「彼」
私、マリスは痛みに耐えながら、なんとか彼らの後を追った。
彼らは町の広場で激しい戦いを繰り広げていた。
しかし近付いても邪魔になってしまうだけなので、少し離れた建物のカゲから眺めることにした。
「彼」は両手に一本ずつ持ったオノを素早く動かし、人狼目掛けて斬りつけている。
人狼も素早く回避しながら、隙を見つけて攻撃を仕掛ける。
「彼」は人狼が放つ拳を軽やかに避け、すぐに相手の胴体目掛けてオノで斬り裂く。
しかしさすがに人狼も学習しており、反撃を予測して前方に素早く跳び、オノによる攻撃を避けた。
お互い一瞬だけ背を向け合った状態でいた。
振り返ると同時に「彼」は後ろへ跳び、距離をとった。
両手にそれぞれ握っているオノをしっかりと持ち、顔はまっすぐ人狼を見ている。
先に動き出したのは人狼の方だった。
勢いよく急接近をして振り上げた右腕の先にある爪で切り裂こうとしていた。
「彼」は腕が振り下ろされる直前に回避をすることに成功したが、人狼は一回転をするように回し蹴りを繰り出した。
「彼」は瞬時に左手のオノで防ごうとしたが、弾かれてしまい、遠くの地面に音を立てながら落ちた。
しかし「彼」はそのことは一切気にせず、右手のオノで斬り払った。
人狼は避けるように後方へ跳ぶ。
「彼」は人狼から目線を離さずに落としたオノを回収した。
再び互いに見つめ合い、ぶつかり合った。
もはや、私が入れる場ではなかった。
お互い気を緩めれば死ぬかもしれない。
それほどの激しい戦いであった。
お互い所々に傷ができていた。
特に人狼は体毛が風で持ち上がる度に隠されていた皮膚が所々裂けていることがよく分かる。
すると、人狼の動きが変わった。
なにかを放とうとしている。
・・・。
・・・!
「あ、危な・・・!」
私は人狼が行おうとしていることに気付いた。
そのことを「彼」に伝えようとしたが、その前に人狼が動き出した。
人狼は前転をしながら「彼」に近付いた。
前転が徐々に早くなり、まるで球体のような姿となった。
そして高速で「彼」に突撃した。
先程私に放ってきた攻撃と同じだ。
しかし偶然避けれた私とは違い、「彼」は避けることができず直撃してしまった。
「彼」は後方へ飛ばされるように宙を飛んだ。
持っていた二本のオノも「彼」の手から離れ、反対方向に飛ばされた。
やがて地面に転がるように倒れた。
そして、「彼」は倒れたまま動かなくなった・・・。
まるで人形のように・・・。
「そ、そんな・・・。」
私はこの場面に対して、どのような感情を持てば良いか混乱した。
いきなりのことだったからだ。
人狼は動かなくなった「彼」の身体を軽く蹴り飛ばした。
それでも動かないことがわかったためか、軽く笑っていた。
人狼は「彼」の身体を蹴り飛ばすと、城下町の方を向いた。
どうやら、町の人たちを襲う気なのだろう。
「ダメです!」
「彼」が全く動かなくなってしまった以上、今ここで人狼に立ち向かうことができるのは現状私だけだった。
私も護身術としてだが、お父様や兵士の皆さんに少なからず鍛えてもらっていた。
戦うことはできる。
私は両手で拳を作り、人狼に対して構えた。
しかし人狼はまた軽く笑い、ゆっくりと私に近付いてくる。
さすがに私も怯えてしまい、人狼から目は離さずにゆっくりと後退してしまっていた。
表情には出していないと思うが、内心ではかなり焦ってしまっている私。
それに対して人狼は、怖がる様子などは全くなく、ただただゆっくりと近付いて来ていた。
そして徐々に足が早くなっていき、残り2、3メートルの距離まで縮めた瞬間、右腕を大きく振りかぶり、勢いよく殴りかかってきた。
そう来ると思い、私は回避行動を取ろうとした。
飛んできた拳を軽く避ける私。
しかし人狼は避けることを予測していたらしく、身体を回転させて左腕で私のドレスを掴んできた。
ドレスを引っ張られ、当然私は転倒してしまった。
人狼は転倒した私を見ると、右手の鋭い爪を私に向けて振り下ろしてきた。
私はどうすることもできなくなり、目を瞑って身を固めた。
そして息を止めて、覚悟した・・・。
しかし、痛みもなにも感じなかった。
なぜなら、爪が私に刺さらなかったからだ。
目を開いてしっかりと確認した。
人狼の左肩にオノが刺さっていた。
先程まで「彼」が使っていたオノだ。
私は隙を見て、地を這いながら逃げ出した。
そして人狼から距離をとった。
建物を背にしながら立ち上がると、人狼の向こう側に見えた人影を確認できた。
その人影は「彼」だろう。
どうやら生きていたようだ。
なぜか服は着ていなかったが、人間の姿が映った。
だが、その人間の顔は奇妙であった。
人の容姿に文句を言っているわけではない。
顔に怪我や傷をつけている人など大勢いる。
おかしいことではない。
しかし、「彼」の場合は少し違うと感じた。
「彼」の顔は白目をむいて、口が裂けて歯は鋭く、外鼻や耳がなかった。
そういう障害や怪我などをしている人なのだと思うのが普通だと思う。
だけど、その怪我の仕方が何故か綺麗に見えた。
普通なら怪我をしたら容姿が多少崩れることだろう。
しかし「彼」の容姿はどこか整っていた。
まるで、障害などではなく元からそういう姿で生まれたかのように思わせる。
「彼」は一体・・・。
人狼も彼に気付いた。
やや動揺した様子を見せたが、瞬時に肩に刺さったオノを抜き取り始めた。
一切悲鳴などは上げず、勢いよく肩からオノを抜き取った。
持っていたオノを投げ捨てると、人狼は目の前の「敵」に突撃した。
両手の鋭い爪を前方に向けながら「彼」に飛び付こうとした。
しかし「彼」は避けようとはしなかった。
持っていたもう一つのオノを飛び掛かってくる人狼に向けて振り下ろした。
オノの刃が人狼の額に刺さった。
だが、人狼が止まることはなく、そのまま「彼」は人狼に押し倒された。
人狼は容赦なく爪で「彼」の身体を引き裂いた。
大量の血が噴き出し、地面に赤い液体が流れる。
しかし人狼の攻撃は止まらず、爪で「彼」の身体に深い傷を与え続けた。
私はその光景をただ見ていることしかできなかった。
しかし次の瞬間、不思議なことが起こった。
爪で引き裂き続ける人狼を"なにか"が吹き飛ばした。
ボロボロになった「彼」の身体の上に突如、金色に光り輝く魔法陣が出現した。
そして、魔法陣の中央から丸裸の人間が勢いよく現れた。
その姿は「彼」に瓜二つだった。
丸裸の人間は後方に跳び、「彼」の近くに落ちていたオノを拾い上げ、吹き飛ばされた人狼に急接近した。
そして人狼の胴体にオノを勢いよく振り下ろした。
人狼は悲痛な叫びを上げた。
丸裸の人間は人狼の身体を踏みつけてオノを引き抜いた。
そして再度振り下ろした。
再び人狼の身体にオノの刃が食い込み、人狼はさらに悲痛な叫びを上げた。
丸裸の人間はさらにもう一度オノを引き抜き、そして三度オノを振り下ろす。
しかしさすがに人狼も大人しくはせず、体を勢いよく回転させて丸裸の人間を吹き飛ばした。
そして速やかに体を起こして立ち上がった。
丸裸の人間は着地し、瞬時に人狼に攻撃を仕掛ける。
人狼は丸裸の人間の攻撃を避け、丸裸の人間の脚を切り裂いた。
丸裸の人間は脚を切られたことにより、その場で膝をついた。
人狼はそのまま四足歩行で走り出し、私たちの目の届く場所から姿を消した。
人狼が去る瞬間、丸裸の人間はオノを放り投げたが、人狼には届かなかった。
この場に残ったのは私と丸裸の人間のみ。
丸裸の人間は片脚が流血したまま歩き出し、地面に落ちていた緑色の服を着た。
次にズボンや装飾品などを身に着け、最後に茶色のマントを身に着けた。
その姿は完全に「彼」だった。
おそらく、「彼」自身なのだろう。
「彼」が着替えている最中に、気になったモノがあった。
元々服を着ていた人間の死体だ。
その姿はシワシワになった「彼」のようだった。
そして別の場所に別の死体がある。
先程人狼が切り裂いていた死体だ。
その死体も「彼」のはずだった。
これは一体どういうことだろうか・・・。
彼は他二つの「彼」だったモノを担ぐと、広場の端にあるゴミ捨て場である箱の中に捨てた。
ゴミ箱の蓋を閉じると、広場の地面に捨てられてあったオノを回収するために、オノに近付こうとしていた。
私は今が好機だと思い、怪我を負った体を気にしながら「彼」に近付いた。
「あの・・・。」
私は「彼」に声をかけた。
しかし「彼」は振り返ろうとはせず、オノのもとへ近付いていた。
「彼」は落ちていたオノを取ると、マントの中に仕舞った。
おそらく背中に仕舞う場所があるのだろう。
そして今度はもう一つのオノを回収しに向かう。
「あの、すみません・・・!」
私は今度は「彼」の前に立って声をかけた。
さすがに「彼」も歩みを止め、こちらを見ている。
しかし、特になにも言おうとはしなかった。
「助けていただき、ありがとうございました。」
私はお辞儀をしながら、お礼の言葉を「彼」に送った。
しばらく沈黙があったが、やがて「彼」は言葉を発した。
「・・・俺は悪党を処罰しようとしただけだ。」
そう言って「彼」は私を避けて、オノの回収に向かった。
私は頭を上げると、「彼」の後を追った。
「彼」の片脚からは、今も血が流れ出ている。
「彼」が歩いた場所には血痕が付いていた。
「おみ足、大丈夫なのですか?」
「・・・。」
私の言葉に、「彼」は返答しなかった。
「彼」自身は大丈夫なのであろう。
しかし、私が本当に聞きたかったことはそれじゃない。
「あの、お聞きしてもよろしいですか?」
「・・・。」
私が本当にお聞きしたかった事、それは・・・。
「先程の死体は、一体・・・。」
「・・・。」
やはり「彼」は答えなかった。
「先程、光の中からアナタが出てきましたよね。 あれは一体なんですか?」
あの不思議な光景は一体なんだったのだろうか。
どうしても知りたかった。
「・・・また、・・・見せちまったか。」
「彼」は溜息混じりにボソッと言った。
どうやら、あまり知られたくないことだったらしい。
「教えてくださいますか?」
私は「彼」に詰め寄った。
しばらく「彼」は黙っていたが、やがて言葉を発した。
「・・・「蘇生能力」だ。」
「蘇生・・・?」
そう「彼」は言った。
私は「彼」から、「彼」自身の能力の話を教えてもらった。
蘇生能力。
「彼」は死んでも蘇ることができる。
そのような能力が、本当にあるとは・・・。
とても信じられなかった。
しかし、目の前で起きたことを信じるなという方が無理であろう。
意外と簡単に、私は納得した。
「・・・口外はするなよ。」
「彼」はそう言うと、歩き出した。
すると、突然膝をついた。
「やはり、おみ足が・・・。」
「・・・平気だ。」
「彼」は流血している脚を使って立ち上がった。
実際、「彼」は苦しんでいる様子はなかった。
「人狼を追うのですか?」
「・・・当たり前だ。」
「彼」はそういうと再び歩み始めようとしていた。
本当のことを言うと、私はまだ「彼」に聞きたいことが沢山ある。
だけど、「彼」には「彼」の事情がある。
関係ない私が、そう簡単に深くまで踏み込んではいけない。
あくまで私はただの"依頼者"だ。
それだけ。
・・・この時はそう思っていた。
しかし、まさかあのようなことになるとは思ってもみなかった。
「おや、マリス王女様ではございませんか。」
これが、私と「彼」の運命を変える出来事になろうとは・・・。




