第04話 店が閉まった時間に。コンビニ飯
「ふう。もう十時半か」
遅くなってしまったなと、俺は腕時計を見つめる。仕事が長引き、夕食を食べるタイミングを逃してしまった。
「開いている店は……ないか」
きょろきょろと辺りを見渡すが、なかなか今から入れそうな店が見あたらない。開いていてもラストオーダーが一〇時半までと、五分少々遅かったみたいだ。
「仕方ない。コンビニで済ますか」
そんな俺の目の前に、べかべかと光り輝く建物が姿を現す。緑と白のストライプ。赤のラインがアクセントな、全国展開の信頼できるチェーンである。
自動ドアをくぐり抜けると、さらに明るい光が目の前に広がった。人類の英知を感じずにはいられないが、何もここまで強烈にする必要はないんじゃないかとも思う。
「久しぶりにカップ麺にするか」
コンビニかぁとも思ったが、並んでいる商品を見ているうちに少しわくわくしてきた。思えばコンビニ飯など、もう半年近く食べていない。何となく、身体に悪い気がして避けてしまうのだ。ときおりおにぎりやパンは買うが、弁当やカップ麺などは随分とご無沙汰である。
「ふふ。そば兵衛があるじゃないか。やはりカップ麺と言えばこれだな」
がさりと、棚に並んだ赤いパッケージのカップを手に取る。てんぷらで特盛り。これが一番美味い。理由は不明だが、特盛りの方が明らかに美味いのだ。なぜだろう。気のせいではないはずだが。
「うーむ。ここまできたら、好きなだけ食べたいな」
カップそば一杯というのも味気がない。もうこうなったら、値段や健康なんか気にせずに買いまくりたい。今のこのテンション、押さえるには惜しい高ぶりだ。
「とくれば、スナックは必須だな。……よし。おむすび煎餅にしよう」
子供の頃から好きなスナックをかごに入れる。甘辛い醤油の香ばしい風味が堪らない、日本人なお菓子だ。思えば、これももう何年も食べていなかった。
「そばに、おむすびか。いいぞ。和風で行ってる感じだ」
ここまでくれば、和風で押すのも面白い。俺は冷蔵のコーナーに移動し、何か和風のものはないかと目を光らせた。
「焼き鳥に、たこわさ。なんだ、案外と品数豊富じゃないか」
目に付いたものを、片っ端から放り込んでいく。ちょっとした居酒屋に来たみたいだ。値段も安いし、量も少量なのが一人暮らしには嬉しい。
「むっ」
しかし、さすがに考えなしに放り込みすぎたようだ。底が見えなくなったかごを見て、俺はしまったなと頬を掻いた。
一人で食べきれる量ではないが、かといって戻すのも寂しい。枝豆も食べたいし、プレミアムな高級缶詰も試してみたい。今日はもう、好きなだけ行きたい気分になっている。
「うははは。こりゃまた明るいな。何だここはー」
何か棚に戻すべきか戻さざるべきか悩んでいると、傍らから黄色い声が店内に響いた。四回目である。この透き通った人懐っこい声は、いい加減覚えてしまう。
興味深げに店内を見渡すリリスを見て、俺はにやりと密かに笑った。
「今回ばかりは言っておいてやろう。でかした」
「相変わらずひでー物言いだな、あんた。自分で呼んだのに」
呆れ果てたようなリリスの顔を横目に、俺は両手に持っていたさつま揚げと軟骨から揚げをかごに戻す。リリスが来たからには、もはや量を気に病む必要はない。好きなものを好きなだけ買ってやる。
「お前も、食いたいものがあったら買ってやるぞ」
「ほんとか!? うわー、何にしよ。色々あるなー」
お菓子を買っていいと言われた子供のように、リリスはあたふたと棚を見つめる。そういえば、何だかんだでリリスが食べたいものを選ぶというのは初めてだと俺は気づいた。
「……これ。これがいい! 綺麗だし、人間の甘いもんって食ってみたかったんだ!」
ふむと考え込む俺に、輝いた瞳でリリスは両手で持った甘味を差し出してくる。フルーツケーキ。二八〇円にしては、なかなかのクオリティだ。ゼリーを表面につけられ酸化を誤魔化されたフルーツが、店内の白灯に照らし出されている。悪魔も、女の子ということだろうか。甘いものに興味があるらしい。
「だめだ」
「えっ!? なんで!?」
声を出すと、リリスはびっくりしたような顔で俺を見つめてきた。明らかに考えなしなリリスに、俺はふぅとため息をついてかごの中身を見せる。
「ほらな」
「……え? どういうことだよ。なんでダメなんだよ」
かごの中身をじぃと覗きこんだリリスは、俺にわけが分からないと視線で訴えかけてきた。ここまでしても分からないとは。まぁ、人間界に疎い悪魔にここまで求めるのは酷かと、俺はリリスに説明してやる。
「俺は今日は和風で攻めたいんだ。それがお前、そんなケーキ買ったら。な、台無しだろ?」
「……あんた、ぜったい雌にモテないだろ?」
なんて失礼な奴だ。俺は棚の端っこにある緑色のロールケーキを指さし、リリスに告げた。
「そこの抹茶ロールにしろ。それなら甘いし、和風だし。お互いが幸せになれる」
リリスは指さされた抹茶ロールを手に取ると、眉を寄せてそれを見つめる。どちらかというと西洋の食文化のイメージを持つリリスにとっては、甘いものに緑色は奇妙に映っているらしい。本当に美味いのかと、疑惑の表情だ。
「味は保証するぞ。このコンビニのロールケーキは、値段の割に高クオリティだからな」
実際、昨今のコンビニスイーツのレベルの高さには驚かされるものがある。大手チェーンの喫茶店スイーツにも言えることだが、あの値段であんな味を出されてしまっては、生半可な個人店では太刀打ちできない。材料の質もむしろ大資本の力で、信じられないような品質のものを安価に使用している。
「抹茶スイーツは、外人にも受けいいからな。お前も気に入るんじゃないか?」
「ほんとか? まあ、美味いならいいや」
多少残念そうなものの、フルーツケーキにそこまでの執着はなかったようで、リリスはよいしょとケーキを棚に戻した。そのまま、抹茶ケーキを慎重にかごの中へと入れる。
「さて、酒も買ったし。これだけあればお前が居ても十分だな」
「なー。あれなんだ?」
かごの中の分量を確認して、よしと頷いた俺にリリスがくいくいと袖を引いた。見ると、レジ横の保温機械を気にしてるらしい。
「おでんか。そうだな、必要だな。うん。お前にしてはいい働きだぞ」
何ということだと、俺は胸をなで下ろした。もう少しで、おでんを買わずに帰るところだった。もし帰った後でおでんの存在に気がついてしまっていたら、今夜の宴が台無しになるところだ。
「へー。こっから取るのか。なら、あたしはこの肉がいい」
「牛すじか。確かに必要不可欠だが、俺はあえて練り物を選ぶぜ。そして、欠かせないのが卵」
ひょいひょいと、リリスの分と自分の分の具材をタッパーに入れていく。あまり買いすぎても食べきれないと、俺は卵を投入したところでおたまを置いた。
「……まてよ。おでんを買ったなら、あれがいるな。リリス。お前ちょっとこれ持ってろ」
リリスに、汁を注いだおでんのタッパーを預ける。危うく、買い忘れるところだった。俺流のおでんの楽しみ方には、絶対に必要なものだ。
よしよしと、俺は棚に並ぶそれを吟味した。あまり沢山入っているのはいらないので、今回は一〇〇円コーナーの少量入りの奴を買うことにする。何気に、こういう一人用サイズが充実しているのもコンビニのいいところだ。ファミリーパックになると、どうしても量が多くなってしまうからな。
「待たせたな。そろそろ会計にするぞ」
「おっけー。これ店員に渡せばいいのか?」
リリスが、おでんの容器をレジへと向ける。それでいいと俺が頷くと、リリスはよいしょとレジにおでんの容器を置いた。
「これ、一緒にお願いします」
俺も、手に持っていたかごをレジの上にどしんと置く。酒も買ったからか、結構な重さだ。十分すぎると言えよう。
「……ん?」
そのとき、視界の隅にホットスナックが写り込んだ。俺はその正体を確認して、ごくりと唾を飲み込む。
まるまるとした、きつね色の衣。そこから飛び出る、持ち手の串。
アメリカンドックである。
「……ごくり」
どうしよう。食べたい。
そう考えているうちにも、店員は着々と会計を進めていく。いくら大量に購入したといっても、猶予はあと二分もないだろう。
いや、しかし……。俺の脳裏を、先ほどリリスに言った言葉が通過していく。
『俺は今日は和風で攻めたいんだ』
確かに言った。そして、リリスのケーキの申し出を却下した。
その俺が、アメリカンドック?
だって、「アメリカン」ドックって……。
「……くっ、うぅ」
俺の額を、だらだらと脂汗が流れていく。食べたい。すごく食べたい。
もう何年も食べていないが、コンビニのアメリカンドックといえばあれだ。もう宇宙の神秘だ。
個人的に、一〇〇円で食える美味いものランキングではかなりの上位をキープし続けている。あれだけの幸福感を、たった一〇〇円で味わえる。あのこんがり揚がった衣にマスタードとケチャップを付け、がぶりとやる快感。
食べたい。
「あ、すいません。あとアメリカンドック一本」
「はい。アメリカンドックですねー」
俺の呟きに、店員が快活に返事を飛ばす。ホットスナックの保温機から、がさがさとアメリカンドックを袋に詰め始めた。
「……アメリカン?」
リリスが、じとりとした視線を俺の横顔に送ってくる。もうこうなれば誤魔化すしかない。俺は、愛想笑いを浮かべながら財布から諭吉さんを取り出した。
ーー ーー ーー
「ひどくねー? 自分だけ好きなもの買って」
「何を言う。俺の金だぞ。俺の食いたいもの食って、何が悪い」
店から出た俺に、リリスが文句を言いながらちょこちょこと後を付いてくる。俺の言い訳に、リリスは「こいつ、開き直りやがった」と表情をひくつかせた。
「毎度すげぇなあんた。あたし、これでも悪魔だぜ」
「そんなもん知るか。そんなことより、ちょっとこれ持ってろ」
「そんなことって……」
呆れたようにため息を付くリリスに、俺はおでんの入った袋を渡す。汁物であるのを理解しているのか、リリスもこぼさないように素直に受け取った。そして、別の買い物袋をがさごそと探っている俺に片眉を上げる。
「何してんだ。帰らないのか?」
「帰る前にやることがある。お、あったあった。ちょっとおでんの蓋を開けろ」
いきなりの命令に、リリスは不思議そうにしながらもおでんの蓋をかぱっと開けた。ここで食うのかと、変な表情だ。俺はにやりと笑うと、手元のスルメのパッケージを開けた。
そしてそのまま、何本かを半分にちぎっておでんの中に投入する。
「これが帰る頃には、いい出汁になっているというわけだ。想像以上に味変わるから、びっくりするぞ」
「へー。って、いや。あたしは元々の味を知らないから、どう変わったかなんて知りようもないんだが……」
「……あっ」
もっともなリリスの意見に、俺はしまったと目を見開いた。言われてみれば、俺もコンビニおでんなんて何年も食べてないから味なんかうろ覚えだ。これでは、どれほどの変化があったのかは分からない。
「……ま、いっか。入れてしまったもんは仕方ない。ここで汁飲むっていうのも、ちょっと恥ずかしいしな」
「あんたって、案外てきとーだよな。別にいいけど」
そのまま蓋を閉めたおでんの袋をリリスに託し、俺たちは並んで家への道を歩く。その間に、俺はアメリカンドックにかけるマスタードを穴の方に寄せていた。
このマスタードとケチャップが同時に出てくるシステム。考えた奴は天才だと思うが、普通に使うとケチャップの方が先に出て最初はマスタードが出てこない。二つの粘度が違うせいだと思う。なので、あらかじめマスタードを中央に寄せていると最初から二つ同時に出てくるのだ。
「ほふっ。はふっ。……うーむ。美味い」
むしゃりとかぶりついたアメリカンドックは、やはり想像通りに美味しかった。ふっくらとした、少し甘みのある衣。その中にある、素朴なソーセージの塩気。それを、マスタードとケチャップが上手くまとめ上げている。
ちなみに、歩いて食うときは危険だから横からかぶりつくのをお勧めする。縦にして食べると、串ものは本当に命の危険があるからな。これは是非守ってほしい。
「ずるいなー。自分だけ」
「ん、しょうがないな。ほら。串は横にして食べろよ。危ないからな」
じいっとアメリカンドックを見つめているリリスに、俺は仕方ないと串を手渡した。交換でおでんの袋を受け取り、慎重に抱える。リリスは、きらきらした瞳でアメリカンドックにかぶりついた。
「おー。うめぇ。案外油っぽくないのな」
「コンビニによっても差はあるがな。あと、店員によっても」
以前、やきとりを入れるビニールにアメリカンドックを入れて電子レンジにかけられたことがある。結果、アメリカンドックの衣はふにゃふにゃのびしゃびしゃ。あのときばかりは、流石の俺も返金してもらおうかと思った。
俺の話なんて聞き流しつつ、リリスはうまいうまいとアメリカンドックにかぶりついている。その様子を、暇になった俺は何の気なしに眺めていた。
「……ん? お前、今日は制服じゃないんだな」
「え? 今気づいたのか? まじか」
よくよく見るとリリスはこれまでの制服とは違って、いわゆるゴスロリ服を着用していた。黒と白のフリルが付いている、オーソドックスなタイプだ。ただ、何故か服のあちこちにトゲトゲだの髑髏のアップリケだのが施されている。どう考えても悪趣味だ。
「飯のことしか考えてなかったからな。お前の服なんかいちいち気にしてられん」
「いや、そういう問題かこれ?」
信じられないと、リリスは俺の顔をびっくりしたように見つめてくる。見ると、頭の上にもフリルの付いたアクセサリーを付けていた。確かに、これで気が付かない自分も大概だなとは思う。
「まあ、いいんじゃないか。俺はそういうのよく分からんが、似合ってると思うぞ」
「……え? そ、そっか?」
リリスが、照れたようにそっぽを向いた。何となくだが、嬉しそうだ。まあ、リリスほどの美少女であれば何を着ても似合うとは思う。
「帰ったらまずは、お湯を沸かさないとな」
並んで歩きながら、俺はそうだそうだと帰ってからの予定を考え始める。湯を沸かしている間に一缶開けて、それ以外は冷蔵庫に入れなければ。買った食べ物は、この際全部開けてしまおう。
「お湯? なんでだ?」
そんなことを考えている俺に、リリスはきょとんとした視線を送ってきた。飲み物も買ったよと、そんな瞳だ。
「ふふ、そうか。お前は知らないか。仕方がない、帰ったら見せてやる。日本が世界に誇る、インスタント麺の技術をな」
何を言ってるんだこいつはと眉をひそめながら、リリスはアメリカンドックの最後の一口を噛みちぎった。結局、俺は二口くらいしか食べていない。
「おっと、それまだ捨てるなよ。その串に残ったカリカリが美味いんだから」
串を袋の中に仕舞おうとするリリスに、俺はアメリカンドックの正しい作法を教えてやる。それを聞いたリリスが、へぇとした表情で串に残った衣をリスみたいに食べ始めた。
「おっと、ここだ。五階の二号室だからな。一応覚えとけ」
「ふーん。外側はこうなってたのか。結構いい家じゃん」
そうこう話していると、自室のあるマンションの前にたどり着いていた。あのコンビニからはもう少し距離があった気がするが、今日はやけに近く感じる。
「しかし、この時間でよかった。お前みたいな奴を連れ込むところを見られたら、どんな噂が立つやら」
「うわ、ひっど」
ちらりと、辺りを見渡してみる。うむ、住人はいないようだ。リリスには悪いが、アラサーのおっさんがゴスロリ美少女とコンビニ袋持って帰ってきたとあっては、ご近所のおばさま方のいい話題である。
「よし、今だ。早く入れ」
そのまま、エレベーターに乗って自室の五階まで直行する。
開いたフロアに誰もいないことにほっとしつつ、俺は五〇二号室のドアに鍵を差し込んだ。
「おじゃまします」
意外にも丁寧に挨拶しながら、リリスが俺と一緒に部屋へと入っていく。
そういえば、このドアを誰かと通るのは何年ぶりだろうか。
「さて、お湯を沸かすぞ」
しかし、そんな俺の感傷はカップそばによってかき消されていく。
ただこれからの時間を、いつもより少しだけわくわくしながら、俺はポットへと水を注ぐのだった。