第12話 平日の夜に。初めて頼む宅配ピザ
両手で伸びをしながら、俺は壁に掛けられた時計の針に目をやった。
午後一〇時二十五分。すっかり減ってしまった腹具合を手でさすりながら、俺はふぅと溜め息を吐く。
目の前のノートパソコンの画面を見下ろして、今日の仕事が完了したことを確認した。自宅に持って帰っていいと言われた仕事だが、予想よりも時間がかかってしまった感は否めない。
「弱ったな」
この時間では、辺りに開いている店はないだろう。いっそのこと会社の周りならば牛丼屋でも何でもあったのにと、顔が苦々しく歪む。
冷蔵庫が空なのは一時間前に確認済みで、ということは俺はこのままでは夕食が食べられないということになる。
近所のコンビニに行くか、十分ほど歩いた先の飲み屋にでも行くか。どちらにせよ、疲れた身体は「面倒くさい」と言ってきている。
「……待てよ」
ふと、俺の脳裏に妙案が浮かんだ。振り向き、椅子の横に置いてあるゴミ箱を漁っていく。
ポストに詰め込まれていたDM、そしてチラシ。必要ないと思って捨ててしまった代物だが、俺はその中の一枚を救出して、両手で広げた。
「ほうほう」
くしゃくしゃにシワが寄ったチラシの中身に、俺は頷きながら目を通す。
飛び込んでくる赤色と白色と茶色。美味しいですと語りかけてくるような色彩の品々は、大きめのサイズのチラシの中で堂々と主役を張っていた。
「そういえば、食ったことないな」
宅配ピザ。デリバリーの代名詞ともいえるチラシを前に、俺はぽつりと呟く。
チラシを机の上に広げ、そこに並ぶピザの写真を腕を組みながら見つめた。
結構美味そうである。まじまじと見るのは初めてだが、中々どうして美味そうではないか。
「……照り焼きチキン。……プルコギ?」
思わず目に留まったのは変わり種だ。マルゲリータだの生ハムだの茸だのは、イタリア料理屋でも食えるだろう。しかし、目の前の妙ちきりんな品々はそうはいかない。
イタリアなのか日本なのか、もはや何の国の料理なのか分からなくなっているのが、妙に心をくすぐってくる。
「ほーん。四種のピッツア……」
見ると、一枚で四つの味が楽しめる奴もあるようだった。分かりやすいお得感に、腹の音がぐぅと鳴る。
「今日はピザでも頼むかなぁ」
「じゃあ、あたしはこれがいいっ!」
びしっと、肉盛りだくさんなピザに向けて、横から指がさし出された。その指さす先に、俺はふむと眉を寄せる。
「四種の肉のピッツアか。生ハム、照り焼き、ソーセージにプルコギ。確かにありだな」
どうせなら、具材は豪華な方がいい。どうせ横のこいつは肉に飛びついただけだろうが、今回ばかりは俺もそれに賛成だ。
四種類の肉。それも、ただ単に牛豚鶏というわけでもない。本当に様々な味が楽しめる。考えたものだなと、俺はチラシの値段をチェックした。
「結構するな」
思わず声が出る。別に食費を気にするタイプではないが、想像した以上の値段だ。これでは、学生は頼むのに躊躇するかもしれない。
デリバリー費用と捉えるべきだが、何だかんだで中華屋の親父は千五百円くらいでラーメンと餃子と炒飯を持ってきてくれる。どういうことだと、俺は首を捻った。
「……あの、リリスちゃん来ましたよ?」
「見たら分かる。考え事中だ、静かにしろ」
業者間の取り決めでもあるのだろうか? もっと安く出来そうなものだが。何か踏み込んではいけないものを感じつつ、俺はチラシの電話番号を確認する。
テレビコマーシャルでよく見るような会社ではない。聞いたこともない系列だが、チラシの裏を見てみると一〇店舗以上は展開しているようだ。ご当地チェーンという奴だろうか。
「なーなー。リリスちゃん来てるぞー?」
しかし、案外こういう店の方が美味いものだ。何せ大資本に立ち向かおうというのだから、味で負けていては話にならない。
期待してもいいかもしれないと、俺はズボンのポケットから携帯電話を取り出した。電話番号をもう一度見やって、俺はダイヤルパッドを画面に呼び出す。
「リリスちゃんだよー?」
「って、だあぁあああっ!! 画面が見えんだろうがぁああ!!」
がばりと身を起こし、首にぶら下がっていたリリスを勢いよく振りほどいた。ふぎゃっと、リリスが声を出して机に倒れる。
「ううぅ。なんだよー。ひどいじゃないかぁ」
「す、すまんつい。怪我はないか?」
頬を膨らましているリリスに、俺はぽりぽりと頬を掻く。あまりに自然に登場するものだから、華麗にスルーしてしまっていた。
リリスを引き起こしながら、俺はチラシをリリスに渡す。
「今夜は宅配ピザを取るぞ」
「タクハイピザ?」
リリスはチラシを受け取りながら、小首を傾げる。ぴらぴらとチラシを摘みながら、写真のピザを指さした。
「これ食うってのは分かるんだけどさ。それなら早く行こうぜ」
「ふふふ。そう来ると思ってましたよ」
時計を覗いたリリスに、俺は得意げに胸を張る。宅配の概念が分かっていない悪魔娘に、俺は文明の利器を見せつけた。
「これは携帯電話というものだ。知ってるか? 電話」
ドヤ顔でスリムフォンを翳す俺に、リリスは不機嫌そうに眉を寄せる。こう言っちゃ悪いが、リリスの現代知識はかなり滅茶苦茶だ。妙にマニアックなことを知っていると思えば、当たり前の常識を知らなかったりする。
そんな俺の笑みに、リリスは呆れた声で小さく笑った。小馬鹿に仕返すような表情に、ほぉと小さく呟いてみる。
「バカにしすぎだぜー。あれだろ? 遠くの奴と会話できる機械だろ。けっこう昔からあるぜ」
「ほぉ。まともな回答だな」
電話の発明は1876年だ。その年のフィラデルフィア万国博覧会で金賞を受賞しているのだから、リリスが知っていても別に不思議ではない。
考えてみれば、こいつは一体いつくらいから人間界に来ているんだ? そんな疑問が、俺の脳裏にふとよぎる。
「しかし、これだけの小型化と多機能性の素晴らしさは、魔界の悪魔には分かるまい。まぁ、今回は及第点としといてやる」
「うわぁ。すごいなその顔。人間にバカにされるって、そうそうない経験だぜ」
人間の文明に勝ち誇る俺に、リリスは顔を歪めながら俺の顔を見上げた。
そんな顔をしたところで、俺の見解は変わらない。魔界だ悪魔だと言ったところで、人間様の科学の力には適わないのだ。その証拠に、小一時間後には、こいつはデリバリーピザという科学の結晶に驚くことになる。
「悪魔がどんなもんかは知らんが、お前しか見たことないからな。俺の認識では、悪魔=バカだぞ」
「うわぁ。傷つくわ。何気にあたし、今傷ついたよ」
わざとらしく肩を落とすリリスを無視して、俺は携帯の画面を指でスライドさせた。ロックを外し、通話アプリを起動させる。
画面に光るキーパッドを押しながら、俺はチラシを右手に掴んだ。
「とりあえず、さっきのピザとサイドメニューをいくつか頼んでおくぞ」
言いながらちらりと見やると、リリスはいつも通りに「任せるよ」と笑みを浮かべる。それに頷いて、俺は改めてチラシを見下ろした。
4種の肉ピッツアは頼むとして、それだけでは足りないだろう。色々とセットもあるようだし、目に付いたものを頼もうと俺はコール音に耳を澄ませた。
『はいデビルピザですー!』
店員の元気の良い声が聞こえ、俺はピザの宅配を依頼する。
ピザの注文を言う前に、名前や住所を店員に聞かれた。どうやら、一度頼んでおけば次からは名前を伝えるだけでいいようだ。
そうそう頼むこともないだろうが、住所を言わなければ宅配などしても貰えない。俺は暗記している自宅の住所を電話越しに伝えていく。
何とも便利な時代になったものだ。そんなことを考えながら、俺はチラシのサイドメニューに目を移していくのだった。
◆ ◆ ◆
「待ってたら飯が届くのかー?」
窓に顔を張り付けながら、リリスが待ちきれないとばかりに外を覗く。やれやれと息を吐きながら、俺はテレビのリモコンに手をかけた。
「そうだ。雨の日だろうが嵐の日だろうが、きっかり時間通りに届けてくれる」
「はえー。凄いな。王様みたいだ」
感心したようにリリスが呟き、ぴょんとベッドに飛び乗った。けたけたと楽しそうに跳ねるリリスに眉を寄せながら、しかし俺はふむと頷く。
考えてみれば、凄い話だ。店屋物の出前は昔からあるが、割高とはいえ、飯を作って持ってきてくれるのだ。これ以上の贅沢は中々ない。
「多少高いのも、致し方なしか」
とはいえ、二人で分ける分にはそこまでというほどではない。作るのはともかく、配達する人材にも人件費がかかるわけで、薄利多売というわけにもいかないのだろうなぁと、俺は先ほどの考えを覆した。
「しかし、あんたの部屋はつまらないなー。遊ぶものとかないのかよ」
テレビの政治ニュースを見つめていると、リリスが退屈そうに声を出す。振り返れば、ベッドで横になりながら興味がないとばかりにテレビを眺めていた。
「あるわけないだろ。こちとらアラサーのおっさんだぞ。……まぁ、ゲームくらいなら、ないこともないが」
そう言いつつ、テレビの横で埃を被っているゲーム機を見やる。大学時代にはよく遊んだものだが、今では電源が入ることすらない。
興味を持ったようにゲーム機に近づくリリスを横目に見ながら、俺はふと数年前を思い出していた。
暇つぶしなのだから、深く考えずに今でもやればいいのだ。遊ぶ時間だって、ないわけではない。
けれど、なんだろう。熱、とでもいうのだろうか。そういうものを、何処かに置いてきてしまった。たぶん、二十五歳くらいだったような気がする。
「これでどーやって遊ぶんだ? 投げるのか?」
「未開人すぎるだろ。ちょっと待て」
リリスを脇に寄せ、久しぶりにコンセントを摘む。ゲームソフトは、何が入っていただろうか。最後に遊んだときのことなど、記憶の彼方だ。
「……数年ぶりに入力切り替え押したな」
リモコンを操作すると、懐かしいロゴ画面が出現していた。コントローラーを持ち、ぽちぽちとゲーム画面まで進めていく。
どうやら、入っていたソフトはファンタジーもののRPGだったようだ。タイトルにうっすらと見覚えがある。確か、クリアする前に飽きて止めた奴だ。
「おお、なんだこれ。すげぇ」
「あー、なんだか思い出してきたな。うん、思い出してきた」
イベントを進めるのに必要なアイテムを、取り忘れていた。そうだ。完全に思い出した。それで、前の街に戻るのが面倒くさくて、そのまま止めたのだ。
「魔王を倒すためのクリスタルを集めるんだっけか。なんかの鍵を前の街に取り損ねてたんだよ」
ぴこぴこと、主人公達のステータスを確認する。その中の僧侶の名前を見て、俺は思わず吹き出した。
「うわっ。びっくりさすなよなー。どうしたんだ?」
「い、いや。なんでもない。やっぱりこれは止めとこう」
おもむろに電源を切り始める俺に、リリスが不満げな顔をする。そんな顔をされても、こればかりは予想外だ。
まさか昔の恋人の名前を、こんなところで見ることになるとは。
誰に何を言われるでもないが、妙に居心地が悪い。俺がベッドに背を預けると、ちょうどインターホンが鳴り響いた。
「おっ、来たみたいだな」
遊びはここまでだ。そう言わんばかりに立ち上がる俺の後ろを、リリスが嬉しそうに付いてくる。
二人きりのパーティは、宅配ピザに向けて歩き出した。
◆ ◆ ◆
「ほぉ。結構でかいな」
机の上に置かれた宅配ピザの箱に、俺は感嘆の声を上げる。
よく分からないので、とりあえずLサイズを注文したのだが。どうやら二人で食うには十分な量のようだ。
「はやく食おうぜー」
「そうだな。冷めてしまっては元も子もない」
ふんふんと鼻を鳴らしながら、リリスが箱を開けるのを待ちわびる。今気づいたが、リリスはいつかの買い物で購入したパンクファッションだ。出かける気満々で来たらしい。
「よし、開けるぞ」
俺も少々わくわくしながら、箱の縁に手をかけた。箱の爪を切り込みから外し、手前から奥に向かって蓋を開ける。
「おおっ」
「すげぇ」
開けた瞬間に、チーズと具材の香りがぶわりとこちらに漂ってきた。箱の時点で香っては来ていたが、開けた途端に何とも暴力的な香りだ。
「うまそうだなっ!」
「確かに。予想以上だな」
目の前には四種類の具材を載せたピザが、これでもかとばかりに存在を主張していた。写真で見るよりも美味そうだ。
「とりあえず、食ってみるか?」
「じゃあ、あたしはこれー!」
リリスが手前の切れ込みに手を伸ばす。どうやら八等分されているらしい。ただ元がでかいだけに、一切れでもかなりのボリュームだ。
「んあー、って。あっ」
「おいおい。あんまり汚すなよ。俺の部屋なんだから」
リリスがピザを持ち上げた途端、ぼとりと具がリリスの膝の上に落ちる。ありゃりゃと、リリスは膝の上の具を指で摘んで口に運んだ。
「うめぇっ!」
残りのピザも口に運び、もぐもぐと嬉しそうに頬を膨らませる。俺はウェットティッシュを取り出すと、リリスに向かって差し出した。
「足拭いとけよ。その服も、せっかく買ったんだからな」
べちゃりと付いたソースを、リリスは言われたとおりに拭きはじめる。ショートパンツだからよかったものの、スカートやズボンなら大惨事だ。魔力で作っていない服は汚れちゃ困ると言っていたし、そうなればクリーニングに出すのは俺だろう。
「まったく。……っと、おお。美味いな」
ようやくピザにありつけた俺の頬が、軽く緩んだ。
照り焼きソースの味とマヨネーズの風味が、口の中に広がっていく。
なんというか、変わった感じだ。美味いのは間違いないのだが、ピザっぽくはない。和風ピザって奴なんだろうが、おっさんは脳が一瞬戸惑ってしまう。
だが、確かに美味い。照り焼き味は大好きだが、チーズやピザの生地に思った以上にマッチしている。照り焼きといえば白い飯だと思っていたが、なかなかどうして美味いものだ。
「海苔をかけるのか。どれどれ」
箱に張り付いていた海苔をふりかけ、再び口に運ぶ。
磯の香りが足され、より風味豊かになった和風ピザが舌を刺激した。
「美味いなこれ。専門店だと、逆に食えないな」
イタリアンの店に、この味があるとは思えない。よしんばあったとしても、これを一枚食いに行くのかと言われれば微妙なところだ。
四種類の中の一枚だからこそ、気軽に美味いと喜べる気がする。
「こっちもうまいぞ」
「ほう、どれどれ。……お、こっちは普通だな。普通にイタリアン」
口の中に入ってきたのは、生ハムと茸だ。塩気の効いた生ハムを咀嚼しながら、俺はトマトソースの味に目を細める。うん、これは俺が思い描くピザだ。
「しかし、案外ちゃんとしてるもんだな」
思わず呟いた。二枚を食べ比べて気が付いたのだが、チーズの種類が違う。ベースのチーズは一緒なのだろうが、生ハムの方にはモッツアレラが加えられているようだ。
宅配ピザは大したことないと何となく決めつけていたが、どうやらそうでもないらしい。
当然イタリアンレストランに比べれば、色々と足りないものも多いのだが。この、ストレートにがつんとくるジャンク感。そして、変わり種も含めたパーティ感。ピザの魅力といえば、こういうものだった気が確かにしてくる。
「このプルコギも美味いな」
「うまいうまい」
見ると、リリスの口の周りがベチャベチャだ。手で食べられる料理は基本的に好きなリリスだが、かといって食べ方が上手かというとそうではない。
「お前、口の周りが凄いことになってるぞ」
「んー? あ、ほんとだ。まぁいいや」
ごしごしと手の甲で口を拭うリリスに苦笑しながら、俺は傍らの紙袋に手を伸ばす。中から、サイドで注文した黒い色のドリンクを取り出した。
「どうせなら、飲み物はコーラだろ。ピザなんだし」
「……なんだそれ?」
意気揚々と取り出した赤と黒のペットボトルに、リリスが眉をひそめる。警戒するようなその視線に、俺はおやとリリスを見つめた。
「お前、コーラ飲んだことないのか?」
「ないよ。なんだよそれ。飲み物の色してないぞ。腐ってんじゃないのか?」
なおもじぃっとコーラを見つめるリリスに、俺はぷっと噴き出してしまう。まぁ確かに、悪魔がコーラを知るはずもないだろう。言われてみれば、初見ではなるほど、得体の知れない色かもしれない。
「失礼な奴だな。世界で一番売れている飲み物だぞ」
「それがぁ? ……いやいや。ないない」
手を拭るリリスの前に、俺はかたりとグラスを置いた。ここまで来れば、リリスがどんな反応をするか興味ある。何だかんだで子供っぽい奴だし、案外ハマるかもしれない。
キャップを持ち、力を入れて蓋を開けた。途端、ぷしゅーと音が響き、リリスがびくりと身体を震わす。
「お、おい。なんだよそれ。変な音したぞ。腐って発酵してんじゃないのか?」
「大丈夫大丈夫。炭酸自体はビールで知ってるだろ? あれと同じようなもんだよ」
グラスにコーラを注ぐと、底から水面にもこもこと泡が立ち上っていく。グラスの三分の一を埋めてしまった泡に、リリスはうげぇと顔をしかめた。
「先にあんたが飲めよな。あたしからは絶対に飲まないぞ」
「疑り深いやつだなぁ。……っくぅ。美味いっ。久々に飲むと美味いなっ」
神妙にグラスを見下ろすリリスの前で、俺は大げさにコーラを飲んでいく。それを見て、リリスが益々疑いの眼差しを強くした。
「いや、ほんと美味いぞ。ピザにも合う。だまされたと思って飲んでみろよ」
「……まぁ、あんたがそこまで言うなら」
観念したかのように、リリスはグラスに手を伸ばした。そして、恐る恐るグラスの縁に唇を伸ばす。
「ほら、リリスさん。悪魔らしく、ぐいっと」
「も、もう。分かってるよ。……んくっ」
囃す俺に、リリスが意を決したようにグラスを傾けた。思ったよりも一気にいったのを見て、俺は小さく声を上げる。
「~~~~~ッッ!!?」
コーラがリリスの口に入った瞬間、リリスが慌てて口を押さえた。身を屈め、がたんとグラスをテーブルに置く。
「んんっ!? ーーんッッ!? ぶふぅっ!!」
「あっ」
我慢しきれなくなったのか、リリスの鼻からコーラが噴き出した。何とか飲み込もうとしたのだろうが、裏目に出たようだ。鼻の刺激に、リリスがうぎゃああと床を転がり回る。
「毒がぁ! いてぇえええええっ!!」
「お、おい。大丈夫か。……ぷっ、くく」
鼻を押さえるリリスを、俺は見下ろした。笑ってはいけないと思いつつも、つい笑ってしまう。鼻からコーラを噴き出したパンクファッションの美少女がのたうち回る様子は、中々にシュールだ。
「だ、大丈夫じゃねぇよ。なんてもん飲ませやがる。鼻が。あたしの鼻が……」
じんわりと涙を溜めながら、リリスは鼻を心配そうに撫でていた。
どうも、コーラの炭酸が強すぎたようだ。考えてみれば、ビールの炭酸はそこまで強くない。リリスにとっては、水に針が入っていたような感覚だったのだろう。
それにしても良いリアクションだったと、俺は満足気な顔でリリスにティッシュを渡す。
「うぅ。人間はアホだ。こんなもん、好き好んで飲むなんて」
「悪魔は炭酸水は飲まないのか?」
何も、コーラが唯一の炭酸飲料なのではない。炭酸水自体はかなり昔から飲まれているはずだがと、俺は鼻をかむリリスを見つめる。
「飲むわけないだろ。水でいいだろ、水で。酒でもないのになんで飲むんだよ」
「まぁ、そう言われれば確かに」
要は、炭酸水は嗜好品だということだ。自然に湧き出ている炭酸水の泉も世界には存在するが、そんなもんを好んで飲むのは人間くらいなのだろう。コーラほどになれば、その炭酸のキツさは自然界にはちょっと存在しない。
「ふふ、いいじゃないか。美味いんだから」
冷蔵庫にジュースがあるぞと指さすと、リリスはよろよろと向かっていく。どうも、魔界の悪魔様には人間界の炭酸飲料は刺激が強すぎたようだ。
「うん。美味い」
ぱくりとピザを咥えれば、チーズとベーコンのジャンクな味が広がっていく。動物性の旨味成分を舌の上に感じながら、俺はグラスをぐいっと煽った。
心地よく喉を流れていく炭酸。強めの刺激が、口の中の油分を洗い流してくれる。
再びピザを口に入れれば、ほらまた新鮮なピザの味だ。
こういう飯もたまにはいいもんだ。そう思いながら、俺は紙袋からポテトとナゲットの箱を取り出した。こいつらも無くては、やはりパーティーは始まらない。
「なー! ここにあるビール飲んでいいかー?」
冷蔵庫の方向から、リリスの声が響いてくる。どうも、冷やして置いたおビール様が見つかったらしい。
仕方ないなと、俺はリリスに指を二本立てて見せた。
「俺の分も頼む」
コーラとビール。今日は飲み比べといこうじゃないか。




