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最終兵器 読み書きできない世界の話

作者: Rastarock

「プギーーーーーー!」


 ここは某独裁国家の奥ノ院。独裁者たる書記長は国連からの最後通告を見て、怒りを露わにしていた。

 人権侵害、違法薬物の製造と輸出、核や生物兵器といった禁止された兵器の開発など、書記長の方針で行った数多の罪が示されている。

 国営テレビを通じて知らぬ存ぜぬを通していたが、国連の指摘事項は全て事実であり、スパイ衛星や密告により証拠も十分だった。

 最後通告には『国際機関の査察を受け入れない限り、二〇三八年十月一日をもって国連軍が進行する』と明記されている。十月一日といえば明後日だ。

 国連は余裕をもって通告していたのだが、書記長へ回覧されるまで長いルートを経由していたため、ここまでギリギリの期日になってしまった。

 だが、生き残るために国連の査察を受け入れるという選択肢は書記長には無い。

 傍に侍らす美女達を乱暴に押しのけると、再び「プギ」と短叫ぶと書記長は巨体を揺らしながら奥ノ院を後にした。

 美女達は書記長の後ろ姿を見て偶蹄目イノシシ科の動物を想像したが、神聖にして犯すべからざる独裁者に対し、そのような感想はもちろん言えなかった。


 ◇◇◇◇◇


「博士!例の物は出来たか!?」


 奥ノ院から移動した書記長は、用途の不明な計測機器や、毒々しい色をしたフラスコが並ぶ研究室にいた。

 薄暗い研究室で書記長は一人の男と向き合っている。

 書記長と相対するは初老の男性。博士と呼ばれたその人物は、薄い額にボサボサの白髪、薄汚れた白衣を纏っている。

 博士は独裁国家の書記長を前にしても、どこか気もそぞろといった風情だ、目の焦点も合っていない。


「ヒヒヒ。新兵器は概ね完成しております。後は我が国の同志達に特有の脳波パターンを特定すれば、他国の人民を皆殺しにすることも可能です」


 所々に恐ろしいフレーズが含まれているのだが、書記長や博士の辞書に『倫理』という言葉は存在しない。


「それで?いつ実戦投入できる」


 書記長に残された時間は短い。なにせ明後日になれば国連軍が我が国に侵攻してくるからだ。


「一ヶ月ほどあれば完了いたします。ヒヒヒ」


 博士は不気味な笑いを浮かべている。もはやコスプレマニアが安っぽい演技をしているようにしか見えないが、この場には怒れる書記長しかおらず、冷静なツッコミは期待できなかった。


「明日には完成させろ!必ずだ!」


 強い口調で命令すると、振り返りもせずに去っていくブタ…もとい書記長であった。


「いや……無理だから」


 先ほどまでの狂った口調はどこにいったのか、真顔で頭を抱える博士。書記長にはあのように説明したが、自国民に特有の脳波パターンなど見出せないと、とっくの昔に結論付けていた。

 国外逃亡が頭をよぎったが、厳重な警備の中で体力に自信の無い博士が逃げ切る事は不可能と判断する。

 明日までに兵器を完成させなければ死刑、逃げても捕まれば死刑。

 かくなる上は兵器に設定するパラメータをそれっぽくいじり、後は野となれ山となれ。


 ◇◇◇◇◇


 翌日、国連軍進行まで残り二四時間を切っている。場所は大型の格納庫のような場所。書記長と博士は小型の機器を前にしていた。


「よくやったぞ博士!これで世界は我が国にひれ伏すのだ!」


 先祖代々伝わるけったいな髪型を振り乱して興奮する書記長。


「全ては親愛なる書記長の御心のままに」


 適当なパラメータ設定をした事などおくびにも出さず、これまた適当に書記長を持ち上げる博士。


「ポチっとな」


 赤くて丸い大きなボタンを蹄…もとい右の人差し指で押し、勝利を確信する書記長。


『しーらないんだー♪しらないんだー♪』

 童心に帰り『知らないんだの歌(作者不明)』を心の中で歌い上げる博士であった。


 ◇◇◇◇◇


 書き終わった小説のウィンドウを最小化して、俺はオンライン小説投稿サイトの画面を開いた。


「認証します。画面から目を離さないでください」


 投稿サイトにログインすべく、俺は画面の一点を注視した。


「認証完了。モロ休さん、こんにちは」


 PCの内蔵スピーカーが無機質な機械音声で返答した。最近流行の『脳反射認証』と呼ばれるシステムでセキュリティが守られている。

 画面を見つめるだけの簡単なシステムだが、眼球さえ手に入れれば突破できる虹彩認証と異なり、生きた脳でなければ認証できないので究極の生体認証と言われている。


 前回書き上げた小説は散々な結果に終わっていた。以前からレビューで指摘されていた弱点を補い、推敲を重ねてリリースした作品だったが、読者からの批判はおろか何の反応も無かったのだ。

 今回は大丈夫と自分に言い聞かせ、俺は書き上げた小説をサイトへ投稿した。


 タイトル:グルメ女子かげろうお銀のお色気珍道中

 作者:モロ休

 更新日時:2038/9/30/22:53


 投稿した小説は、水戸黄門に出てくる『かげろうお銀』が、諸国のおいしい物を食べ歩くという二次創作だった。読者サービスの意味で、入浴シーンを多めに書いてみた。

 半世紀も前に放映されていたテレビシリーズを苦労して入手し、自作の小説との間で矛盾が無いように仕上げるのに苦労した。

 その甲斐あって、お銀(由美かおる)の魅力を余すところなく表現できたと自負している。


 俺の名前は鈴木二郎(すずきじろう)。名前は二郎だが俺は長男だ。本当は一郎にしたつもりだったのだが、役所に届けるときに酔っぱらっていた親父が、手を滑らせて『二』になってしまったらしい。

 テロップを作る会社で働いている。テレビでアナウンサーがペリっと捲るあのテロップを専門に作る会社だ。年齢は二十五歳で、彼女いない歴も二十五年

 今さっき投稿したサイトは常連で、投稿数は全ユーザー中でダントツの一位を記録している。

 そう。投稿数はダントツの一位。でも前作のレビューはゼロだった。

 ペンネームの『モロ休』は、会社を休んだ時に先輩が付けたあだ名をそのまま使っている。

 明日から十月が始まる。四半期の始まりは仕事が忙しいと分かっているので、俺は夜更かしせずに寝ることにした。


 ◇◇◇◇◇


 翌朝、何やら外が騒がしい気がしたが、二郎はあまり気にせずにテレビをつけた。正確にはつけようとした。しかし、画面には砂嵐に似たノイズが映るだけだった。

 このままだと会社に遅刻してしまうので、テレビの事は一旦置いて出社する事にする。


 玄関を開けて二郎はさらに驚いた。通りを行く人達の様子がおかしいのだ。

 普段は駅に向かって人の流れができているのだが、誰しも所在無げにうろうろしている。取り乱している人もいる。


 駅まで歩いた二郎だったが、電車も動いていない。さすがの二郎も気になって、通行人のオジサンを捉まえて何が起きているのか聞いてみた。


「すいません。なんか電車が動いてないみたいですね?」

「電車もそうだけど、あんたすっげー呑気にしてるな?体の方は大丈夫なのか?」

 電車の運行状況を聞きたいだけだったのだが、二郎は逆に問い返されてしまった。

「体って?」

「いや。だから、字読めるのか?」

「へ?字はそこそこ読めますけど」

 投稿サイトのレビューでは『ボキャブラリが少ない』と、批判を受けることも多い二郎だが、他人にそれを指摘される覚えはない。

「ホントか?」

 なぜか疑いの目を向けるオジサン。

「ホントかって……」

「じゃあ、例えばあそこに書いてあるの読めるか?」

 オジサンが指さした先には政府広報のポスターがあった。


『痴漢は犯罪です』


「え~っと…『チカンハハンザイデス』と、書いてありますよね?」

「おお~!」

 感動するオジサン。


(痴漢が犯罪なのは当たり前だろう。何で税金使ってこんなポスター作るのか訳が分からん。そっちの方が犯罪的だ)


「痴漢する人って、犯罪だって知らないからやってるんですかね?っていうか、もしかして俺の事疑ってるんですか?俺は痴漢なんてしませんよ?」

「おい!この人、字読めるってよ!」

 二郎は痴漢冤罪の被害者にならずに済んだことに安堵したが、オジサンはそれどころでは無いようで、周りの人達を呼び寄せて興奮している。


「じゃあここには、なんて書いてあるか分かるか?」別の通行人が、昨日発行のスポーツ新聞の一面を指さして聞いてきた。

「ここには『チョウシュウリキ、ベイジュノリングニサンセン』と書かれています」

「おおおお!!」

「すげぇ!」

「読めるんだこの人」

 八十八歳になる長州力がいまだ現役である事には驚愕だが、オジサン達が感動しているのはそこではない。それぐらいは気付ける二郎であった。


 ◇◇◇◇◇


 通行人達から聞き取った内容を二郎なりに整理したところ、次のような事が分かった。

 二郎以外の人達は文字を読む事に加え、書く事も突然できなくなった。

 読み書きができなくなったタイミングは昨日の深夜で全員一致している。

 自動車の運転などは読み書きができなくてもできるが、道路標識やスピードメーターを読めない人達が起こす事故で大変な事になっている。

 自動運転の車は正常に動作するが、そもそも行先の指示などをAIに出せないため、人がまともに操作する事ができない。

 テレビやラジオは、昨晩以来放送を中断している。ちなみに、読み書きできなくなった際に生放送中のニュース番組では、アナウンサーが突然原稿を読めなくなり、ものすごくテンパっていたらしい。

 電力をはじめとした社会インフラの制御は大部分が自動化されているが、人間の手による操作ができないため、かなりの部分がストップしてしまっている模様。

 電車も動いていないため、二郎は出社を諦めた。駅で携帯電話を操作して会社へ電話したところ、電話帳が読める二郎には周囲から羨望の眼差しが注がれた。


 当然ながら、インターネットは九月三〇日の深夜で更新が止まっている。ニュースサイトは某独裁国家へ、国連軍の進行が秒読みという話題で埋まっていた。

 二郎は日ごろの習慣で小説投稿サイトを開いた。いつもであれば新作が秒刻みでリリースされるのだが、こちらも昨晩以降ほとんど更新されていない。


「……ん?ほとんど?」


 全く更新がされていないと覚悟していたのだが、なぜか数件の新作がリリースされている。

 投稿された小説のタイトルを見てみる。


 タイトル:何これ?

 作者:月河光

 更新日時:2038/10/1/02:44


 タイトル:月河光さん見てますか?

 作者:剣王

 更新日時:2038/10/1/04:17


 タイトル:とにかくこれを読める人連絡ください

 作者:月河光

 更新日時:2038/10/1/08:20


 投稿サイトには、読み書きできない人が周囲に溢れる中、混乱しながらも横の連携を取ろうとする作者達がいた。


 ◇◇◇◇◇


「やっと四人か…」


 十月二日の夕方、俺は板橋区成増にある公園のベンチに座っていた。

 公園では五歳位の子供が無意味に尻を出して母親に怒られている。ありふれた日常の風景だ。


 なんで俺が成増まで歩いてきたかといえば、投稿サイトで連絡を取り合った作家同士で集まるためだ。

 先ほど力なく呟いたのは、この集会を呼びかけたペンネーム月河光(げっこうひかる)こと新垣景子(あらがきけいこ)さん十九歳である。

 月河光さんはかなりの美人だった。可愛系か綺麗系かと聞かれれば、絶対に綺麗系と答えたくなるような整った顔立ちをしていて、その若さで大人の魅力も醸し出している。

 医大生だとのことで、才色兼備とは月河光さんのための言葉に思えてくる。

 ただ、成増で集まると決まった後、月河光さんの作品を見たのだが、その全てがBL小説だった。

 少々残念ではある。


「四人だけですが、自分は読み書きできるのが自分だけと思っておりましたので、これは心強いと思われます。前向きに捉えるべきではありませんか?」


 一人称が「自分」のこの人は、ペンネーム剣王こと能登金治(のときんじ)さん四十一歳。もう十月だというのに、カーキ色のタンクトップで現れた。すっげー筋肉質な体系で、とても小説投稿サイトを利用する文系男子とは思えない。

 しかし、投稿サイトでは超有名人で、転生系の小説が大人気だ。確か九月の月間ランキングで一位だった。

 剣王さんの職業は陸上自衛隊の自衛官で、階級は一佐だという。一佐と言えば自衛隊ではエリートだが、ペンネームからはそこはかとない脳筋の予感が漂っている。


「この現象の原因究明に加え、寸断された社会インフラを何とかしないといけませんね」


 最後の一人はペンネーム都々借猪(ととかるちょ)こと西芝富士夫(にししばふじお)さん五十五歳。都々借猪さんも剣王さんと双璧をなす有名人だ。小説投稿サイトの草創期から活躍していて、主にSF系の名作を作っている。俺もファンの一人だ。

 都々借猪さんは大手電機メーカーの研究開発主任をしているらしい。俺を含めた四人の中で、一番まともそうな感じがする。

 ちなみに、お住まいは埼玉県の和光市との事で、練馬駐屯地に住む剣王さんとの中間地点だからという理由で、今日の集合地点である成増の公園が選ばれたらしい。

 青物横丁に住んでいる俺が損している気がするが、そこは追及しない事にした。俺の協調性は高いのだ。協調性の鬼なのだ。


「モロ休さんはどんな作品書いてるのかしら?」

 お互いの職業や作風について自己紹介したのだが、俺のペンネームは誰も聞いたことが無いという。

 俺以外のお三方は携帯電話を取り出して、投稿サイトから俺の作品を検索し始めた。


「うわ、何これ?」月河光さんは大きな目を見開いて携帯の画面を眺めている。

「お色気珍道中…?こ、このカリフォルニア忍法帳とは…?」剣王さんも作品に興味を持っているようだ。

「モロ休さんは時代物がお好きなんですか?き、極めて斬新な切り口かと……」都々借猪さんに褒められてしまった。

 概ね良好な評価を貰えたようだ。俺は最新作『グルメ女子かげろうお銀のお色気珍道中』のシリーズ化を決めた。


「まぁ、作風は人それぞれだものね。今後のことなんだけど、ひとまず私は大学の研究室で、この現象の原因を調べてみるわ。原因が分かれば治療法も見つかるかもしれないし」

 月河光さんは医大生という立場を活かし、俺達以外が読み書きできないという今回の現象について調べてみるという。


「では、自分は陸自のシステムを使って、現在の状況確認や各行政機関への呼びかけをしてみます」

 こういう時に公務員である剣王さんの存在は大きい。日本全国の行政ネットワークはもとより、陸自の通信網とAIを通じて各国の状況も確認してみるそうだ。


「私はこの状況を何とかする事に注力します。読み書きができなくても、音声認識だけで生活できるような機械が作れるといいのですが」

 都々借猪さんは自称機械オタクというだけあって、この状況を打破できるような製品を作り上げ、以前と同じような生活ができるように頑張るという。


「で、あなたは何をするの?」月河光さんが涼しげな目でこちらを見てきた。


「え~っと…」


 俺は、テロップを作る会社で働いていて、今回のような現象に対処するようなスキルや立場を持ち合わせていない旨を説明した。


「結局、何も役に立たないって事でしょ?なに堂々としてんのよ」

 月河光さんの目に少々軽蔑が含まれているような気がするが、これは仕方ない。

 確かにこの状況で俺は誰の役にも立たない。誰も読めないテロップを作る意味が無いのだ。需要がゼロになったのだ。

 俺はこの集まりにおける地位の向上を早々に諦めた。


 ◇◇◇◇◇


 一週間後、俺は再び成増の公園のベンチにいた。やはり何気ない日常の光景があった。今回は無意味に尻を出してはしゃぐ子供の数が増えていた。

 前回と違い、ここまで来るのは楽ちんだった。剣王さんのご厚意により、自衛隊の備品から自転車を借りることができたのだ。

 集まった四人でこの間の活動報告をする。とはいえ、役に立たない俺は特に報告するような活動をしていないので、俺以外の三人の活動報告を聞くことになった。


「良いニュースと悪いニュースがあるんだけど、どちらから聞きたいかしら?」

 口火を切ったのは月河光さんだった。


「じゃあ、良いニュ」

「悪い方から説明するわね」

 月河光さんは俺の発言に食い気味で悪いニュースから説明を始めた。わざとやっているとしか思えなかった。


「言葉の読み書きができないのは、脳の機能が活動停止しているのが原因よ。具体的には側頭連合野と後頭連合野のごく一部が壊死しているの。複数人の被験者の脳を診断して、全て同じ部分が壊死してた。残念ながらこの症状では脳機能は回復しない。つまり直らないって事ね」


 月河光さんの発言は、俺達に大きなショックを与えた。心のどこかで、何かしらの治療法が見つかると思っていたからだ。

 特に、奥さんと子供のいる都々借猪さんのショックは大きいようだった。


「良いニュースとは?」

 剣王さんが暗い話題をチェンジしてくれた。


「今回の事象の原因が分かったわ。これよ」

 月河光さんは密封式の透明なビニール袋を見せてくれるのだが、そこには何も入ってなかった。


「『これ』って…その袋が原因なんですか?」

 俺は見たままの疑問を月河光さんに尋ねた。


「モロ休さんて……バカなの?いいえ、きっとバカなのね。ビニール袋が脳にダメージを与える訳ないじゃない。まあ、仕方ないか。この中にはね、顕微鏡でしか見えないような、小さな機械が入ってるのよ。これは都々借猪さんに説明してもらった方が良いかしら?」


 顕微鏡でしか見えないなら、分からなくてもしょうがないじゃないか。美人にバカと言われて少し傷ついたが、俺はすぐに立ち直った。

 俺はポジティブなのだ。鬼ポジと言っていい。


 同じく鬼ポジと思われる剣王さんも、落ち込むことなく「ほー」とか言いながら、しきりに感心している。

 機械が脳を破壊したのならば、今回の事象は人為的に起こされたという事だ。

 自衛隊としては国防の失敗を意味するのだが、脳筋タンクトップの心は常に前を向いていた。


「その機械はいわゆるナノマシーンですね。自律的に飛行して、人間を見つけて脳に食らいつく。その後はプログラムに従って、特定の部位だけにダメージを与えます。確認できた限り発症した時刻が同じなので、タイマーで制御しているのでしょう。まあ、現代の技術からいって、自立飛行するナノマシーン自体は大した驚きでもありませんが、脳の特定の部位というのがなかなかすごい…」

 その後も都々借猪さんは技術的な解説をしてくれたのだが、俺には全然理解できなかった。


「まだ脳には分からない点が多いのよ。『読み書きできなくする』っていう機能に限定して開発したのは天才的ね」


 月河光こと新垣景子は知る術もない。それは某国の博士が適当に設定したパラメータだった。


「では、この流れで私から報告しますね」都々借猪さんが語りだした。


「なんで私達だけが読み書きできるかという点ですが、どうやら投稿サイトのおかげのようです。というより、脳反射認証ですね。認証時にはシステムが脳に直接アクセスするのですが、そのシーケンスの中にナノマシーンのプログラムに干渉するコードがありました」

 都々借猪さんの説明はやはり難しかったのだが、どうやら俺達はちょうど投稿サイトにログインするタイミングだったので、運よく難を逃れたらしい。

 俺達の投稿サイト以外の認証ではダメなようだ。ここにいる四人以外に助かった人はいないかもしれない。


「続きまして、自分から報告いたします。まず、他国の状況ですが、概ね我が国と同じ状況に置かれているようです。一部の国に関しては不明でありますが、確認できた地域の全てが同様です。したがって、他国からの援助は絶望的です。また、陸自の最高司令官たる内閣総理大臣に本件を報告いたしましたところ、現状を打破すべく我々を全面的にバックアップしていただく言質をいただきました」


 外国も同じ災難に見舞われているのは痛ましい限りだが、総理大臣の全面バックアップというのはすごいインパクトだ。

 それはそうだ。読み書きできないというのは、行政組織としては非常に不便で、国民への通達もできなければ手続きもできない。投票用紙に記名できないのだから、この先は選挙だってできないのだ。


「総理としては立法、行政、司法の三権における重要事項に関して、我々の助力が無くては成り立たないとお考えです」


 ◇◇◇◇◇


 それ以降の俺達の活躍たるや、獅子奮迅という言葉がピッタリ当てはまるほどだった。読み書きできるというスキルの価値は驚くほどで、俺達は色々なところに引っ張りだこだ。

 一番の功労者は都々借猪さんだったかもしれない。彼はあらゆるテキストデータを音声に変換するツールの発明をした。ツールができても人が操作できないと意味が無いので、文字に頼らない操作方法を工夫して世に広めた。

 また、過去の文献等もどんどん音声データに換えていったので、これに困る事も無くなった。


 都々借猪さんの研究開発は、剣王さんを通じて各国から予算を引き出したので、思いのほか順調に進んだ。

 加えて、剣王さんが率いる(剣王さんは大出世を果たし幕僚長にまでなった)自衛隊が、今回の現象を引き起こした犯人を見つけ出した。大方の予想通り、某独裁国家の関与を証明され、独裁者の書記長は国際機関による裁きを受けた。


 月河光さんは無事に医大を卒業後、医師とテレビタレントの二足のわらじで活躍している。

 特にニュースの原稿が読めないのはキャスターとして致命的なので、あの日以来世界で一つだけになったテレビ局は、毎日のように月河光さんの美貌を映している。


 俺はといえば、小説投稿サイトの人気作家になっている。文字が読めない人達が相手だが、テキスト情報を自動音声が読み上げてくれるので、見る(聞く)側はあまり不自由が無いようだ。

 ただし、書く方はとても大変だ。読み書きできない人が小説を作るには、喋った言葉をテキストに変換し、テキストから音声に再変換する必要がある。

 しかしながら、口語で文語を表現したり、句読点を付けるのは視覚情報に頼らないと不便この上ない。

 こうして供給側が圧倒的に不足したので、必然的に俺の作品が重用されるようになった。

 そしてもう一つ。テロップを作成する会社で働いていた縁で、俺にはテレビ業界に少しだけコネがあった。

 現在テレビと言えば月河光さんである。今も俺が作った文字の無い絵だけのテロップをもって、ニュース番組で美貌を振りまいている。


「ねえ二郎?今度の旅行はどこに行く?」

 現在、俺の横では月河光こと新垣景子が、ワイシャツにパンツという姿で妖しく微笑んでいる。

 テレビの仕事を始めてすぐに、俺は肉食系の彼女に食べられてしまった。


「景子と一緒ならばどこへでも」

 ようやくピロートークにも慣れてきた。幸いなことに、世界的なVIPである俺達は金も時間も自由だ。

 最近、あの時に投稿サイトへログインしなかったらと、考えて怖くなることがある。

 小説の人気も出て、素敵な彼女もできて、地位も名誉も全てが手に入った。

 この幸せが得られた事を運命に感謝して、俺は景子と二人で眠りにつくのだった。


 ◆◆◆◆◆


「しっかし、幸せそうな顔して寝てるな~」

「特に、この鈴木さんって人、間抜けな顔して笑ってるよ。ちょっと気持ち悪いね」

「側頭連合野と後頭連合野のごく一部()()が機能してないからね」

「だけど、この四人だけで済んで本当に良かったな」

「そうだね。脳反射認証と組み合わせた場合だけ、効果を発揮するマシンなんてね」

「あの国の技術力じゃ、この程度が限界だったのかもね」


 殺風景な病院の四人部屋。鈴木二郎、新垣景子、能登金治、西芝富士夫と書かれた名札が入り口に貼りつけてある。

 病室を背にし、四人の犠牲だけで世界的な破滅を免れた事に感謝する医師達であった。

最後までお読みいただきありがとうございます。

読者様の反応中毒になっている筆者に、評価、感想、レビューをいただけると嬉しいです。

お気に召していただけましたら、現在連載中の『シークバー』という作品↓もお読みください。

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