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1話 天才少女と異世界召喚

 薄暗い部屋の壁には一定間隔で松明が置かれていて、小さな炎が吹けば消えそうなくらい頼りなくゆらゆらと揺れている。その松明による灯りと設置されている間隔幅から、この部屋はそこそこの広さがある部屋だということが分かった。



 そして、部屋の中央に私達が固まるようにして集まり、呆然と周囲を見回している。そんな私達を囲むようにして黒いフードを目深に被った人達が10人以上は並んでいた。聞いたことがない言語で何やら歓喜の声のようなものを上げている。



……な、なにこれ?なんなの?



 さっきまで居た場所と全く違う場所に移動させられただけでも混乱しているというのに、目の前の狂信者めいた光景を見せつけられてあまりにも非現実的な光景に体が恐怖で震えた。私の震える手を、同じくらい小刻みに震えている綾さんが握ってきた。綾さんの手から体温がゆっくりと体に染み込んでくるけれど、それ以上に体が冷えていくほうが早く感じる。



 周囲が歓喜の声を上げている中、私達の正面に立っていて、唯一声を上げていなかったローブの人がゆっくりと手を上げた。すると、声を上げていたローブの人達が途端に静かになった。その人が私達に一歩二歩と近付いてくる。



 それを見た兄様が危険を感じてか私達を守ろうと飛び出した。ローブの人は小さく何かを唱えたかと思うと、手から魔法陣のようなものが展開して、そこから炎の玉が勢いよく発射されて兄様に当たった。小さな破裂音と共に兄様が吹き飛ばされて私達の前に倒れる。息はしているけれど兄様は苦しそうに息を吐いた。それでもなんとか顔を上げてローブの人を睨む。



「待ってください。ここは大人しくしましょう。下手に抵抗しては危険です」


「何をされるか分かったものじゃ無い。まともな待遇ならいいが、どう見てもこいつらはまともじゃない。俺は大人しく捕まるのは反対だ」


「ですが、抵抗しても殺されるだけです」


「生き地獄を味わうくらいならば、死んだ方がマシだ」



 兄様がローブの人を睨んだまま上体を起こして千鶴さんの提案を却下する。私はどうしたらいいのか全くわからなくてただおろおろとしているだけだ。とにかく、恐怖と混乱で頭が真っ白だった。



 兄様と千鶴さんが言い合いをしている間に、ローブの人が更に近付いてきて私達の前に立った。そして、また何か呟いたかと思うと、手から黒い首輪のようなものが現れた。なんだか、あの首輪はとてもやばいもののような気がする。恐怖のせいか、全身の鳥肌が立って、奥歯がかちかちと音を鳴らす。



「くっ!」



 兄様が再び、今度は先ほどよりも素早く、潜り込むようにして目の前のローブの人に肉薄する。でも、掴み掛ろうとした瞬間に周りからいくつもの火の玉が飛んできて兄様は壁まで吹き飛ばされてしまった。



「月代くん!?」「全さん!!」



 千鶴さんと綾さんがそれぞれ声を上げる。綾さんは興奮している時は兄様のことを名前で呼ぶんだなと、こんな時にどうでもいいことを考えてしまった。



 壁に激突してぐったりした兄様を、傍に居た他のローブの人が引っ張り上げてこちらに投げた。小さく呻いているから死んではいない。でも意識は朦朧としているように見える。千鶴さんが慌てて駆け寄って状態の確認した。安心したように小さく息を吐いたところを見ると、思っていたよりは酷い怪我はしていないみたい。



 兄様の方に注目していた私は、すぐ近くでトンと足音が聞こえて上を見上げた。いつの間にか首輪を持ったローブの人が私と綾さんの目の前に立っていた。



「あっ…」


「っ!」



 へたり込んで動けない私の前に、綾さんが私の手を握ったまま、庇うように反対の手で私の頭を抱き寄せる。



 私は溢れてきた涙で綾さんの服を濡らしながら心の中で必死に助けを呼ぶ。



……誰か助けて!



 そんな都合のいい展開なんてありえない。頭の隅にあるどこか冷静な自分がそう言うけれど、それでも私は心の中で必死に叫んだ。



……助けて!おねえちゃん!!



 心の中でおねえちゃんと叫んだ瞬間、上の方から大きな音が聞こえてきて、一緒に何かが崩れ落ちてくるような音も聞こえた。



 その大きな音に驚いて、私は思わず顔を上げて綾さんの肩越しに状況を確認すると、どうやら目の前のローブの人の背後の天井が崩れてきたようだった。全く状況が追い付かない。どうなってるの?



 驚いたように振り返ったローブの人の体に一瞬だけ縦に光が通ったような気がした。数秒の沈黙が起きてから、ローブの人は縦に真っ二つに両断されて床に転がった。あまりにグロテスクすぎる光景をすぐ近くで見てしまった私は思わず空いている手で口元を押さえる。



 血の匂いを嗅ぎ取った瞬間に猛烈な吐き気に襲われたけれど、それと同時に、天井の瓦礫が落ちて舞い上がった埃を吹き飛ばして、代わりに無数の天使の羽根が部屋の中を満たすように舞い散らばった光景を見て思わず吐き気を忘れて見入ってしまった。



……天使?



 開いた天井から差す光に照らされたのは、六翼の天使の翼を背中に広げたおねえちゃんに匹敵するぐらい可憐な少女だった。きや、おねえちゃんの次くらいだね。



 天使は私達を見回してから苦々しげな顔をして一言何かを呟き、私の顔をちらりと見てから片手を軽く振った。すると、目の前の両断された死体が跡形もなく消えた。



「――――!?」


「――――!!」



 天使の姿を見たローブの人達が騒ぎ出して、一斉に両手を前につきだした。そして、囲むようにして立っていた10人余りの人達から一斉に炎の槍や氷の槍が少女に向けて飛んでいく。



「危ない!」



 思わず叫んでしまった私に天使は一瞬だけ驚いたような顔をした後、小さく微笑むと、さっきまでは気が付かなった大きな光る剣を持ってくるりと一回転した。



 すると、あちこちから放たれていた炎の槍や氷の槍があっという間に消え、ローブの人達も体が横に両断された。血が滴る前に天使が再び手を振って死体を消してしまったから、本当に横に斬られていたのかはわからないけれど。光の軌跡のようなものが円を描くように残っていたから、たぶん間違いないと思う。



「――――」



 天使は呆れたような声でポツリと何かを呟くけれど、やっぱり何の言葉なのかわからない。天使がくるんと明るい茶髪のサイドテールをたなびかせながら振り向くと、再度私達をゆっくりと見回して意識の無い兄様に目を止めた。三度天使が手を振ると、兄様の体に光がまとわりついて、傷付いた体がどんどんと無くなっていく。



「うっ…」



 兄様が小さく呻いて目を開ける。吹き飛ばされた前後の記憶が蘇ったのか、ガバッと体を起こすと、一変した周囲の状況に訳も分からず顔をしかめた。



……わかる。わかるよ。意味不明だよね。私ももうブレインがキャパオーバーでオーバーヒートしてるよ!



 兄様がきょろきょろしているのを見た天使は安心したように微笑んだ。暗い部屋の中でスポットライトのように光の差す場所に居るせいか、その姿は見惚れるほど綺麗でどこか神々しささえある。



「――――」



 天使が私達に何か語り掛けてくるけれど、何を言っているのかさっぱりわからない。思わずお互いに困惑したような表情で顔を見合わせていると、空いた天井の穴の上から違う女性の声が聞こえた。言葉は相変わらず分からないけれど、その声に思わず体がびくっと反応する。



――この声…まさか…!



 すっと音も無く穴から落ちてきた女性は、私達に背を向けた状態で目の前に降り立った。長く黒い髪を太もも付近まで伸ばしている。その後ろ姿に思わずひゅっと音の無い声が出た。綾さんが目を見開いて無意識に私を抱く力を強くする。



「――――」


「――――」


「――――」



 天使とその女性が会話をしているけど、私達にはその内容は全くわからない。すると、困った顔している天使が私達を指差して、女性が指差した先を見る為に振り返った。



「あ…」


「う、うそ…」



 私と綾さんが思わず声にだして驚く。視界の端に居る兄様と千鶴さんも似たような顔で息を呑んで女性を見詰めていた。



 少女から大人の女性に移り変わる絶妙なラインで切り取ったような、少女の幼さを残しながらも妖艶さも併せ持つ顔立ち、宝石のように大きくてキラキラした黒い瞳は見ていると吸い込まれそうになる。白い輝く肌と感情を排した表情が合わさって、どこか神秘的で神々しい存在に見えてしまう。



 おねえちゃんは全く自覚をしていなかったし、父様と母様も全然気が付かなかったようだけど、おねえちゃんの容姿は同じ人とは思えないくらい美として完成されていた。同性異性関わらず、おねえちゃんに見惚れない人は存在しない。それくらいとびぬけた美少女なのだ。



 そんな美少女が、私の目の前に居た。見間違えるはずなんてない。寸分の狂いもない。間違いなくその顔は…



「……お、ねえ、ちゃん?」



 月代 永久。私のおねえちゃんと瓜二つだった。




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