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24話 天才少女と休日

 聖都出立を翌日に控え、いろいろと動き回っていた兄様や千鶴さん達も含めて、今日は全員がお休みの日となった。えっ?私はずっと休んでいたじゃないかって?失礼なっ!調合とかしてたもん!失敗ばっかりで素材と時間を無駄にしてたけど。



「妹ちゃん、最近は部屋に籠ってたけど、今日はどうするの?」


「その言い方だと、私を外に出したいみたいに聞こえるね」


「別に無理に連れ出す気はないけど、次はいつ聖都に来れるか分からないからね。最後にこの街の有名な観光スポットでもあるあの大きな湖でも見てこようかなと思ったんだけど。妹ちゃんは来ない?」



 綾さんの言う有名な湖とは、聖都は元々、森の中にある大きな湖を中心にして作られた街で、この街のほとんどの場所から見えるとても大きな湖のことだ。大きいと言っても琵琶湖のような海のように見えるほど広大ではないけれど、それでも対岸がとても遠くで霞んで見えるくらいには広い。



 聞いた話によると、湖は観光スポットとしてだけではなく、デートスポットとしても有名らしい。



「ふ~ん。綾さんは私とデートしたいのか~」


「おっ、なになに?デートが良いの?」


「あ、私には決めた人が居るので結構です」


「ちょっ、振っておいてなにそれ!?」


「ところで、千鶴さんはどうするの?」


「私ですか?そうですね…。今日は部屋で読書でもしていましょうか。最近はずっと外に出ていましたからね」


「あ~確かに。それじゃあ、私は綾さんと一緒に外に出ようかな。部屋に居ると読書の邪魔しそうだし」



 読書をしている人の傍で薬を作ったり、魔法の研究をしたりするのはさすがに気が引けるからね。それに、千鶴さんも一人で静かに過ごす時間が必要だと思うし。



「ルナちゃんはどうする?」


「きゅい」



 私がベッドで伸びていたルナちゃんに声を掛けると、もぞもぞと体を起こして私の足元にやってきた。



「私と一緒に外に出るってことかな?」


「きゅい」


「なんだか、妹ちゃんと一緒に居ることが多いよね。餌付けでもしてるの?」


「餌付けも何も、ルナちゃん何にも食べないし…。ん~最近は私のスマホでパズルゲームして遊んでる姿は良く見るけど」


「私のスマホに入っているのはネトゲばかりだからゲーム出来ないんだよねー。後で私にもちょっとやらせてよ」


「うん。良いよ」


「うさぎがパズルゲームで遊んでいるということに疑問を持たないのですね…」



 いや、まぁ、確かにおかしいとは思うけど、ルナちゃんって魔物だし。なんだかすごく賢いし器用だし。パズルゲームをやっているくらいでは驚かなくなっただけなんだよね。



 なんにせよ。ルナちゃんも私と一緒に湖を見に行くことになった。私はまだ寝間着だったから、のそのそと着替えていつもの白衣を纏う。デバイスは基本的に常時付けているから問題無し。よし!準備オッケーだね。



「準備出来たよー」


「ほーい。それじゃ、千鶴先生、行ってくるねー」


「はい。行ってらっしゃい。あと、いい加減先生呼びを矯正して下さいね?」


「おおう…なんか千鶴『先生』がついでちゃうんだよねー」



 綾さんが千鶴さんの指摘におでこに手を当ててぶつぶつ呟くのを横目に聞きながら、ルナちゃんを頭に乗せて千鶴さんに声を掛ける。



「行ってきまーす」


「きゅい~」


「輪音さんも街中とはいえ、気を付けてくださいね。行ってらっしゃい」



 千鶴さんに見送られながら部屋を後にして宿の一階に降りると、ロビーで兄様を見かけた。女性客に絡まれているようだ。いつもの光景である。



「兄様。外行くの?」


「ん?あぁ、輪音か。ごめん。知り合いが来たからこれで…」



 兄様が私をダシにして女性たちから逃げてきた。痛い視線を貰うけど、こんなことは嫌というほど慣れたので全く気にならない。



「輪音と、綾さんもお出かけかい?」


「まあね。妹ちゃんと一緒に湖の周りをデートしようかなって」


「デート?」


「デートは置いておいて、兄様は今日ぐらい部屋に居たら?外に出たら絡まれるんだし」


「あはは…。そうしたいんだけど、部屋に居てもやることがなくてね」


「やることねぇ…」



 そういえば、兄様は私達のことを優先して動いていたから、自分の買い物とかは最小限なんだよね。休日くらいは自由にさせたいけど…。



 私はちらりと出口を見る。そこには兄様目当ての女性客がちらほらと見えた。この国は女性が多いから仕方ないとはいえ、これじゃあ外に出てもまともに動けないよね。



「仕方ないなぁ…。兄様も途中まで私達と一緒に行動しようよ。何か暇つぶし出来そうなものを見付けたら別れよう」


「最後まで一緒と言わないところが妹ちゃんらしいね」


「はは…。でも、正直助かるよ。お願いして良いかな?実は目星をつけていた店があるんだ。そこまでで良いから」


「うん。良いよ。綾さんも良いかな?」


「もちろん。どうせ私達もただの暇つぶしだし。全さんにもいろいろと面倒掛けちゃってるからね。一緒に女避けになろうか」


「本当に助かるよ。ありがとう。それじゃあ、行こうか」



 私、兄様、綾さんという、ちょっと珍しい組み合わせで街の中を歩く。兄様に来る視線の数は多いけど、私と綾さんが居るから声までは掛けてこない。綾さんの台詞通り女除けだね。兄様はいつか男性に刺されると思うよ。…その前にヤンデレな女性に刺されそう。



「あった。ここだ」



 そんなどうでもいいことを考えながら歩いていると、兄様があるお店の前で足を止めた。私と綾さんが揃ってお店に顔を向けて、揃って首を傾げる。なにこのごみごみしたお店。



「えっと…?雑貨屋さん?」


「用途不明なのが多いね…」



 看板には魔術具店と書いてあるから、ここに並んでいるのは魔術具なんだろうけど、明らかに趣味で集めたようなゴm…じゃなくて廃棄物…でもなくて、産廃?もうゴミで良いや。とにかく変なものが沢山混じっていた。



「魔術具店は大きな商会のお店があるから、個人で営んでいるお店はこうした工夫をしているんだろうね」


「工夫?ただのゴミ処理じゃないの?」


「妹ちゃん、お店の前だし、言葉は選ぼうね」



 おっと、つい口に出してゴミと言ってしまった。しかし、兄様にゴミ漁りの趣味があったなんて知らなかったよ。



「こうしたごちゃごちゃ場所から、何か使えるものが無いか探したくなってしまうんだよね。宝探し的な感じかな?」


「ふぅん。なるほどね」



 兄様はゴミ漁り…じゃなくて宝探しをするみたいだったから、その店の前で私達と別れた。珍しく目がキラキラしていたから、本当にああいうところが好きなんだね。しかし、宝探しとは。兄様も子供っぽいところがあるんだね。兄様は父様や母様と一緒に居ることが多いから、プライベートなことは実はよく知らないんだよね。



「全さんも意外と子供っぽいね」


「ま、兄様も人間で、男の人だからね」


「だねー」


「惚れた?」


「ないねー。っていうか、ゴミ漁りで惚れたは無いでしょう…」


「綾さん、ゴミって言ってる言ってる」


「おっと…」



 兄様の恋路は険しいね。兄様も全然アピールしないから自業自得だけど。あーでも、綾さんは言葉の裏とか読んでくるから露骨なアピールはむしろ下策かも。少しずつ距離を縮めるのが良いのかな。



「ところで、妹ちゃん的には私と全さんをくっつけたいの?」


「全然。なるようになれば良いと思うよ。恋愛とかよく分からないし」


「そっか」


「あーでも…」


「でも?」



……綾さんが姉様になるのは、別に嫌じゃないかな?



 おねえちゃんの代わりというわけではないよ。でも、姉のように慕っているということに変わりかないかな。恥ずかしいから言わないけど。



「でも、なに?」


「なんでもないよー」


「ちょっと妹ちゃん!?それすっごく気になるやつだよ!?」


「ほらほら、早く行こー」


「ねぇ、妹ちゃんー教えてよー」


「内緒だよー」


「…きゅい」



 私と綾さんがじゃれ合っている中、私の頭から飛び降りたルナちゃんが呆れたように小さく一鳴きした。



 目的地である湖の前まで着いた。観光客向けなのか、湖が一望できるデッキのような場所があるので、綾さんと並んでそこで湖の水面を眺めた。お日様の日差しで水面がキラキラと輝いていてとても綺麗だ。



「しかし、カップルが多いなぁ」


「まぁ、こういう場所は定番だからね」



 私と綾さんは同じ髪色の同じ目の色で、良い感じに身長差もあるから、きっと周りから見たら姉妹に見えるんだろうなぁ。



「こんにちは。久し振り…で良いのかな?」


「えっ?」



 湖を見ながらぼんやりと思考に浸っていると、突然声を掛けられたから振り向いた。そこには、聖国の一番偉い人、熾天使のセラさんが居た。湖から流れる風にサイドポニーの髪が舞い、赤茶色の瞳が優しく微笑みかけるように細められている。マジで超美少女。絵になるねぇ。



 じゃなくて。なんでこんなところに偉い人が居るの!?



「いやー、執務から逃げ出してどこに行こうかな~って思っていた矢先に、君達が月兎を拾ったって報告を思い出したから探してたんだけど…。すぐに見付かって良かったよ。報告にあった月兎は、その子かな?」



 セラさんが私の足元でじっとしているルナちゃんに微笑みかける。でも、ルナちゃんはふいっと顔を逸らした。



「…まぁ、私は別に良いんだけどねぇ。立場的に大丈夫なのかな?」


「…?何の話?」


「あーううん。なんでもない」



 なんだか、前の青い髪の騎士さんもルナちゃんを見て様子が変だったよね。月兎ってそれだけ特別なのかな?



「熾天使様はルナちゃ…この月兎に会いにわざわざ私達を探していたんですか?」


「私のことはセラで良いよ。えっと…綾ちゃんだったかな?私は執務からにげ…じゃなくて息抜きに外に出たついでに噂の月兎を愛でにきただけだよ~。可愛くてもふもふだからね~」



 最初に執務から逃げ出してって言っていたから、今更訂正しても意味無いんだよなぁ。



 セラさんがルナちゃんに手を伸ばすけど、さっと避けられた。なんだか少し警戒してる?耳を後ろに倒して「きゅい~」って言ってるし。でも可愛い。



 セラさんもルナちゃんの仕草を見て目をキラキラさせていた。うさぎと戯れる美少女。良いと思います!



「そういえば、君達が冒険者として活動を初めてから少し経っているけど、どう?この世界には慣れた?上手くやっていけそう?」



 『この世界』という単語にギョッとする。こんな人の往来の激しいところで何て事いうのこの人!って思っていたら、いつの間にか周囲の音が全く聞こえないことに気が付いた。魔法なのかな?全然気が付かなかった。



 綾さんは周囲の音の異常には気が付いていたみたいで、セラさんの言葉に特に反応していなかった。でも、なんとなく、先程よりもちょっと警戒しているように見える。



「最初は戸惑うことも多かったですが、なんとかやっていけそうです。仲良くなった冒険者パーティーも居ますし、明日はその人達と聖都を発つ予定なんですよ」


「もう街を発つんだ。随分早いね。一般的な冒険者だと、旅に出るのは最低でも一年は経験を積んでからなんだけどね。ところで、その仲良くなった冒険者パーティーの名前って聞いても良い?」


「『白の夕霧』ですよ。熾天使様が昔冒険者だった頃の『白の桔梗』に憧れて結成したって聞いています」


「あーあの子達かぁ」


「ご存知なのですか?」


「まーね。そりゃあ、『白の桔梗』の再来なんて呼ばれている女性だけのパーティーとしてギルドを中心にあちこちで有名だからね。執務であまり外に出られない私でも噂は聞いているよ。直接会ったことはないけどね」



 綾さんと話しながらも、セラさんの目はずっとルナちゃんを見ていて、屈んだ体勢で手を伸ばして頭を撫でている。捕まえようとすると逃げるみたいだけど、お触りは許したみたい。



 一通りルナちゃんを撫でまわして満足したのか、セラさんが立ち上がると、なんとも言えない苦笑を浮かべた。



「しかし、よりによって『白の夕霧』とはね。噂通りの子達ならば悪い選択ではないけど。因果なものだね」


「どういう意味ですか?」


「いや、特に深い意味はないよ。それじゃ、私はそろそろ執務に戻ろうかなぁ。アイリスが怒ってそうだし」



 セラさんが長いサイドポニーをたなびかせて背中を向けると、最後に顔だけ振り向いてこう言い残した。



「その子のこと、ちゃんと『月の領域』まで送ってあげてね?それじゃ、またいつか。バイバイ」



 セラさんの姿が歪んだかと思うと、白い天使の羽根を撒き上がらせて消えていった。同時に、遮断されていた音も復活する。



 遮音されていたとはいえ、熾天使のセラさんの姿は周りにも見えていたので、周囲がざわざわとしていたから、私達は足早にその場を去ることにした。



 湖の見えるテラス席がある喫茶店で、私達は食事をしながらコーヒーを飲んでいた。…コーヒーって普通にあるんだね。私は紅茶よりコーヒー派だから、最初見た時は驚きよりも嬉しさが勝ったかな。



「結局、セラさんは何しに私達に会いに来たのかな?」


「んー。たぶん、妙な事を仕出かしていないかの確認じゃないかな?彼女は私達の正体を知っているし。少なくとも、ただ執務から逃げて息抜きにきた訳じゃないと思うよ」


「だから、綾さんはちょっと警戒していたの?」


「それもあるけど、ちょっと違うかな?」



 綾さんがコーヒーを一口飲んで湖の方に顔を向けた。



「なんとなくだけど、彼女…セラさんは気さくで明るい人ってだけじゃないと思うんだよね」


「そりゃあそうだよ。だって、一国を治める長だよ?気さくで明るいだけじゃ国はやっていけないよ」


「そういう意味でも無くて…。本質的なところが、何か冷めているような、達観しているような、ん~、永久先輩とは真逆って感じかな?」


「おねえちゃんと逆?」


「永久先輩は礼儀正しくてクールなところが表向きだけど、内面は割と子供っぽくてどこか抜けている感じじゃない?」


「あー。おねえちゃんって結構抜けてるよねぇ…。ってイタイイタイ!ルナちゃんのうさパンチ痛いんだけど!?なんで突然暴れるの!?」



 さっきまで私の足元で大人しく湖を眺めていたルナちゃんがいきなり暴れ出した。執拗に私の脛をパンチしてきてとても痛い。慌ててルナちゃんを抱えて膝に乗せると、途端に大人しくなった。構ってなかったから寂しかったのかな?



「ごめんごめん。綾さん、続けて」


「う、うん。それで、セラさんは表向きが子供っぽくて鈍感っぽくしているけど、内面はすごくいろいろと考えていて、油断ならない人な気がするんだよね」


「ふ~ん。綾さんがそう思うならそうなのかもね」


「話を聞いたくせにテキトーだなー」


「だって、そういう人の性格とかを読むのは綾さんの得意分野じゃない?私はコミュ障だからそういうの苦手だし」


「別に得意でもないけどね。昔に比べたらいろいろ甘くなってるし」



 人の性格を把握し、感情をコントロールして、相手の行動を誘導する。これは綾さんの専売特許のようなものだ。扇動者とかいうスキルを持っているだけあるよね。ホント。



 この後は特に何があったでもなく、綾さんとのんびり湖の周りをぐるりと一周して、千鶴さんにお土産を買って宿まで帰った。セラさんの動向も気になるけど、私達では知りようも無いし、何を考えているかなんてもっと分からないから、気にしないことにした。恐らくは異世界人ということで、世界に大きな影響を及ぼさないかどうか警戒していると推測して、より一層、気を引き締めて行動しようという話になった…のだけど…。私、もう雷魔法の件でやらかしているんだよね。まだ大丈夫だよね?きっと大丈夫だと信じてる。



 一抹の不安を感じながらも、ついに聖都出立の日になった。




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