血みどろの再会
あれから五日が経った。
私はあの時の失敗から、比較的簡単な依頼を受けるようになった。
弱い魔物を討伐したり、頼まれた物を取ってくる依頼ばかりだ。
正直やや楽な仕事ばかりだが、真剣にやれば死ぬことはない。
情けなく思えるだろうが、私は気にしていない。
あんな思いは二度としたくない。
ただ、それだけのこと。
例の「彼」に関しては、あの日以来再会できていない。
また、殺人事件も起きていない。
もしかしたら、情報を集めているのかもしれない。
あの時クスリ屋に寄ったのは、おそらく情報収集のためだろうと私は睨んでいる。
そして情報が一通り集まったので、行動に移したのだろう。
正直、彼が殺人犯だと思いたくはない・・・。
・・・だが、私を助けてくれた時に見せたあの魔物の殺害方法と、殺人事件の被害者の殺され方が似ている。
残念ながら、彼が殺人犯で間違いないだろう。
しかしどうして・・・。
どうして、このようなことを・・・?
・・・やはり、会って聞かないと!
私は依頼を完了し、街へ戻っていた。
道は安全で、魔物が出たとしても弱い奴らばかりだ。
私でも余裕で勝てる。
ふと、遠くの街を眺めた。
私が今から帰ろうとしている街とは別の、隣町の方だ。
数日前にあの町で殺人事件が起きた。
悪徳商人が惨殺された・・・。
刃物で何度も頭を斬られ、上半身と下半身が切断されていた・・・。
・・・考えたくはないが、それも「彼」だろう。
彼はおそらく今もどこかで誰かを殺そうとしているのだろう・・・。
彼の目的は一体・・・。
ガシャン!!!
「いったぁー!!?」
私の脚になにかが噛みついた。
トラバサミだ・・・。
私はグリーブを履いているのだが、それをも貫通して脚に刺さった。
凄く痛い・・・。
私は何とか外そうとするが、どうも私の力では開けない・・・。
どうしよう・・・。
「大丈夫ですか!!」
ふと、声の方を向くと一人の男性が駆け寄ってきた。
口髭を生やし、メガネをかけている紳士風の男性だった。
男性は、私の脚に噛みついているトラバサミをゆっくりと外してくれた。
見た目に反して力持ちのようだ。
「ありがとうございます!!」
「いえいえ。 それより脚の方は大丈夫ですか?」
私は試しに足を動かしてみた。
「いっつぅ・・・。」
ダメだった。
私は痛みに耐えきれず、その場で尻餅をついてしまった。
「これは大変だ! 早く治療しなければ酷くなってしまう。」
すると男性は、私を横抱き(お姫様だっこ)で抱えた。
鎧を身に着けている私を軽々と持ち上げた。
「あ、あの・・・!」
「私の屋敷がこの近くにあります。 早急に手当てをしますので、どうか安心してください!!」
そう言うと、男性は私を抱えたまま走り出した。
・・・なぜ初対面の相手にここまで優しくしてくださるのだろうか?
彼が紳士だからかしら?
いずれにしろ、この脚じゃ歩くのに苦労しそうだわ。
ここは大人しく従っておきましょうかしらね。
数分後、本当に屋敷に着いた。
屋敷は街から離れた場所に建てられており、意外と大きかった。
屋敷の中に入ったらあっちこっちを駆け回っていて、どこかの部屋に入った。
そして男性は私を立派な椅子に座らせた。
さっそく男性は私の脚を消毒し、包帯を巻いてくれた。
とても慣れた手つきだった。
「あ、あの・・・、ありがとうございました・・・。」
私はここまでのことが突然すぎてやや混乱していたが、とりあえず男性にお礼を言った。
「いえいえ。 美しい淑女に対して親切にするのは当たり前です。」
男性は普通のことのようにそう言い放った。
笑みを浮かべており、優しそうだった。
「なんてお礼をすれば・・・。」
「いえ、お礼なんていいですよ。 それより、しばらくは安静にしていてください。 動くと危ないですから。」
「本当に色々とすみません・・・。」
男性は迷惑な顔一つ見せず、ただ笑顔を絶やさなかった。
まさに紳士だった。
「少し外しますね。 鎧などもその辺に置いて結構ですよ?」
そういうと、男性は部屋を出て行った。
なんて親切な人なのだろうか。
世の中の人間があの人のような人だったら、「彼」も殺人事件なんか起こさなかったかもしれない。
・・・そうもいかないのが、世の中というモノなのだろうけど。
私は鎧を脱いで、椅子に寄りかかった。
・・・あれから何時間経ったのだろうか。
私は椅子に座りながら寝ていたようだ。
部屋を見回すと、どうやら男性が暖炉を付けてくれていたようだ。
とても暖かい・・・。
窓の外を見ると、どうやら既に日が暮れてしまったようだ。
雲行きも怪しくなっていた。
・・・さすがにもう帰らないと。
私は鎧などの脱いだものを再び身に着けた。
足はまだ痛むが、これ以上お世話になるのも悪い。
男性に何を言われようが、今度は絶対帰ることにしよう。
私はやや不安定だが歩き出し、男性を探し出した。
「すみませーん!!」
屋敷の廊下を歩きながら、大声を出して男性を探す。
しかし男性がどこにもいない。
寝ているのかな?
ふと、通りかかった部屋の中から音が聞こえた。
ここにいるのだろうか?
とりあえず、部屋の扉をノックした。
反応は・・・なし。
ここではないのかな?
私は再び廊下を歩き出すことにした。
・・・しかし、うっかり怪我をした脚で思いっきり一歩を踏み出してしまった。
当然バランスを崩し、横に倒れてしまった。
すると、先程ノックをした部屋の扉に突っ込んでしまった。
どうやら内開きだったようだ。
扉が開いて、部屋の中に転倒してしまった。
いたたたた・・・。
私、転んでばっかりだな・・・。
ふと、部屋の中の様子を見てしまった。
・・・そこは「部屋」と呼べる場所のようではなかった。
どちらかといえば・・・「独房」・・・。
何故そう思ったかと言うと、理由は簡単だ。
目の前に、鎖で繋がれた「女性」がそこにいたからだ。
・・・しかも三人も。
私は目を疑った。
なぜ、このようなものがここにあるのか・・・。
なぜ、女性が繋がれているのか・・・。
そしてなぜ、彼女たちは傷だらけなのか・・・。
・・・考えられた最悪な答えが一つあった。
思えば、私をここに連れてきたのもやや強引であった。
最初はとても親切な紳士だと思ったが、今思い返してみるとそれは全て演技だったのではないかと思った。
私はとても怖くなった。
目の前の光景に目が離せなくなってしまい、そのまま後退りをして離れようとした。
しかし、すぐに硬直してしまった。
「おや、こんなところでなにをしているのですか?」
私はすぐに声のした方向に顔を向けた。
そこには、先程の男性が立っていた。
変わらない「笑顔」のままで・・・。
「あ、ああ・・・。」
私は恐怖のあまり、言葉が出なかった・・・。
目の前で立っている男性が、怖くて仕方なかった。
「まあ、もう隠す必要はありませんね。」
男性は悟ったように、そう言葉を吐いた。
そしてゆっくりと、私との距離を縮めてくる。
私は後退って、距離を空けようとした。
だが、男性の歩幅が明らかに広かった。
そのため、どんどん距離が縮まっていく。
私は逃げることをやめ、武器に手を伸ばした。
・・・しかし、武器はなかった。
「あ、あれ・・・。」
確かに私の武器である「槍」があったはず・・・。
そういえば、脱いだ装備を戻したときに槍も持ったっけ・・・?
・・・無かった気がする。
「あなたの武器はこちらで預かっておりますよ。 安心してください。」
もはや彼の笑みは優しそうではなかった。
完全に狂気を感じた。
そしてついに、距離が十分縮まり捕まってしまった。
「まったくもう・・・。 大人しくしていればよかったのに。」
言い終わった次の瞬間、男性が私の鎧に向かって蹴りを放った。
蹴りの威力は強く、私は床に倒れてしまった。
「うっ・・・。」
どうやらこの男、凄い力の持ち主だ・・・。
危険な感じだわ。
「大人しくしてくださいよ。 今日からアナタは私の大切な「玩具」となるのですからね。」
そう言い放った。
・・・そうか。
やはりこの男は「悪人」だったのか・・・。
私は立ち上がろうとするが、男に両手を掴まれて体重をかけられて押さえつけられた。
に、逃げられない・・・。
「大人しくしろよ。」
男の表情からは笑顔が無くなった。
もはや悪魔のような形相になっている。
このまま私は、この男の「玩具」となってしまうのか・・・?
・・・そんなの嫌だ!!!
神様・・・!!
ガシャン!!!
その時、私の近くの窓ガラスが割れた。
破片は床に散らばり、危なそうだった。
思わず私と男は窓ガラスの方を見た。
冷たい風が部屋の中に入ってくる。
「なんだ、脅かせやがって・・・。」
男がそう言った瞬間、割れた窓ガラスの隙間から何かが部屋に入ってきた。
そして男の肩に激突した。
・・・それはナイフだった。
「ガアァ!!?」
男は衝撃と痛みで後方に倒れた。
私はその瞬間を逃さず、男がいる反対の方向に跳んで一気に距離を離した。
男は肩に刺さったナイフを抜き取り、床へ捨てた。
「クソッ、誰だ!!」
男は割れた窓の隙間から外を見た。
そしてナイフを投げた犯人を捜した。
・・・それが彼の失敗だった。
割れた窓の隙間から、謎の腕が二つ飛び出してきた。
そして男の頭を掴み、窓の外に連れ去った。
男は割れたガラスが首に刺さりかかっており、身動きができない状況となった。
「お、おい、貴様・・・! な、なにをする・・・!!」
どうやら、男の視点からは犯人が見えるようだ。
すると、さらに一つ先の窓ガラスから「犯人」が飛び込んできた。
「あ!!」
その人物は、ボロボロの赤いフード付きマントを身に着けており、動きやすそうな軽装備の服装だった。
・・・そう、「彼」だった。
あの時、私のことを助けてくれた「あの人」だった・・・。
「彼」は男の首の下に手を当てた。
そして、思い切り上に押し上げた。
男の首にガラスが完全に刺さった。
男は痛みのあまり体を暴れさせている。
しかし声は出ないようだ。
すると「彼」はマントの中からオノを取り出した。
そして男の背中に何度もオノを突き刺しては抜いた。
その度に斬り口から血が噴き出した。
そのうち男は動かなくなった・・・。
すると「彼」は、男の首をオノで勢いよく斬り落とした。
男の頭は外に落ち、屋敷の中には首無しの体だけとなった。
首の断面から大量に流血している。
私はまた、その光景を見て吐きそうになった・・・。
だが、「彼」は手を止めようとしなかった。
オノで胴体を斬り始めたのだ。
「ちょ、ちょっと待ってください・・・!!」
私は思わず叫んだ。
すると、「彼」はこちらに気付いた。
私の顔をしばらく見て、なにかに気付いたようだった。
「・・・お前は、・・・あの時の。」
どうやら覚えていてくれたみたい。
「やっと、また会えましたね。」
私は気分が悪かったが、無理に笑顔を作った。