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第7話

 キセアはご機嫌だった。

 採取の途中に片手間で討伐した熊が、意外なほどの高値で売れたことも理由の一つだ。さよなら金欠。もう2度と会いたくはない。

 けれど、当然……かはわからないが、それだけが理由の全てではない。

 採取できたギリクの根。キセアが見極め、直々に採取したものだ。最高峰の錬金術師であるキセアの見立ては当然のように素晴らしく、現在保有する最低品質の道具であっても、十分に高品質の魔法薬を精製できるほどだ。道具を用いた本格的な生産行為自体が久しぶりであり、素晴らしくテンションが上がっている。


「キセア、ご機嫌」

「ふふふ。そうね、若干、ええそう、ちょっとだけ気分が良いわ」

「絶対にちょっとじゃない」


 そんなキセアにリノンも呆れ顔である。

 鼻歌を歌い出しそうなほどの笑顔で調合道具を組み立て、素材を並べる。そこに至ってようやく、キセアの表情に真剣さが現れた。


「さて、金欠脱却の第一歩を始めるわ」


 ……いや、まだテンションは高いようだ。


「リノン、部屋全体に物理結界を張ってもらえる? 強度は必要ないわ」

「ん」


 リノンが魔術を行使したのを確認して、キセアも魔力を発する。空気中の不純物が綺麗に消滅し、空気がスッと澄み渡った。

 キセアは楽しそうに素材を手に取る。


「さて、まずは」


 手にしたのは蒸留水の入ったガラス瓶だ。試薬を一滴垂らし、純度に問題がないことを確認したら鍋に中身を注いでいく。小さな鍋は、すぐにいっぱいになった。

 次はヒポネ草だ。ネーマ湿地帯から帰った後に採取しておいたものを取り出し、ペティナイフで同じ大きさになるよう刻んでいく。

 そして、沸騰した鍋にヒポネ草を投入。ヒポネ草はみるみるうちに小さくなり、出がらしのようになった。

 これはヒポネ草の特徴で、こうやって抽出された成分が魔法薬の溶媒となるのだ。


 ここまでは、通常の手段と何も変わらない。

 裏技はここからだ。


 煮汁を冷却し、ギリクの根を取り出す。火魔術で乾燥させ、すり鉢で粉末に。

 そして、


「《付与エンチャント回復魔術ヒール》」


 そこで、リノンが目を見開いた。


「何を?」

「本来の作り方と違う、でしょう?」


 クスリ、とキセアが笑う。

 本来であれば、治癒の効果を持つアロネをヒポネ草の煮汁で処理し、最後に魔力活性で効用を高めて完成である。ギリクはもちろん、付与術など使わない。


「だからこれは裏技。ギリクの根は、魔力吸収作用のある分泌物を生成している。だから、付与術との相性がとても良いのよ」


 そして、回復魔術を付与したそれを、ヒポネ草の煮汁に溶かす。


「これで、ヒポネ草の触媒作用によって効果が定着するの。最後に蒸留水で濃度を調整して、魔力活性。……完成!」


 本来の製法レシピは、身体の治癒力を活性化させることで傷を癒すものだ。しかし、キセアが作ったものは、回復魔術を直接体内に取り込むものといえる。

 それであれば、回復薬にある『治癒までのタイムラグ』という欠点は消え去る。

 裏技どころか、完全に上位互換だ。


「付与術が使えなければ不可能な製法だけれど、効果はお墨付きよ」

「初めて見た……」


 完成した回復薬を硝子ガラス瓶に移すと、22個になった。回復量にもよるが、相場は1本銀貨2枚ほど。高価にも思えるが、命の値段としては妥当なところだろう。何よりも、魔法薬を作れる技師がほとんどいないのだ。

 全部売れれば銀貨にして44枚。金欠脱却は確実である。


「4本は私たちで使うとして、売れるのは18本ね。明日持っていきましょうか」

「ん。今日は疲れた」


 ちょうど時間も夕食時である。片づけを終えた二人は1階の食堂へと降りて行った。






「ち、ちょっとお待ちください」


 冒険者ギルドの受付嬢は、慌てた様子を隠そうともせずに席を立った。音を立てて階段を上がってく。

 キセアとリノンは顔を見合わせ、首をかしげる。


「……いやいや、あれが正常だから」


 隣で一部始終を見ていた別の受付嬢が、あきれた様子でつぶやいた。


「何かしたかしら?」

「回復薬を出しただけ」


 そう、キセアがしたのはそれだけだ。

 朝食を食べ終わってからギルドへと向かい、回復薬を見せて「これを売りたいのだけれど」と言った。そうしたら、受付嬢に「これは?」と問われたので、「回復薬よ」と答えた。ついでに、全部で18本あることも伝えた。

 それだけの話。

 うん、何の問題もない。

 2人がそう納得したところで、周囲は全力でツッコミを入れる。


魔工技師マギ・クラフターは希少だって知ってるだろう!!??」


 魔術を使う素質がある者が、10人中1人。その中で、魔術師を名乗れるほどになり得る才能の持ち主は、100人中1人。魔工技師となれるだけの才能の持ち主は、その中でさらに100人に一人である。

 つまりは10万人に1人だけ。そこから、才能を自覚し、師匠と巡り合い、生産道具を買うだけの初期投資ができると条件が付く。どれだけ希少かがわかるだろう。


「……こうなるから、もっと早く来たかったのだけれど」

「寝坊したのはキセア」

「わかってるわよ」


 現実へと引き戻されてげんなりとする2人に、「ギルドマスターがお呼びです」と、戻ってきた受付嬢の無情な声がかけられた。

 内心でため息を吐きながら階段を上っていき、通されたのは一番奥にある大きな部屋だった。

 受付嬢が扉をノックすると、奥から野太い男性の声が聞こえてくる。


「おう、入れ」

「失礼します。お連れしました」


 どうやら通されたのは応接室のようで、宿と同じくらいの広さの部屋に絨毯が敷かれ、低いテーブルをはさみ柔らかそうなソファが向かい合う形で置かれている。その、扉に向いている方に、大柄な男が座っていた。


「よく来たな。まずは座ってくれ」

「ええ」

「ん」


 腰を下ろし、キセアは驚く。このソファ、かなり上等なものだ。それだけではない、決して華美ではないが、部屋の内装はよく見ればそれなりに値が張るものばかり。


「……儲かっているのね」

「ガハハ。見栄も多分に含まれてるのさ。何せ、貴族が客として来ることもある」


 手数料取り過ぎじゃない?

 必要経費だ。


 副音声はこんなところか。

 ギルドマスターとキセアの間に、見えない火花が散っている。


「とりあえず名乗ろう。支部長のオーリウスだ」

「キセアです」

「リノン」

「で、呼んだ理由なんだがな……」


 ざくりと話をまとめると、回復薬をほかに売らないでくれ、という話だ。魔工技師マギ・クラフターは人数が少なくてギルドが作れないため、需要の多い冒険者ギルドが業務を肩代わりしているらしい。

 冒険者ギルドであれば、信用もあるし販路にも困らない。

 特に問題はないので了承すると、オーリウスは大きく息を吐いた。


「感謝する」

「私としても面倒は避けたいのよ」

「……何かあったら守れ、ということだな。言われなくともそのつもりだ」


 職人や商人たちの執念は恐ろしいのだ。

 話がまとまったころ、応接室の扉が再びノックされた。


「オリビア様をお連れしました」

「入ってもらえ」


 扉が開かれ、入ってきたのは、魔術具店オリビアにいた老婆だった。


「あなたは……」

「やはりお主か」


 老婆もキセアのことを覚えていたようで、納得といった表情だ。

 オーリウスは2人を見て口を開く。


「知り合いみたいですが、一応紹介しておきましょう」


 老婆に対して突然の敬語に、キセアは怪訝な表情を浮かべた。

 それに構わず、オーリウスは話を続ける。


「彼女はキセア。回復薬を持ってきたので、それを鑑定してもらおうとお呼びしました。となりにいるのはリノン。キセアのパーティメンバーです」


 2人はぺこりと頭を下げる。


「うむ。エノバ・オリビアじゃ」

「エノバさんは高名な魔術師でな。お前たちの持ち込んだ回復薬を鑑定してもらうために呼んだ」

「昔取った杵柄というやつじゃな。今は単なる店番にすぎんよ」


 そうは言うが、眼を使って見てみれば、確かに魔力量はとんでもなかった。それだけでなく、質や循環速度も申し分ない。才能があるだけではなく、十分な研鑽を積んでいるのが見て取れた。

 というか……宮廷魔術師レベルである。冒険者のランクで考えれば、B、あるいはAにすら届き得るだろう。

 エノバは回復薬を見ると、わずかに眉を寄せた。


「ふむ? 回復量は申し分ない。じゃが、製法が一般のものとは違うの」

「よく分かるわね」


 あっさりと見抜かれる。


「これでも魔術具店に身を置いておるのでな。それで、これは……ギリクと付与術エンチャントを用いた応用レシピ。ボイオーティアの者か?」


 ピクリ、とキセアの頬が引きつった。

 ボイオーティア。南西に位置し、魔王によって支配される多種族混成国家だ。


「……薬一つでそこまで見抜くなんて」

「剣士は剣で語り、魔術師は魔術で語る。同様に、魔工技師はその制作物で語るのじゃ。覚えておくが良い。特に、一般に流通しておらぬ品であればなおさらじゃ」


 確かに、キセアが用いた応用レシピは、ボイオーティアでも一部の者だけが知るものだ。外で知るものはさらに少ないはずだが、その1人にエノバは入っているということだろう。

 流石に想定外だ。

 ため息を吐くキセア。

 そのとなりで、リノンが何やらつぶやいていた。


「ボイオーティア? キセア……ボイオーティア……魔術師。キセア? うーん。どこかで聞いたような」

「そ、それで。幾らで売れるのかしら」


 再び頬を引きつらせたキセアがそう言う。


「ふむ。回復量から言って、銀貨4枚が妥当かの」

「……買取価格よね?」

「もちろんじゃ」


 思っていたよりも遥かに高い。


「ここは辺境にして、アスラ大森林の傍のある都市じゃ。他よりも相場が高いのは当然じゃろう? まして、即座に回復するとなれば、な」


 ニヤリとエノバが笑う。


「確かにそうね。ではそれでお願いするわ」


 キセアが頷き、回復薬をテーブルに乗せる。売買が終わり、エノバが立ち去った。

 すると、今度はオーリウスが身を乗り出した。


「ところで」

「安定供給の話ならお断りするわ」


 皆まで言わせてたまるか。キセアは被せるように断る。

 キセアとリノンが立ち去り、部屋には肩を落としたオーリウスが残された。






 懐が暖かくなった2人は、とりあえず昼食を食べに行くことにした。

 Dランク認定試験は明後日に迫っている。お金も手に入ったので、今日は装備を整える予定だった。

 本来であれば、一番はじめにすることだ。けれど、お金がなかったのだから仕方がない。

 普段よりもちょっと高い食事処に入り、腹を満たす。宿屋リーガーの量だけの食事とは雲泥の差だった。一口目を食べた2人の手が止まる。再び時が流れたら、そのあとは無言だった。食事の音だけが響き渡る。

 腹ごしらえが済み、店を出る。商業区を抜け、職人通へと歩みを進めた。

 街並みが、小綺麗な商店街から、雑多な雰囲気へと変わっていく。薬品や煙の臭いが鼻を突いた。

 職人通だ。


「どんな装備がほしい?」

「そうね。簡単でいいから防具と、歩きやすい靴が欲しいわ」


 実は、キセアは何の防具も身につけていない。キセアは旅人であって狩人ではないのだ。必ずしも獲物を倒す必要はなかった。

 しかし、冒険者となった以上はそうは言っていられない。依頼であれば、危険を承知で戦わなくてはならない時も出てくるだろう。


「わかった。こっち」


 リノンの先導で店を決める。扉を開けようと手を伸ばし、キセアは唐突に一歩横にずれた。


「?」


 その行動にリノンが首を傾げた瞬間。


「出て行けぃ! お主に売るもんはないっ!!」

「ぐあぁっ」


 扉を突き抜け、1人の若い男が飛び出してきた。男はそのまま石畳に叩きつけられ、うめき声をあげる。簡単な防具を身につけているところを見ると、駆け出しの冒険者なのだろう。

 さらに店の奥から、顔中に髭を生やした背の低い男が出てくる。全身に筋肉の鎧を纏っているかのような体格と鋭い眼光。へたり込んだ男がすくみ上る。


「ドワーフね」

「ん」


 ドワーフは口を開く。


「言うに事欠いて、お主に全身の金属鎧だと!? 軽戦士じゃろうが! 速度が殺されるだけじゃわぃ! 自分の戦い方くらいは考えてから出直してこんかぁ!!」

「す、すみませんでしたぁ!」


 叩きつけられる叫び声に、冒険者の男は這々の体で立ち去って言った。それをあきれた様子で見送るドワーフだったが、キセアたちに気づいたのか、軽く片手を上げた。


「おぉ、リノンの嬢ちゃんか! 変なところを見せたのぉ」

「ムルド、久しぶり」


 ムルドはキセアに視線を向ける。


「そっちの……嬢ちゃんであってるか? は一体?」

「パーティメンバー」


 キセアはリノンのとなりに立つと口を開く。


「キセアよ。リノンとはパーティを組んでるわ。今日は防具を購入したくてきたのだけれど」

「ほう。しかし、嬢ちゃんは魔術師じゃろう?」

「そうね。だから、最低限で構わないわ。軽い胸当てと靴が欲しいの」


 ムルドは大きく笑い声を上げた。


「ガハハ! きちんと考えているようじゃの。入れ! 見繕ってやろう」


 店に入るなり、ムルドはマントを脱ぐよう要求した。


「体つきがわからんと防具なんぞ作れんわ。さっさと脱げ」

「構わないけれど……」


 ここに衛兵がいれば捕まるな、などと思いながらマントを脱ぎ去る。

 下に着ていたのは、丈夫ではあるが簡素なデザインの服だ。体型がそれなりにはっきりと出るため、ムルドに見られて頰が赤くなる。


「ふむ。胸当てと言っていたな。ならばあれが良い」


 ぶつぶつと言いながら、ムルドは店の奥に姿を消した。

 別に自惚れていたわけではないのだが、キセアの顔を見て全く反応を示さない男は珍しい。少し意外に思った。


「……変な人ね」

「けど、腕は確か」


 リノンに話を聞けば、彼女の防具もここで購入したらしい。革製の胴当てと籠手、編み上げのブーツ。見れば確かに上質なものだ。


「リノンは胴当てなのね」

「ん。持久戦になるから」

「ああ……火力不足ね」


 リノンが頷く。


「私がいるのだから、そこはもう問題ないわよ。新調したら?」


 その提案にちょっと悩むそぶりを見せたが、少しして首を横に振った。


「それよりは杖を買いたい」

「そうね、それもありね」


 そんな話をしていると、ムルドが防具を抱えて戻ってきた。どさりと作業台の上に置く。


「胸当て、ブーツ、それと一応籠手じゃ。試してみてくれ」

「ええ、ありがとう」


 いくつか装備を手に取る。軽く、防御力もある良いものばかりだ。


「これは?」

「心臓を守る部分に鉄板を仕込んだんじゃ。魔物というよりは、盗賊なんかを相手にするためのものじゃな。鉄板の分だけ重くなっているが、そこは仕方なかろう」

「なるほど……。こっちは?」

「軽さを重視した。最低限の防御力しかないが、動きを阻害しないようにつくってある」


 聞けば、全てのものに明確な設計思想コンセプトとこだわりが見て取れる。製作士の一員として、そういった『職人のこだわり』には好感が持てた。

 ムルドも、煙たがられることの多い語りを聞いてくれるキセアに好感度が急上昇だ。その語り口は勢いを増し、1人蚊帳の外であるリノンは置き去りとなった。


 長い話し合いの末、キセアは2種類の革を重ねたものに決めた。靴は柔らかな革の、ひざ下までを覆うもの。籠手は必要ないと判断。

 リノンは拗ねてしまったが、キセアは良い買い物ができたと満足そうだ。


「理由を聞いても良いかの?」

「リノンがいるから、防具は不意の一撃を防いでくれればそれでいいの。となると、軽くて行動を阻害しないものが望ましい。けれど、1番軽いものは弱すぎるのよ。ゴブリンやウルフ程度であれば問題ないけれど……私たちが狙うのはもっと大物よ」

「だからこれ、というわけか」

「ええ。靴については、毒ヘビへの注意だから、初めから強度は求めていない。籠手は……魔術的な判断よ」


 ムルドは何度か頷き、口を開く。


「うむ。防具に求めるものが明確で、判断も適切じゃ。よかろう」

「ムルドはアドバイザーも兼ねてる」

「なるほどね」


 細部を調整するとのことで、何度か着脱を繰り返す。ついでにリノンの装備のメンテナンスもしてもらい、店を後にした。


キリよく書くって難しいですね。

ちょっと内容がアンバランスになってしまいました……。

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