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意を決したオジサンは自らの魔術で木箱を外から破壊した。
すると壊れた木箱から先程見た黒い靄のような塊が勢いよく飛び出し、桔音くんの体の中に入っていったかと思えばスグにオジサンの腕の中から逃れる様に赤い歪みに包まれ、近くの木の枝に移動していた。
瞬間移動だ。
「この腑抜け野郎め! 今度裏切ったらこんな家出てってやるからな!」
元の体を取り戻した桔音くんは癇癪起こしたようにそう叫ぶと再び赤い歪みを出してこの場から消え去ってしまった。
あの様子だと自分の部屋に帰ったのかな?
僕らにサヨナラも何も言わずに……。
もうこの後、取材なんて空気じゃなくなっちゃったよなぁ、完全に。
桔音くん、ご立腹だし。かなり。
「君達、今日はすまなかったね」
オジサンは桔音くんの代わりと言うように僕らに謝って来た。
「い、いえいえ、急なことだったので……」
すると、オジサンは自ら何故、自分達がこの宵々町に来たのかを話してくれた。
「悪魔が取り憑いたことで桔音には強い魔力が備わってしまった。桔音の存在が知れ渡れば今回のようにエクソシストの標的にされたり、桔音の強い力を燉一教のような闇の世界のモノに目を付けられたり、もしくは利用され担ぎあげられる可能性もある。私は彼らのような者達に見つからぬよう桔音の存在を隠さなければならなかった。守らなければならなかったのだ。桔音の魔力を隠せる場所を探さなければならなかった。そして引き寄せられるようにこの宵々町に来たのだ」
オジサンは立ち上がり、原っぱの先に見える遠くの小さな住宅地や学校を見渡した。
ここは丘になっているから宵々町が一望出来るのニャ。
「何故かは分からないが、この宵々町は不思議なエネルギーに満ち溢れている。この町に住む人々を守っているような温かい不思議な力だ。桔音の強すぎる魔力でさえ、覆い隠して私たちを守ってくれそうな、そんな気がした。だからこの地に移り住んだ。そして悪しき者達に見つかることなく静かで平穏に暮らすことが出来たのだ」
僕にはよく分からないけど、オジサンの言う通りなのだとしたら……宵々町に流れる不思議なエネルギーは、良くも悪くも色んな人を引き寄せてしまうのだろう。
悪魔も魔術師も聖職者も、そして闇の世界の者達をも……。
僕はサム・スギルが燉一教の拠点を宵々町に選んだ理由が、今更ながらに分かった気がした。
結局、僕らは桔音くんのことを新聞に書くのをやめることにした。
稲荷家をそっとしておいてあげたいって、そう思ったから。
「ところで加枝留くん……」
僕はその日の帰り道、一緒に並んで歩く加枝留くんに思わず尋ねた。
「何ですか?」
「悪魔祓いの時のことだけど……あの時、加枝留くんが言ってた風速って本当なの?」
何か、最後の辺、百メートル越えてなかった!?
「あー、あれ、冗談ですよ」
加枝留くんは微笑まじりにサラッと言った。
「えぇーっ?! そうだったの!?」
「だって分かる訳ないじゃないですか」
いやまあそりゃそうだけどさっ!
「じゃあ何であんなこと言ったのっ?!」
「何か雰囲気的に盛り上がるかなって」
「いやいやいや洒落じゃ済まないからあの暴風! 思わず信じちゃったよ!」
加枝留くんも適当な冗談を言うんだなぁ……意外だニャ。
「でもまあ、それくらいあったかも知れませんよ」
えぇーっ?! それ本当に言ってる? それともまた冗談なの?
うーん、真実は謎のままだニャ。




