12話 天才少女と聖都の街
翌日。私達の意思が固まったのでプリシラさんに伝えると、既にこうなることを予想されていたのか、セラさんからの贈り物ということで、お金の入った袋(金貨がじゃらじゃら入ってた)と廃棄品扱いの武器と防具をいくつかもらった。私は使わないけど、兄様や千鶴さんは使えるからね。防具は…金属系ばっかで重いんだよねぇ…。これも兄様が軽装の装備を持っていくことになった。当たり前だけど、聖国の騎士の印とかは全部取り除かれていたよ。まぁ、印が残ってたらいろいろヤバイからねぇ。
プリシラさんに案内されて初めて大神殿の敷地から外に出た私達。今回は特別ということでプリシラさんから比較的安価でまともな宿も教えてもらった。
「今日まで本当にありがとうございました」
「いえ。私はただ仕事をしただけですから。皆様の行く先に幸あらんことをお祈り致します」
もともとプリシラさんはこの街に住んでいる訳ではないから、次会えるかどうかわからない。きちんとお礼を言ってからお別れした。今度会う時は何かお礼が出来ると良いけどなぁ。
事前の一般常識を座学として習ったとはいえ、やはり街に足を踏み込むとその景色になかなかの衝撃が走った。
「石造りの家が多いね。ここは聖国の首都だからかもしれないけど」
「やはり、ベースは中世ということでしょう。魔術具による近代的な道具もあるので、全て同じというわけではないですが」
「とにかく、まずは宿をとろうか。俺の分と君たち三人分で部屋を分けるのでいいね?」
「うん。それで良いよ」
宿までの道を観光気分で歩く。道行く人の女性は兄様に、男性は私達に視線が偏るようだから、やはりこの世界でも兄様や私達は見目の良い部類に入るようだ。特に兄様への熱い視線が多い。離れて歩きたい。ここまでくると兄様に同情すら湧いてくるよ。ただでさえ聖国は女性が多いから、普段よりも2、3割増しの視線の多さ。さすがの兄様もちょっと顔が引き攣っているね。
無事に宿に着いた私達は兄様の分の一人部屋と、私達の分の三人部屋をとりあえず一週間契約で確保した。かかったお金は2部屋合わせて大銀貨2枚。物価が違うから基準にはならないけど、およそ2万円だ。ちなみに、食事は食堂で出すけれど、別途でお金を支払うシステムらしい。これは食堂だけを利用するお客も居るかららしい。それでも安くない?プリシラさんに教えてもらったところだけど、大丈夫かなこの宿?
心配は杞憂に終わり、部屋の中は綺麗で特に問題は無さそうだった。三人部屋ということでそこそこ広い。お風呂は無いけどシャワー室はあるみたい。疑ってごめんなさいプリシラさん!
ちなみに、毎回兄様をはぶいているようで千鶴さんが少し心配していたけど、兄様は「こんなに一人でゆっくりできる時間なんて初めてで新鮮だから気にしていないよ」と言っていたらしい。父様と母様に一番近かっただけに兄様もいろいろと大変だったんだろうね。せっかく異世界に来て二人の手から離れたんだから、のんびりを謳歌すると良いよ!故に、存分に放置します!
そして、思っていた以上にお金を貰ってしまったので、数日は街のあちこちを出歩いてみることになった。ただ、兄様の単独行動はすぐ女性に囲まれてしまうので、仕方なく四人全員でまとまって観光することになった。ま、こればっかりは仕方ないよね。私達女性組は女性の多いこの国では特に問題無く歩けるんだけどね。まぁ、一部の女性からちょっとだけ変な視線が来る時もあるけど…。
数日街を歩き回って聖国の生活水準を検証した結果、やはり基本は中世に近い生活水準だが、魔法や魔術具の存在で衛生面や一部の技術は近代に近く、物によっては地球よりも便利なものもあることがわかった。。下水道のようなものもあるし(下水道の中は汚物処理用に開発されたスライムで蠢いていた。気持ち悪かった)、照明関係や地球でいう電化製品に当たる用途のものも多く存在する。ただ、魔法文化の弊害か、化学的なものや電気関連の文化は無いようだ。異世界転生あるあるだよね。まぁ、この辺りはほぼ予測出来ていたけどね。一応、一ヶ月以上大神殿の奥の建物で暮らしていたし。勉強もしたからね。
物流は馬車が主流のようなので、物価の偏りが激しく、この辺りは海が無い為か海産物は皆無。聖国のずっと南に海はあるけれど、廃都と呼ばれる危険な魔物が多く生息する地帯がある影響で近くに街や漁村が無いらしい。西は聖樹の森と神獣の領域があるから突っ切ることが難しく、迂回するとなるととても時間が掛かってしまうから効率がとても悪いみたい。どちらにせよ、距離的に海産物は難しいらしいけどね。それでも、聖都からとても離れた南西にある海岸沿いの漁村から塩がある程度手に入っているのは救いだよね。岩塩の産出量も少ないらしいから聖国は調味料が全体的に高いらしい。だからなのか知らないけど、聖国の料理は香草を使った香りづけの料理が多く、味付けに関してはちょっと薄味な感じ。
ちなみに、お米や味噌などが売っている行商人さんが居たため話を聞いてみたところ、公国という国から仕入れてきているらしい。ただ、道中がとても長いため、値段は高くなってしまうらしい。公国は確か聖国とは反対側にある東の国だから仕方ないね。でも、和風なものが多いみたいだから、いつか行ってみたいね。
物価から計算した一般市民のおおよその平均年収は大金貨1枚~2枚ほどだと推測される。日本円で100万~200万円くらいだね。これを考えると、一般的な家庭で使われる食料品や日用品に関しての物価は日本よりもやや低いと言えるだろう。一般家庭での出費は主に魔術具の買い替えやメンテナンスと食費、それと賃貸やローンがある場合は家賃だけということになる。そりゃあ、地球よりも安い賃金で暮らせるよね。電気代とかガス代とかないからねぇ。その辺りは大体がほぼ全ての人が使える〈生活魔法〉で賄えるからね。
年収で思い出したけど、そういえば暦について説明してなかったね。この世界の暦は1日が24時間で1ヶ月が30日、それが12ヶ月で360日、それにプラスして、年終わりの2日間と年始めの3日間というのがあって、合計で365日が1年間になるみたい。なんだか年終わりと年始めの辺りは強引な感じがする気がする…。誰がこの暦を決めたんだろうね?神様かな?
ただし、一部の娯楽品、高価な品などは一般の人には手が出しにくいほどの高価な値段設定になっている。これは恐らく高給取りを対象にしているためだろう。貴族とかね。ちなみに、誰でもなれる冒険者でも高ランクになると一回の依頼達成で小金貨を貰えることもままあるので、そのような高ランク冒険者向けのお店も多い。
そうそう。聖国の一番の特徴としては女性が圧倒的に多い。これはプリシラさんの授業でも習ったのだけど、聖国は天使の力を持つ聖女を尊重する風潮があり、天使の力、つまりは天使系スキルを持っているのが女性であることが極めて多い為、女性優位の国柄になってしまったのだそうだ。他の国では男性優位の風潮が多いということもあり、そういうのに反発して聖国に流れてくる女性も多いらしい。あくまで概算だが、聖国の国民は女性が8、男性が2くらい割合だそうだ。これでも男性も多くなったのだという。兄様にとっては地獄のような国だった。別に兄様は女性嫌いではないけれど。鬱陶しそうではある。
この数日間で服装もこの世界の人達に合わせるように変えることになった。革製品とかはまぁなんとか誤魔化せるかもしれないけど、ナイロンやポリエステルとかの化学繊維で作られたものはこの世界では目立つ。商人に目を付けられても面倒だからね。というわけで、貰ったお金がまだ全然残っているので、女性三人分及びに男性一人分の服を買うことになった。最低でも一人2着以上必要になるから、意外と大きい出費になった。
「着替えてもその白衣は脱がないんだね」
「うん。これが無いと落ち着かないから」
脱げと言われても脱ぎません。この白衣は私のトレードマークだからね!この世界にも研究者や医者などが似たような白衣を着ているらしいから問題ない…と思う。え?化学繊維がなんたら言っていたって?記憶に御座いません。
綾さんはシンプルな紺色のシャツと黒のショートパンツに黒ニーハイという暗めの配色で、落ち着いた大人っぽい雰囲気ながら、ショートパンツとニーハイの間の絶対領域にある肌色にそこはかとなく若々しさを見せている。いや、綾さんは若いんだけどね。総評すると、蠱惑な大人っぽさがあってとても良いと思います!
千鶴さんは所々ひらひらしている白いブラウスに、膝丈の青いスカートというとても清涼感のあるどこのお嬢様?な見た目になっていた。ぶっちゃけ、綾さんよりも若く見える。私達の中でも断トツで物腰が柔らかいし、雰囲気もお嬢様感が漂っているから、どこぞの貴族のお嬢様に見られてそう。実際に店員さんがとても緊張したような顔で千鶴さんに対応していたし。面倒事にならないといいけどなぁ。
私?私は脱ぎやすくて着やすいワンピースを買ったよ。袖が無くて膝上くらい丈のやつ。色も白しか買ってない。白のワンピースといえば清楚感溢れる服装なんだけど、上から足元まで丈のある白衣を纏っているし、そもそも身長が小さいから子供服にしか見えない。それに、私の服のサイズは子供用の場所にあった。仕方ないとはいえむかつく!ちなみに、おねえちゃんもワンピースが好きだったかな。コーデを考えるのが楽だとか言って。ま、おねえちゃんは何着ても似合っていたけどね!
兄様?兄様のコーデとかどうでもよくない?シャツの上に上着を着て長ズボンを履いているだけだよ。爽やか系のイケメンを集めた雑誌にでも載ってそう。
一般市民は主に白や薄い色系、又は黒や黒に近い紺色などの服を着るのが一般的みたい。青い色や赤い色とかの明るい色は大体がドレスに用いることが多いんだって。もちろん、派手な色の服もあるけどね。ちょっと割高なだけで。
あくまでこの街を基準にしてではあるけれど、この世界の一般的な大人の女性はほぼ脛丈のロングスカートを履いてるみたい。丈の短いスカートやパンツ系とかは激しい動きをすることが多い冒険者や騎士関係の仕事をしている人に多いみたいだね。補足すると激しい動きをするのにスカートを履く人は少数派で、スカートの下は見られても大丈夫なものを履いているらしいよ。男子の諸君は残念だったね!
容姿に関することといえば、黒髪黒目が目立つかどうか気になっていたけれど、さっき話題にも出した公国という国では珍しくない色らしいからそんなに目立つことは無いことが判明した。
そうそう、最後に本屋さんで生活魔法の本を買ったよ。今のところデバイスを持っている私しか魔法を使うことが出来ないけど、せめて洗浄くらい覚えないと服の洗濯も出来なくて大変だと言う事態に気付いてしまったの。今までは夕食の後にシスターの少女達がやってくれていたからうっかりしていたよ!
そうして少しずつ、まだまだ戸惑うことは多いながらも徐々にこの世界に馴染んできた(と思っている)私達は、ついに冒険者としての仕事をするために冒険者ギルドに向かうことになった。




