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第05話 金曜の晩に。カクテルバーのフルーツサンド (前編)

 冬が過ぎ、そろそろ春の兆しが見えてきた頃。

 とはいえ、まだまだ肌寒さの残る街を、俺は辺りを見渡しながら歩いていた。


「んー。何処かで飲みたいな」


 金晩。金曜日の夜という意味だが、最近は言う人もめっきり少なくなった。

 世知辛い世の中ではあるが、幸いなことに俺は明日は休みである。


 このところ、仕事が忙しく禄に晩酌も出来ていなかった。ようやく一区切り着いたのだから、ここは祝いも兼ねて飲みたいところである。


「そういえば、この辺に……」


 見える店々に、俺の脳裏に数日前の会話が甦る。沙織が確か、この辺りにいい感じの店があると話していた。

 店の名前はうろ覚えだが、飲むだけならば中々に興味深い内容だったのを覚えている。


 注意深く歩みを進めていると、 目の先にお洒落なネオン看板が現れた。ぐねぐねしていて読み辛いが、話に聞いた店で間違いなさそうだ。


「うーむ。若い店だなぁ」


 ちらりと窓から薄暗い店内を窺うと、中にいる客層は随分と若そうだ。

 いかがわしい雰囲気はなく、どちらかというと上品だが。やけに若い女性客が目に付く。


 さてどうしたもんかと、俺は腕を組んで考え込んだ。

 まぁ、大体だがこの後の展開は予想できる。いい加減、鈍な俺にも分かってきた。


「今日はここで食べるのかー?」


 そう言って店内を見つめるリリスに、俺は驚きもせずに頷いていく。


「そのつもりだが。……どうしようかと思ってな」

「ん、何でだよ? 席も空いてるぜ。入ろうよ」


 くいくいとリリスに袖を引っ張られ、俺はふぅむと眉を寄せる。

 ちらりと見れば、リリスは普段のゴスロリ衣装を身につけていた。


 今までにも、リリスと女性客の多い店に行ったことはある。カフェレストランなんて、周りは女性ばかりだった。

 ただ、今回はそれらと比べても少し躊躇してしまう。


 何せ、完全な夜の店だ。酒を飲むための店だ。


 スーツのしがないおっさんと、ゴスロリの美少女。肩を叩かれても仕方がない組み合わせである。

 見つめていたら、リリスが不思議そうに首を傾げた。可愛らしいとは思うが、幼すぎる。何とかならないものか。


「おい。その服、なんとかならんのか?」

「服? これのことか?」


 ドクロのアップリケが付いたゴスロリ衣装を、リリスがきょとんと摘み上げる。この服装さえなんとかすれば、年齢不詳な雰囲気のリリスのことだ。問題ないだろう。


「むぅ。気に入ってるのに。そんなに変か?」

「変じゃないが、今日は色々とまずい。……この店に合わせられるか?」


 店内を顎で指すと、リリスは目を細めて中の客を見やった。しばし観察した後、問題ないとリリスは親指を立てる。


 辺りの人通りを気にして振り返る。もう一度リリスを見れば、そのときにはすでに着替え終わったリリスが、得意げに笑いながら立っていた。


「……なんだその格好は?」


 思わず、笑いそうになってしまう。無い胸を張るリリスに、俺は笑っては悪いと右手を口に当てる。


「どうだ。似合ってるか?」


 ふんすと鼻の穴を広げるリリスの身体を、俺は笑いを堪えながら眺めた。


 白いシャツの上に、黒いスーツ。黒いタイトスカートに身を包んだリリスは、何というかちぐはぐだった。

 黒いスーツは、リリスに似合ってるといえば似合っているのだが。何ともちんちくりんなOLさんだ。


 化粧もしていないのもあるのだろうか。ふふんと鼻を高くしているリリスは、子供が大人の真似事をしているようにしか見えない。銀髪と整った顔立ちが、一層と非現実感を際だたせていた。


「まぁ。ゴスロリよりはマシだ。いくぞ」

「おー。さっさと入ろうぜ」


 だがまぁ、及第点というところだろう。外国人の年齢なんて、見た目からじゃ分かるもんでなしということで、俺は店の扉を開いた。


「なんかすげぇところだなー」

「うむ。確かに」


 店の中は、窓から覗く以上に煌びやかだった。

 薄暗い店内にはところどころに色の付いたライトが置かれていて、その明かりが幻想的な雰囲気を作り出している。


 カウンターもあるようだが、リリスもいることだ。俺は運よく空いていたテーブル席に腰を下ろした。

 小さなテーブルの対面に、リリスもちょこんと腰掛ける。


 メニューを手に取れば、そこには様々な種類のカクテルの名前が書かれていた。

 オーソドックスなものから、聞いたことのない名前まで。しかしその横には、何を混ぜているのか書いてくれているので頼みやすい。ご丁寧に度数まで書いてくれていた。


「ここはなんの店なんだー?」

「ん? ああ、ここはカクテルバーだ。酒を飲むところだよ。まぁ、少し変わっているがな」


 リリスの質問に簡潔に答える。リリスも、以前バーで飲んでいるからカクテル自体は知っている。あの店は今はもうないが、あのときリリスが頼んだ三色カクテルはリリスも覚えていたらしい。

 目を輝かせるリリスだが、俺の言葉の最後に首を傾げた。


 この店が人気なのは、偏にカクテルが人気だからだ。カクテルバーだから当然といえば当然なのだが、ただ種類が多いだけではない。


「最初の一杯は俺が決めるぞ」

「いいよー。決めてくれよ。どうせ分かんねぇー」


 けたけたと笑うリリスに、俺はこくりと頷く。

 一杯はこの店の目玉メニューにするとして、リリスの分は何にしようか。


 ここは、やはり有名どころにするべきだろう。そう思い、俺は頼む二杯を決める。悩んでいても仕方ない。どうせ何杯も飲むのだ。

 手を挙げて呼んだ店員に、俺はひとまずドリンクを注文する。つまみは酒が来たときに頼めばいいだろう。


「ミックスジュースのカクテルと、スクリュードライバーを」

「かしこまりました」


 礼をして去っている店員を見送る。リリスをちらりと見やったが、特に何も言わなかった。

 改めてリリスを見れば、結構妖艶な雰囲気を持っていたりする。一応は、こいつも悪魔と言ったところか。


「すくりゅーどらいばぁ?」


 案の定、リリスが注文を間抜けな声で復唱してきた。ミックスジュースは何となく想像できたようだが、さすがにカリフォルニアのカクテルの名前は分からなかったらしい。


「有名なアメリカのカクテルだ。オレンジを使った、ウォッカベースのカクテルだよ」

「ふーん。変な名前だな」


 しししと笑うリリスに、俺は呆れたような目を向ける。

 カクテルの名前には、色々と意味があるものだ。その由来を知っているからといって酒の味が変わるわけではないが、そういうのに想いを馳せながら飲むのもカクテルの楽しみ方の一つである。風情は大事だ。


「スクリュードライバーってのは文字通り、ねじ回しって意味だ。アメリカの油田労働者が、ねじ回しでカクテルを混ぜたってのが由来なんだぞ。ワイルドだろ?」

「へぇー。この店には合わねぇな」


 得意げにスクリュードライバーの由来を教えていると、リリスが痛いところを突いてくる。言われてみれば、なんでこんな場所で油田労働者のカクテルを飲まないとならんのだろう。


「い、今はお洒落な飲み物になってるんだよ。別にもう、ねじ回しで混ぜるわけでもないし」

「それもう『スクリュードライバー』じゃねぇじゃん」


 あっけらかんと言ってくるリリスに、喉がうぐっと詰まる。こいつ、下手に出ておれば好き放題言いおって。誰がそのスクリュードライバーの金を払うと思っているんだ。


 悔しい。このアホ悪魔の屁理屈に言い返せないのが、凄く悔しい。


 何とか言い返してやろうと頭を捻っていると、頼んでいたカクテルが到着した。しまった。こいつのせいで、つまみを決めるのを忘れていた。

 仕方なしにチーズの盛り合わせという無難なものを頼み、ひとまずの難を逃れることにする。


「これがスクリュードライバーか。きれいだなっ!」


 目の前に置かれたグラスに、リリスは顔を近づけた。オレンジ色のグラスの中身を興味深げに眺めていく。


 スクリュードライバーは口当たりのいいカクテルである。

 もともとウォッカが無味であることから、ウォッカベースのカクテルは度数の変更が容易だ。要は、ウォッカの量がそのまま度数の調整に繋がる。


 レディーキラーの異名も持つカクテルを、リリスはごくりと口に含んだ。


「うめぇっ!」


 叫び、ごくごくと豪快に飲んでいく。口当たりは軽くとも、女性を酔わせるという名前も持つカクテルだ。俺は少しだけリリスを窘めた。


「あんまり急に飲むなよ。けっこう強いんだぞ、それ」

「おいおい。リリスちゃんを何だと思ってんだよ。人間の酒で潰れるかよ」


 そんな俺の心配を無視して、リリスは満足げに笑う。すでに半分ほど無くなっているロングカクテルの中身に、俺は溜め息を吐いた。


 まぁ、腐っても悪魔である。酔いつぶれることはないだろうと、俺は自分のカクテルに目を落とす。


「そっちのは、なんかどろっとしてんな。何だそれ?」


 俺の手元のグラスを、リリスがじぃっと見つめてきた。この店のオリジナルだが、このメニューこそが真骨頂と言える代物だ。


「これはミックスジュースのカクテルだよ。この店は生ジュースの店でな。カクテルに使うジュースを、全部店で絞ってるんだ。お前のスクリュードライバーのオレンジジュースだって、手絞りのはずだぞ?」


 リリスのグラスの底を俺は指さす。リリスが見れば、確かにオレンジの果肉がグラスの底に少し沈殿していた。


「へぇー。うまいと思ったら。ノーシュクキャンゲンだったか」

「ぶっ」


 俺の言葉に、リリスは神妙な顔をグラスに向ける。いつかの間違いを未だに覚えているリリスに、俺は思わず吹き出した。

 面白いし、訂正しないでおこう。そう思って、俺は自分のグラスを口に運ぶ。


「……おっ。こりゃ美味いな」


 どろっとしたミックスジュースの味が口に広がった。リンゴにパインに、バナナ。他にもいくつかのフルーツが入っている。

 舌の上に微かに感じるざらつきを楽しみつつ、俺は感じる風味に思わず唸りを上げる。


「何か、凄い美味い」


 これは、バナナだろうか? ミックスジュースだ。入っていて当然という果物だが、それにしてもバナナの風味が豊かすぎる。

 どろっとした食感はバナナの果肉だろうが、この強烈なバナナ味はなんだろう。


 気になった俺は、ドリンクメニューをちらりと見やった。


「へぇ。バナナリキュール」


 なるほど。このバナナの強い風味は、バナナリキュールが作り出しているものらしい。

 言われて飲んでみれば、確かにリキュールのアルコールを感じる。

 とんでもなく高級なバナナオレ。それにミックスの雰囲気が足された感じだ。


「あたしにもくれよ」


 俺が驚きと共に飲んでいると、リリスがにこにこと笑って右手を差し出してきた。仕方がないと、俺はリリスにグラスを手渡す。


「って、おい。スクリュードライバーはどうした」

「飲んだっ! うまかったぞ。……これもうめぇっ!!」


 中身が消えたグラスを手渡され、俺は眉を中央に寄せた。こいつ、そろそろ上下関係を叩き込まねばならんらしい。

 ため息を吐きながら、俺は空になったグラスを見つめるのだった。


お読み頂きありがとうございます。

この度、当作品である「おひとりさまでした。~アラサー男は、悪魔娘と飯を食う~」が無事なろうコン最終を突破し、晴れて書籍化することになりました。これも読者の皆様のおかげです。

詳しくは活動報告にて連絡させて頂きます。本当にありがとうございました。これからも頑張りますので、どうか応援よろしくお願いします。


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