狙われた王女
まるで夢みたいだ。
いい夢ではなく、どちらかといえば悪夢だが。
「彼」と出会い、彼のやっていることに力を貸している。
・・・正直、罪悪感がないと言ったら嘘になる。
でも、これで少しでも世界が平和になれば、お父様の負担が減る。
自分でも酷いやり方だとは理解している・・・。
そう、私は一人で考えていた。
そういえば、外が騒がしいわね・・・。
なにかあったのかしら?
「マリス様!」
「どうしたの?」
ルルが慌てて近づいてきて、息を切らしていた。
バテている身体を必死で操り、私をしっかりと見つめながら口を開いた。
「囚人達が脱獄しました。 危険ですので早くお部屋にお戻りください。」
「まぁ・・・。」
この城には地下牢がある。
そこには数十人の囚人達がそれぞれ閉じ込められている。
「囚人達がいない今のうちにコチラへ・・・。」
ルルは片腕で私の背中を触り、もう片方の腕は私の部屋の扉に向かって伸ばした。
背中を軽く押されながら、私はゆっくりと部屋に帰ろうとしていた。
・・・しかし、それはできなかった。
「!! ・・・危ない!」
私はルルを後方へ突き飛ばしながら、後方へ跳んだ。
私たちの間を灰色の物体が通り過ぎた。
そして陸屋根の上に登って静止した。
その姿を見た私は、思わず声を失った。
体中に灰色の毛が生えており、人間ではなかった。
その顔は“オオカミ”だった。
・・・最近話題の「人狼」だった。
人狼は私の方を見た。
するとゆっくりと私に近付いてきた。
狙われているのは、私の方か・・・。
ルルの方には見向きもしないのは幸いだった。
彼女は私と違って運動能力は高くない。
狙われたら私が守れるかどうかわからない。
とりあえず、引き付けて一旦ここから離れさせよう。
私はすぐには逃げず、人狼が走り出す瞬間を狙って後ろ歩きでゆっくりと下がった。
人狼がゆっくりと近付いてくる。
そしてしばらくして、人狼は飛びかかろうとする構えを取った。
・・・今しかチャンスはない!
私は勢いよく後ろへ振り返った。
そして瞬時に走り出した。
目指すは城外。
中庭に生えている木だ。
私はあの夜のときと同様に木へ飛び移った。
飛び移ったと同時に人狼の方を見た。
すると、やはり私を追っているようだ。
私はすぐに木から降りた。
中庭に着地して、距離をとる。
その私を追うように人狼も二階から飛び降りてくる。
そして目の前に現れた。
鋭い目で私を睨んでくる・・・。
「マリス様ぁー!!」
「ご無事ですか!?」
兵士二人がどこからか突然現れ、私を守るように前に出た。
それぞれ槍と大型の盾を持っていた。
「でやぁー!」
片方が人狼に突撃した。
持っている槍を相手に向けて全速前進。
しかし余裕でかわされてしまった。
そしてうっかり突撃をやめるために足を止めてしまった兵士は、人狼の爪の餌食となってしまった。
鎧を縦に引っ掻かれ、深い跡ができてしまった。
兵士は痛みと衝撃で吹っ飛んだ。
「くっ・・・。」
私を一人だけで守っている兵士は、ゆっくりと迫り来る人狼に対して一歩も引かなかった。
持っている大きな盾を構えながら警戒している。
すると、人狼はなぜか足を止めた。
そして首を鳴らしたのだった。
次の瞬間、人狼はバク宙をしながら後ろへ下がった。
私たちから距離をとった。
そして今にも走り出しそうなポーズをとった。
それから3秒ほどだった。
人狼はかなりの速さでこちらへ近付いてきた。
そして兵士の盾に向かって右ストレートを放った。
かなりの音が響き、盾を構えていた兵士は後方に吹っ飛ばされた。
そして、その後ろにいた私も突き飛ばされた。
私の後方には大きな柵があり、私は背中を柵にぶつけ、さらに前方から飛んできた全身甲冑姿の兵士に体を押し潰された。
「カハァッ!!」
体、主にお腹が痛い。
私は柵に背をつけながら、ズルズルと座り込んだ。
脚の上に倒れた兵士を乗せながら。
なんとか意識を失わずにはいられたが、人狼は遠慮なく襲ってくる。
衝撃であいた距離を詰めてくる。
しかし私はすぐには動けそうになかった。
兵士のトレーニングに付き合って体力には少々自信はあったが、所詮は箱入り娘。
実戦などには無縁だった私にはどうすることもできなかった。
ふと人狼を見ると、一人の兵士が人狼に剣で襲いかかっていた。
人狼は瞬時にそれに気付き、余裕で避けた。
人狼が爪で引っ掻こうとすると、兵士は剣で受け止めた。
そのような光景を眺めていたら、私の肩に誰かが手を置いた。
ふと、私はその方向に顔を向けた。
また別の兵士がそこにいた。
「マリス様、今のうちに・・・!」
兵士は私の脚で寝ている兵士を退けると、私を横抱きで抱えてその場から離れようとした。
しかし数秒後、兵士は背後から追いかけてきた人狼に背中を爪で引き裂かれた。
兵士はおそらく無意識に私を前方に投げた。
そして兵士は前のめりに倒れた。
前方に投げてくれたおかげで兵士の下敷きにはならなかったが、お尻を打ってしまった。
しかし私は身体中の痛みに耐え、立ち上がった。
そして柵を片手で掴みながらゆっくりと人狼から逃げようと歩いた。
しかし当然ながら人狼は素早く、すぐに追いついてきた。
あまりの恐怖に私は振り向いてしまった。
人狼はなぜか前転をしながら近付いてきていた。
すると前転が徐々に早くなり、まるで球体のような姿となっていた。
そして私目掛けて高速で突撃してきた。
私はその光景を見てしまい、力が抜けて倒れてしまった。
しかしそれが幸運で、私は人狼の攻撃を偶然避けたのだった。
人狼は私ではなく柵に攻撃を放った。
すると、攻撃を受けた柵は簡単に壊れてしまい、上部分は町の方へ落下した。
「もし、この攻撃が当たっていたら・・・。」と頭の中で思い、さらに恐怖を感じた。
人狼は反動で跳ね返り、少し遠くで着地した。
今のうちだと思い、私は再び歩き出そうとした。
しかし人狼の動きは予想以上に速く、すぐさま再攻撃を仕掛けてきた。
今度は先程兵士の盾に放った右ストレートだった。
私は必死の思いで避けようとした。
だが体は意思と反して鈍く、幸い頭は避けられたが、脇腹に攻撃が当たってしまった。
私はその衝撃で、壊れた柵から身を乗り出してしまい町へ落下した。
落下先には大量の箱が置かれており、痛みや怪我はあったが、地面にぶつかることに比べれば全然軽傷だった。
私は咳払いをして、震えている脚でなんとか立ち上がった。
壊れた箱たちを避けながら、地面に足をつけた。
上を向く暇はない。
今は少しでも遠くに離れなければ。
・・・しかし、町へ行くわけにはいかない。
人狼を町に放ってしまったら大変なことになる。
となれば、城に戻らなければならない。
私はボロボロになった身体で城に戻るために歩き出した。
よく見ればドレスがかなりボロボロになってしまった。
お父様に貰った大切なドレスなのに・・・。
・・・私は今にも倒れそうだった。
なぜなら目の前に灰色の獣が二足歩行で立っていたからだ。
そう、人狼だ・・・。
どうしよう・・・。
城に戻るにはこの道を通らなければならないのに・・・。
私は脚の力が抜けてしまい、その場で座り込んでしまった。
もう逃げることはできない・・・。
私は「死」を確信した。
人狼はゆっくり近付いてくる。
私のできることは、目の前の野獣を眺めることだけだった。
そして、私のそばに来た人狼は、腕を振り上げた。
爪で斬り裂くつもりだろう・・・。
私はただ、その姿を眺めることしかできなかった・・・。
その時だった。
私の頭上になにかが通った感覚があった。
そして見上げてみると、人狼の鎖骨より少し下辺りにオノが刺さっていた。
刺さっているオノの刃部分から赤い血が流れ出ている。
人狼は突然の痛みで後退りながら苦しんでいた。
私は上半身を真後ろに曲げた。
すると、後ろから何者かが近付いてきているのがわかった。
暗くてよくは見えなかったが。
「・・・伏せろ!」
突然低い声が聞こえた。
どうやら後ろから近付いてきている人のようだ。
しかし、その声は聞き覚えがあった。
私は言葉通り、地面に倒れるように伏せた。
次の瞬間、私の上をなにかが通った。
そして人狼の腹部に刺さった。
それもオノだった。
私は好機だと思い、痛みに耐えながら端へ転がった。
端へ避難し、人狼を見た。
すると、オノの持ち主が人狼へ急接近し、刺さっているオノの柄を握った。
そして勢いよく斬り裂いた。
切り裂かれた人狼は流血しながらも、片膝をつく程度に耐えた。
だが、人狼が押されていることよりも注目すべきことがあった。
オノの持ち主である。
その方は赤ではなく茶色いマントを羽織っていたが、明らかに「彼」だった。
片膝をついた人狼を容赦なく攻撃する。
右手のオノで肩を斬り裂き、続いて左手のオノで脇腹を斬り裂いた。
そして再び右手のオノで腹を斬り裂いた。
隙のない攻撃に人狼は押されていた。
だが、人狼は避けることや防ぐことはせず、あえて攻撃を受けた。
右手のオノで人狼の右腕を斬り裂くが、人狼はその右腕で「彼」に裏拳を放ち、吹っ飛ばした。
吹っ飛ばされた「彼」は建物の壁に勢いよく衝突した。
しかし床に落ちたと同時に体勢を整え、再び人狼に向かっていく。
右腕のオノを投げつけるが、今度はかわされた。
透かさず左手のオノで斬りつけようとするが、腕を掴まれてしまった。
すると「彼」は右腕を振り上げて、人狼の左肩に右手を振り下ろした。
よく見ると彼の右手にはいつの間にかナイフが握られており、人狼の左肩に刃が刺さっていた。
「彼」は人狼の左肩に刺さっているナイフをジワジワと下に移動させた。
すると痛みによってなのか人狼は掴んでいた「彼」の左腕を離した。
それと同時に「彼」は人狼を蹴り飛ばした。
人狼がやや怯んでいる隙に遠くに落ちているオノの回収に向かった。
走りながらナイフを仕舞い、オノを拾う。
そして人狼の方へ向き直し、構えた。
既に後を追っていた人狼は右ストレートを「彼」に放つ。
「彼」は後方に跳びながら回避をした。
そのような攻めと守りを繰り返しながら、彼らは町中へ消えていった。




