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13話 天才少女と異世界の洗礼

 狼の体が頭が斬り飛ばされて顔無しの状態で横たわっている。顔の無い首からはとめどなく血が流れていた。ネットで調べ物をしている時に偶然見かけるようなグロ画像とは比べ物にならないほどのインパクトが目に焼き付いていた。周囲に漂う血の臭いが鼻から肺にまで到達した時に酷く吐き気がして思わず口元を押さえる。突然襲い掛かって来た死の恐怖と目の前の鮮烈的な死を直に見た私は完全に腰が抜けて座り込み、ガタガタと体が小刻みに揺れていた。



 簡単な依頼だったのだ。私達はまだ冒険者のランクが最低のGのため、常設依頼と呼ばれるいつでも誰でも受けることが出来るとても簡単な依頼しか出来なかった。まあ、当然と言える。



 常設依頼は二つ。一つが最もこの世界でポピュラーな薬草の採取。異世界ファンタジーの定番でもあるポーションという薬品を作るのに使う材料になるらしい。それ以外にも、一般人向けの傷薬や薬草自体にも薬効があるため、緊急時にはそのまま傷につけて使う時もあるのだとか。とにかくあちこちに生えている草ではあるが、取りすぎて群生場所を減らさないようにだけ注意された。



 もう一つ常設依頼は動物素材の納品だ。うさぎや狼、熊、鳥などの動物を狩って納品する仕事となる。自分で解体出来なければギルドに死体を丸ごと持ち込んで納品することもできる。その場合は解体手数料としてもらえるお金が多少減るらしいので、最初のうちからなるべく解体の練習はした方が良いとのこと。全部受付嬢さんが懇切丁寧に教えてくれた。ちなみに今回対応してくれた受付嬢さんはギルドカードを発行した時の人とは違う人だった。まぁ、一人で受付の全てを担っているわけではないからね。



 私達が今居る聖国の聖都には大きな湖があるんだけど、その湖で魚を釣るのが一番安全らしい。ただ稼げても子供お小遣いぐらいしか稼げないそうだから、時間対効率が最悪だけどね。



 後は街の外に出るしかなくて、街を守る高い外壁付近の見晴らしが良い場所で薬草を探すか、森の浅い場所に入って狩りをしながら薬草を探すかが低ランクの冒険者の仕事になる。安全を重視するならば外壁近くで薬草を探すのが良いのだけれど、既に何組もの冒険者パーティー、それも子供を中心にした集団が先に薬草採取をしているから、大人である私達はたとえ新人冒険者の初依頼だったのだとしても、気まずさから森の中に入らなければならなかった。これが失敗だったのだと知るのはもう少し後の話である。



 いくら武器を持っていたとしても、所詮はか弱い人間だ。うさぎならばともかく、狼や熊に襲われたら命の危険だってある。それに、この世界には普通の動物とは違う魔物と呼ばれる生き物も存在する。



 魔物は体内の魔力を使って傷を素早く治療したりすることが出来るらしい。しかも、動物よりも凶暴で、人を見かけたらまず襲ってくる。もちろん、動物よりも断然手強い相手なのだ。新人冒険者が魔物に遭遇した場合はよっぽどのことが無い限り逃げることが推奨されている。基本的に新人が持っている武具では魔物を倒すことが難しいからだ。



 と言っても、聖都の南の森の浅い場所では魔物は本当に滅多にしか現れないらしいから、私達は深い場所に入らないように細心の注意を払いながら、事前に買った薬草の図鑑を見ながら何種類かの薬草を見付けて採取していた。



「ん?今何か音が聞こえたような?」


「魔物が居ないとはいえ、狼とかは出るらしい。俺が周囲の警戒に専念するから、みんなは固まって作業をしてくれ」


「はーい。お願いしますねー」



 私が草の揺れる音を聞いたと言ったことで兄様が警戒レベルを上げて指示をしてきたので、綾さんが返事をして私に手招きした。素直に指示に従って綾さんの居る方に駆け寄ろうとしたその時だった。



「…?…っ!全くん、そちらの草が揺れました!すぐ近くに何か潜んでいます!」


「そっちか!」



 千鶴さんが指差した方はちょうど私の近くで、兄様から少し離れていた。兄様が慌てて駆け寄る気配に気付いたのか、茂みの中から大型犬よりも二回りくらい大きい狼が出てきて私に飛び掛かって来た。



「妹ちゃん!後ろに跳んで!!」


「っ!!?」



 綾さんの声に反射的に体が動いて、おねえちゃんから教わった素早く距離を取るバックステップをして飛び出してきた狼から距離をとる。だけど、慌ててしまったせいで着地をミスってしまい尻餅をついてしまった。そんな私に狼が鋭い牙をむき出しにして飛び掛かって来る。声無き悲鳴が喉の奥から出た。



「はああああ!!」



 私に飛び掛かってきた狼は空中で兄様の剣でお腹を斬られて吹き飛んだ。鮮血が辺りに舞うのが妙にゆっくり見える。



「妹ちゃん、こっち。邪魔になっちゃうから」



 綾さんが固まって動けなくなっている私を引きずるように移動させて、兄様から距離を置いた場所で私を抱きしめる。綾さんの体温がとても高く感じる。いや、私の体が冷えているのかもしれない。私は胸の近くにある綾さんの腕を強く握った。視界の端では私の手が酷く震えているのが見えた。



「全くん。その狼は」


「恐らく、魔物だろう。みんなは下がっていてくれ」



 兄様に斬られた狼はお腹を斬られたはずなのにいつの間にか傷が塞がっている。傷を与えた兄様を視線だけで殺さん限りの憤怒を込めて見て唸っていた。



「ひっ」


「妹ちゃん、大丈夫だから」



 狼が飛び掛かってきた時のことが脳裏に浮かび悲鳴を上げそうになるけど、ガタガタと震えるせいで上手く声が出せなかった。そんな私を、綾さんがあやすように空いている手で頭を撫でてくれる。



 狼が兄様に飛び掛かった。兄様は剣を構えた状態で向かいうち、狼が近くにまで来るまで引き寄せ、噛みつかれそうな距離になって体を捻って躱して同時に剣を引き抜いた。



 ザシュっという音と共に狼の頭が上に飛んでいき、頭の無い体が飛び込んだ勢いのまま地面に落ちた。兄様がまだ警戒するように頭の無い狼を見ていたけれど、すぐに小さく息を吐いて剣を振って血を払ってから鞘に戻した。



 そして、冒頭に戻る。



「うっ…!」



 気持ち悪さで口を押さえた私を、綾さんが心配そうな目で見詰めてくる。でも、私を撫でている綾さんの手も僅かに震えているのがわかった。きっと綾さんも怖かったに違いない。そう思うと少しだけ気分が落ち着いてくる。同じ感情を持っている人が近くに居るだけで随分と楽になるものだ。それでも、まだ心臓がバクバクしているけど。



「顔色悪いね。全さん、妹ちゃんを一度その狼の見えない場所まで移動させるよ」


「分かった。臭いに釣られて他の魔物や動物がやってくるかもしれない。いつでも逃げられる場所で休んでくれ」



……まだこんなのが襲ってくるかもしれないの?



 兄様の言葉に目尻から涙がじわりと浮かんできた。もうこんな怖いところに一秒でも居たくない。でも、まだ私の体は恐怖が抜けきれていないようで、カタカタと震えたまま力なく座り込んでいた。



 綾さんが涙目になった私の顔を見て兄様を咎めるような視線を向ける。



「ちょっと!妹ちゃんが怖がっちゃうでしょ!?」


「ごめん。輪音、森を出て外壁が見える場所まで移動して休んでくるといい。その方が安心するだろう」



 兄様が優しく私に笑い掛けてくる。私は力なく頷き、震える体をなんとか動かして綾さんにもたれかかるようにその場を後にした。



 綾さんがずっと私に「もう大丈夫だから」とか「私も居るからね」と優しい声でずっと私に話しかけてくる。私はそれらに応える気力もなく、ただただ無言のまま森の中を歩いた。そして、森の入り口近くの外壁が見える場所まで来たところで安心感からか、再び体の力が抜けた。地面に座り込んだ私に付き添うように綾さんも一緒に座り込む。そんな私達の異常な様子に気付いたたまたま近くに居た冒険者パーティーが声を掛けてきた。



「なにかあったのか?」


「この奥で狼の魔物に襲われて。私達は今日が初めての依頼だったから…」


「南の森のこんな浅い場所で魔物が!?わたしも様子を見てこよう。この先だな?」


「はい」


「わかった。他のみんなはこの子達の傍に居てくれ。戦える人が近くに居た方が安心するだろう」


「わかったわ。気を付けてね」



 綾さんと冒険者パーティー(女性だけの5人組パーティー)のリーダー的な人が私達がさっきまで歩いて来た森の中に入っていった。残った冒険者パーティーの魔術師っぽい恰好をした人が森の中を移動していたせいで汚れていた私達に洗浄魔法をかけてから魔法で水をだしてコップに入れて渡してきた。



「あ、ありが、」


「まだ恐怖が抜けていないでしょう?お礼は良いから飲みなさいな」



 フードを目深に被った魔術師さんっぽい人に言われた通り、震える手でコップを持ってなんとか水を一口こくりと飲んだ。カラカラだった喉に冷たい水が流れ込んできてようやく私は少しだけ冷静さを取り戻した。



「ありがとうございます」


「うん。どういたしまして。貴女も飲む?」


「はい。では、好意に甘えさせて頂きます」



 今度はきちんとお礼を言ってコップを返すと、魔術師さんは綾さんにもコップを渡して水を飲ませた。綾さんが水を一気に飲み干してコップを返すと、魔術師さんの後ろに立っていたクロスボウを持っているうさぎの耳が頭に付いた女性が声を上げる。



「帰って来たの」



 彼女の言う通り、先ほどの女性パーティーのリーダーと共に兄様と千鶴さんが帰って来た。その手には解体したのであろう狼の毛皮やら肉やらを持っていた。私には生き物を殺した上に解体まで出来るなんて理解不能だ。



「魔石があったから間違いなく魔物だ。恐らくはフォレストウルフだろう。はぐれかもしれないが念のために周囲の確認をしておこうか」


「それならば、ギルドへの報告はボクがやるよ。彼女達も送り届けなきゃだもんね」



 戻って来るなりいろいろと話している冒険者の女性たちを呆然と見る。本当にこんな命がけの生活が日常茶飯事なんだね。平和な場所からやってきた私にはまだまだ常識が足りないのだと再認識して、こんな危険な世界を今後も生きていかなければならないのかと目の前が真っ暗になっていく。私はまだ異世界というものを正しく認識していなかったみたいだ。



 最終的に、女性パーティーの槍を持った小柄な少女がギルドへの説明をするために私達に同伴することになって、私達は薬草収集を切り上げて街へと帰ることになった。




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