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別離の唄

 その日、真幌市は朝からピリピリしていた。

 沢田組の幹部である藤原昭義が、ボディーガードを務めていた組員とともに射殺されたのだ。警官が事件現場の周囲にテープを張り巡らせ、あちこちを調べたり聞き込みをしている。さらに、カメラを担いだテレビ番組のスタッフやレポーターなども来ていた。彼らはみな一様に、暴力団同士の抗争が始まるのではないか……という勝手な憶測を口にしている。


 そんな中、海斗は知り合いの下っ端組員に話を聞いてみたのだが、返ってきた答えは――


「るせえぞゴラァ! こっちはな、てめえみてえなチンピラに構ってる暇なんかねえんだよ! とっとと消えろ!」


 との言葉が返ってきただけだ。お前もチンピラみたいなもんだろうが、と突っ込みたくなる気持ちを押さえ、海斗はヘラヘラ笑いながら頭を下げて退散した。

 その後、海斗はいつもの溜まり場へと向かう。喫茶『猫の瞳』である。


「まさか、あんな事になるとはね。士想会ってのは、本当にアホの集団なのかしら。このままだと、戦争は避けられないわよ」


 マスターの小林は、渋い表情でそう言った。もっとも、海斗も思いは同じである。いったい、どこのバカがトチ狂ったのだろうか。


「本当だよな。まさか、いきなり幹部のタマ獲るなんて展開になるとは……ところで小林さん、沢田組の連中から何か聞いてる?」


 海斗の問いに、小林は首を振った。


「沢田組の連中、アタシなんかに構ってられないみたい。みんなバタバタしてるのよ。アタシも考えちゃうわ……これ以上ヤバくなったら、店をたたんで田舎に帰ろうかしら」


 小林の口調は冗談のようであるが、その言葉の奥には彼の本音があるようにも思える。海斗も、その気持ちは理解できた。真幌市は薄汚いし治安も悪いが、住みにくい町ではなかった。それが今や、対立する二つのヤクザ組織が睨み合う場所と化してしまったのだ。

 海斗がそんなことを思っていた時、店の中に一人の男が入って来た。


「いやあ、発砲事件とは驚きですな。ここはいつから無法地帯になったんでしょうか」


 言いながらカウンター席に座ったのは、営業マンの崎村だ。昨日と同じく、地味なスーツ姿でカバンを小脇に抱え、困惑したような表情を浮かべている。


「崎村さん、あんたもこの辺りには近づかない方がいいよ。会社だって、この状況なら撤退するしかないだろうし」


 面倒くさそうな表情で海斗は言った。営業マンがどのような仕事なのかは知らないが、この辺りをうろうろしていたら、小競り合いに巻き込まれることになる可能性が高い。

 いや、もう小競り合いと呼べるようなレベルの話ではないのだが。いずれにしても、こんな場所では営業など出来ないであろう。


「ところが、そうもいかないんですよ。上からは、当分ここで営業を続けろと言われてまして」


 苦笑しながら言う崎村。すると、小林の表情が険しくなった。


「ちょっと崎村さん、あんたん所の上司は何を考えてるのよ。人が二人死んでるってのに――」


「それが、うちの上司の口癖に、ピンチとチャンスは紙一重ってのがあるんです。今、他の企業はビビって真幌市から手を引いてる。だから、今は絶好のチャンスだと言ってるんですよ」


 頭を掻きながら、とんでもない話をしている崎村。海斗は、聞いていて恐ろしくなってきた。ヤクザの抗争の真っ只中に送り出され、仕事をさせられるとは。堅気のサラリーマンとは、かくも大変な仕事なのか。


「何だよ、そいつぁ……ずいぶんとキツい仕事だなあ。崎村さんとこの仕事、俺には務まりそうもないよ」


 呆れたような海斗の言葉に、崎村は首を振った。


「いやいや、そんな事はないさ。海斗くんが転職を考えてるなら、こっちはいつでも歓迎するよ。初めは倉庫の係だけどね」


「無理だってばよう」


 言いながら、海斗は顔をしかめた。その時、小林が口を開く。


「そういえば……いずれ、藤原の後釜が沢田組から派遣されるでしょうね。それがどんな奴なのか、そっちも問題よね」


「そうだよ。そっちの問題もあったな」


 海斗は苦い表情で首を振る。これから、どうなることやら……頭が痛い。




 夕方になり、孤児院へと足を運ぶ海斗。どうやら、今日のところは教師たちが登下校に付き添っているらしい。その付き添いは、しばらく続くであろう。

 不安を覚えながらも、海斗は孤児院に入って行く。だが、子供たちはいつも通りであった。楽しそうに、広い庭で遊んでいる。海斗はほっとした。あの事件は子供たちに影響を与えていないらしい。

 今のところは。


「よう明日菜、元気か?」


 ウサギ小屋に近づき、声をかける海斗。明日菜は、いつものようにウサギ小屋の前でしゃがんでいる。その大きな瞳は、小屋の中のウサギをじっと見つめていた。


「あたし、大きくなったらウサギさん飼うの」


 ウサギを見ながら、明日菜は言った。


「ウサギは、今でも飼ってるだろうが」


「ううん、違うの。ウサギさんの他にも、犬さんも猫さんも飼いたいの。いっぱい飼って、みんなで仲良く暮らしたいの」


 ウサギを見ながら語る明日菜は、いかにも楽しそうな表情を浮かべている。恐らく、犬や猫やウサギたちと暮らしている自分を想像しているのだろう。海斗もつられて微笑んだ。


「そうか。明日菜は動物が好きなのか」


「うん、大好きなの。大きくなったら、動物園のお姉さんになりたいの」


「ほう、お前の将来の夢は動物園の飼育員なのか。いいことじゃないか」


 言いながら、海斗は明日菜の将来の姿を想像した。とぼけた表情でライオンの檻に入り込み、餌を手から食べさせている明日菜……その程度のことはやらかしそうだ。若干、不安ではある。


「海斗は、何になるの?」


 不意に、明日菜が尋ねてきた。


「えっ? 俺?」


 戸惑う海斗。


「うん。海斗は大きくなったら、何になるの?」


 なおも尋ねてくる明日菜。その瞳はウサギではなく海斗を真っ直ぐ見つめている。海斗は思わず頭を掻いた。


「いや、俺はもう大きいからなあ」


 言いながら、海斗はふと幼い頃の事を思った。小学生の頃の夢は何だったろうか。自分は将来、何になりたかったのだろう。


「明日菜、俺は小さい時、プロレスラーになりたかったんだよ」


 気がつくと、そんなことを言っていた海斗。すると、明日菜は首を傾げた。


「海斗、プロレスやりたかったの?」


「ああ、ライガーマスクみたいなプロレスラーになりたかったんだよ。けど体が小さいし、力も弱かったから諦めた」


 そう、幼い頃の海斗はライガーマスクに憧れていたのだ。大きくなったら、プロレスラーになりたいと思っていた。プロレスラーになって大金を稼ぎ、自分の第二の家ともいえる孤児院『ちびっこの家』に恩返しをしよう……と、心に決めていたのだ。

 だが、海斗は首を振る。自分は間違ったことを言っていた。


「明日菜、ごめん。俺はプロレスラーになりたかったんじゃない。俺は、ライガーマスクになりたかったんだよ」


「ライガーマスク?」


「そう、俺はライガーマスクになりたかったんだ。周りのみんなを守る、正義のヒーローにな」


 大切な人を守りたい、それが海斗の願いだった。正義のヒーローとして、孤児院のみんなを助けたかった。そして、瑠璃子を人間に戻してやりたかった。

 だが、今の自分は、ライガーマスクとは真逆の存在だ。


「海斗は、ライガーマスクになれるの。頑張れば、ライガーマスクになれるよ」


 突然の明日菜の言葉に、海斗は苦笑した。


「無理だよ。プロレスやるには、俺は体が小さ過ぎるし力も弱いから。小林のおじさんみたいにデカくないとな」


 海斗はそう言ったが、明日菜は首を振る。


「なれるよ。海斗はいつか、ライガーマスクみたいになれる……カッコいい正義のヒーローに。あたしは、そう思うの」


 真剣な面持ちで、海斗を説得するかのように言葉を繰り返す明日菜。海斗はにっこりと笑い、彼女の頭を撫でた。


「そうだな。俺は今、やらなきゃならん事がある。そいつが片付いたら、ライガーマスクを目指して頑張ってみるよ」


 海斗がそう答えた時――


「あすなぁ、ただいま」


 その声を聞くと同時に、明日菜は立ち上がる。


「お姉だ……お帰りなさいなの」


 そう言って、明日菜はぱたぱたと駆けて行った。今日子の前に立ち、何やら話している。海斗は微笑みながら、その様子を眺めていた。

 だが同時に、この仲の良い姉妹の住んでいる街が、現在どんな状況なのかについても考えてしまう。沢田組と士想会……果たして今後、どうなるのだろう。

 少なくとも、幹部を殺された沢田組が、このまま大人しくしているとは思えない。必ず、報復にでるはずだ。


「あ、海斗さん。いつも明日菜と遊んでくれて、ありがとうございます」


 海斗の思いをよそに、ニコニコしながら頭を下げる今日子。海斗も微笑んで見せた。


「いやいや、いいんだよ。明日菜ちゃんは、話してて面白いしな」


 言いながら、海斗は明日菜の頭を撫でた。すると、明日菜が首を傾げる。


「あたしは面白いの?」


「ああ、とっても可愛くて面白いぜ。そのユニークさと可愛らしさを失わないまま、大人になって欲しいもんだな」


 海斗の言葉がよく理解出来ていないらしく、またしても首を傾げる明日菜。一方、海斗は今日子の方に視線を移す。


「そういやあ、今日子ちゃんは来年受験だよな。どこの高校に進学するんだ?」


 尋ねる海斗。だが、今日子は首を振った。


「いえ、私は進学はしません」


「えっ? じゃあ就職するのかい?」


 海斗の問いに、今日子は頷く。


「はい。早く働いて、明日菜と一緒に暮らしていきたいんです」


 笑顔で答える今日子。海斗は表情を曇らせる。


「なあ今日子ちゃん、高校くらいは行った方がいいんじゃないかな?」


「みんな、そう言うんです。でも、私は早く自立したいんですよ。明日菜のためにも」


 今日子の顔からは、強い意思が感じられた。

 海斗は、思わずうつむいた。彼にはそれ以上、何も言えない。そもそも海斗自身も中学生の時、院長の後藤から似たような事を言われたのだ。せめて高校くらいは出ておけ、と。

 しかし、流暢に高校に通っていたのでは、瑠璃子を助けることなど出来ない。だから、海斗は高校に進学しなかった。

 そんな海斗が、いつの間にか大人の立場になっていた。当時、己が言われたセリフを、そっくりそのまま今日子に言っている。

 海斗は今になって、当時の後藤の気持ちが理解できたような気がした。


「そうか。大変だろうけどな、頑張れよ。もし何かあったら、この海斗お兄さんに相談しなさい」




 孤児院を出た海斗は、いつものように瑠璃子に会うため廃工場へと向かった。

 昨日までとは一変して、町中はひっそりと静まりかえっている。沢田組や士想会の構成員たちの姿を、全く見かけないのだ。もしかすると、両組織のトップからの指示なのかもしれない。下手に出歩き、余計な争いの種を撒き散らすな……という命令が出たのだろうか。

 いずれにしても、この静けさが嵐の前触れでなければよいのだが。海斗は辺りを見回しながら、慎重に歩いた。

 やがて、瑠璃子の寝ぐらである廃工場に到着する。


「おい瑠璃子、来たぞ」


 廃工場に入り、海斗はそっと声を出す。だが、返事はない。もしかして、昨日のことをまだ怒っているのだろうか。


「瑠璃子、いるんだろ? 出て来いよ。お前は知らないだろうがな、町は今ヤクザ共が殺し合いを始めそうなんだぞ。もう大変だよ」


 言いながら、懐中電灯を取り出す海斗。辺りを照らしてみたが、瑠璃子の姿は見えない。そもそも、彼女のいるような気配すら感じられない。

 いったい何事が起きたのだろう? 海斗は不安を覚えた。こんな事は初めてである。まさか、ヤクザごときにどうこうされるとも思えないが。


「おい瑠璃子、さっさと出て来いよ。かくれんぼしてる場合じゃないんだよ。昨日のことなら、ちゃんと謝るから」


 言いながら、海斗は懐中電灯であちこち照らした。すると、奇妙なものが目に入る。

 床の上に、一枚の紙が置かれている。どうやら、ノートのページを破ったものらしい。表には、文字が書き込まれていた。さらに、飛ばないように石を重しの代わりに乗せている。明らかに人為的なものだろう。

 海斗は紙を拾い上げ、懐中電灯で照らして読んでみた。すると――




 海斗へ

 こんな形でいなくなって、本当にごめんなさい。だけど、これ以上あなたの好意に甘えるわけにはいかない。あたしは、この街を離れる。

 あたしの事なんか忘れて、自分の幸せを探しなよ。あたしは、このまま吸血鬼として生きるから。どうせ、あの時に殺されていたはずなんだし、別に悔いはないよ。もっと早くこうするべきだったけどね。そうすれば、あんたはもっと早く自分の幸せを見つけられたのに。

 これからは、自分のためだけに生きるんだよ。それと、ヤクザの使い走りなんか、さっさと辞めな。あんたは優しいから、向いてないよ。ルルシーの世話もよろしくね。


 最後に、ずっと言えなかったことを言うね。

 あたしは初めて会った時から、あんたのことが好きだったんだよ。 


 瑠璃子 


 ・・・


 その頃。

 士想会の幹部、橋田は車から降りて歩き出した。これから、愛人宅に行く予定であるが……彼の傍らには、ボディーガードが二人いる。正直、うっとおしくして仕方ない。

 歩きながら、橋田は考えていた。昨日、沢田組の幹部を襲った刺客は何者なのだろうか。上の人間たちは、誰もそんな指示を出していない、と言っている。橋田自身も、そんな命令は出していない。

 そうなると、トチ狂った馬鹿なチンピラの仕業だろうか。あるいは、ただの暴走したシャブぼけか。本当に、頭の痛い話である。

 いずれにしても、このままではなし崩し的に全面抗争に突入してしまう。それだけは、何としてでも避けたい。士想会は関係ない、という事実を沢田組に理解させる必要がある。橋田は苦々しい表情を浮かべて歩いていた。


 それは、あまりにも突然の出来事だった。

 後ろから、一台のバイクが猛スピードで通り過ぎて行く。

 だが、不意に三人の目の前で停まった。フルフェイスのヘルメットを被り、革のジャンパーを着た者が乗っている。背格好から察するに男だろうか。

 そして……ボディーガードの二人は完全に不意を突かれ、反応が遅れた。慌てふためき、拳銃を抜こうとする。

 だが、バイクに乗っていた者の動きは彼らより早く正確であった。銃身を切り詰めたショットガンを抜き、トリガーを引く――

 散弾が、男たちの体に炸裂した。多数の鉛玉が体を貫き、男たちは悲鳴を上げる。

 だが、バイクの男は容赦しない。もう一度、ショットガンのトリガーを引く。

 散弾の雨に貫かれ、三人は仰向けに倒れる。抵抗すら出来ずに絶命した。

 一方、バイクの男は速やかに立ち去る。その行動は、機械のように正確で無駄が無い。

 その場には、散弾を浴びた三人の死体だけが残されていた。






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