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第08話 買い物の帰りに。百貨店の天麩羅 (前編)

 燦々と照りつけてくる太陽に、俺は見上げることなく袖を捲った。


「ふぅ。日差しが暑くなってきたな」


 春の名残がまだ残る季節。それでも肌寒さは消え去り、夕方とはいえ汗がじんわりとシャツに吸い込まれる。


 夏。その一歩手前といったところか。そろそろ半袖にしてもいいなと思いながら、俺は腕時計を確認した。


「飯……にはまだ早いか」


 時刻は十八時を過ぎた辺り。夕食にはまだ早いし、何より腹が空ききっていない。

 人混みの中を歩きつつ、俺は横に見えた案内看板に目を留めた。


「ふむ」


 いくつもの地下鉄やJRの駅。その合間を縫うように、立体的な歩道と百貨店がひしめき合っている。

 色々と迷うが、知らない街だ。百貨店のレストラン街ならば変な店はないだろうと、俺はひとまずの目的地を地図の一点に定めた。


 仕事も片づけ、後は夕食を食べるだけ。こんなときに腹が空いてないのは、俺にしては珍しい。昼食のバイキングを食べ過ぎたのが原因か、と顎に指を当てながら前へと進む。


 それにしても人が多い。見れば、学生服に身を包んだ若者も数多く見受けられる。ちょうど放課後になって街に遊びに出る時間帯なのだろう。


 個人的な意見を言わせてもらうと、若者はちょっと苦手だ。


 君にも高校生の頃はあったのだからと人は言うが、俺の学生時代と今の子では生活が全然違う。

 ネット環境に携帯電話、SNSに少子化の煽り。色々と今の子は考えることが複雑だ。


 いつの時代も女子は何を考えているか分からない生き物だが、今の女子高生ほど何を考えているか分からない人種も珍しい。

 何も考えてないよと言ってくれる人もいるが、そんな人間居はしないのだ。同年代の婦女子の考えもよく分からないのに、それが高校生となるとお手上げだ。


 と、昨今の若者のことがおっさんはよく分かってないのである。男の子だって同じこと。

 まぁ、時代が違えど変わらないと言われればそれまでだが。俺の上の世代も、当時の俺たちを奇妙な生き物のように見ていたのだろう。


「呼んだか?」

「いや、呼んでない」


 人の流れを眺めていると、横から声がかけられた。俺はすかさずに否定をしながら、ちらりと視線を傍らに向ける。


「今回は、本当に、呼んでない」


 きょとんとした顔のリリスを見下ろしつつ、俺は眉間にしわを寄せていく。

 いつものゴスロリ服に身を包みながら、リリスは並んで笑顔を向けてきた。


「まぁまぁ、いーじゃないか。どうせあんたに用はあるんだ」

「用事?」


 とことことついてくるリリスに俺は首を傾げる。こいつが俺に用なんて、何があるというのだろう。また記憶でも抜きにきたのかと、俺は一瞬身構えた。


 しかし、その心配は杞憂だったようだ。それでもリリスの口から出てきた言葉は、俺の眉間を益々深くさせたが。


「服買ってくれるって言ったからさ。街に出るの待ってたんだ」

「……あー、はいはい」


 言われて思い出す。確かにこの前、服を買ってやると言った気がする。


「まったくお前は。人に物を頼むときは、お願いしますだぞ」

「じゃあ、買ってくれ。お願いします」


 にこにこと笑顔を見せるリリスに、ついつい苦笑してしまう。とはいえ、言ったのは自分だ。ここは素直に買ってやるかと、俺はリリスの服装を改めて見つめた。


「その……ゴスロリ? か。そういうのが欲しい感じか?」

「ん? そうだなぁ。あたしもあんまりよく知らないからなぁ」


 リリスはよく、黒のゴスロリ服を好んで着ている。魔力の節約のためならば、同じようなものを買ってやれば喜ぶだろう。

 そう思ったが、リリスはうーんと思案げに顔を寄せる。新しい服装に挑戦したいのか。女心は複雑だなと、俺はひとまずは街をぶらつくことにした。


「とりあえず、気になる感じの店があれば言え」

「わかったー。……って、あそこいいじゃん。あそこ行こーぜ」


 歩き出した瞬間に、リリスが袖を掴んでくる。リリスの指さす方へ目を向け、俺は顔をくしゃりと歪めた。


「あそこに、入るのか……」


 仕方がない。そう思い、俺は溜め息を吐くのだった。





  ◆  ◆  ◆





「どうだー?」


 試着室から出てきたリリスを見つめて、俺はふむと腕を組んだ。


「……イケイケだな」

「いけいけ?」


 びかびかとラメで光るドクロのプリント。黒と赤で彩られたTシャツは、何故か肩が破れている。

 デニム生地のショートパンツも無駄にダメージを負っていて、しかしリリスの綺麗な足にはよく似合っていた。


「俺の好みではないが……まぁ、悪魔っぽいと言えば、ぽいのか?」


 そもそも、こういうスタイルの服装が何を目指しているかが俺にはよく分からない。ただ、目の前に居るのは正真正銘の悪魔だ。コンセプトとしては正しいのだろうかと、俺はじぃっとリリスを見つめる。


「なんとなくしっくりくる」

「そうか。お前がそう言うなら、俺からは何も言うまい」


 満足げなリリスを確認して、俺は店の中をきょろりと見渡した。

 パンク、ゴシック、ポップ。何というかは俺にはよく分からないが、やけに弾けた商品の多い店だ。俺は棚に飾ってあるジャラジャラとしたチェーンを眺めながら、一つの品物に目を留めた。


「おっ、これなんていいんじゃないか? 可愛いぞ。美味そうだし」

「うまそう?」


 俺の手元を、リリスが不思議そうな顔で覗き込む。そして、小さく驚いて声を上げた。


「おお、いいなそれ。うまそーだ」

「だろう。お前にはお似合いじゃないか」


 そう言いながら、俺はカップケーキの形のバッグをリリスに手渡す。持ってみろと促して、それを肩から下げたリリスを見つめた。


「うんうん。アホっぽい感じが、実によく似合ってる」

「相変わらずひでーや」


 快活に笑い飛ばすリリスに、俺はひょいとバッグの値札をチェックした。……おもちゃみたいな見た目の割には、中々のお値段だ。


「まぁ、いいか。よし、さっさと買って、さっさと飯食いに行くぞ」

「おー!」


 リリスも気に入っているようだし、女の服装には何かと金はかかるものだ。どうせこの一着のことなのだからと、俺は店員に向かって右手を上げる。


「すみません。この子が身につけているもの、一式貰えますか? このまま着て帰るので」

「えっ? あ、はい。じゃあ、タグを……」


 声をかけた俺に、店員が驚きながらもリリスの服やパンツのタグを外していく。身軽な俺と空っぽの試着室に首を傾げながら、不思議そうな顔で店員はレジへと戻っていった。


「へへへー。ありがとな」

「今までお前に奢った飯に比べれば微々たるものだ。気にするな」


 嬉しそうにドクロのプリントを眺めているリリスに一瞬頬が緩む。が、すぐに俺の表情は複雑なものへと変化した。


 よもや、これからは飯以外にも色々と手が掛かるようになるのではなかろうな、と俺はにこにこと笑顔を見せるリリスに眉を寄せるのであった。





  ◆  ◆  ◆





「それにしても嬉しそうだな」

「んー、まぁな。服買ってもらって喜ばねぇ雌はいねぇよ」


 リリスはご機嫌な様子でカップケーキのバッグの蓋をカパカパと開けていた。そして、目の前にいる板前に首を傾げる。


「なんか変わった店だなー」

「そうか。こういう店は初めてか」


 珍しげに店を見渡すリリスを横目に、俺は紙エプロンを首からかけた。それを見たリリスが、真似をするようにエプロンを広げる。


 カウンターの店というくくりならば、リリスは今までにも何件か経験がある。ラーメン屋やバーのカウンター席などだ。

 しかし、この店から漂う高級かつ和の雰囲気に、リリスは少しだけ不安そうな瞳を俺へと向けた。


「ここって何屋なんだ? モモがどうのこうの言ってたけど」

「桃乃献立な。まぁ、御前みたいなもんだ。名前に特に意味はない」


 ちらりとリリス見れば、何とも似合わない風体である。

 ファンキーでファンシーな格好をした銀髪の美少女が、スーツのおっさんとカウンターに座っているのだ。いくら客層が良いといっても、どうしても好奇の視線は免れない。


 居心地が悪そうなリリスを眺めていると、おばさんの店員がお茶と付きだしを持ってやって来た。

 にこりとリリスに微笑み、目の前に漬け物やつゆ皿を置いていく。次々と並べられていく小皿たちに、リリスは嬉しそうな顔で店員を見つめた。


「これ、もう食ってもいいのか?」

「はい。構いませんよ」


 酢の物を指さすリリスに笑いかけながら、店員は俺の前にも皿を並べていく。

 酢の物、漬け物、煮豆の三種の小皿。それに、これまた三種の野菜スティック。俺は店員に頭を下げた後、野菜スティックに手を伸ばした。


「ほぅ。美味いな」


 摘んだ白い大根のスティックはよく冷えていて、皿に盛られた粗塩によく合っている。しゃくしゃくと小気味良い音が耳に響き、瑞々しいながらも水っぽくない食感は、ただ氷で締めただけとも思えない。


 続けて口に入れた人参のスティックも素晴らしい。こちらは抹茶塩で頂いたが、甘みは強いながらもしっかりとした野菜臭さを感じる。


「美味いぞ。お前もちゃんと食べろよ」

「んー。あたしはいいや。やるよ」


 酢の物を口に入れてしかめっ面をしていたリリスが、俺についっと野菜スティックと付きだしの皿を寄せてきた。こいつの野菜嫌いは最早慣れたが、今回ばかりは勿体ないと俺は大根のスティックをリリスに突き出す。


「一本だけでも食え。ほら」

「むぐっ!? ……あっ、うめぇ」


 口に突っ込んでやると、リリスはリスのように大根をかじり始めた。美味しいと気づいたのか、驚いたように野菜スティックを食べていく。


「よく噛んで食えよ。野菜はちゃんと噛めば、美味いもんだ」

「ふーん。ほんとな。うまい」


 ぽりぽりと野菜スティックをかじるリリスを見やって、俺はカウンターの中に目を向けた。そろそろメインのご登場だろう。


 板前が長箸で摘んだそれを、カウンターの上の網皿に載せていく。


「初めの海老です。お出汁とお塩、お好みでどうぞ」


 美しいきつね色に揚げられた海老天がたっぷり二本、目の前に並べられる。海老と聞き、リリスの顔がガバリと上がった。


「スシもスキヤキも食ったからな。ま、食べないといかんだろ」


 そう言いながら、俺はリリスに海老天を見せつける。

 リリスの顔は、その素晴らしそうな料理は何ですか? と聞いてきていた。


 そんな、魔界のお嬢さんに教えてやろう。スーシ、スキヤーキに並ぶ、日本の代表料理。


「テンプーラだ」


 リリスの目が爛々と輝いた。

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