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閑話 異世界教師と『白の夕霧』

 半ば予想はしていたけれど、やはり輪音さんと綾さんには刺激の強すぎる体験だったようね。宿に帰した二人を見送った私はそっと息を吐いた。それと同じタイミングで隣に立つ全くんも同じ様に溜め息を吐く。



 二人揃って同じ行動をしたことで、思わず顔を見合わせて苦笑してしまう。



「やはりこうなってしまったか」


「全くんも予想していたようですね」


「輪音も綾も優しい子ですからね。ああいう命のやり取りを間近で見るのは辛いだろうとは思っていました」


「あら?私は大丈夫だと言いたげですね?」


「千鶴さんは二人に比べれば大丈夫でないかと思っていましたが。辛いならば宿に帰りますか?」


「あら。私はこう見えて狩猟の経験もあるので大丈夫ですよ。獲物の解体も経験していますから」



 でもまさか、その時の経験がこのような形で生かされるとは露ほども思わなかったのだけどね。



 私としては、全くんのあまりのそつのなさに驚きを隠せないわ。初めて剣を握ったとは思えない剣捌き、魔物という危険な存在を前にしても失わない冷静さと、迎え撃つ胆力。元々この世界の住民で剣士をしていると言われても疑わないほどに手慣れている感じがしたわ。正直、ここまで完璧に物事をこなされると、称賛よりも薄気味悪さの方が多く感じてしまう。



……悪い人では無いのだけれど、それ以上に底が知れなさ過ぎて恐ろしい人なのよね。そういうところが、月代さんが心を許さなかった理由なのかも。



 私の教え子でもあった全くんの妹の月代さんも、ほとんどのことをそつなくこなせる能力はあったけれど、彼女の場合はそつなくこなすまでに血のにじむような努力と、様々な根回しや沢山の人の協力を得ていたからこそ出来ていた部分が多い。というか、彼女を見て自然と協力しようと皆が一丸となって動いて彼女を支えていた。そんな人たらしなところが、万能な全くんや突飛な発想で天才と言われる輪音さんには無い彼女の能力とも言える。



……彼女のことを思い出すのは止めておきましょうか。今はこれからのことを話さないと。



 全くんがあまり私達のやることに口を出さないでいるのには、恐らくは自分一人で動いてしまった場合に私達ではついてこれないからでしょう。いつまで私達と一緒に行動してくれるのか、一度確認をした方が良いわね。



「全くんはいつまで私達と一緒に行動してくれるつもりですか?」



 私の直球の質問に全くんが困ったような笑みを浮かべた。でも、すぐに意図を察したのか返答はスムーズに返ってくる。



「今のところは未定かな。俺自身に何か他にやりたいことが出来るか、輪音や綾がこの世界できちんとした生活が出来る環境を手に入れるまでは一緒に居ようとは思っていますよ。千鶴さんは?」


「私も同じですね。まぁ、私の中では全くんも対象ではありますが」


「はは。それはありがとうございます。俺は大丈夫だと思いますよ」



 冗談や謙遜ではなく、本当に全くんは今の時点でも一人でこの世界を生きられるでしょうね。年長者として、教師と元教え子として、出来る限り見守るつもりではありますけど。正直なところ、私でさえ彼には足手まといでしょう。



……でも、この感じならば暫くは一緒に行動してくれそうね。それだけは安心だわ。



 薄気味悪さがあるとはいえ、やはり万能に物事をこなせる全くんの力は今の状況に無くてはならないものだ。一緒に居る間は頼らせてもらいましょうか。



「さて、あの子達についてですが、ひとまずはあの子達の意思にゆだねましょう」


「そうですね。宿で話もしていると思いますし」



 お互いの今後の方針を確認出来た私達は、今後も基本的にはリンナさんと綾さんの意思を尊重して行動することに決めた。二人が聖国の外に出るのを諦めるならばそれも良し、このまま諦めずに挑戦するならばその手助けをする。二人を導くのが教師である私のやりたい事なのです。



「おふたりさ~ん。もう話はいいかな?こっちの話もしたいんだけど」


「ごめんなさい。こちらの話は終わったのでお願いします」



 私が慇懃に礼をすると、五人の少女達が少したじろいてしまった。ああ、この世界では冒険者は職にあぶれた人が多いから、きちんとした礼儀作法とかを知っている人が少ないのかもしれないわね。あまり目立つには危険だし、今後は気を付けないと。ただでさえ、お店の店員から貴族のお嬢様だと勘違いされてしまったし。もう少し砕けた方が良いのかしら?



「あぁ、えっと、改めて、私の名前はフォセリア。『白の夕霧』のリーダーをしている…しています」



 『白の夕霧』。女性だけの五人組の冒険者パーティーで、パーティーランクはB。リーダーのフォセリアさんは赤茶髪の髪に黄色の瞳をしている。個人の冒険者ランクはBで年齢は17歳。年齢にしてはランクが高いため、冒険者ギルドの将来有望株なのだとか。後半はギルドの受付嬢からの情報ね。リーダーということで彼女がメンバーをそれぞれ簡単に紹介してくれた。



 私達を街まで送ってくれた少女がランさんで薄い青色のショートカットの髪に同色の瞳。冒険者ランクはC。年齢は14歳。小柄で可愛らしい元気な女の子ね。



 フードで頭を隠している金髪で美しい顔をした青い目の少女がリリアーナさん。冒険者ランクはB。佇まいからして、他のメンバーとは教養が違うような気がするわね。年齢も16歳らしいけど、本当かしら?



 私達に似た黒い髪で赤い瞳をしている少女が智里さん。冒険者ランクはC。日本に似ていると思われる公国出身の少女らしい。顔つきもアジア風の顔をしているわね。年齢は15歳。



 そして、うさぎの耳が頭にあって、長い桃髪を背中に流した赤色の瞳の少女がトリアさん。冒険者ランクはB。見ての通り獣人で獣王国出身の兎族。年齢は25歳。獣人はこの国ではまだ見掛けたことが無かったわね。尻尾もあるのかしら?



 私達もそれぞれ自己紹介した。全くんの自己紹介でランさんが目をキラキラさせていたけれど、他は思っていたよりも興味を示さない反応だった。とりあえず、全くんが一緒に居てもまともな話が出来そうな人達ね。



……それにしても、全員私より年下ということになるのよね?リリアーナさんは少し怪しいけれど。



「うわーやっぱりおにーさんかっこいいな~」


「ソウダネー。ふわぁ…ねむ…。なんでわたし引っ張られてるの?」


「おい。真面目な話をするんだから、その辺でな」


「はーい」


「だからなんでわたしを引っ張るの~?」



 フォセリアさんに窘められたランさんは無理やり付き合わされて迷惑そうにしている智里さんの腕を引っ張って後ろに下がった。だけど、ランさんの薄青色の目はキラキラしながら全くんを見詰めている。それに気付いたフォセリアさんが申し訳なさそうな顔で頬を掻いた。



「すみません。うちの仲間が騒がしくて」


「いや、気にしていないよ。いつものことだから」


「それはそれで、大変ですわね」



 リリアーナさんが同情の視線を送ると、全くんは苦笑で返した。全くんの言葉は誇張でもなんでもなく本当の事なのだから困りものですね。



「立ったままなのもなんですし、とりあえず座りましょうか」



 私が冒険者ギルドのロビーにある大人数用の机を手で示すと、フォセリアさんが「そうですね」と賛同してパーティーメンバーを連れて移動を始めた。私達もそれについていく。



……妙にギルド内の視線が集まっているけれど、まぁ、迂闊な事さえ喋らなければ大丈夫でしょう。



 迂闊なこととはもちろん、私達の出自に関することや、スキルの能力のこと。ユニークスキル自体がそもそも珍しいものらしいから、情報を出す相手は慎重に慎重を重ねて信用出来ると判断出来る相手に限るでしょう。どんなに善良に見える相手でも、悪人に堕ちることはあるものね。今のところ、同郷である輪音さん達以外に教えるつもりはないわ。



 その後、『白の夕霧』から南の森について話を聞いた。どうやら、私達と別れた後に調査をしたところ、他にもあの周辺で魔物が確認されたらしい。魔物の排除と周辺の調査が終わるまでは、低ランクの冒険者は立ち入りを控えるように警告するようにギルドに進言して受託されたようだ。



「警告…禁止では無いんですね」


「冒険者は基本的に自由なんです。だからあまり強制的な命令は出来ないんですよ。ですが、まともな感性の冒険者ならば自分の実力に見合わない場所には行きませんがね」


「ただ、それはあくまでどの街にも属していない冒険者での話なの。聖都の冒険者ギルドに所属しているEランク以下の冒険者は立ち入り禁止なの」


「森に入れなくなったことで収入が減った場合はどうなるのですか?」


「聖都所属の冒険者はギルドで生活費を補填してくれるわ。まぁ、ランクの低い生活困難者とギルドに申請する人達に限るけど」


「なるほど。実質的には今回のギルドの措置は、聖都のギルドに所属していないフリーの私達には関係ありませんね」



 私の質問にそれぞれ、フォセリアさん、トリアさん、リリアーナさんが答えてくれる。本当にまだまだ知らないことが沢山あるわね。仕方がないのだけど。



 冒険者は全員が冒険者ギルドに所属しているという扱いになるけれど、ここで話をしている聖都のギルドに所属というのは、その街のギルトと専属契約をしている冒険者達のことを言うわ。街の冒険者ギルドに所属すると、ギルド側から良い依頼を斡旋してもらえたり、ギルドが保有する施設や契約している職人から優遇してもらえたりしてくれるのだけど、一度契約をしてしまうと街から遠くに離れるような依頼はギルドの許可が無いと出来なかったり、プライベートで他の街や国外に出るのにも認可が必須で、長期の外出は原則禁止とされているらしいわ。更に、ギルド側からの指名依頼が来ることがあって、基本的に断ることが出来ないそうよ。



 そして、それと正反対なのがフリーの冒険者。旅の冒険者や放浪の冒険者とも呼ばれて、特定の街に居つかずにあちこち世界中をふらふらと彷徨いながら冒険者活動をする人達のことを言うの。街のギルドから優遇されるようなことは無いけれど、好きな時に好きなだけ好きな依頼が出来るのと、いつでも好きな場所に行けるのが一番利点ね。



 基本的に冒険者として登録した時は最初はこのフリーの冒険者となり、それから所属したい街のギルドと直接交渉して専属契約を結ぶらしいわ。



 街を出るつもりのない冒険者は専属契約を、自由に冒険者稼業をしたい時はフリーの冒険者というのが大きく分けた冒険者としての生き方ということね。



「私達も今回の調査に加わる予定です。ちょうど南の森の奥地に行く予定だったからギルド側に参加を表明してきました」



 『白の夕霧』も私達と同じで特定の街のギルドに属していないフリーの冒険者パーティーのはずなのだけど、フリーの冒険者でも志願すれば今回の調査の依頼に参加出来るのね。ふむ。



 私はちらりと全くんを見た。同じことを考えたのか、全くんもちょうど私に視線を向けていて自然と目が合う形になった。そして、お互いの意思疎通を確認するように頷きあう。



「厚かましいお願いがあるのですが、聞いてもらえませんか?」


「なんですか?」


「私と全くんの二人を、その調査に加えて頂きたいのです。出来れば、『白の夕霧』の皆さんと同行という形で」


「ふむ…。構いませんよ。私達と一緒ならば調査の許可もおりるでしょう」



 私のお願いを聞いたフォセリアさんは二つ返事で頷いた。正直、あっさりしすぎて驚いてしまう。



「頼んでおいてなんなのですが、あっさりと了承してくれるのですね」



 私があまりにすんなりと話が進んだことに苦笑すると、フォセリアさんは凛々しい笑顔を向けてこう言った。



「まだGランクなのに魔物を倒せる将来有望な冒険者を育てるのも、先輩冒険者としての務めだからな」



 なるほど。どうやら本心のようですし、こちらとしてもありがたい話なことには変わりないから、この機会に冒険者について詳しく知っておきましょう。



 それから、細かい取り決めなどを話し合って、七の鐘が鳴ったのが聞こえて解散することになった。一緒に食事に誘われたけど、輪音達の様子が気になるから丁重に断ります。そうそう、別れ際に



「そういえば、千鶴さんって歳はいくつなんですか?なんだか妙に大人びて見えますが…」


「私?私はそろそろ30になるかしら?」


「「「「「えっ!?」」」」」



 私の年齢で驚かれるのはいつものことだから気にならないのだけど、実は長命種なのか?と聞かれた時には思わず苦笑いしてしまったわね。



 〈不老〉スキルのお陰で今後も見た目が変わることも無いだろうし、ただの人間として暮らせる時間はそんなに長くないかもしれないわね。この辺りも何か対策を考えておく必要ね。



 そうして『白の夕霧』のメンバーから別れた私達は先に宿に帰って休んでいた輪音さん達と合流して、輪音さん達からしばらくは別行動しようという話に了承したのだった。これに関しては初めから予想していたから驚くようなことではないものね。



 でも、ちょっと綾さんの様子が心配ね。輪音さんは立ち直りが早いから大丈夫だと思うけれど…。少しだけ注視しておきましょうか。




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