世界愛に溢れた盃
街往く人達を見た僕の感想。
愛しているなあ。愛しているなあ。愛しているなあ。
愛されるとは一種の才能だ、と誰かが言っていたような気がする。
そして全ての才覚において『天才』と呼ばれる人物が存在するように、天性の愛と形容されうる人間を僕は一人だけ知っている。
その人間は何をやっても愛される。
彼女と関わるだけで彼女を愛さずにいられない。彼女に対して、妬みや嫉みなどの負の感情を持つことは許されず、ただ単に友情や好きという半端な正の感情を持つことも出来ない。かといって無関心なんてあり得ない。十割の愛を注がなければならない。
飛び抜けた美貌を持つわけではない。抜きん出た美声を持つわけではない。ただ、そのままで愛されてしまう。
ただ、愛され方は人それぞれだ。究極の愛とは何かと議論する人間はこの世界には絶えないけれど、彼女と彼女の周りの人間を観察すればそれは概念ではなく、経験で感じることが出来る。
彼女を影から見守る者。彼女に告白しようとする者。彼女を燃やそうとする者。彼女を食べようとする者。
後半は少しどうかと思うけれど、それだって定義に則れば愛だ。
僕はいつか彼女を愛した人間で、かつて彼女に愛された人間だ。
そして今は、一般人だ。世間においても、彼女から見ても。
そして今は、願っている。彼女が死ねることを。
彼女を中心として再編されたこの島で、皆が幸せに暮らしているこの国で、僕がこの完璧な世界の傷で。僕はどうしたいのだろう。僕は最終的にどのような状況になれば幸せだと言えるのだろう。僕は彼女に幸せになって欲しい。それは確かなのだけれど、そんな状況なんて最早実現できそうに無い。もう修正不可能だ。
これは僕の初恋の物語で、僕の失恋の物語でもある。そして彼女が幸せになる物語で、僕が彼女を幸せにする物語だったらどれ程良かっただろうと思う。でもそんな事にはならない。英雄はいつだって僕以外の人間で、僕はそれを待っていることしか出来ない。あの時もそうで、これからもそうだろう。だから僕は彼の登場を心待ちにしながら、僕は自分にできることを行うだけだ。
彼女を手ずから救うことは僕にはできない。僕と彼女の関係はもう終わっているし、障害が多すぎる。だからといって対策が無い訳ではない。やりようはある。けれど。
僕に世界を壊す権利なんてあるのだろうか。