第14話 おやつ時。カフェテリアのフルーツロティ (前編)
「甘いものが食べたい」
唐突に、そんな言葉が口からこぼれた。
時刻はおやつ時に差し掛かろうかという、午後二時ちょっと過ぎ。
今日は午前中から歩き回った。仕事の用事とはいえ、不慣れな街で道に迷ったのが響いてしまったか。何とか遅刻は免れたものの、精神的疲労と併せて身体が糖分を欲している。
「……甘味でも探すか」
今日はもう会社に戻らなくてもいいし、このまま帰宅するという手も無くはない。しかし、せっかくの遠出だ。新しい味との出会いがあるやもしれぬ。
俺はそう思い、とりあえず賑やかそうな方向へ足を動かすことにした。
「しかし、最近はスイーツばかりだな」
平日でも人通りの多いアーケード街を歩きながら、俺はきょろりと街並みを見渡した。放課後には学生も増えるのか、女子高生が好きそうな店が建ち並んでいる。
外国のドーナツチェーン。ゲームセンターに併設されたクレープ屋。ちょいと小洒落たケーキ屋など、目当ての甘味はすぐに見つかった。
あんみつ屋等は見あたらないが、まぁそうは言うものの当然の光景だろう。若い女の子が、バターとクリームに靡くのは分からなくもない。
「ふーむ。どこがいいかね」
平日だからか、どの店も人の入りは大したことはない。かといって全く居ないというわけでもなく、何処が流行っているのか中々に判別つかない状況だ。
「いっそのこと、行列でも出来ていれば分かりやすいが……」
そう呟いて、ふふと笑う。そこまで人気の店があったとしても、男一人で並ぶのは余りにも苦行だ。せめてデートとでも言わないと、好奇の視線に晒されてしまう。
スイーツ男子という言葉も出てきているようだが、それも若い者限定の言葉だろう。スーツ姿のおっさんが、女子の群に並んでいるのはいかんともし難い。
「おっ、ここは盛況じゃないか」
ふむふむと歩いていると、一件のカフェテリアが目に止まった。洒落た外見だ。白と淡いピンクで飾られた壁は、いかにも女の子っていう感じである。
ちらりと中を覗くと、結構な組の女性客がフォーク片手に談笑していた。どうやら、ケーキやパフェの店らしい。中にはワッフルのようなものを食べているOL風のお姉さん方も居る。
「美味そうだな」
さてと見下ろした立て看板には、色とりどりのチョークでメニューが書かれていた。丸っこい字で、これを書いたのはおそらく女性の店員だろう。
正直、食べたい。何を隠そう、俺はスイーツにも目がないのだ。
女の食い物のイメージがあるスイーツだが、男だって食べていいはずだ。
「うーん」
しかし、入り辛い。高級な喫茶店やホテルのラウンジならともかく、こうピンクピンクされると、俺のようなおっさんにはかなりハードだ。
五年前ならまだ、えぇいと入っていくのだが。スーツの重さを肩に感じて、俺はふぅとため息を付いた。
「素直にドーナツでも食って帰るか」
くるりと、身体を引き返す。こういうとき、チェーン店はいい。何となく、誰でも入っていいですよと言ってくれている気がする。味だって、値段を考えればとんでもないコストパフォーマンスだ。
大資本の味でも堪能しますかと、俺はざっと店から一歩遠ざかった。
「あはははー。何か変な店だなー。女ばっかりだぞー」
そして背後から聞こえてくる声に、俺はざしゅっと足を止める。ゆっくりと振り返ると、案の定ゴスロリ姿の悪魔娘がきゃっきゃと声を出しながら、店の中を覗いていた。
「……おい」
「ん? なんだよ、早く入ろーぜ」
リリスに声をかけながら、俺は内心動揺を隠せないでいた。そんな俺の表情に、リリスは不思議そうに首を傾げる。
確かに、こいつが出てきた訳は理解できる。しかしだ。正直、こいつが出てきても今回ばかりは意味がない。
「……えっ、ここに?」
もう一度、店の外観を見渡した。白とピンク。なんなら、フリルのような飾りが至る所に付いている。
店の中は、女性客オンリー。休日ならカップルも居たのだろうが、今現在は女性だけだ。
リリスと一緒でもきつい。というより、よりきつい。
「入ってるぞー」
「あっ、ちょっ。待てっ!」
呆然と立ち尽くしていると、リリスは勝手に店の扉に手をかけていた。開けた瞬間、扉に取り付けられた鐘が可愛らしい音色を立てる。俺は、しまったと口を開けるがもう遅い。
「くそっ」
なるようになれと、俺は呑気に店の中を見回しているアホ悪魔の背中を追った。
ーー ーー ーー
「なぁなぁ。なに食うんだー。好きなの頼んでいいのかー?」
「……はぁ」
リリスの楽しげな声を聞きながら、俺はどんよりとテーブルの上を見つめていた。先ほどから、おばさま方やお姉さま方の視線が痛い。
それもそのはずで、平日の昼間からゴスロリ美少女とスーツ姿の寂れた男。俺でもどういう関係なんだろうと目を向けるだろう。
「あたしは甘いのがいいなー。どれが甘いんだー?」
「全部、甘いから。大丈夫だ」
さっさと食ってさっさと出よう。そう思って、俺も手元のメニューに目を落とす。なるほど、確かに美味そうだ。
綺麗に盛りつけられたフルーツ。こんもりと盛られた生クリーム。見た目は派手だが、ちゃんと洒落た感じに仕上がっている。流行っているのも、分かろうというものだ。
「……ふむ」
写真を見ていると、視線などどうでもよくなってきた。むしろこんな思いまでしたのだから、ちゃんと納得のいくものを食べたい。
「ケーキは、なしだな」
とりあえず、ケーキの選択はない。勿論美味そうではあるのだが、これだけプレート系が充実しているのならそちらを頼みたいところだ。
となれば、クレープかワッフル。そういえば、こういう感じのワッフルは食べたことがない。
「しかし。……ロティ? なんだそれは」
写真に出されている、クレープのような食べ物。どこからどう見ても、クレープの上にクリームとフルーツを乗せたものだが、写真の隅にはフルーツロティと書かれている。
……クレープと何が違うのだろうか。気になるところだ。頼んでみたい衝動に駆られるが、やはりワッフルも捨てがたい。
「……おい。お前、このフルーツロティってのにしろ。少し気になる」
「ん? あー、これかー。あたしはいいよ。うまそうだし」
写真を覗いたリリスが、別に構わないと頷いた。俺もよしと頷き、ふむと唇に手を当てる。
これで俺がワッフルを頼んで分け合えば、両方食べれて万々歳だ。よしそれでいこうと、俺は店員に目を配る。
「これと、これを」
「フルーツロティとフルーツワッフルですね。お飲物はどうなさいますか?」
笑顔で注文を確認する店員に、俺はあっとメニューを見やった。そういえば、飲み物を決めてない。
「えっと。僕は紅茶で。……お前は何にする?」
「飲み物かー。……あっ、これがいい」
グラスが写ったページを眺めながら、リリスはぺしぺしと写真を叩いた。見ると、マンゴーラッシーと書かれている。
とろりと沈んだ黄色が、何とも美味そうだ。横には、ピーチラッシーなるものも並んでいる。マンゴーは聞いたことがあるが、ピーチは初めてだ。
「……すいません。紅茶、ピーチラッシーに変更で」
かしこまりましたと店員が、元気よく頷いた。
ーー ーー ーー
「……美味いな」
「甘くてうまいっ」
ずずずっと、リリスと二人してラッシーを吸っていく。
ストレートな甘さだ。ヨーグルトの酸味と、それを覆い尽くすほどの甘さ。甘ったるいと言えなくもないが、不思議と嫌らしさはない。
ピーチ味も、なるほど確かに桃の風味を感じる。色も、ほんのりと色づいた桃色がヨーグルトの白の中で綺麗だ。
「うーむ、美味い」
疲れた身体に染み渡る。これだけで、おやつとして充分な一杯だ。値段は高めだが、中には刻まれた桃の果実も入っており、納得できる内容だ。
「そっちも飲ませてくれよー」
ずぞぞぞっとマンゴーラッシーを啜っていたリリスが、ちょいちょいと俺の方へグラスを差し出す。交換しようという提案らしい。俺も丁度マンゴーの方が気になっていたので、ほらよとピーチのグラスをリリスに差し出す。
「デザートが来る前に飲んでしまうな」
「うまいうまい」
リリスは、にこにことグラスに指を突っ込んで桃の果実を取ろうとしている。右手がヨーグルトまみれだが、まぁ何も言うまいと俺はストローに口を付けた。
「ふむ。……こっちの方が美味いな」
吸い上げたマンゴーラッシーが、舌の上を流れていく。やはり、王道の味だ。ヨーグルトの酸味と、マンゴーの酸味。ダブルパンチのようで、ねっとりとしたマンゴーの甘みがそれらを纏め上げる。
先ほどのピーチも美味かったが、やはり年期の違いを見せつけるようだった。
というより、マンゴーって急に出てきたよなぁと俺は記憶の糸を手繰る。いや、勿論昔からマンゴー自体はあるのだが。こう、何でもかんでもマンゴー味が出現しだしたのはここ数年だ。一時期のナタデココに通じるものがある。
しかし、消えない。まぁ、そうだろうなぁとは思う。ただ単純に、マンゴーが美味いからだ。案外かなり流行ったものでも、その後定番として定着するまでに至るものは少ない。そのポテンシャルが、マンゴーにはあったということだ。
「……ふぅ」
すっかり満足してしまった舌を水で洗い流しつつ、俺は女性だらけの店の椅子に腰掛けた。




