10話 天才少女のスキル
部屋の中に入ると、そこは窓も明かりもない薄暗い空間で、部屋の中心の床には魔法陣のようなものが描かれていた。そして、その魔法陣の上には石板が置いてある。魔法陣の灯りでぼんやりと部屋は明るいけれど、その薄暗さがどことなくこの世界に召喚された時のことを蘇らせて身震いしてしまう。
後ろの扉は既に閉ざされているので、私はさっさと登録を終わらせようと石板のもとへと走り、まっさらなカードを押し当てる。
すると、魔法陣が明るく光り、石板も同じく淡い光りを発すると、表面によくわからない文字が浮かびあがった。
…うーん?習った文字とは違うみたい。世界共通の言葉と文字らしいけど、やっぱり別の言語も存在するみたいだね。
しばらくの間、カードを押し当てていると徐々に光と文字が消えていき、代わりに私の持っているまっさらなカードにいろいろと書きこまれていくのが見える。
……おお!とってもファンタジー!
地球では絶対にお目にかかれないような光景にちょっと興奮しながら、私はギルドカードに記載されている内容を読んでいく。
【名前】月代 輪音
【種族】人間
【冒険者ランク】G
【コモンスキル】
〈原初魔法レベル1〉〈体術レベル1〉〈高速思考レベル2〉
〈調合レベル2〉
【エクストラスキル】
〈並列思考〉
【ユニークスキル】
〈異世界の天才少女〉
私は思わず天を仰いだ。いや、まだスキルの詳細を確認していない。私は何とか気持ちを落ち着かせるように2、3度深呼吸してから、スキルの名前が載っている場所をタッチした。しかし、魔力が無い私達でも扱えるって凄いよね。魔力を使わないから、このギルドカード自体は魔術具ではないのかな?それとも、魔力を使わない魔術具があるっていうことなのかな?
……このカード自体もとても気になるけど、まずはスキルの確認をしないとね!
〈原初魔法〉…全ての魔法行使に補正。使用者のイメージであらゆる現象を魔法として行使出来る。
もともと、魔法ってイメージしたことが出来るんだよね?炎魔法や水魔法みたいな特化型ではなくて、どんな種類の魔法でも威力が上がったり、コントロールしやすくなったりするってことかな?…そもそも、私は体の中には魔力が無いから、デバイスが無いと魔法なんて使えないんだけど。それでも魔法を使えればスキルは覚えられるんだね。
〈体術〉…体を使った戦闘術に補正。レベルで補正量増加。
武器を使わない戦闘術が強化されるスキルってことかな?おねえちゃんから教えてもらった護身術のおかげで覚えたのかな?ありがとう、おねえちゃん!
〈高速思考〉…思考する際により頭の回転が速くなる。レベルで上昇量増加。
今みたいに考え事をししている時に、思考が速くなるスキルかな。少し使ってみよう。…お?確かに早くなっている気がする!周囲の時間が遅くなっているような感覚だね!これ良いかも!このまま次のやつも見てみよう。
〈調合〉…物と物を組み合わせる作業をする時に補正。レベルで補正量増加。
この補正って言い方分かりにくいね。つまりは、調合する時に何をどうやったら上手くいくかがなんとなく分かり易くなったり、調合する時の動きに無駄が少なくなったりするみたい。私が研究者としていろいろと実験していたから覚えているのかな?
〈並列思考〉…複数のことを同時に思考出来るようになる。
そのまんまだね。私はよく研究しながら他のことを考えたりしてるから、それで覚えたのかも。他のことって?もちろん、おねえちゃんのこととかおねえちゃんのこととかおねえちゃんのこととかおねえち……
ちょっとトリップしてしまった。最後の問題児を見てみよう。スマホみたいにポチっとタップすると、スキルの詳細と同時に私の頭の中に使い方とかが流れ込んできた。ふーん、ユニークスキルってこんな感じなんだね。他のスキルよりも詳細に使い方や効果が脳に刻み込まれている感じ。不思議だねぇ。
〈異世界の天才少女〉…異世界からやってきた天才少女。スキルが習得しやすくなり、コモンスキルの成長が速くなる。以下の能力を得る。
・〈鑑定眼・科学〉…目で視たモノを鑑定出来る。鑑定内容は名前、性質、構造のみ。
・〈特異体質・異世界人〉…全ての状態異常を無効化し、不老になる。
まず一つツッコミたい。天才少女って何!?確かによく言われてはいたけれど、私はそんなに凄い人じゃないからね!?勘違いも甚だしいよ!
ふーふー。よし。効果の解説をしよう。
ユニークスキルには基本能力の他にも付属される能力があるみたい。これはプリシラさんがスキルの話をしていた時にも言っていたね。〈異世界の天才少女〉の基本能力はスキルの成長補正と習得補正だよ。
追加能力としては、〈鑑定眼・科学〉と〈特異体質・異世界人〉。前者は鑑定スキルの一種みたい。どれどれ、さっそくこの石板に使ってみようと。…ふむふむ。この石板の名前とか能力はわかったけど、構造は見てもさっぱりわからん。感覚的には断面図にしたり、どのようなもので出来ているのか分かる感じかな。まぁ、この石板の材料が魔鉱石っていう石なのはわかった。それと、この鑑定眼は使いすぎたり情報量の多いモノを見ると頭が痛くなるみたい。情報の多さに脳の処理が追い付かないみたいだね。〈高速思考〉と〈並列思考〉を使っても辛いようなものは鑑定しないようにしよう。
〈特異体質・異世界人〉。効果は詳細の通りで、全状態異常の耐性と不老。不老ってことは、私はこれ以上を歳をとらないということで…。一生、ロリが確定した瞬間だった。まあ、既に諦めていたけど。だって私はもう18歳だし。
私のスキルはこんな感じかな。うーん。気になるところはあるけれど、そんなに凄そうなスキルは無さそうだね。こう、ザ・チートって感じのスキルがあれが面白そうだったのに。こう、勇者みたいな名前のとかね。天才少女とか名前はチートっぽいのにね。それにしても、天才少女かぁ…スキルの名前って変えられないのかなぁ…。恥ずかしいよぉ…。
〈高速思考〉のおかげで随分と早くスキルの確認が終わってしまったためか、私はぼんやりと天井を見ながら迎えまでの時間を潰すことにした。
いい加減頭の中がおねえちゃんの名前で埋まりそうになった頃に、入り口の方でコンコンというノックと「中に入ってもよろしいですか?」という受付嬢さんの声が聞こえた。やっとかー。とても退屈だったよ。
ギルドカードには名前と種族とランクを表示するようにして、スキル欄は全て消しておく。こういう機能があるのは良い事だね。
ギルドカードの設定を終えてから一度受付嬢さんにカードを手渡しすると、受付嬢さんがカードに紐を通して私の首に掛けてくれる。こうすると本当に身分証とか社員証みたいな感じだね。
無事に冒険者への登録が終わったので、私は再び受付嬢さんと黒騎士さんに挟まれる形で聖堂へと戻った。
「お、これで全員終わったみたいだね。お疲れ様~」
私が帰ってくると、セラさんがニコニコと笑いながら迎えてくれた。控えめにいって可愛い。私が男の人だったらうっかり好きになってしまいそうなくらいには可愛い。これだけの容姿ならおねえちゃんと並んでいちゃいちゃしているのを見るのも良いかもね!
「うーん。なんだか変なこと考えてない…?」
うえ!?考えていることが分かるスキルでもあるのかな?さすが熾天使様。これ以上考えていることがバレたら怖いからさっさとみんなのところに戻ろう。
みんなが座っているところに早歩きで戻って、綾さんの隣に腰かけた。ふぅ。っと思わず溜息が出てしまう。やっぱり知っている人達が傍に居るのと居ないのとでは全然違うね。綾さんが小さな声で「おつかれ~」と言ってくれる。私はその言葉に笑顔で返しておいた。
「よし。これで無事にギルドの登録は終わったね。冒険者ギルドの皆様は今回はありがとうございました。鑑定の部屋で少しだけ待っていてくださいね。撤去の手伝いをしますから」
「いえ、私達だけで大丈夫です。それでは、新人冒険者さんがギルドに来るのを楽しみにしていますね」
そう言ってギルドマスターさんは受付嬢さんを連れて奥の部屋に消えていった。それを見送ったセラさんは「さすがにアーティファクトは触られたくないか」と苦笑いしてから、私達に視線を移した。視線を感じた私はすっと背筋を伸ばす。
「今後のことなんだけど、君たちに選択肢を与えたいと思う」
遂にか。私達をここまで無償でいろいろとやってくれたんだ。どんな要求をされるかわからない。私は人知れずこくりと喉を鳴らした。
「まず一つ目。ここに留まって聖国の騎士として働くか。居住場所は今までのあそこを使っても構わないし、衣食住全てをこちらで面倒見てあげるよ」
簡単に言うと、私達を国で取り込むということだ。異世界の知識と技術を持ち、恐らくはみんなが異世界関係のユニークスキルを持っていると考えると、国としては是非とも欲しい人材かもしれない。今までの扱いを考えても、これからはこの国で働くようにと言われても仕方のないことだ。
……まだユニークスキルのことはバレてない筈だけど、それを抜きにしても異世界人というのは価値があるからね。
「もう一つは、ここから出ていって一から外の世界で生きてもらう。こちらからは冒険者として生活できるように最低限の装備と数日分は宿で寝泊まり出来るだけのお金を手渡すよ。それで君たちとは一旦縁を切る」
この提案は意外だった。選択肢なんて言うから、てっきり自分の意思で従うか強引に取り込まれるかのどちらかだと思っていたのに。
「丸一日時間をあげるから、ゆっくり考えてね。明後日にまたプリシラさんを通して答えを聞くから」
セラさんはそう言うと片手を上げた。それを見たプリシラさんが壁端から私達の前までやってくる。椅子に座ったままの私達は全員その場で立ち上がった。
私達の目の前で立ち止まったプリシラさんは心配そうな目で私達を見回してから柔らかく微笑んだ。
「それでは、お部屋まで案内しますね」
部屋を出る瞬間に後ろをちらりと見ると、熾天使さんが変わらない笑顔でずっと私達を見ていた。何故かそれに悪寒を感じてすぐに正面に向き直る。
部屋に戻る途中の庭を歩いている時に空を見上げた。聖堂に居る時に四の鐘が鳴ったのは覚えているから、お腹の減り具合的にもう少しで五の鐘が鳴る頃だと思う。
部屋に戻るまでの間、みんなはずっと何か考えるように無言のまま歩いていた。
この後のことをどうするのか、大事なことだからよく考えないと。私の中の答えはもう決まっているんだけどね。




