9話 天才少女と冒険者登録
私達がこの世界に召喚された時に助けてくれた天使さんは、相変わらず天使のように整った顔で微笑んで私達のことを一人一人確認するように視線を送る。あれだけ整った顔の人にじっと見られるのは同性の私でもめっちゃ緊張する!おねえちゃんで慣れていて良かったよ。
「もう言葉はばっちりなんだよね?それじゃあ、まずは自己紹介からかな。…ん、んん!…私は聖国の聖女筆頭のセラ。熾天使の名前の方が世間的には有名かな?」
おー。やっぱりとても偉い人だった。というかこの国の実質トップの人だ。聖国は天使のスキルを持つ人を聖女として特別階級の扱いをしていて、その中でも特に強力な中位天使や高位天使は国の中枢で象徴として聖国を導く人らしい。その聖女の筆頭ということは、このセラという女性は王様みたいな立ち位置の人ということになる。
……見た目は16、7歳くらいなのに凄いなぁ。
あ、でも、こういう特別強い力を持つ人は寿命が無い聖人っていうのになっているんだっけ?じゃあ、見た目=生きてきた年じゃないね。千鶴さんみたいな感じか…。
ちなみに、天使スキルを持っている人はほぼ女性しか居ないから聖女なんだってさ。男性で持っている人も稀に居るらしいけど、その人達には特別な呼び名は無いみたい。
聖女筆頭のセラさんの自己紹介が終わると、隣に立つ金髪の少女が今度は口を開いた。う~ん。あの人どこかで会っているような気がするんだよねぇ?どこだっけ?この世界で会っているのは間違いないんだけど…
「私の名前はアイリス。聖女筆頭補佐で聖天使のアイリスです。どうぞよろしくお願いします。こっちの黒騎士は私達の護衛であり、聖国の騎士達を束ねる十二天騎士筆頭のカルタです。今回はセラが勝手なことをしないようにお目付け役としてここに参加させていただいております」
「え?そんな理由だったの!?」
「他にどんな理由があると思っていたのですか?」
「いや、普通にただの立ち合いかなーって。まあ確かに、わざわざこんなことのために執務を放り出してくるなんて珍しいなぁとは思っていたけど」
「そうですね。これが終わったのを見届けたらきちんとセラを連れ戻さないといけませんね。また勝手に市井に出てふらふらとされると困りますので」
「えぇー…」
「いやーお二人は本当に仲が良いですねー」
私達を置いて勝手に盛り上がる国のトップ二人とその護衛に、この蚊帳の外な空気感をどうしようかと綾さんに目配せをすると、綾さんはどうしようもないから放っておこうと肩をすくめた。だよね。空気になろう。
聖女筆頭補佐の聖天使アイリスさんと聖女筆頭で熾天使のセラさんが痴話喧嘩のようなことを始めてしまい、口を挟むことも出来ずに呆然と眺めていると、アイリスさんの顔がニコッと笑ったのが見えた。その時に私はようやく思い出して、手をポンと打って声をあげてしまった。
「あ!思い出した。あの時の食事を配膳してくれていたシスターさんだ」
「あぁ、他の方と比べて突出して所作が綺麗だった人ね。私も聖天使様を見てからずっとどこかで見たような違和感を感じていたけれど、お陰で違和感が無くなってスッキリしたわ」
私の声に反応して千鶴さんが頬に手を当ててぼそぼそと呟いた。まぁ、千鶴さんの観察眼なら気付いてもおかしくないよね。綾さんは何のこと?という風に首を傾げているから、あのシスターに混じっていた聖天使さんには気付いていなかったみたい。いや、私もあの中に聖天使さんが混じっていたなんて今初めて知ったけどね。兄様は…ずっと笑顔を張り付けてて何考えているかわからないからいっか。
私と千鶴さんの声が聞こえたのか、アイリスさんが驚いた顔で私に顔を向けた。壁端に居るプリシラさんも驚いたようで、口元に手を当てて私達を見ていた。あの様子だと、プリシラさんはあのシスターたちの中に聖天使が居たこと知ってたっぽいね。
「どうして、分かったのですか?」
アイリスさんが驚いた顔で聞いてくるけれど、私にはこれといって明確な理由はない。食事の配膳をしてくれていたシスターに似ている雰囲気の人がたまたま目の前の人っぽかったからそうじゃないかなと言っただけなのだ。強いて理由を挙げるならば…
「勘かな?なんとなくわかった」
「聖天使様に対してなんて口の利き方…」
あ、しまった。ギルドの人に睨まれちゃった。私は今更ながら国の偉い人にため口をきいていたことに怖くなって、ギルドの人の視線から逃げるようにじりじりと綾さんの後ろに隠れようと移動する。アイリスさんが私の怯えた顔を見て手を軽くふった。
「私は気にしませんから構いませんよ。それにしても、勘、ですか。所作の時点で粗が出ていたようですし、私の潜入能力もまだまだのようですね」
「あはは。いくら顔と髪色を魔法で隠しても、アイリスを知っていて気が付かない人なんて居るわけないじゃん」
「ホントですねー」
「…後で覚えておきなさい」
アイリスさん本人が気にしないと言ったことで私に厳しい視線を向けられることは無くなった。それにしても、ギルドは国とは独立しているんだよね?なんだか繋がっているようにしか見えない反応だったんだけど…。っていうか、またいちゃいちゃ始めたよ…。
……でも実際に、この人達はとっては偉い人だから名前呼びは良くないよね?今後は熾天使さん、聖天使さんって呼ぶことにしよう。…様の方が良いかな?
「聖天使はこの国で特に人気のある聖女様だからね。600年前の『アリアドネの災厄』で自らを犠牲にして世界を守った人として語り継がれているから。本にもなってるんだよ?」
「いつまでもそんな昔のことを…。それに、人気で言ったらセラの方があるでしょう?元Sランク冒険者にして、100年前の『帝都狂乱事件』の英雄さん?」
「あー英雄とかやめてよー。私はそんなに大それたことしてないのにさ」
何故そんな話になったのかは分からないけど、いつの間にか熾天使様と聖天使様が昔の偉業について暴露しあっていた。
『アリアドネの災厄』と『帝都狂乱事件』については、プリシラさんの授業でも習った。この世界(厳密にはこの大陸)の中でも特に世界中に影響が広がった大きな事件だそうだ。この両事件に深く関わった英雄でもあるのが、私の目の前で仲良さそうに話をしている熾天使様と聖天使様というわけだね。歴史書に載っている人が普通に生きて目の前に居るって不思議。さすが異世界。
……というか、聖天使様って一度死んだんじゃないの?なんで今普通に生きてるの?蘇生魔法でも使ったのかな?
「こほん。それでは、ここからはギルドの仕事になりますので、わたくしから説明させて頂きます」
一向に話が進まないからか、さっき私を睨んできたギルドの女性が咳払いをして注目を集めた。イチャイチャしていた熾天使さんと聖天使さんも同時に真面目な顔になる。場の空気が変わったのを感じた私は背筋をぴっと伸ばした。
「わたくしは聖都にある冒険者ギルドのギルドマスターをしています。先ほど熾天使様も仰いましたが、本来はギルドの登録は各ギルドの監視下のもと、ギルドの建物内で行われることです。今回のような登録は特別扱いとなりますので、くれぐれも他言無用に願います」
「本当はギルドは国とは独立した機関だから、今回のような国からのお願いでギルドカードの発行をするのは極めて特別なこと。私がたまたま冒険者ギルドに伝手があったから無理が出来ただけだからね」
あ、この人、冒険者ギルドのギルドマスターなんだ。簡単に説明すると、聖都にある冒険者ギルドという会社の支部長さんみたいな人。聖都は聖国の首都に当たる街だから、実質、聖国の冒険者ギルドで一番偉い人でもある。
冒険者とはまぁ、異世界系であるあるの職業だけど、簡単に説明するとなんでも屋さんである。街の人々から雑用から魔物の討伐まで様々な依頼を受けて遂行するのが主な仕事で、冒険者ギルドとはそんな冒険者達の管理をしたり、依頼の取り纏めとかする場所である。
「ギルドカードの登録にはこちらのカードを、今回のために特別に用意した隔離した部屋に設置してある石板に当てることで登録出来ます。その部屋への案内はわたくしのギルドの受付嬢をしているこちらの娘が案内します」
紹介された受付嬢さんが綺麗にお辞儀をした。顔は笑顔だけども緊張しているように見える。当たり前だよね。これだけの有力者と同じ部屋に居るんだもんね。胃が痛いよね。
「あ、部屋までの案内と、部屋の外では私が護衛につきますよー」
黒い騎士服のカルタさんが護衛という名目の監視のためについてくるらしい。このカルタさんもなんとなく只者じゃない感じがするんだよね。聖女筆頭とその補佐の護衛を一人でしているんだから只者な訳無いか。
「鑑定自体はすぐに終わりますが、スキルを確認するための時間としておよそ30分、部屋に待機して頂きます」
ギルドマスターさんはどこからともなく砂時計のようなものを取り出した。たぶん、ネックレスか指輪、腰にある袋のどれかに収納魔法が付与された魔術具があるんだと思う。魔術具とは、魔法やスキルの能力を閉じ込めた道具で、魔力を流すことでその能力が使えるようになるらしい。この建物の灯りとか部屋にある蛇口とかも全部魔術具なんだって。
「本来スキルとは、血のつながった家族でも場合によっては秘匿するほどのとても大事な個人情報になります。誰にどの程度持っているスキルを明かすかは、ある程度決めておいた方が良いでしょう」
私、千鶴さん、綾さんの間では全ての持っているスキルを共有することをもう決めている。兄様?男の人に自分のスキルのことを教えるわけないよね?ほら、今さっきギルドマスターさんも肉親でも秘密にするって言っていたからね。おかしくないよね?
「当たり前だけど、冒険者ギルドのギルドカードを手にするということは、冒険者ギルドに所属することになるからね。もっとも、特定の街のギルドと専属契約しなければ、よっぽどの事態でない限り強制されるようなことはないけど。もし、ギルドに所属するのが嫌だったらこの場で断ってもいいよ?どうする?」
熾天使様の言葉に私達はお互いに目配せしてからお互いに頷き合い、それを確認した兄様が代表して口を開いた。
「俺達にここまで手配して下さったのに、断る理由はありません。是非、宜しくお願い致します」
兄様が無駄にかっこいい笑顔と声で代表して答えてくれた。熾天使様は「そ」と素っ気なく反応してギルドの人達に目を向ける。さすがに見た目は若くても長生きしているからか、兄様のイケメンぶりに翻弄されるようなことは無いみたい。ちなみに、ギルドの二人は頬を赤くしていた。ちなみにちなみに、私と綾さんは気持ち悪そうに顔を背けた。千鶴さんはずっと外向けの微笑を湛えたまま変わっていない。さすが大人。
冒険者の登録は一人ずつなので、一番最初に兄様が立候補して奥の部屋へと案内されていった。受付嬢さんが目をハートにしているのがわかる。私からしたら何が良いのかさっぱりわからない。一緒についていったカルタさんは終始ニコニコしていた。あの人は何を考えているのか分からない。どことなく千鶴さんっぽい。
「輪音さん、何か言いたいことでも?」
「何か気になることでもー?」
「な、なんでもないよ」
千鶴さん鋭すぎ!ひえっ、その貼り付けた笑顔で私を見詰めないで!怖いよ!それになんでカルタさんも反応してるの!二人とも怖い!
2番目に千鶴さんが兄様と交代で出ていき、3番目に綾さんが千鶴さんと交代した。私は最後だ。
しかし、この待っている間、熾天使さんと聖天使さんがずっといちゃいちゃ(?)していた。見ていて胸焼けがしてくる。ああいうのは私とおねえちゃんでやりたかった。
あ、一応セラさんとアイリスさんの為にもう少し詳しく話をすると、セラさんが執務の愚痴だとか「もっと自由に動きたい」とか「月の領域で兎達とかをもふりたい」とか言っているのを、アイリスさんが「執務は手伝っているのだから必要なところだけでもやってください」とか「いつも勝手に抜け出して自由に動いていますよね」とかちょっと前に月の領域でうさぎをもふった話をしていた。ちなみに、月の領域の話で二人が口喧嘩をしている時にカルタさんが帰ってきて「仲が良いですねー」とか言っていた。とってもカオス。
「帰って来たよ。最後は妹ちゃんだね」
綾さんが帰ってきたので、私は早々にこのカオスな場所から逃げ出すために受付嬢さんのもとに駆け寄った。あ、さすがに待っている間は近くの椅子に座らせてもらっていたよ。
受付嬢さんは「では、ついてきて下さい」と言い私の先をゆっくり歩いていき、カルタさんが変わらずニコニコした顔で私の背後に立った。視界の端でギルドマスターが砂時計のようなものをひっくり返したのが見えた。
聖堂の奥の部屋から出て少し歩いた場所にある扉の前で受付嬢さんが立ち止まり、「こちらをどうぞ」と真っ白なカードっぽいものを私に手渡してきた。それにしても、さっきから受付嬢さんの目が子供を見るような目なのが気になる。まぁ、見た目的に諦めてるけどさ。
「部屋に中に入って、中央にある石板にそれを当てて下さいね。時間になったらドアをノックして声を掛けますので、それまでにスキルの確認をして下さい」
「ここの部屋は頑丈ですがー、危ないのでスキルの行使は控えてくださいねー」
受付嬢さんと黒騎士さんの言葉に頷いて、私はその扉を開いて部屋の中に入った。




