プロローグ:感情
敵の斥候達の詰所と思われる、石造の小屋の中。
むせ返る様な血の臭いが鼻の奥を衝く。
眼下には、首を掻き切られ事切れた骸が数体。
別に偶然殺人現場に居合わせたのでは無く、自分がやったことだ。
ここ数年、この不快な血の臭いを嗅がない日は無かったのではないだろうか。
いくら吸っても慣れることは無く、喉と鼻の間にネバネバの液体が引っ掛かっているような……何とも言えない不快感が続く。
最早自分の体臭が血の臭いになったのかと疑っているほどである。
いや、今回の作戦完了を以ってこの不快感から解放されるのだろうか。
作戦完了とは即ち……ここ、王都の陥落。
そして、自分達は王都と共に――――
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数日前。
「さて……素体ナンバー0よ。次で最後の作戦だ」
聴き取り辛いしゃがれ声で、ボサボサの白髪を鬱陶しそうに掻き上げながらそう言ったのは、自分を“造り出した”帝国軍の研究員。
研究員と言えども、軍隊でもかなりの権威を持つ様で自分にこうして指示を出すのは全てこの男であった。
素体ナンバー0とは、自分の呼び名である。
他の実験体達の素体となったことから、そう呼ばれているようだ。
「作戦内容の説明をお願いします」
簡素、簡潔に問う。
そうしないとこの男はすぐに罰を与えてくるからだ。
「まあそう焦るな。漸くレガリア王国を落とせるというのだ。慎重にならねばな……」
「はっ……」
どうやら相当機嫌が良いようだ。
矢継ぎ早に指示を飛ばし、さっさと失せろノロマが、と怒鳴られるまでがいつもの光景なのだが。
「いやはや、ここまで上手くことが進むとはな……貴様等化物を苦労して造った甲斐があったという物よ」
彫りの深い顔に更にシワが寄る。
わかり辛いことこの上無いが、どうやら笑っているようだ。
造り出されてから随分経つが始めて見せる表情だ。
「我等が帝国、そして皇帝陛下のお役に立てたこと、誇りに思うが良いぞ」
「はっ……」
「フン……貴様等はつくづく反応がつまらんヤツだ。まあ、感情を抑え込む措置を施しておるから無理もないか……ヒヒヒ………」
自分は今、嬉しいのだろうか。わからない。
だがそんなことはさして問題ではない。
自分は兵器。余計な感情は不要だ。
「さて……作戦だが、被験体共の配置は済んでいるのだろうな?」
「はっ、前作戦開始時に完了後の待機場所は伝えておりますので……」
「何だ、配置完了の確認はしていないのか」
「はい……グゥッ……」
返事をするなり、いつの間にか男の手に握られていた小さなスイッチが押される。
これが、自分達が気に入らない行動を取った時の“罰”である。
産み出された時から装着されている首輪が、絶妙な加減で締まっていくものだ。
「ヒヒ……無能めが。どいつかが失敗していたらどう責任を取るつもりだ、ええ?」
「もう、し訳…………あ、ありません…………」
思わず首を押さえ、跪く。
汗が一筋、頬を駆けて行った。
他の者は敵国の最終拠点、王都を囲うように散開している。
遠隔連絡手段も持たぬ中、全ての配置確認までしていては二日は掛かるので、今回の作戦に関する召集命令にはとても間に合わず、確認はしていない。
彼等が指示を違えるなど万に一つも無いだろうが……
まあ確認を怠ったのは事実だ。
要らぬ言い訳は機嫌を損ねるだけなのはわかりきっているので、何も言わない方が良いだろう。
「……まあ良い。あの化物共が失敗する確率は極めて低いだろうな。それに今更一、二匹程度欠けても問題あるまい」
「ッ…………はぁッ……」
男の指がスイッチを押し込むことを止め、深く息を吐いた。
「被験体共は予定通り各方面から王都を強襲、攪乱させろ。貴様は混乱に乗じてコロッサスの町方面から王都に侵入しろ」
「……承知しました。作戦は三日後明朝と仮に伝えてありますが」
「それで良い。……王都侵入後は、情報拠点を落とせ。位置は把握しているな?」
「はい」
王都内のとある石造倉庫が敵の斥候達の情報交換所となっていることは調べがついているので、頷く。
「後はこの装置を王都中心部、王城にて起動させるだけだが……」
男は言いながら、人の頭ほどの大きさの黒い箱を持ち上げた。
「それは……?」
「古代の殺戮兵器だと考えられている。箱を開けると起動し、起動した五分程度後に大規模な魔力嵐を発生させる」
魔力嵐……一度だけ見たことがあるが、巻き込まれると体内に過剰な魔力が強制的に供給され魔力暴走と呼ばれる発作を起こし、魔力に体を滅ぼされるのだ。
その一度も帝国内で確認したはずだが……いくつか所有していたのか、これの仕業だった可能性が高い。誤って起動したのだろう。
逃げることも耐えることもできない自然現象を強制的に引き起こすとは、とんでもない兵器だ。
……これがあれば自分達なんていらないんじゃないか?
流石に何か条件があるのだろうが……
「範囲が極めて限定的だから可能な限り王城の中心で起動させろ。起動から発動までタイムラグがある。すぐに離脱すれば巻き込まれることは無い」
なるほど、効果範囲が狭いのか。
「承知しました。では、拠点を制圧次第皆と合流し……」
言いかけたが、男に手で制され、言葉を切る。
「そうだ。王城突入前に被験体全員と合流しろ。そして……」
男は座っていた椅子を反転させ、こちらに背を向けながら言った。
「全員、貴様の手で確実に始末しろ」
「はっ……しかし、わざわざ始末しなくとも彼等は死ねと言われれば死ぬと思いますが。その上まだまだ利用価値もありますので始末は時期尚早かと」
要らぬ進言などしなくて良いのに、自分で言って内心驚く。
特に被験体達を庇う理由もないあずだが……
背を向けていた男は首を擡げ少しだけこちらを見やる。
やはりと言うか、微かに見える目元にはあからさまな怒気を孕んでおり、機嫌を損ねてしまったのだろうと感じた。
「貴様等がその首輪を着けている内は、な……!時期尚早かどうかも貴様の決めることではない!何だ?不満でもあるのか!?」
「いえ、承知しました」
確かに自分達、帝国に産み出された所謂“化物”に例外なく着けられているこの首輪には、感情制御の力が備わっている。
制御といっても、帝国に逆らえないよう感情、思考を抑制する程度で完全な洗脳には至っていない。
成人の成熟した多彩な感情を抑えるには至らず、そもそも自我が発達しきっていない乳幼児期から着けていなければ余り意味のない物だろう。
逆に言えば、首輪を早くに着けられたものには感情らしい感情は無いということだ。
今更抑制を解除されても、帝国に明確な敵意を持つ処か、正しく思考できるかどうかも些か疑問ではある。
「何かの拍子に首輪が解除されたり、魔力嵐から逃れられたりするやもしれぬ。我々の手でも大人しく殺されてくれる保証も無い。失敗は許されぬ!皇帝陛下も化物共の裏切りを危惧しておられるゆえ、貴様が確実に処分するのだ!理解したのならさっさと行け!」
「はっ!失礼します!」
苛立ちまかせに例の罰も与えられることは無く、少しホッとしながら短く返事をし、部屋を後にする。
あれをやられると非常に疲れるのだ。
さて、遂にこの時が来たのか。
被験体達はなまじ強すぎる故に、帝国軍が直接手に掛けるのが恐ろしいのだ。
過剰なまでに警戒し、畏怖し、しかし虐げる―――矛盾した行動の裏には、数々の被験体の抵抗や暴走事故があったからだろう。
被験体全員を相手にしても確実に始末できる能力が有り、尚且つ失敗し殺されたとしてもさして問題が無い自分に白羽の矢が立ち、被験体……仲間達を殺せ、と、いずれ命じられるであろうとはずっと前から分かっていたのだ。
わかっていたが何となく頭の隅に追いやっていた。
そして、自分も同じく始末されるのだろう。
何てことは無い。先ほど渡された魔力嵐を起こす黒い箱……古代の殺戮兵器か。
実際には起動から発動までのタイムラグなど存在せず、即座に魔力嵐が発生。
自分は王国の人間と一緒に魔力暴走を起こして弾け飛ぶのだ。
見え透いた罠に溜息が漏れる。
仮に言葉通りタイムラグがあったとしても、五分程度で射程圏外へと逃れられる可能性はゼロに近いだろう。
まあ、帝国の勝利の為に死ねるのなら、自分のようなよくわからない存在にも一定の価値が有ったと言えるのかもしれない。
…………只、それが絶対的に必要なことだとも感じない。
だったらどうすると言うのだろうか。
堂々巡りのくだらない思考が足を鈍らせる。
何を悩む必要があるのか。自分は帝国の兵器。命令をただ――――
————悩む?自分は……俺は、悩んでいるというのか?
乾いた笑みが零れた。
自分でもはっきり分かった。
なんだ……俺は、仲間を殺したくないのか。
極悪非道な人体実験を受けたことに対する同情でも、血を分けた親近感でも何でもいい。
只、生きていて欲しかった。
意外というか、胸に秘めていた思いを認めた瞬間、身体の奥底で、何かが『弾けた』ような感覚を感じる――――
やることは決まった。大分思考に耽ってしまったが、三日以内に仲間全員に今回の作戦を伝えなければならないのを想い出し、足早に帝国研究所を後にした。
……全てを終わらせる、黒い箱を抱えて。
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そして現在、敵の情報拠点を制圧し終えたところだ。
もう少しすれば、全員が集まるだろう。
さっさと来て欲しいのだが……
他の敵に襲撃があったことを極力悟らせない為、この小屋から出ることができず、苦手な血生臭さに苛まれているところだ。
外の攪乱作戦により、斥候は概ね出払っているはず……
もういっそ出ようか、と我慢の限界が近づいた時、音も無く入口の木製扉が開く。
建付けの悪い丁番を鳴かさないよう、慎重にだ。
そんな開け方をするのは当然此方側の人間。
身体が入る最低限の隙間が空いた入口からは、昇り始めた日の光が入ると同時に、黒ずくめの小さな人影が素早く小屋に入り込む。
数は……十二。全員同時に着いたようだ。
最後に入った人影が、これまた音も無く扉を閉める。
完璧な一連の動き。
だが、酷く滑稽に感じた。
自分の頬が苦笑に歪むのをはっきりと感じる。
小さな影達は、素早く全ての敵が無力化されていることを確認すると、俺の前に集まった。
全員、一様に漆黒のコートを羽織り、目深にフードを被っている。
背丈も殆ど同じで子供ほどの身長しかない。
当たり前だ。俺も含めて全員まだ十歳前後なのだから。
各々小屋の外の気配に注意しつつ、俺の言葉を待っている。
「集まったな。では、俺は最後の任務を遂行しよう。全員横一列に並んでくれ」
俺が言い終わるなり、皆はさっと横一文字に並んだ。
「さて……俺は君等全員を殺すよう言われている。何か意見はあるか?」
意見もクソも無いが、一応聞いてみる。
「それが命令とあらば」
一番左の一際小柄な女が言った。
……被験体ナンバー1だったか。
他の者も同じ意見のようで、押し黙っている。
まあ、想像通りだ。
「わかった……取り敢えず、全員コートを脱げ。フードが邪魔だ」
特に反論も無く全員がコートを脱ぎ捨てた。
例外無く各顔が露わになる。
少年二人、少女十人、幼いながらも全員整った顔立ちだ。
素体として少し誇らしく感じると共に、自分より美形なことに嫉妬した。
見た目なんか気にしたことがなかったが、考えが変われば見方も変わるものなのか。
因みに女がやたら多いのは偶々らしい。
というか、コートの下に何も着ていなかったらしく、全裸の少女が一人いる。
被験体ナンバー3と呼ばれていた少女だ。
理由を聞いたところ、敵兵の攻撃がコートを掠め、服がはだけたところ明らかに敵の動きが鈍ったらしい。
これは使えると、衣服を剥ぎ捨て動きが鈍った敵兵を片っ端から葬ったそうだ。
……全裸の美少女が戦場の第一線を駆けていれば、確かに固まってしまうかもしれない。
最も、眼福(?)を得た者は例外なく高い料金を取られたようだが。
「よし……では、お前らを、殺す」
言いながら、懐から長年愛用してきたナイフを抜く。
一番左の少女……ナンバー1の前に立ち、ナイフを逆手に振りかぶる。
「…………」
ナンバー1は全てを受入れているかのように、目を伏せ微動だにしなかった。
そして俺は、勢いよくナイフを振り下ろた。
遅れて聞こえてくるカラリ、という乾いた金属音。
「……?……え……」
ナンバー1は何が起こったのか理解できないという顔をしている。
足元に落ちた、破砕され煙を上げる首輪と俺を交互に何度も見やる。
「……今この瞬間、帝国の被験体ナンバー1は死亡した。お前は新しい別の『人』だ」
全員から何を言っているんだコイツは、という訝し気な表情を向けられるが気にしない。
ナイフで首輪を切り裂く瞬間、目をぎゅっと瞑り、ほんの僅かに身体が仰け反ったのを確認して、俺は自分の行動が間違っていないことを確信していた。
死にたくないのだ。
「さて、次だ。動くなよ。下手に動かれると首が飛ぶかもしれん」
勿論そんなヘマは絶対にしないが、俺はそう言って全員の首輪を破壊していった。
「そんな、簡単に……」
最後の一人の首輪を破壊し終えたころ、誰かの呆れたような呟きが耳に入る。
今まで散々自分達を苦しめて来たコレが、コロっと外れたのがそんなにショックだったか。
「簡単ではないな。首輪は一体成型ではなく継ぎ目が一ヵ所だけある。首輪は確かに強固だが、その継ぎ目をピンポイントで狙ってやれば外れないこともない。
で、だ。さっきも言ったが、帝国軍の人間兵器達は俺が責任を持って処分した。お前達はここで新たに生まれた『人』である。唐突ではあるが、お前達なら帝国から出ても立派に生きていけるはずだ」
まだ戸惑いの空気が漂う中、一人の少年がスッと俺の前に進み出で来た。
ナンバー11と呼ばれていた、犬歯のよく目立つわんぱく顔の少年だ。
その吊り上がった眼には明確な敵意が浮かんでいるのが見て取れる。
「裏切者め……こんなこと、誰も頼んでいない。自分が死ぬのも作戦の内だと言うなら、甘んじて受け入れたというのに!余計な真似を!」
言いながら、元ナンバー11は腰の鞘に納められていたナイフを抜いた。
「おっと、俺としたことが殺し損ねてしまっていたか」
元ナンバー11の懐に一気に潜り込み、左膝をナイフを持った右手に打ち付ける。
ナイフを弾き飛ばされ怯んだところ、すかさず首を鷲掴みにして力を籠める。
「ガッ……く、くそぉ……」
「覚えておけ……お前の中で今激しく渦巻く感情が怒り……そして明確な死への恐怖だ。どちらもお前の、『人』として大切なものだ。もう一度よく考えてくれ」
俺が手に込めた力を緩めると、元ナンバー11は激しく咳き込みながら俺から距離をとる。
「ゲホッゲホッ……死への恐怖だと……!?わかったような口を!」
物わかりが悪い奴だ。
俺は本気で殺すつもりで一歩前に出る。
元ナンバー11は反射的に一歩引いた。
「死は覚悟しているのではないのか。なぜ引く?」
「……」
「まあ……確かに、これは只の俺の我が儘だ。恐怖と言ったが、お前の覚悟が本物なのもよくわかっている。生まれてよりの付き合いだからな。
だが、首輪を外した今、もう一度よく考えてくれ」
「首輪を……」
「そうだ。もう気づいている者もいるが、首輪が俺達の感情、思考を抑制していた。
今のお前達なら、自分が何を思い、感じているかがはっきりとわかるだろう」
説得は長引くかな、と思っていたが、思わぬ助け船が入った。
「もうやめておけ。我々が束になってもその男には恐らく勝てない。それに、ナンバー11も彼が言っている意味は理解できているのだろう」
「……フン」
元ナンバー5に諭され、元ナンバー11はやっと身を引いてくれた。
彼女は、観察眼が非常に優れており引き際に定評がある。
というかいい加減、元~と言うのが面倒臭い。
「我が儘ついでに、俺が今からお前達の名前を付ける」
「名前……」
「そうだ。俺が勝手に付けるから、気に入らなかったら後で自分で考えてくれ。それとも、ナンバー何々とまだ名乗りたい者はいるか?」
十一人は首を横に振った。
……後一人は、首輪を外した先ほどから魂が抜けたようにボーっとしているから無視する。
「ふむ……では」
それから、一人五秒ほど掛けて名前を付けていった。
元ナンバー1、灰色の髪の小柄な少女は『ラティ』。頭の回転の早さはトップレベルなので、今後も上手く生きていってくれるだろう。
元ナンバー2、ボルドー色の髪のがたいの良い少年は『アピス』。常に怠そうだ。首輪を外すまでの俊敏な動きが信じられない。
元ナンバー3、輝く金髪の全裸で仁王立ちの少女は『レジー』。首輪を外しても羞恥心を覚える気配がまるで無い。とにかく戦闘力が高いので、妙な心配はしなくてよさそうだが……この後コートだけでは色々問題だと思うので、俺の上着をあげた。
元ナンバー4、雪のような白髪の少女は『ハーゼ』。キョロキョロ落ち着かない奴だ。放っておいたら野垂れ死にそうな……いや、流石に大丈夫だろう。多分。
元ナンバー5、深い藍色の紙の少女は『クロン』。十二人で一番思慮深い。名前をやった時にやけに嬉しそうだった。
元ナンバー6、美しい翡翠色の紙の少女は『ヴァイパー』。何を考えているのか今一わからない不思議っ子。だが強烈な魔眼持ちだから急に襲って来ないかと少し緊張した。
元ナンバー7、紫の髪の少女は『メア』。目つきが少々悪いが、今まで人を殺した数が十二人中圧倒的に少ないことから本来は優しい性格なのかもしれない。(当時は殺す時間がもったいないとか言っていたが。)
元ナンバー8、桃色のくせ毛の少女は『ラム』。本当に十歳前後か?(一部の)身体の発達が恐ろしい。
元ナンバー9、赤毛の少女は『シャルル』。大きな眼が特徴の人懐こそうな顔だ。……が、こいつの策略もとい悪知恵はえげつなかった。変な性格でなければよいが……
元ナンバー10、海のような青い髪の少女は『リト』。神出鬼没な奴で、任務はきっちり果たしていたが、よく行方不明になっていた。野放しにして大丈夫か?
元ナンバー11、先ほど食って掛かって来た栗色の髪の少年は『シバ』。案の定名前なんていらぬと喚いていた。あれだけ元気なら問題ないだろう。
元ナンバー12、俺と同じ黒髪の少女は『ノイン』。先ほど一人だけ首を振らなかったのが奴だ。視線は明後日の方向、半開きの口からは涎が垂れている。
ふむ、気が触れているようにしか見えない。
「これで全員だな。繰り返しだが、気に入らなければ違う名前を名乗ってくれ。お前達はこれから自由の身だ。好きなところへ行き、好きなように生きろ。その結果帝国に帰ることになっても良いと思う。だが、今すぐと言うのは駄目だ」
「お前はどうするんだ」
リトが俺に尋ねる。
「俺はやることがあるので帝国に戻る。俺も自分を殺しに行かなければな」
「そういえば、お前の首輪は……」
「ああ、俺のは問題無い。かなり前に弄って無効化してある」
そう言った瞬間、ほぼ全員から殺意の篭もった視線が向けられた。
「一人だけ首輪から逃れていたのか」
「どうりで懲罰の時余り苦しそうじゃなかったわけだ」
「……お、俺は帝国に行く。ではみんな、またいつか会おう!」
「あ、待て!」
少し雲行きが怪しくなって来たので、俺は急いで小屋を飛び出した。
何気なく後ろを振り向くと、小屋から四人だけだが小さく手を振ってくれているのが見えた。
あれはアピス、ヴァイパー、クロンとノインか。
クロンはともかく、他の三人は意外だな。言っちゃ悪いが何考えてるかわからないし。
でもまぁ、悪くない気分だ。
いつの日か、また会えることを信じていよう。