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25話 天才少女と馬車旅

 ガタゴトガタゴトと揺れる馬車の中、私はゾンビのような呻き声を上げていた。



「ぅ~ぁ~…」


「妹ちゃん、一回吐く?その方が楽になれるかもよ?」


「ぁ~」



 綾さんの提案にふるふると顔を横に振る。吐いた後はその時だけ少し楽になるけど、どうせまたすぐに揺れで気持ち悪くなるからほとんど意味なんてない。それに、乗り合い馬車だから他の人に迷惑も掛けてしまう。休憩地点まで頑張って耐えるしかないのだ。



「ぅ~…なんで、魔法の世界なのに、馬車の揺れを軽減するくらい出来ないの?…ぅぷ…」


「魔術具はそこまで万能じゃないの。揺れを抑える魔術具がついた馬車は、大型になる割には積載量が少ないの。魔術具の魔石に魔力を込めたり、交換したりもしないとだから維持費も大変なの。それに何より、魔術具自体の値段や馬車の改修費も高いの。人を運送する乗り合い馬車に付けると割高になって一般の人が利用しにくいし、大店の商人ならともかく、一般的な商人が使うにはコスト的に釣り合わないの。そして、それらの理由から必然的に貴族や富裕層向けに使われることになるから、より高級指向になって一般には出回りにくくなっているの。ちなみに、この説明はもう三回目なの」


「ぅ~毎回長々とありがとう~…納得は出来ないけど~」


「どういたしましてなの。諦めがつくまで何度も説明してあげるの」


「ぅぁ~」



 トリアさんの非常な言葉を聞きながら、再びうめき声をあげる。



……せめて、アスファルトにしてくれれば、今よりも揺れも無くなると思うんだけど。技術的にはまだ先の話だよねぇ…。



 ちなみに、この乗り合い馬車には私達と「白の夕霧」以外に10人前後の人が乗っている。私は身長的にも顔的にもこの世界の10歳ぐらい子供にしか見えないみたいで、特に女性客(というか、兄様も含めてこの馬車には3人しか男性が居ないけどね!)からとても甲斐甲斐しくお世話を焼かれている。それが私に精神的なダメージも与えていた。



……うぅ。私、ちっこいし顔も童顔だけど、18歳なんだからね!立派な大人なんだから!子供じゃないもん!!



 って声高に言いたいけど、そんな気力も体力もなく。ガタゴトと揺れる馬車の中で、ただゾンビのように呻くことしか出来なかった。



 概ね平和な馬車旅が続く中、いきなりガタンと大きな音を立てて馬車が止まる。なんだろう?気になるけど、それより今の揺れで気持ち悪さが…。



「ち、ちょっと、妹ちゃん顔色ヤバいって。一回降りた方が良いよ」


「ちょうど良いの。魔物が出たようだからついでに外に出るの」



 今更だけど、なんで私の隣にトリアさんが座っているんだろう?千鶴さんはリリアーナさん?だっけ。エルフの人と話しているし、兄様は男性同士で固まって談笑している…って魔物!?呑気にしている場合じゃないよ!



「ま、魔物が出た!」



 トリアさんの発言から少しから遅れて御者さん(あ、御者さんも男性だった。これで4人だね)が慌てた様子で馬車に乗っている私達に報告してきた。乗客の人達は特に焦ることも無く「白の夕霧」のメンバーを見る。



 既に『白の夕霧』のメンバーの準備は整っているようだ。フォセリアさんが立ち上がると、それに合わせて他のメンバーも立ち上がった。



「行くぞ、みんな!」


「うーん!退屈してたとこなんだよねー。暴れるかぁ!」


「うぅん…。ねむい…」


「ほら智里?シャキッとしてよ。行きますわよ」


「輪音も来るの。酔い覚ましなの」


「え?グロいの見たらたぶん吐くよ?」


「吐いたら生活魔法の『洗浄』してあげるの」


「えぇ…」



 そして、私は半ば強制でトリアさんの手に引かれるように馬車の外に出た。っていうか、こういう時は誰も引き留めないの?私の事子供扱いしてたくせに!あれ?綾さんと千鶴さんと兄様は来ないの?なんで手を振ってるの?こういうのも経験なんじゃないの?ねぇちょっと!!



「街道にまで魔物が出るなんて珍しいな」


「オークだね。女性の天敵だよ。なんでこんなところに居るのかな?」


「聖国は女性が多いから、オークやゴブリンが隠れ潜んでいることが多いですわ。ひょっとしたら、近くに巣があるかもしれませんわね」


「ふわぁ…。数は…10くらい?」


「もうちょっと居るの。正面に7、背後に4、側面の森の中にまだ数体反応があるの」


「なら、手分けしよう。私とランが正面、智里が後方、リリとトリアは馬車の守りを頼む」


「わかったよ~」「了解したわ」「任せるの」「ねむ…」



 さすが数年連れ添ったパーティーだけあって、行動が早いなぁ。若干一名不安な人が居るけど。あの眠そうな智里さんを後方に一人で任せて良かったのかなぁ?ま、オークは冒険者ギルド規定でDランク程度の魔物だし、Cランクの智里さんが負けるわけ無いか。



「輪音は私の隣に居るの」


「ア、ハイ」



 なんだかよく分からないけど、トリアさんの隣に居れば良いの?私、なんで連れてこられたの?



「ふわぁ、ねむ…。んー。さっさと終わらせようっと」



 一番やる気の無さそう…というか眠そうな智里さんがそう呟いて武器を構え…あれ?



「あ。馬車の中に武器が入ってる収納袋忘れた」


「何やってるの貴女…」



 さすがに仲間であるリリアーナさんも呆れた顔をしていた。でも、それって大丈夫なの?危なくない?丸腰ってことだよね?



「えっと、なにかあるかなぁ…。おっとっと…」



 武器を忘れて何やら懐をごそごそとしていた智里さんにオークが容赦なく襲い掛かって来た。智里さんはそれを難なく躱すと、懐から小さな彫刻刀のようなものを取り出した。なんでそんなもの持ってるの?なんで懐に忍ばせてるの?



「ま、これでいっか」



 そして、その彫刻刀のようなものを右手に持って、オークが再び襲い掛かって来たのを通り過ぎるように躱す。すると、オークの首がポトリと落ちた。はっ?



「はっ?」



 思わず心の声と同じ言葉を口に出してしまった私に、トリアさんが淡々と説明を始めた。



「智里はああ見えて、私達の中で一番接近戦が強いの」


「え?そういう話なの?おかしくない?だって、あの手に持ってるじゃ刀身的にオークの太い首落とせないでしょ?おかしいよ!」


「智里だからおかしくないの」


「えぇ…」



 その後も残りのオーク2体の首をポトポトと落としてから、智里さんが大きなあくびをしながら帰って来た。もうわけわかんない。実はあの彫刻刀っぽいのは魔術具で、刀身が伸びるとか?動きが速すぎて見えないだけできっとそうだ。そうに違いない。



「終わったから寝ていい?」


「側面に潜んでいるのも倒してくれるとありがたいわ」


「えぇー…」



 すごく不満そうだったけど、智里さんは大人しく道を外れて森の中に入っていった。あの、馬車まで戻って来たなら武器持って行こうよ…。



 そんなことをやっている内に正面組が帰って来た。怪我もしていないようだ。



 フォセリアさんが周囲を見回しながらリリアーナさんに声を掛ける。



「智里は?」


「今は右側のオークを倒して…帰って来たわね」


「そうか。ならもう反対側は私がやっておく。ランはここに残っててくれ」


「お願いするわ」「あいあいさー!」



 フォセリアさんが智里さんが帰って来た方とは反対の森に入っていって、何回か物騒な音を立てた後に少ししてから帰って来た。討伐は終わったみたい。



「それじゃ、リリとトリアは回収を頼んだ」


「分かったわ」


「あれ?智里さんは?」


「智里ならここで寝てるの」



 トリアさんが指差した方を見ると、いつの間にか戻ってきていた智里さんが、馬車を背もたれにして座って眠っていた。い、いつの間に…。



 リリアーナさんとトリアさんがオークの死体を回収するためにそれぞれ前と後ろに別れようとしたところを、私はふと疑問に思ってトリアさんのローブの端を掴んで止める。



「…?なんなの?」


「どうして私、ここに連れてきたの?」


「酔いは醒めたの?」


「あ…」



 言われてみれば、いつの間にか楽になったような。さっきまで今にも吐きそうだったのに。ツッコミ満載の戦いを見ていたせいかな?



……でも首をはねるシーンはちょっとな。慣れないといけないんだろうけど、まだ直視は出来ないや。



「きゅい」



 あ、ルナちゃんがいつの間にか足元に居る。時々姿を見失うこともあるけど、いつの間にか戻ってきて傍に居るんだよね。異世界人というか異世界生物って気配をたてないで行動するのが普通なの?それとも、私が鈍感なだけ?



 とりあえず、戦いも無事に終わったようだし、オークの死体なんて見たくもないから、私はルナちゃんを抱えてさっさと馬車の中に戻ることにする。



 それからは何事もなく次の街に着いたのだけど、やっぱり揺れのせいで再びダウンしてしまった。今度、酔い止めの薬を調合しよう。そう心に決めた。




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