プロローグ2 天才少女と姉を慕う人達
私は待ち合わせ近くの場所で車を降りて、そのまま歩いて待ち合わせ場所であるカフェへと向かう。その道すがらあちこちから視線を感じるけどこういう視線はもう慣れてしまった。
私は今年で18歳になるんだけど、身長が150どころか140で止まってしまい、その代わりに何故か胸の方は普通に成長した。俗に言う巨乳ロリ(別に巨乳というほど大きくないけど。体が小さいから相対的に大きく見えるだけ)な見た目に加えて、私は顔もかなり童顔なせいで非常に不服だけどよく中学生とか小学生に間違われる時がある。小学生って酷いと思わない?
更に、私は基本的に地面に付くか付かないかというくらい長い裾の白衣を常に着ている。これがコスプレっぽく見えるから余計に目立つ。目立つならば脱げばいいじゃないって言われるけど、白衣を着ている時間がとても長いから、着ていないとなんか落ち着かないのだ。だから、外出時や家の中でも白衣を着ていることが多い。
「輪音」
待ち合わせのカフェが目の前まで見えるところまで着いたところで、突然後ろから声を掛けられた。ナンパとかではなく知っている人の声だったから安心して振り向いた。というか、ナンパの人が私の名前を呼んだら鳥肌ものだ。
「輪音、時間ギリギリじゃないか。直前まで研究室に籠っていたのか?」
「兄様だって時間ギリギリだよ。人の事言えないでしょ?」
「はは。これでも忙しい身だからね。なんとか間に合って良かった」
無駄に目鼻立ちが整った周囲の女性の目線を一人占めしている超イケメンが私の兄様、月代 全だ。顔だけじゃなくて頭もすごく良くて、運動も何をやらせてもプロ並みの動きが出来る完璧超人。いつもおねえちゃんの比較対象にされておねえちゃんを精神的に追い詰めた原因でもある。と言っても、兄様も父様と母様の重圧に耐えながら一生懸命だったから、おねえちゃんのことまで考えて行動出来なかったらしいけど。
兄様はおねえちゃんが学校を卒業するまでに父様の事業から個人的に管理できそうなところを手に入れて、そこにおねえちゃんを配属させてあの二人から遠ざけようと考えていたみたい。結局、それが叶う前におねえちゃんは死んじゃったけど。
ちなみに、私は兄様のことは好きでも嫌いでもない。つまり、どうでもいい。私はおねえちゃん一筋だからね!
「綾さんと一緒じゃなかったんだ?」
「今日は今井さんは休日だったからね」
「なるほど」
兄様と連れ立って待ち合わせのお店の中に入ると、すぐに女性のウェイトレスさんが駆け寄って来た。視線が兄様に釘付な店員さんが接客をしようと口を開いたタイミングで、お店の一角から私達を呼ぶ声が聞こえた。
「あ!妹ちゃ~ん。こっちこっち」
「今井さん、声を上げるのははしたないですよ?」
「いやいや、声を上げないと呼べないじゃないですか、先生」
声の聞こえた方に顔を向けると、窓から離れたお店の奥の角のテーブルに座っている二人の女性がこちらに向けて手を振っているのが見えた。
「あちらの方達と待ち合わせをしていますので」
「かしこまりました」
兄様にウェイトレスさんの対応は任せて、私はさっさと二人の待つテーブルまで歩いていく。目の前まで来ると二人の女性の片方…綾さんが隣の椅子に座るように促してきた。私はそれを見て苦笑しながら大人しく指定された席に座る。兄様を隣に座らせたくないんだね。
すぐに兄様もやってきて、そのまま空いている席…チヅルさんと私の間…に座った。これで全員揃ったね。
「えーこほん。それじゃあ、僭越ながら先輩の後輩である私から一言始めさせて頂きますね」
綾さんがわざとらしく咳払いをして音頭をとった。毎年同じことをしているので私達からは特に何も言うことは無い。
「先輩が『行方不明』になってから今日で早三年が経ちました。今日一日は、私達でひっそりと先輩を偲びましょう」
周りの視線も少なからずあるので(ほぼ兄様のせいである)、音量は少なめに、おねえちゃんのことも行方不明とぼかして表現する。私とお兄ちゃんはまだ注文していないから水の入ったコップを、綾さんともう一人の女性…千鶴さんはアイスコーヒーの入ったコップを持って軽く持ち上げた。
その状態で1~2秒ほど目を瞑って黙祷してそれぞれの飲み物を一口飲んだ。コップを置いた私はテーブルの真ん中に立ててあるメニュー表を手に取って開く。兄様も少し身を乗り出して覗き込んできた。
「食事はしてきたから、俺はコーヒーだけでいいかな。輪音はどうするんだい?」
「私は朝食を食べ損ねたから何か食べる。うーん…。オムライスとオレンジジュースでいいかな」
「チョイスが子供っぽい」
綾さんがからかうように顔をにやっとさせて小声で囁いた。私はそれを完全無視してウェイトレスさんを呼ぶボタンをポチっと押す。
すぐにウェイトレスさんがやって来て注文を聞いてきたので、兄様に任せることにする。視線を送るとすぐに察してウェイトレスさんに笑顔をサービスしながら自分と私の分の注文をしてくれた。
注文を終えてウェイトレスさんが遠ざかると、千鶴さんが眉をひそめて私を見て口を開いた。
「食事を抜くのは健康に悪いですよ?」
「き、今日はたまたまだから」
「本当ですか?」
「うんうん。ほんとほんと」
千鶴さんは疑わしそうに私をしばらく見詰めた後、はぁっと大きな溜息を吐いて、困った子を見るような顔で頬に手をついた。
今井 綾さんと宮川 千鶴さん。おねえちゃんが最後に手紙を託した二人。恐らくはあの学園の中、ううん、この世界で一番おねえちゃんと親しかった人達。そして、彼女達もまた、おねえちゃんのことがとても好きで、おねえちゃんが早まったことをしないようにといろいろと力を尽くしてくれたらしい。どれも結局は上手くいかなかったのだけれど。
綾さんはおねえちゃんの後輩で、おねえちゃんのファンクラブの会長であり、おねえちゃんの後釜で生徒会長を務めた人。おねえちゃんに憧れて入学時からずっと髪を伸ばしているらしい。三年前に私と初めて顔を合わせた時は肩甲骨くらいの髪の長さだったのがこの三年でお尻の方まで髪が掛かるくらい長くなっていた。おねえちゃんは太ももに届くかくらいまで伸ばしていたから、あともう1~2年くらいで同じくらいになるかも?
千鶴さんはおねえちゃんの通っていた学園…今は私も通っているけれど…の教師。普通科で現国の教師らしいけど授業は人手が足りない時にしかやらないらしくて、基本的には生徒指導と生徒会の顧問として活動しているみたい。私は生徒会には入っていないけど、学校に行かない不登校児として何度か指導はされたことがある。ずっと笑顔なんだけど、反論を許さない言葉攻めで圧を掛けられるとても怖い指導だった。
「そーいえば、今年で千鶴先生は三十路だったっけ?」
綾さんがふと思い出したようにそう千鶴さんに問いかけた。でも、その驚愕の事実に、私は思わず目を瞬かせながら、千鶴さんをまじまじと見てしまう。
……えっ?三十路?三十路ってことは30歳!?全然見えないんだけど!?
兄様も驚いたように隣の椅子に座る千鶴さんを見ていた。あの兄様を驚かせるなんて、すごいね!
千鶴さんは童顔なせいで、学生服を着て学生達に混じっても何の違和感がないであろうくらい若々しい。すらっとした体形で腰に届くくらいの艶のある黒髪もあり、普段からおしとやかで所作も綺麗だから、うちの学園の大和撫子代表だなんて陰で言われている。まだ20代だと思っていたけれど、まさか三十路だなんて…。これはもう詐欺だよ。
千鶴さんが私達の反応を見て面白そうにくすくすと笑い、可愛らしい笑顔をして目を細めると、笑顔とは反対の言いようのない圧を放ちながら綾さんに顔を向けました。綾さんが正面からその圧を受けて思わず「うひっ」と奇妙な声を上げた。
「綾さん?女性の年齢を大っぴらに話題として出すのはいけませんよ?勿論、なかには気にしない方もいらっしゃるでしょうが、どちらかと言えば気にする方のほうが多いでしょう。しかも、殿方も居る前でというのは尚更いけません。異性が居る場合と同性のみの場合の話題で気を遣わなくてはいけないことがあるのくらい、もう社会人になった綾さんならばわかるでしょう?生徒会長時代でも、周りを扇動して動かすことはよく出来ていましたが、不用意な言動をしたせいで余計な混乱を招いたことが何度もありましたよね?まだその癖が抜けないようでしたら今度私がじっくりと時間を作って教えてあげますけれどどうしますか?」
「…あ、その、ごめんなさい」
「私は怒っていませんよ?それで?どうしますか?」
「そのぉ…私も先生も忙しいし…ね?時間を合わせるのも大変だし…」
「可愛い生徒のためです。卒業したとはいえ、間違った道を正すのは教師の務め。多少の無理な時間を作るくらいなんともありませんよ?」
あの学園に居る教師の全員の弱みも握っていますし…と小さく呟いた千鶴さんの声を聞いた綾さんが顔を真っ青にして顔をぶんぶんと横に振る。
「ごめんなさいごめんなさい!今後気をつけますから!!」
「はい。気を付けてくださいね?」
2人のそんな一幕を見ていると、ウェイトレスさんが私のオムライスとオレンジジュース、兄様のホットコーヒーを持って来た。ウェイトレスさんがペコペコと千鶴さんに頭を下げている綾さんをちらりと見て一瞬笑顔が強張りながらもそれぞれに配膳して一礼して去っていく。
兄様がさっそくコーヒーの入ったカップに口をつけて、ほうっと息を吐く。その様も絵になっているのだから本当に無駄なイケメンである。私はそんな兄様から視線を逸らしてチキンライスの上に乗っているふわふわの卵をスプーンで割ると、美味しそうなとろとろの卵がライスの上に広がった。
「うわ~、妹ちゃんの見てたら私も食べたくなっちゃった」
「この店のオムライスは人気商品だからね」
……そういえば、前におねえちゃんにも作って貰ったことがあったなぁ。
あれはいつの時だったろうか?私がまだ小学生くらいの時で、まだ海外に行っていなかった時だったはず。う~んと考えながらも、お腹が減っている私はオムライスをはふはふと食べる。
三人と、時々私も交ざりながら近況の報告をしているうちにオムライスを食べ切り、オレンジジュースをこくこくと飲む。
食事を終えた私を見た兄様が、カップに入ったコーヒーを一気に飲み干すと、柔らかい笑みを浮かべながら提案する。
「それじゃ、そろそろいつもの場所に移動しようか」
兄様の言葉に頷いた私達はそれぞれ一斉に席を立った。ちなみに、支払いの紙を持ったのは兄様である。