愛の伝道師は人間観察が好き
それを見たのは午後の始業10分前を告げる鐘がなった時だった。
昼食を早々に済ませて午後の警備担当の場所に程近い穴場の中に庭の大きな木の根本で残りの休憩時間を昼寝に当てていたクリストファー・ジョイフルは目覚めて視界に捉えたのはレースとフリルから覗く美しい曲線を描いた白くはりのあるふくらはぎに編上げのショートブーツ。
(あれがベッドの中だったら今すぐ吸い付いてしゃぶって噛み付くのになぁ……。)
騎士団所属、クリストファー・ジョイフル28歳。彼は足フェチだった。
「きみ…そんなとこでなにを……。」
「そこの騎士殿、お目覚めのところ申し訳ないですがあと三十センチ左にずれてください。それから声は落として動かないでください。」
質問をしたはずなのに足、否。足の持ち主である少女は木の幹の上でこちらに視線も寄越すことなく、被せるように潜めた声で手早くしゃべった。
その様子から何かに追われているのかと懸念して言われたとおりにする。
頭上の少女は木の葉にうまく隠れているようで手にした双眼鏡で何かを見ているようだった。反対の手にはなぜか懐中時計を持っている。視線の先を探るようにそっと見つめてみれば一組の男女が寄り添っている。
(とても追手のようには見えないが……。)
「10秒見つめると言ったじゃない。7秒じゃ心拍数が足りないでしょうに意外とチキンなのね。男なんだからもっと根性見せなさい。言葉は選んでゆっくり喋るのよ。」
(なんだ?人の逢瀬見てデバガメしてんのか?)
早口で囁く少女の視界にクリストファーは全く入ってないらしい。手にした双眼鏡と懐中時計を素早く仕舞うと今度は左手に何かを掴み、右手に青緑の羽を持っている。
「手を持ち上げるときは視線を外すなと言ったでしょうに。でもきちんと手の甲にキスしてるから及第点ね。膝をつくときはスマートに……ってよろけるなよそこでっ!あぁ!もう!」
あくまでも独り言のつもりなのだろう。悪態をついているのだがけして叫ぶわけでも怒鳴るわけでもない。あくまでもそれは囁きでしかない。
ひとしきり何かをつぶやくと、今度は左手を上向きに広げ呪文と思しき言葉をつぶやきつつ羽をパタパタと揺らし始めた。
一体何事かと思えば頭上からオレンジ色が一枚ひらひらと落ちてくる。
(花びら?あの羽は風を起こす魔道具……?)
しげしげと観察すればそれはこの庭の大半を締めているオレンジ色の鮮やかな花と同じものである。
風を追って視線を向けると、跪いて手の中の何かを捧げるように差し出した男と両手を口に当てて頬を染める女の周りだけなぜか花びらが舞い、幻想的な風景を作り出している。
ただし冷静に遠目から見ているとその花びらたちの不自然さに首をひねる。今日は風が吹いていない。それなのに花びらが男女を包むように舞い散るのはあり得ない。そもそもオレンジ色の花は今が盛でまだ花びらを散らす時期ではない。あれ程の花びらが舞うならかなりの突風でもない限り自然に舞い落ちることはないだろう。
(や、ほんと何してんのこの子。)
ひとしきり花びらを飛ばした少女は再び双眼鏡を取り出して二人の行く末を見守っている。
「もうひと押しいるか?どうよ……?」
そんなことを囁きつつ左手が動く。
(なぜにストロー?)
「感触は悪くないぞ。いくかぁ?決まるかぁ?」
どこかの実況解説のようにつぶやく視線の先にいる男女を見れば男とが女の手を取り指輪を嵌めているようだ。
(あぁ、あれプロポーズしてたのか。)
指輪を贈った男は感極まったのか女を抱き上げその場でくるくる回っている。どうやら成功したようだ。
「っしゃ!よくやった!」
およそ年頃の娘とは思えない声でガッツポーズをかました事にクリストファーが瞠目していると、木の上の少女は双眼鏡を手早く仕舞いトカゲも驚く速さと静かさで木からスルスル降りてくる。
「急いで!撤退は迅速かつ気配を消して!見つかっては効果が半減です。」
いうが早いか少女はクリストファーの手を握って『こっちです』と言いつつも反対の手の人差し指をピンクの唇に押し当てながら駆け出す。
突然の出来事にクリストファーは目を白黒させながら抵抗する暇さえもらえず少女に手を引かれた。
木から離れた廊下の柱の裏にくると少女はクリストファーを押し込みそっと柱の影からもと来た道を覗き込む。クリストファーも何事かと同じ動作で見てみれば2つだった影が一つに重なっていた。
そこまで見届けた少女は柱の裏に戻ると今度はメモと携帯用のペンを取り出しさらさらと何かを書き出した。
「花びら演出のプロポーズ成功率上昇、花の色効果・オレンジ色花成功率上昇、ただし視線を絡める手へのキスは時間不足で7秒。幼馴染み補正と身分を超えた情熱演出補正を考慮っと。」
「きみ、さっきから何してるの?所属は?」
「え?」
どうやら少女はクリストファーの存在すら忘れていたようで、声をかけられた事に驚いてるようだ。
「あ、あぁ。先程は頭上から失礼しました騎士殿。また、ご協力感謝いたします。」
「別に感謝したわけじゃないんだがな。で?」
「え?あ、所属は王妃直轄です。アマリアフィール・ガストと言います。ご用命の際はいつでもご相談ください。では!」
メモをポケットにしまいつつ、片手をスチャっと上げて颯爽と立ち去る少女の背中を見送りつつクリストファーは呆然と呟いた。
「ご用命ってなんだ?って、やべ!遅刻!」
慌てて持ち場に行ったものの、3分の遅刻と上司に睨まれたクリストファーは『なぜ遅れた』と問われた。
まさか見ず知らず、赤の他人のプロポーズを見守ってましたというのは憚られてボソボソと『プロポーズ』と呟けば目を見開いた上司がかぶせ気味に
「お前いつの間にプロポーズをするようなご令嬢と出会ったんだ!それで成功したのか!?」
プロポーズをしたのはクリストファーではない。ただ見守っていただけなので、取り敢えず否定しようと首を横に振った。すると何を勘違いしたかクリストファーの肩を組んで『みなまで言うなっ!お前の辛さはわかるっ!』と上司は一人で何度も頷き遅刻については有耶無耶となった。
それを見ていた同僚に飲みに誘われ、結局何だったのかと問われたので正直に話した。プロポーズをしたのは全くの別の人間だということに始まり、昼休みの終わりに齧り付きたくなるくらい好みの足をした一人の少女を見つけたこと、その少女が見知らぬ男女のプロポーズシーンを見守っていたせいで自分もなし崩しで見守るハメになったことを。
すると、その同僚が『ああ。なるほど。』と何かを理解したらしく暫く頷いたあとで教えてくれた。
「お前がしゃぶりつきたくなる程の美脚の持ち主というアマリアフィール・ガストは愛の伝道師なんだ。」
と。
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ネタを忘れたくなくて思いつくままに書いてしまいました。楽しんでいただけたら嬉しいです。
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