床に突き刺し、柄に両手を乗せた状態で仁王立ちした姿で現れた。いや、人の形をしているが首がない。これも魔物か?
「これはボクが今までダンジョンに取り込んだ冒険者達の中から、選りすぐりの剣士達のスキルをつぎ込んで作った最高傑作のボスさ。まぁ、主にはあっさり倒されちゃったけどね」
と、彼女が恍惚とした顔で主自慢をする。その顔を見るだけでも、彼女がどれだけ主を慕っているかが良く分かった。それにしても…
……今までにダンジョンに取り込んだ…か。
ダンジョンについては分からないことが多いと聞くが、その中の一つに、ダンジョン内で死んだ外から入り込んだ魔物や、冒険者達の死体とかが一定時間経つと消えてしまうというのがあったな。それらはダンジョンが取り込んでいるというのは分かっていたが、取り込んだことによるダンジョン側の変化については何もわかっていないらしい。
今の話を聞くに、ダンジョンによる死体の取り込みはその死体が持つスキルを全てか、一定数を得ることができ、さらに、それらから自分の生み出すモンスターの改良に使えると考えられるな。ひょっとしたら、ダンジョンコア自身の所持スキルとしても使えるのかもしれない。ということは、長く生きていて、かつ人や魔物の出入りが多く、死亡率の高い危険なダンジョンほどダンジョンコアは沢山のスキルを保持しているということになる。
これは冒険者ギルド側から貴重な情報だが、証拠は無いし、そもそも情報提供しようにもここから生きて帰れるかも分からない。彼女の『確かめた結果』次第では、ここでなぶり殺しに遭う可能性もある。
……さて、どう動くか。
望みは薄いが、助けを待つというのも手か。とにかく、あの鎧騎士であろうと、少女自身であろうと、今の俺で勝てる相手ではないと思う。望みは薄くても、少しでも生き残れる可能性に賭けるしかないか。
覚悟を決めて剣を正眼で構える。鎧騎士は自分から動くつもりがないのか、仁王立ちのまま固まっている。…このまま止まっていてくれればそれはそれで構わないんだが。
もちろんそんはずもなく、少女が小さく「行け」と命令した瞬間、その重々しい姿からは想像も出来ない程の俊足で俺との距離を詰めてきた。頭の中で激しい警笛が鳴り響く。この音は〈危険察知〉スキルが反応したものだが、スキルが警告を鳴らした時には既に鎧騎士がロングソードを振り下ろしているのが見えた。
……ちっ!〈危険察知〉の警告が追い付かない!スキルレベルが足りないのか!
まともにこの剣を受けとめるのは愚策だ。どう考えても今の俺より圧倒的にこの鎧騎士は強い。受け止めたらそのまま押し潰されるかもしれない。となると、なんとかして受け流すしかないか!
持っている全てのスキルを総動員して身体能力を強化して、なんとか振り下ろされた剣を小盾で受け止めてそのまま滑らせるように攻撃を流した。だが、鎧騎士は剣を滑らせた方向から更に体を回転させて横なぎに剣を放って来る。鎧騎士が回転したのを見た瞬間に咄嗟にバックステップでそれを回避した。
俺の持っているユニークスキル〈異世界の勇者〉。勇者なんて柄じゃないが、このスキルの能力自体は勇者の名前に恥じない高性能だ。〈肉体強化・勇者〉と〈戦闘技術・勇者〉による身体能力の大幅な強化のおかげでなんとか食らいつけていけるが、このスキルを発動させてようやくこの鎧騎士の攻撃を防ぐのがやっとというのが現状だ。
少しでも時間を稼ぎたい俺は、奥でこちらを傍観している彼女に声を掛けてみる。
「参考までに聞きたいんだけど、この鎧騎士は冒険者ランクで言うとどれくらいの強さになるんだい?」
「冒険者ランク…?あぁ、人族達が定めている暫定的な魔物の強さを示したものだったね。このデュラハンがどのくらいに該当するかはわからないけど、主様よりは弱いし…Aランクぐらいかな?」
「Aランクね…」
ちなみにだが、100年ほど昔は冒険者規定の魔物のランクはE~Sまでだったらしいが、今は見直しがされいると冒険者ギルドで教えてもらった。現在の規定ではE~SSSまでになっていて、E~Aにはワンランク上のE+やA+が付いて細分化され、Sランクとして全て区別されていた魔物達も、神獣をSSSランクの頂点として設定し、その眷族や一部の魔人達がSSランクという扱いになっているらしい。
俺はそれほど多くの魔物と戦っているわけではないが、このデュラハンとやらはSランクに近い強さを持っていると思う。Sランク以降の魔物は、聖人化した人が相手をしなければ戦いにならないとさえ言われている強さとして設定されている。俺の全スキルを総動員しての戦闘力は恐らくB~Aランク冒険者にも引けを取らないと思っているが、そんな俺でも目の前の鎧騎士に勝てるビジョンが浮かばなかった。
鎧騎士…デュラハンがゆっくりと床を踏みしめるように俺に向かって歩いてくる。一歩一歩近づく度に存在感が大きくなっていくように錯覚され、気圧されそうになるのを睨みつけながら奥歯を噛み締めて耐える。
……弱気になっても仕方ない。全力で戦いつつ、なんとかここから逃げる術を探すしかない。
大きく深呼吸して心を静まらせる。恐れるな。動揺するな。冷静に。…よし。
再び剣を構えて、小盾もいつでも動かせるようにする。この盾ではあの剣を受け止めるのは無理だろう。腕が折れるのが関の山だ。だから、さっきのようにうまく受け流す方法でやるしかないな。
デュラハンがゆっくりとゆっくりと歩いて近付き、そしてある程度の距離まで近付いたところでその姿がぶれた。俺は咄嗟に盾を正面に構えるが、〈危険察知〉は俺の真横から攻撃が来ると警笛を鳴らした。なんとなく危険な攻撃の場所が分かるのは良いが、やはり敵の動きにスキルが追い付いていない。すでにロングソードを横なぎにする体勢に入っていたのを視界の隅に捉えた。咄嗟に正面に出した小盾で攻撃をガードするも、受け流す余裕もなくまともに攻撃を受けてしまい、その衝撃で俺は大きく吹き飛んで壁端に激突した。
「ぐっ!げほっ」
俺が激突した衝撃で建物の壁に亀裂が入るも、みるみるうちに修繕されていく。この感じでは、建物を破壊して脱出するのも難しいか。
デュラハンがまた歩いて近付いてくる。速攻で追撃を仕掛けてこないのは助かるな。まだお試し中ということか。
まだ相手が俺を試している最中であるならば、これはチャンスだと思おう。これだけの強さの相手なんて今後出会えるかどうかもわからない(出来れば二度と出会いたくないが…)。助けが来るまで、それか逃げられる手段を思い付くまで、またはあの少女の試しが終わって解放されるのを信じて、生き残るために全力を尽くしながら経験を積もう。
それからはただひたすらにデュラハンが放つ攻撃を防いて受け流しながら、相手の動きを一つ一つ良く観察することにした。恐らくは剣術スキルも相当に高いのだろう。動きが速すぎて目で追うのは難しいが、それでも剣術の参考にはなる。
最初こそ相手の速さもそうだが、高い剣の技術に翻弄され、何度か壁に叩きつけられることも多かったが、段々と相手の速さに慣れてきて、デュラハンの攻撃をほぼ安定して捌けるようになってきた。といっても、高速戦闘の最中に突然やってくるフェイントとかには反応出来ずに吹き飛ばされてしまうことはあるが。
「はぁ…はぁ…」
身体能力はややあちらが上、剣術も遥かにあちらが上、そして、俺の体力もかなり減って来た。正直なところかなりヤバイ。疲れからどんなミスをするかわからない状況だ。ミスをしたらもちろん俺の命はない。寸止めなんて全く期待していない。その証拠に最初の時と比べてあの少女の目付きがより敵意が増している。これは少し頑張りすぎたかな?でも、こうでもしないと生き残れないからな。
もう何合したか分からないほどに剣を打ち合ったが、それでも全く疲れなど見せずに斬りかかってくるデュラハン。むしろ、最初の頃よりも動きのキレが良くなって、容赦が無くなってきている気もする。
素早い袈裟斬りを小盾で受け流し、そこから斬り上げてきたのをもう一度盾で受け流す。そこから突き攻撃に連携したきたのを、剣で軌道を逸らしながら横にステップして避け、更に突きの体勢からぐるんと体を回してその勢いのまま大振りで上から剣が振り下ろされるのをバックステップで躱す。振り下ろされたロングソードが床に直撃し、破壊された床の破片が俺に向かって飛んできたので反射的に小盾で顔面を守り視界を塞いでしまう。しまった!視界を奪うのが目的か!
視界を一瞬だけ奪われてしまいデュラハンの姿を見失ってしまった。その時、〈危機察知〉スキルが警笛を鳴らす。上か!
〈危険察知〉スキルに従って上を素早く確認すると、俺の真上から禍々しい鎧が降ってくるのが見えた。咄嗟に正面に出していた小盾を上に向けるが、これも悪手だった。空から降って来た勢いと鎧の重量が全て乗った剣を受け止めることは出来たが、その衝撃を流すことまで出来ない。
ほぼ反射的に体を横に強引に倒す。小盾を付けていた俺の腕は肘からあっさりと折れ曲がり、折れた肘ごとロングソードに切断された。それでも、腕を犠牲にしつつもなんとか直撃することなく攻撃を逸らすことは出来た。
「ぐっ!ああああ…!!」
激しい痛みと同時に凄まじい熱を感じる。血も大量に噴き出ているのがわかるが、今は治療なんて出来ない。半ばやけくそになりながらもつれた足でバックステップをすると、着地に失敗して尻餅はついたが、追撃の剣撃は鼻先をすれすれで避けることに成功した。
……だが、もうここまでか。
左手を肘から失い、噴き出てくる血を右手で押さえながら尻餅を付いた状態で上を見上げる。そこには再び剣を大きく振り上げ、俺にトドメを刺そうとする鎧騎士の姿が見えた。
 




