我々の主人公の人気は世界一ィィィィ!
走れメロス
提出課題を出し遅れて、教授の小言を聞き流している間、なんでこの小説はこれほどまでに時代を越えて愛されるのだろうか。
それをずっと考えていた。
「ふぃー、なんとか撒けたな」
当麻先輩から逃げ切った俺は、もうじき始まる借り物競走の招集場に来た。
本当、あべこべになって運動出来ない男子が増えてて良かったわ。でなきゃ今ごろヤられてたね。
俺の初体験が男だなんて洒落にもならないぜ。
まったく、これから走るっていうのに余計な体力つかったじゃねーか
いや、逆に考えるんだ。走る前にウォーミングアップができて良かったと考えよう。借り物競走は運ゲーだけどな。
「それじゃあ、借り物競走始めます」
係りの学生の案内でスタートラインに並ぶ学生。
俺は一番前だから第一走者ってわけだ。ま、運ゲーだから適当に頑張るか。
そう思いながら隣を見ると、全員がクラウチングスタートの姿勢を取っており、表情も真剣そのものだった。
「絶対一番になってやる」
「絶対に負けられない」
……運ゲーにそこまで本気になるなんて、皆さんプロのギャンブラーなんですか? 負けたら地下施設行きなの?
まぁ、俺だけクラウチングスタートじゃないのも恥ずかしいから、とりあえず俺もやっとこ。
「いちについて」
スタートライン横に立つ教員が、スターターピストルを真上に向ける。
「よーい」
その声で皆腰を高く上げる。そして、数秒ほど間をおいて火薬の炸裂する音が響き渡り、同時に皆一斉にスタートする。
『今一斉にスタートしました』
あれ? いつから実況入ったんだ。というか、文化祭の時もそうだけど、なんで坂本先輩が実況してるんですか。あんた放送委員でも放送部でもないでしょ。
っていうか、他の男共……足遅すぎだろ。
『おおっと、いきなり飛び出した有利選手! 他の選手を一気に突き放す』
チラッと振り向いてみる。スタートして百メートル程度しか走ってないのに、かなり差が開いていた。
本当だ、いつの間にかめっちゃ差が開いてる。というか、足遅すぎだろ。
「わっ、有利君かなり足早くない?」
「意外、運動全然できなさそうなイメージだったよ」
応援席の方から、そんな驚きの声が聞こえてくる。
この『まったく無名だった主人公が、強豪高校とかプロの世界に入ってバカにされてたけど、いきなりとんでもない記録だして周りが驚く展開』みたいな反応……たまらなく気持ちいい。まさに脳が震えるっ!
『そのまま一番にお題カードの置かれているテーブルに到達しました』
さて、出来るだけ楽なお題が引けるますように……というわけでドロー!
俺は放送席の前に置かれたテーブルの上から、適当に紙を引く。
「えーっと、なになに」
俺は手に取った二つ折りの紙を広げて、中に書かれている文字に目を通す。
「これは……」
異性で最も気になる人……紙にはそう書かれていた。異性という二文字を太文字で強調して。
お友達になりたいって意味での気になるってだけなら、可愛い子なら誰でも当てはまる。おっぱいの大きい子なら誰でも当てはまるけど、異性って念を押すみたいに強調してるってことは、お友達としてって事じゃないんだろうな。
まったく、ラブコメの主人公が引いたらとんでもない事になるぞ。ヒロインが戦争始めちゃうよ。
『おおっと、有利選手お題を手にして固まっているが……もしや、異性で気になる人みたいなお題でも引いたのでしょうか?』
マイクを片手に、俺の手元を覗きこみながらそう言う坂本先輩。
「って、見るなよ!」
『まぁ、目の前にあるから……そもそもそのお題を用意して、そこに置いたの私ですし……おおっと、女子の皆さんの目付きが変わりましたね』
わぁお、皆自分を選んで欲しいと目で訴えかけてらぁ。
『で、誰か誰か決まってるので?』
まぁ、奏ちゃんか来栖さんのどっちかかな。
どちらかというなら奏ちゃんかな? 麗奈さんも嫌いではないけど……性格というか、行動に色々問題はあるからな。
ただ、問題がひとつ。
この状況で選ぶのがとても恥ずかしい。
仮に奏ちゃんを選んだとして、後で『友達としては好きだよ』なんて言われたら死ぬ。
その点では麗奈さんなら安心だけど……そう思い、さっきからやけに騒がしい一角に目を向ける。
「さぁ王子! この私を! さぁ!」
「いや、この僕を選んでくれたまえ!」
そこでは麗奈さんが、両手を広げて猛烈にアピールしていた。異性でと言われたのに、何故か当麻先輩もいる。
あれは選びたくないな。なんか、同じと思われそうで嫌だ。
「まだ、決まってないです」
というか、チキンハートでアタック出来ないだけだが。
『おおっと、女子の皆さんがウォーミングアップを始めました、今の発言で全員にチャンスがあると思ったのでしょう、ちなみに好みのタイプはどんな感じで?』
好みのタイプ……奏ちゃんと来栖さんに共通する点ってなにがあるだろ?
「……運動できる人?」
来栖さんは次元が違うから置いておいて、奏ちゃんも麗奈さんも運動がかなり出来るからな。
「なるほど、つまりはライバルを消せば自動的に僕が選ばれるということかっ!」
運動ができるということを、戦闘力が高いと勘違いしたのか、どこから持ち出したのか、西洋剣を構えて女性陣に突撃する当麻先輩。
いや、もうそれ借り物競走じゃないだろ。
ところでその剣レプリカだよな? 演劇部の備品だよな? 本物じゃないよな?
「なるほど……そういうことであれば、お兄様から消えていただこう!」
当麻先輩と同じ西洋剣を両手にそれぞれ持ち、背後から斬りかかる麗奈さん。そして、それを皮切りにあちこちで大乱闘が始まる。
「勝ち残って有利君の彼女になるのは私だ!」
まて、彼女募集なんて言ってない。
「いいやこの私だ!」
まて、だから彼女が欲しいなんて言ってない。
「彼は渡さない!」
何度も言うようだが、彼女募集なんてry
「私たちは争うことを強いられているんだっ!」
強いていないから、とりあえずその手に持ったシャベルは置こうか。ゾンビとモビルスーツ以外に使っちゃダメだ。
「ひゃははは! 汚物は消毒だー」
おい、その制汗スプレーとチャッカマをどうするつもりだ。
「これから毎日家を焼こうぜー! 「ホアタァッ!」あべしっ!」
よかった、制汗スプレーを使う前に倒されてくれて。おかげで大惨事は免れ……いや、もうすでに大惨事だな。
なんつーか、ラブコメの主人公より大変な事になっちゃったよ。
「いやぁー、最近の若者は元気があっていいですねぇー」
「そうですねぇー」
おい先生、はやく止めろよ。飲んどる場合かーッ!
走れメロスは例えが秀逸だと思った。
文中にこうある『メロスは太陽の沈む速さの10倍で駆け抜けた』と。
このような例えなど、はたして誰が思い付くだろうか。
太陽はゆっくり沈むようにみえて、すさまじく速い速さで沈む。つまり、メロスもゆっくり走っているようにみえて、凄まじい速さで走っている……ということだろう。
なんてセンスのある例えだろうか。
私はこんなセンスのある例えなんて思い付かない。私は自分の才能の無さが憎く思う。憤りすら覚える。
私は私に激怒した。
と、このように小言を聞き流している間に、なかなか上手い文が完成した。
余談であるが太陽の沈む速さの10倍というのは、計算するとおよそマッハ11らしい。
そんな速さで人混みに突っ込めば、衝撃波で王もセリヌンティウスもマントをかけた少女も皆吹き飛んでしまうだろう。
おい、バカやめろ走るなメロス。走るんじゃない。




