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第23話 暇つぶしに。カフェチェーンのサンドイッチ。


「ふむ。ちょっと時間があるな……」


 腕時計を見れば、おやつ時を少し過ぎている。

 夕方の待ち合わせまで、少し何処かで暇を潰さなくてはいけないようだ。


 腹も、珍しく減っていない。昼に食べた豚の生姜焼きが効いてる。

 ここは軽くティータイムがいいだろうと、俺は辺りを見渡した。


「喫茶店にでも……っと、ここでいいか」


 歩きっぱなしというわけにもいかない。俺は丁度目に入った店に足を向ける。ただの時間潰しだ。特にこだわる必要もないだろう。


 押さずとも開く扉を見つめて、俺は店内へと踏み入った。入った先で、ふーんと宛もなく視線を泳がす。


 期間限定の商品が載せられた看板。流れる有線。入った瞬間にかけられる店員からの一様な挨拶。


 これでもかというほどに画一された店内を見やって、俺はのそりとレジへと向かった。


「店内でお召し上がりですか?」

「あ、はい。そうです。……えーと、ティーラテを」


 メニューを見下ろし、にこにことした笑顔の店員へとオーダーを伝える。色々とあるようだが、早いところ座りたかった。


 しかし、ただのホットティーというのも芸がない。ミルクは貰えるが、五十円でラテに変えれるなら良心的だ。


「サイズはどうなさいますか?」

「えっと。……トールで」


 サイズを聞かれ、続けてお決まりのケーキセットを勧められた。申し訳ないが、今はケーキが入る余裕はない。


 会計をしているうちにティーラテがトレーの上に乗せられ、俺はそこに財布を置いてさっさとレジを後にした。


「空いてる席は……」


 出来るなら奥がいい。ソファー席だとなお有り難いと、俺はずんずんと店内を奥に向かって進んでいく。

 学生が居ないのはいい感じだ。時間がいい。


 ふと、奥のソファー席の端が空いているのが目に留まった。いい席が空いてるじゃないかと思いながら、俺はトレーを持って席に近づく。


 一つ席を挟んで、その隣には三人の爺様達。わいわいと楽しそうだが、これくらい雑音が合った方が逆にいいと俺はソファーへと腰掛けた。


 ふぅと思わず息を吐き、そのままぼんやりとカップを見つめる。せっかく注いで貰って悪いが、今しばらくは深く腰掛けていたい気分だ。


「いやだぁ。もうっ。それでねぇ」

「えー、ほんとそれぇ」


 呆っと和な時間を過ごしていた俺の耳に、妙に響きわたる声が入ってくる。眉を寄せてみれば、おばさん二人組が買い物袋を下げて店内に入ってきたところだ。


 濃い化粧をした顔で百面相をしながら、おばさんたちはきゃいきゃいとメニューを見てはしゃいでいる。


 嫌な予感がして、俺はちらりと横のテーブルに目をやった。


 他にも席はあるが、何となくここに座ってきそうな。そんな気がする。おばさんの一人がちらりとこちらを見てきた気がして、俺は弱ったなと頭を掻いた。


 平穏な時間をおばさんに邪魔されるわけにはいかない。どうしたもんかと横のテーブルを睨みつける。

 このテーブルを確保してもよいが、こっちは一人だ。荷物で一席取るのも駄目な話だろう。


「ふんふーん。あっ、いたいたーっ!」


 じぃとおばさんを見つめていると、再び自動ドアが開かれた。そこを通り抜ける黒い人影に、俺はぽかんと口を開ける。

 レジもおばさんも無視して、リリスは嬉しそうにこちらに手を振りながら近づいてきた。


 現れたゴスロリの少女に店内の目が一瞬集まる。そしてその視線が俺へと向けられて、リリスはその視線の中を悠然と横切った。


「……お前は、いっつもいきなりだなぁ」

「ははは。いいかげん慣れろよ」


 笑いながら、俺の対面の椅子にリリスは手をかける。それを見て、俺はちょっと待ったと右手で制した。

 不思議そうに見つめてくるリリスに、隣の席に座れと俺はテーブルを指さす。丸テーブルの大きさは、お世辞にも大きいとは言えない。リリスも何となく察したのか、かけていた右手を脇へと下ろす。


「今日は何食うんだー? そりゃあ、飲み物か?」


 口を開きながら、リリスはテーブルを回り込む。どかりと隣に腰を下ろしたリリスを、俺は苦々しい顔で見つめた。


「……お前、何で隣に来るんだよ」

「いいじゃん。こっちの方が気持ちよさそうだかんよ」


 ソファーを手で叩きながら、リリスはきょとんと俺を見つめる。まぁ、確かに何処に座ろうが構わないのだろうが。如何せん、先ほどから周りの視線をチクチクと感じる。

 リリスは俺の前のカップを覗き込みながら、ふーんと珍しそうにそれを見つめた。


「あたしも何か飲みたいな。てか、食わないのか?」

「ん? ああ。生憎、腹一杯でな。食いたいなら頼んでいいぞ」


 物欲しそうにカップを見ているリリスを横目に、俺はちらりとレジを確認する。どうやらおばさん達は向こうの席に座ったようだ。今ならレジに並んでいる他の客はいない。


「メニューはどこだ? あたし肉が食べたい」


 きょろきょろと俺のテーブルを見つめ、リリスはしきりに首を傾げた。言われてみれば、席にメニューが無いのは初めてかもしれない。

 一つ良いことを思いつき、俺はにやりと笑みを浮かべた。


 鞄を引き寄せて、そこから財布を取り出す。不思議そうに眺めているリリスの前で、俺は千円札を目の前に広げた。そして、これ見よがしに人間界の紙幣を悪魔へと差し出す。


 俺の意図が分からないようで、リリスはぼへっと千円札に目をやった。


「この金をお前にやろう。好きなものを買ってくるといい」

「えっ? くれるのか?」


 意外そうに目を見開いて、リリスは俺から千円札を受け取った。それにうんうんと頷いて、俺はレジを指さす。


「あそこにメニューもあるから、食いたい物をお姉さんに注文しろ。お釣りって分かるか?」

「バカにすんなよ。……魚とる、やつだろ」


 指さされた方向に目を凝らしながら、リリスが目つきを鋭くする。しかし何処か自信なさげな言葉に、俺は笑いを我慢しながら合ってる合ってると頷いた。 


「ほら、行ってこい」

「んー、わかった。いってくる」


 千円札を興味深そうに眺めつつ、リリスはソファーから立ち上がる。少し不安そうにレジへと向かっていく魔界の悪魔に、俺は我慢できないと吹き出してしまった。

 

「いやぁ。これは面白い」


 レジの前で躊躇しているリリスを見ながら、ティーラテの蓋をおもむろに外す。中から飛び出している紐を引っ張って、俺はティーパックを小皿へと取り出した。

 色々とあって長めに出してしまったが、ティーラテは濃いめくらいで丁度いい。


 しかし、勿体ないなと俺はティーパックに付いている泡を見つめた。せっかくホイップな具合になっているのに、八割方がティーパックにくっついてしまっている。スプーンで取り落とせばいいのだろうが、俺の年齢でやるのは遠慮したいところだ。

 これなら無いほうがマシだなと、俺はティーラテに口を付けた。


 紅茶の香りに、口当たりのよいミルクの風味。少しだけ残っている泡が、優しい感じだ。

 値段の割りには美味いですねと、満足しながらレジの前を見物する。


 リリスは、何やら必死になって店員のお姉さんへと何かを伝えているようだ。

 まあ、それはそうだろう。写真は全てのメニューに付いているわけではないし、そもそもあいつは文字が読めない。


 困ってる困ってると、俺はにやにやしながらリリスを眺めた。あれだ。初めてのお使いを見守る心境に似ている気がする。


 しかし、どうやら思った以上にスムーズに話は進んだらしい。リリスが店員へと千円札を差し出している。


「……ん?」


 つまらんなとティーラテを啜る俺の方へ、リリスがくるりと振り向いた。そのまま、会計を済まさずに俺の方へと近づいてくる。店員が千円札を持ったまま、困り顔でリリスに声をかけるが、リリスはそんなのお構いなしだ。


「どうした? 何かあったか?」


 商品も千円札も持たずに帰還してきたリリスに、取りあえず声をかける。するとリリスは、当然のように右手を差し出した。


「金が足りないらしいぞ。もう一枚くれ」


 少し不機嫌そうなリリスに、俺はぽかんと口を開ける。全く何様のつもりだと思うが、そういえば悪魔様かと俺は財布の中からもう一枚の千円札を取り出した。


「お前。人から金を貰うときは、もうちょっと申し訳なさそうにだな」

「だって。足りないって言われたもん。あんたのせいだぞ」


 これは少々躾が必要だと、俺はリリスに口を開く。しかし涙目で睨むリリスに、俺はうぐっと口を噤んだ。

 元々は俺の悪戯心から生じた事態だ。勘弁してやるかと、俺は千円札を財布の中へと引っ込める。

 代わりに一万円札を取り出して、リリスにほらよと手渡した。これなら、さすがに足りないこともないだろう。


 ぶすっと万札を握りしめ、リリスがレジに向かって駆けていく。戻ってきたリリスに、店員がほっとしたように声をかけていた。

 結果として迷惑をかけてしまったなと思いながら、店員へと心の中で頭を下げる。少々温くなったティーラテを傾けながら、俺は深くソファーへと体重を預けた。


「しかし、平和だ」


 何とも、ゆったりとした時間である。リリスはどうも無事に会計を終えれそうだし、俺の疲れも少しずつだが癒されてきている。


 悪魔が店内に居るとも知らず、横の爺様達は猫を飼いたいと大盛り上がりだ。鈴木さん家の猫が、どうも子供を産んだらしい。ハンチングを被った爺様は、外国の猫がいいと我が儘を言う始末。


「……ふぁあ」


 思わず出たあくびに、目尻から涙が漏れた。それを袖で拭いながら、俺はリリスが帰ってくるのをぼうっと待つ。

 眺めていると、リリスが嬉しそうにトレーを店員から受け取った。遠目だが、何やら色々と山盛りだ。転ばなきゃいいがと、俺は少しだけ腰を前に浮かす。


「おいっ! すげぇぞっ!」


 俺の心配をよそに、リリスがどたどたと走りながら帰ってきた。そんなに美味そうなものがあったのかと、俺は興味を持った目でトレーを見つめる。


 リリスが興奮した様子で持ってきたトレーには、黄色いフローズンドリンクとチーズケーキ、それにチキンと卵が挟まれた長めのサンドイッチにポテトフライまでが載せられていた。なるほど、これは千円では足りないだろう。


 けれど、そこまで興奮する程かと思い、俺はリリスの顔を見つめる。トレーの上の物は、今までに似たようなものを食べたことがあるはずだが。


 しかし、リリスのテンションの源はトレー上のメニューではなかったらしい。それは置いておけと、目の前に千円札を扇のように広げた。


「見ろっ! 金が増えたっ!!」


 凄いだろうと、リリスは息を乱して俺の横に腰を下ろす。そして、見てろよとテーブルに千円札を並べていった。声に出しながら一枚ずつ数えられていく紙幣を、俺は呆気にとられた様子で見下ろす。


「ほらっ! 二枚が九枚になったっ! すげぇぞこの店っ! 食い放題だっ!」


 爛々と輝いているリリスの目を見つめながら、俺は笑ってはいけないと口に手を当てた。これが個室なら大爆笑しているところだが、先ほどから隣の爺様がとんでもなく微笑ましい笑顔をリリスに向けて送っている。ここで俺が笑い声をあげようものなら、説教の一つは飛んできそうだ。


「……くっ。よ、よかったな。まぁ、取りあえず食え。あ、後で教えてやるから」

「うんっ、食べるっ。足りなかったらまた買ってきていいかっ?」


 必死に我慢している俺の気持ちも知らずに、リリスは満面の笑みでサンドイッチにかぶりついた。ここで教えても良いが、さすがのリリスも羞恥でどんな行動に出るか分からない。紛いなりにも悪魔なのだ。暴れられでもしたら、それなりに大変だろう。


「うめぇっ。肉うまいぞ。生っぽいけど生じゃない」

「おっ、ローストビーフか。いいもん買ったなお前」


 見てくれよと、リリスが上側のパンを取って中身を見せつけてくる。ローストビーフに、オニオンとレタス。オーソドックスながら豪華な品だ。期間限定だろうかと、俺は見えもしないレジ上のメニューに視線を送る。


 誉められて嬉しいのか、リリスはへへへと笑いながらパンを元の位置に戻した。そういえば、やけにスムーズにいったなと俺はリリスに質問する。


「文字読めないだろ? よく頼めたな」

「ん? べつに、写真指さしたら買えたよ」


 あっけらかんと答えるリリスに、俺はほぅと感嘆した。見た目通り、若々しい答えだ。この店のマニュアルが優秀とも言える。


「けど、ドリンク大きさ聞かれたろ? 何て答えた?」


 ずずずとドリンクを飲むリリスは、フローズンの冷たさに一瞬驚いたがご満悦だ。冷たさ自体は、氷もアイスも知っているのでそれほど驚きではないらしい。

 俺は、ちゃっかりとマンゴー味を購入しているリリスに素朴な疑問を投げかける。


 正直、俺はこの手の店のサイズ表記が嫌いだ。トールだのグランデだの、格好付けるのはいいが分かりにくいことこの上ない。何だか、おっさん以上はお断りだと言われている気がして居心地が悪いのだ。

 リリスに至っては、SML表記すら知ってはいないだろう。どう頼んだのだろうと、俺は期待を込めた眼差しをリリスに送る。


「一番でっかいやつって言ったよ。ほら、でっかい」


 そう言いながら、リリスは俺のティーラテのカップの横にグラスを並べる。確かに俺のトールのティーラテよりも、一回りは大きいようだ。

 勝ち誇ったような顔のリリスに、俺はついに小さく吹き出した。それを見たリリスが、何だよと眉を寄せる。


「悪い悪い。笑ったわけじゃないんだ」

「いや、笑ってるだろ」


 じと目のリリスに、俺は謝りながらティーラテを口に含んだ。納得がいかない様子のリリスを宥め、俺はふむとトレーを見つめる。


 少々小腹が空いてきた。すっかり万全の胃腸に、俺はゆっくりと立ち上がる。


「俺も何か買ってくるかな」

「おー。食え食え。いろいろあったぞ」


 腰を上げた俺の袖を、リリスがひょいと掴んで止めた。振り返る俺に、忘れ物だとリリスは千円札の束を俺へと向ける。


「これな、持ってけ。持ってないと買えないぞ」


 当たり前のことを言う悪魔様から、俺は笑いを堪えながら千円札を受け取った。


 レジに向かう途中、ふと奇妙なことに気が付く。

 釣りに硬貨がなかったが、どういうことだろうと俺ははてと首を傾げた。


 まさかと思い、レジの上のメニューを見つめる。

 その値段を確認して、俺は嘘だろと店員へ視線を下ろした。


 美味そうだったし物は試しだと、半信半疑で注文を口にする。その内容に、お姉さんがあらと微笑んだ。

 レジスターの数字が出る前に、お姉さんの口が動く。


「ちょうど、二〇〇〇円になります」


 その声に、俺は感心したように頷いた。


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