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でも、これだけの暴風では戦いは長くは持たず、決着は僕らが思った以上に早く、そして唐突に訪れた。
黒い丸い靄のような塊……恐らく桔音くんに憑いていたと思われる悪魔の魂みたいなものが桔音くんの体から飛び出し、木箱に吸い込まれ、桔音くんの体が鎖から外れて後方に吹き飛ばされたのと同時に、爪先だけで何とか耐えていた神父も全裸のまま空高く吹き飛ばされていったのだ。
それは、ほぼ同時だった。
「桔音ッ!」
風が止み、吹っ飛ばされた桔音くんの元へとオジサンが駆け出した。
僕らも慌てて立ち上がって後に付いて行く。
桔音くんの体は、かなり吹っ飛ばされ地面に叩きつけられた後、二、三回転がるようにして止まった。
駆け寄るとオジサンが倒れた桔音くんの体を抱き起したが、桔音くんはぐったりとしたまま動かなかった。
そう、まるで意識がないように。
「桔音! 桔音!」
何度、呼びかけても反応がない。
すると、吹き飛ばされずにそこに残ったままだった木箱が突然カタカタと音を立てた。
中で何かが暴れているようだ。
その木箱から桔音くんに取り憑いていたと思われる悪魔の怒りに満ちた声がした。
『だから言ったろう! ソイツは中身のない、ただの人形、ガラクタだ!』
「……」
悪魔の声に、オジサンは言葉を返すでもなく、ただ無言で腕の中の魂のない桔音くんの顔を見下ろしていた。
悪魔の邪気が消え、安らかな普通の幼い顔がそこにはあった。
そう、本物の桔音くんは全くと言っていいほど、別人だった。
悪魔が憑依することによって髪が逆立ち爪は黒くなり、モミジ先輩曰く〝悪霊のような顔〟になるみたい。
そして、オジサンはやがてぼんやりとした口調で語り始めた。
「……あの神父の言葉に、一瞬でも夢を抱いた。悪魔を祓えば本物の桔音は戻ってくるのではないかと。だが……夢は打ち砕かれた。桔音が生き返ることはない……」
『我が傀儡ながら情けない姿だ。僕が動かしてやってたからこれまで生きてられたんだ! このままじゃ数分と持たないぞ!』
オジサンの側で僕も桔音くんの手を取って触れてみたけど、悪魔の言う通り、桔音くんの体が段々と冷たくなっていく。
「オジサン……」
僕はオジサンに掛ける言葉が見つからなかった。
オジサンはどうすべきかもう答えは分かっていたのかも知れない。
それでもまだ決心できず迷っているみたい。
苦悩の表情を浮かべ絞り出すように吐露した。
「私には分からないんだ……悪魔に取り憑かせてでも生かしておくことが桔音の為になっているのか、このまま人間として安らかに眠らせてやることが桔音の為なのか……」
すると木箱の悪魔が叫んだ。
『違うだろう!』
悪魔は見抜いていた。
『何が桔音の為だ! お前が……僕がいなきゃ、“生きていけない”くせに!』
「!」
まさに、その通りだったのだ。
桔音くんの言葉に、弾かれたようにオジサンの目が見開いた。
「……壊しましょう、オジサン」
察した加枝留くんが草の上の木箱を抱えて持ってきた。
「だって、貴方には『桔音くん』が必要でしょ?」
そう言って、オジサンの前に木箱を差し出した。
オジサンはもう一度だけ腕の中の桔音くんを見下ろして哀しげに呟いた。
「……すまない、桔音。私の心が弱いばかりに……」
オジサンにとって、たった一人残された家族は桔音くんだけ。
桔音くんが全てなのだ。




