第2話
2.相棒
キセアは組合の中に入ると、登録を担当してくれた受付嬢のところが空いていたのでそこに向かい、胸に抱えていた麻袋を差し出した。
「ヒポネ草の買い取りをお願いしたいのだけど」
「素材の買い取りはあちらで承りますね」
受付嬢はそう言って立ち上がるとキセアを伴い隣の部屋へと入る。中央には大人が三人ほど横になれるくらいの大きさの作業台が置かれており、ここで素材の鑑定を行うのだと分かる。
「これをお願い。……次からは直接ここに来ればいいの?」
「確かに受理しました。ええと、受付に一言お願いします。この部屋には普段誰もいないので」
「今回みたいな感じでいいってことかしら」
「はい、同じようにしてもらえれば良いですよ」
受付嬢は麻袋の中身が全てヒポネ草であることを確認すると重さを測る。
「ではこちら、報酬の銅貨6枚になります」
「ありがとう。……安い宿でも紹介してもらえないかしら。来たばかりでさっぱりなのよね」
「はい、構いませんよ。……そうですね、安宿となると、スラムの近くを探せばいくらでもありますが……キセア様は女性ですので、雑魚寝ではない宿の方が良いでしょう。銅貨6枚で一晩、食事も付けた方が良いでしょうし……そうですね、リィガさんのところですね。リーゼの紹介だと言ってもらえれば部屋をとってもらえると思います」
「分かったわ、ありがとう」
キセアはおもむろにフードを下ろした。その素顔が晒され、リーゼが息を飲む。
それほどまでに美しかったのだ。
雪のような白亜の髪が肩のあたりまで伸び、強気な瞳は琥珀に輝いている。白い肌には血色の良さが分かる赤みが差し、病弱なわけではないことが分かる。
キセアはにっこりと笑みを浮かべると、
「よろしく、リーゼ。……ああ、これからお世話になる相手だもの。顔を見せないのは失礼かと思ったのよ」
過去さまざまなトラブルに巻き込まれてきたため、キセアはあまり顔を見せたがらない。
「そ……そうですか。確かにその顔では隠しておいた方が良いかもしれませんね。トラブルの元になります」
「ええ、実際何度か襲われたわ。隠しているのはそれが理由だし……」
そう言いながらキセアがフードを被りなおすと、リーゼは惜しむようなため息を吐いた。
「ま、これからよろしくお願いするわね」
「ええ。こちらこそ、よろしくお願いいたします」
◇◆◇
宿屋リーガー。それがリーゼに紹介された安宿だ。
店主のリィガという名前をもじっただけという安直な名前だが、値段の割に飯の量が多いということで冒険者ならば誰でも初心者の頃にお世話になる宿だ。なお、味の方は推して知るべし、である。
中に入ると、一階は酒場になっているようで、ガヤガヤとした喧騒がキセアの耳に突き刺さった。
五月蝿さに顔をしかめながら、奥にいる店主と思しき人物に声をかける。
「宿泊したいのだけど。リーゼの紹介よ」
「大部屋、相部屋、個室、どれがいい」
「個室で」
「あぁん?」
そう答えたキセアをリィガは鋭く睨んだ。強盗のような風貌もあり、子どもなら泣き出しかねないほどの迫力がある。
が、何度も死線をくぐり抜けてきたキセアにとっては全くなっていない。柳に風と受け流す。
「……何故、組合の職員がこの宿を勧めるか分かるか」
「さぁ? 安いからじゃないの?」
「ここが冒険者専門の宿だからだ!」
リィガの怒声に、キセアたちに注目が集まる。同じように怒鳴られた者もいるのだろう、チラホラと苦笑が見られた。
「お前のような登録したての冒険者は、この街のことをよく知らない。実力云々は関係ない。宿に来る奴らってのは余所者だ。つまり、冒険者同士の伝手がない。それは情報網や窮地に陥ったときに助け合う仲間がいないってことだ。だから、まずこの宿でそういった関係を作る。……さて、大部屋か、相部屋か、個室か。どれにする?」
キセアは少し考えると、
「相部屋で」
と答えた。流石に、不特定多数の相手に素顔を見せるのは不安がある。
リィガは「良いだろう」と頷くと、鍵を投げて渡した。そこには17という数字が彫られている。
「その部屋にいるのは女だ」
「ありがとう。助かるわ」
「……食事はどうする」
「いただくわ」
「相部屋一泊、食事付きで銅貨4枚だ」
お金を払うと渡された鍵を頼りに部屋へと向かった。軽くノックし、扉を開ける。
「……誰?」
「この部屋に泊まることになったキセアよ。よろしく」
部屋にいたのは、聞いていた通り女性だ。小さな体に細い手足、癖のある金髪を短く切りそろえている。顔はそれなりに整っているものの無表情で感情がなく、人形のような雰囲気を放っていた。
本来であれば初対面で名を明かすことはしないのだが、同じ部屋で生活する相手だ。そういうわけにもいかないだろうと判断し、挨拶がてら名を告げる。
「……ん、リノン。よろしく」
感情が読めないが、取り敢えずはフードを下ろすキセア。その素顔を見ても、リノンは特に表情を動かさなかった。
キセアはホッとしたように頬を緩めるとローブを脱ぎ捨てる。体を覆い隠してしまうこの格好は窮屈で嫌いなのだ。
「さて、と……」
ベッドに腰を下ろし、ずだ袋を手に取る。このままでは不便なのでちょっと改造してやろうと思ったのだ。
キセアの手に魔力が集まっているのを感じたリノンが興味深そうに視線を向ける。
「貴女も魔術師なの?」
「ん、結界師」
「そう。……《付与:空間拡張》」
「!?」
キセアが何気なく使った魔術の完成度に、リノンは衝撃を受けていた。
付与、つまりは対象に魔術を付与する魔術だ。
極めて単純な効果だが、実はこれを扱える魔術師は少ない。その理由は付与と付与する魔術、二つの術を同時に展開することを求められるからだ。
空間拡張はその名の通り、指定した座標の空間を引き延ばす効果を持つ魔術だ。空間魔術の基本であり、単体で使われることはあまりない。だが、付与と同時に使うと、これはアイテムポーチの作成方法となる。ずだ袋の内部という確定した空間を、見た目はそのままに数倍に引き延ばす。見た目よりも多くの物が入るようになるのだ。
そして付与により、本来は瞬間的に発動する魔術効果を固定し定着させる。そのため、単純な術式にもかかわらず非常に膨大な魔力が必要となる。
この二つを同時に行使できる者だけが使えるのが《付与術》なのであり、実はかなり高度な魔術の一つである。
「……どうしたの?」
そんな高難度魔術を苦もなく行使して見せたキセアはといえば、食い入るように見つめるリノンを不思議そうに見つめていた。
「凄い」
「へ? あ、ありがとう」
ストレートな賛辞にキセアの頬が赤くなる。
「本当に凄い。付与は高難度の魔術。なのに綻びも一切なく、精度も完璧。人間業じゃない」
「ほ、褒めすぎよ」
「全然。これでも足りない」
リノンは相変わらず無表情だが、頬には興奮したように赤みが差している。また瞳もキラキラと輝いていて、まるで千切れんばかりに振られる尻尾が見えるかのようだ。
「でも、拡張したと言っても精々十倍が良いところよ? 重量軽減すら付いていないから本当にただ入るってだけで、見栄えも悪いし……素材と道具さえあれば無制限で質量無視のアイテムポーチだって作れるのに」
はあ、とため息を吐くキセア。ここに来る途中で失くしたアイテムポーチは、最上級の素材をふんだんに使って作られた彼女の自慢の一品だったのだ。
「……貴女、何歳? 本物のアイテムポーチを作れるなんて、宮廷魔導師でも中々いない」
「う。……え、永遠の17歳よ」
その答えに、教えてくれそうにないことを悟ったリノンは身を引いて自分のベッドに座った。
「そう。因みに私は154歳」
「ひゃっ!?」
キセアは思わずリノンの顔を注視した。どうみたって14、あるいは15歳程度の少女だ。
リノンは「ん」と自分の耳を指差した。短く人と同じ程度の長さだが、先端が尖っている。
「ハーフエルフ?」
「そう」
キセアは納得して頷いた。
ハーフエルフは人間とエルフの間にハーフで、およそ人の十倍の寿命を持つ。ゆえに、14から15歳だと感じたキセアは間違っていない。
「そうなのね」
「私のことはいい。それよりもキセアのこと」
「わたし?」
「パーティを組んでほしい」
突然の指名に首を傾げる。確かに付与は高等技術だが、それだけだ。関係する魔術は総じて殺傷能力が低いので、冒険者としての実力を示す指標にはなり得ない。
「私は結界師。攻撃魔術は苦手。でも、防御なら自信がある。だけど、後衛といえば火力だから、私は他のパーティの条件に合わない。だから、貴女と組みたい」
「なるほどね」
確かにソロで活動してきたキセアは好条件だ。この辺りを一人旅できるということはそれ自体が実力の証明だし、今生産系の魔術も使えることが分かった。つまり、単独で魔物を殲滅するだけの火力と一線級の生産技能を持ち合わせた存在なのだ。
そしてこの話は、キセアにとっても悪い話ではない。実は、キセアは結界魔術に疎い。それは彼女の魔術特性上仕方のないことではあるし、また守りが必要ないほどに攻撃に優れていたからでもある。
だが、旅をするだけならともかく冒険者として活動するならば盾役は必要になる。盾と火力、この二つが揃っているか否かで戦いの安定度は格段に変わるのだ。
そこまで考えると、キセアは軽く頷いて了承を示す。
「いいわよ」
「……え?」
頼んだ本人は、あまりにも簡単に了承が返ってきたことに呆然としていた。
「だから、いいわよ。パーティを組みましょう。わたし、防御魔術は苦手なの。だから貴女に任せるわ」
「……っ、分かった。期待して」
「ええ。龍のブレスも防いじゃうようなのをお願いね」
「ん。お任せあれ」
リノンの顔に笑みが浮かぶ。それは、あまりにも可憐で……
「っ!?」
「キセア?」
無表情の中に咲いた一瞬の笑顔に、キセアはあまりにも簡単に心を掴まれてしまうのだった。
友誼が結ばれると顔を見せる、という設定を消しました。