16話 天才少女と月兎の名前
街でたまたま見付けた月兎を保護して宿まで持ち帰った私達は(あ、宿の人には許可をもらったよ。月兎の姿を見て拝んでいたくらいだったから、追加料金も無さそう)部屋で月兎の名前を考えていた。
「うーんー?ウミウシとかどう?」
「きゅい!?」
「なんでウミウシなの…?」
「かわいいじゃん。シロウサギウミウシ」
「いや、でも、実際のうさぎに付けていい名前じゃないよね?」
「そうかな?」
「そうだよ」
「きゅいきゅい」
……猫にネコって名前付けたり、犬にネコって名前付けたりする人だって居るんだから、別に変じゃないと思うんだけどなぁ
とは思いつつも、綾さんと月兎に反対されたのでウミウシは諦めることにする。冷静に考えたらウミウシだとちょっと可愛さが足りないか。話は変わるけど、うんうんと綾さんに同意するように頷く月兎の姿はまじでキュート。めっちゃかわいい。写真撮りたい。写真撮ろう。
私は白衣のポケットにずっと仕舞っていたスマホを取り出してから電源ボタンを長押しして起動させる。着の身着のままこの世界に来た私達だけど、身に着けていたものや、こうしてポケットに入れていたものなどはきっちりと一緒にこの世界に来ている。特に取り上げられることもなかった。ただ、中身はこの世界には無い物ばかりだから、扱いには気を付けるようにだけ言われているよ。
「妹ちゃん、スマホなんて出してどしたの?」
「うさちゃんを撮るの」
「そ、そう。でも、電池が切れたらもう見れなくなるよ?」
「大丈夫だよ。私、充電魔法作ったから。もし壊れても修復出来るように、私のスキルと組み合わせて復元・修復も魔法で出来るよ」
「え?なにそれ聞いてない。充電できるなら後で私のスマホも充電してくれる?」
「言ってなかったっけ?良いよ」
「これは、私達の知らない内にいろいろと魔法を作ってそうだね…。みんなが揃ってからきちんと話を聞かなくちゃ」
綾さんが何か言っているけれど、とにかく私は月兎の写真を撮りたかったので無視することにした。
こちらに興味を無くした月兎がベッドの上でコロコロしているところをパシャパシャと写真に収める。ふへへ。かわいい。
「妹ちゃん、顔、顔。気持ち悪い顔してるよ?」
「おっとっと…。それで、名前どうしようか」
「みんなが戻ってきてから考えても良いんじゃないかな。えーっと…あったあった。妹ちゃん、これ充電してー」
「んー」
後でとか言っていたくせに綾さんが早速スマホを渡してきた。まあ、良いけど。スマホを受け取って充電魔法を使う。
「どれくらい時間掛かるの?」
「んー。30分くらい」
「その間ずっと持ってるの?」
「うん」
「なんか、ごめん」
「別に気にしないよ。今のところ私しか魔法が使えないんだし」
既に服などの洗い物とか、部屋の掃除とか、飲み水を出したりとかいろいろとやっているからね。早くみんなの分のデバイスも作ってあげたいんだけど、純粋な魔力の確保とそれを収める器、最低でもこれらを見付けないと物も作れないし。作ったとしても個人用の設定とかどうしようか考えないとだし。私と全く同じ物はたぶん作れないからね。私のは地球産の素材で作ってある上にいろいろと細かい装置が入っているからね。そもそも本来はただの試作品なんだけど。
研究してみないと分からないけれど、なんらかの手段で純粋な魔力をその人用に設定してしまえば、後はデバイスを動かすための機械とか要らなそうなんだよね。一度私のデバイスのDNA設定を初期化して他の人につけて魔法が使えないか試してみたけど使えなかったんだよね。恐らくは、魔力自体が私用に登録されてしまっているのかもしれない。ということは、デバイスにわざわざ個人登録の機能を付ける必要はないのではないかと考えているの。ま、そもそも、さっきも言ったように作る材料とかこっちの世界用のデバイスの作り方も分からないから推測でしか言えないことなんだけどね。デバイスの作り方については目星をつけているけど。
なんてことを長々と〈並列思考〉で考えながら、私は自分のスマホのアルバムから先ほど撮った月兎の写真を眺めてニヤニヤしていた。綾さんがひょこっと後ろから顔を出して覗き込んでくる。ちなみに、月兎はベッドの上で伸びていた。かわいい。
何枚か撮った写真をスライドさせながら見ていると、アルバムの最初に戻って違う写真になった。おねえちゃんの写真である。
「ねぇ妹ちゃん。これ、盗撮?」
「まさか。待ち合わせに遅れちゃった時に遠くから見えたおねえちゃんを撮った写真だよ。おねえちゃんは何してても絵になるよねぇ…」
「まあ、それは否定しないけど。他にも先輩の写真あるの?」
「むしろ、ほとんどおねえちゃんの写真しかないけど?」
私がおねえちゃんの写真を綾さんに見せていくと、月兎もいつの間にか綾さんの肩に乗って私のスマホを覗き込んでいた。あれ?さっきまでベッドの上で伸びていなかったっけ?ま、いっか。
何枚かスライドさせると、おねえちゃんが恥ずかしそうにチャイナ服を着ている写真が出てきた。あ、これ懐かしいなぁ。
私が懐かしがっていると、綾さんがとても驚いた顔で固まってから私の肩をゆさゆさと揺さぶって来た。
「ちょちょちょちょっと待って。妹ちゃん。この写真なに!?」
「私がどうしてもってお願いしておねえちゃんにコスプレしてもらった時の写真。おねえちゃんは嫌そうにするし、最初は反抗するけど、最終的には『仕方ないですね。少しだけですからね?後で写真も消して下さいね?』って言って着てくれたよ」
「消してないじゃん」
「綾さんはこのめっちゃ可愛いおねえちゃんの写真が消せるの?」
「消せるわけないじゃん。永久保存するよ。保存用と配布用と予備用に最低でも三枚欲しい」
綾さんの真顔に少し引きながらも、そういえば私も研究室のPCにいくつかバックアップを残していたのを思い出して、私も同類だなと思いなおしてからスマホの画面に視線を落とした。
おねえちゃんのコスプレ写真はチャイナの他にも、ナースやメイド、巫女などの定番ものから、アニメの魔法少女やゲームのキャラクターまでと多彩に撮っていた。今冷静に考えても、よくおねえちゃん着てくれたね。私もよくこんなにコスプレ衣装用意したものだよ。愛って怖いね。
……でも、どの衣装もおねえちゃんは可愛いし綺麗だし似合うし最高!グッジョブ、私!!
っと綾さんと二人でおねえちゃんのコスプレ写真を熱っぽい視線で見ていると、いつの間にか私の肩に乗っていた月兎が腕を伸ばしてスマホの画面をタッチした。
月兎にもこの可愛さが分かるのかと感動していると、そのまま月兎が削除ボタンを押しそうになったので慌てて止めた。ついでに電源ボタンを押して画面を暗くする。危なかったぁ…
「なんか、このうさぎ、今スマホの画面いじって画像を消そうとしなかった?」
「たまたまだと思うけど、そんな気がする。…まだ狙ってない?」
「きゅい~…」
まるで獲物を狙う目で私のスマホを見ている月兎から、私はスマホをポケットの中に隠して避難させる。やっぱり、魔物というだけあって普通のうさぎよりもずっと賢いのかも。さっきのはたまたまだと思うけど。でもなんで消そうとするのかわからない。おねえちゃんの写真は至高の宝なのに。
それにしても、月兎が肩に乗っているのにあんまり重みを感じない。これも魔物だからなのかな?うーん。魔物って不思議。
それから千鶴さんが帰って来るまでの間ずっと月兎をもふもふして遊んでいたら、帰って来た千鶴さんにとても冷めた目で見られてしまった。
説教が始まる前に事情を伝えると、とりあえず納得してくれた。危なかった。恐怖の笑顔のお説教が始まるところだった。
で、兄様も交えて月兎の名前を決めることになって、揉めに揉めたあと、最終的に月兎という種族の『月』を取って『ルナ』という名前になった。普通過ぎてつまらないと思うけど、私のネーミングはあんまり評判が良くなかったから、大人しく決定に従うことにした。
……月から連想して『だんご』って名前も良いと思ったんだけどなぁ。丸まった時とか白い団子みたいだし。どうして千鶴さんから生暖かい視線が来るのかなぁ。
こうして、一時的ではあるけれど、私達の仲間に月兎のルナちゃんが加入することになった。ペット枠だから一緒に戦うことはないけどね。ないよね?




