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桔音くんの後を追って階段を上がると通路と幾つかのドアを素通りして一番奥の部屋へと辿り着いた。
桔音くんの部屋は思ったよりシンプルだった。
薄暗い部屋で、家全体の造りと同じ緑っぽい壁に赤い絨毯、壁に埋め込まれたクローゼットと本棚とベッド以外は何もない。
入るなり桔音くんは電気を付けるでもなく、片手を前にだらんと挙げて五本指の爪先からスイッと小さな炎が飛んで、室内にある五つの蠟燭台に向かい、ぽつぽつと火を灯した。
「電気代が要らないのニャ」
「でも蠟燭代が要りますよ」
僕と加枝留くんはコソッと耳打ちでそんな他愛ない会話をした。
部屋に入るなり黒猫は桔音くんの腕の中から飛び降りてベッドの上で丸くなった。
驚くことにベッドの上には黄色い蛇までいて猫に巻きついて一緒に寝だした。
「……そう言えば、今日は鹿島椛がいないな」
桔音くんの口から突然モミジ先輩の名前。
桔音くんからモミジ先輩の話が出るとは何だか意外だニャ。
「今日はデートに行ってるのニャ」
「デート?」
桔音くんが怪訝そうに片眉を僅かに寄せた。
「ほら、燉一教事件のとき一緒にいた警察官の犬飼衛先輩ニャ! 超イケメンの!」
「……あ~ぁ」
桔音くんは思い出したようにそう呟くと「フーン……」とだけ言った。
……何だろう、何か変な間を感じたんだけど。
「それより、面白いものって何ですか?」
加枝留くんが待ちきれない様子で聞いた。
表情が乏しいのにわくわくしてる感じがすごく伝わってくるニャ。
加枝留くんは意外と好奇心旺盛な子なのニャ。
桔音くんは答えるでもなく、部屋の中央に立って何かよく分らない短い呪文を唱え始めた。
すると赤い絨毯の上から緑色に輝く円形の魔法陣が浮かび上がってきた。
魔法陣の光は僕らの立っている場所まで広がってる。
魔法陣の中に囲まれたと思ったら今度は景色がグニャグニャと歪みだし、桔音くんの部屋から別の場所に変化していった。