第13話 出張先で。屋台の焼きそば (後編)
「どうだ、食えるか?」
「うまいうまいっ」
ゆったりと歩きながら、俺は横で焼きそばを頬張っているリリスを見やる。食べ歩きは行儀が悪いとも言うが、まぁ祭りのときくらいはいいだろう。
「よし。牛串を一本買っていこう」
まずはと、俺は気になっていた牛串の店に目を付ける。要はステーキ串だ。しかし、独特なソースを身に纏った牛肉は何とも美味そうである。
「……結構高いな」
さっそく一本購入し、俺はちらりと店の前の値札を見つめた。ちょっとした定食屋でランチが食えるくらいの値段である。まぁこれもお祭り価格かと、俺はずっしりとした肉に目を落とした。
「んぐっ。……ふんふん。うん」
みちりと肉を食いちぎって、俺はもぐもぐと咀嚼していく。半分に食い千切っても、串に残り続けるような大きさだ。この食べ応えなら確かに、これくらいの値段はするかもしれないと俺はむぐむぐと口を動かす。
美味い。何というか、安物の肉であることは分かるのだが、それが逆にいい感じだ。少々ぼそっとした肉の繊維に、甘ったるいタレがよく合っている。
「あたしにもくれよー」
まだ焼きそばを食べているリリスに、俺は待ってろと肉を容器の中に落としてやる。ぐいっと三つほど串から外して、焼きそばの上に置いてやった。
「あむっ。……うめぇっ!」
にこにこと肉を食べるリリスに、俺はそうかと頷く。こんなに何度も出てこられると、いい加減こいつの好みも覚えるというものだ。基本的にリリスは、肉ならとりあえず美味いと叫ぶ。
「ふむ。飲み物も欲しいな」
ぺろりとタレが付いた指を舐めながら、俺は屋台の脇を見つめた。だいたいの店でペットボトル飲料を売っている。次の店で一緒に購入しようと、俺はふんふんと先へ歩いた。
「それにしても人多いなっ!」
「まぁ祭りだからな」
俺の後ろを、とてとてとリリスが付いてくる。もぐもぐと食い散らかしながら、リリスは興味深げに人間界の祭りを眺めた。
「……祭りは初めてか?」
「んーや。何度か呼ばれたことはあるよ。でも、こんなに豪勢なもんじゃなかったなー」
ほぅと、俺はリリスの話に耳を傾ける。まぁ、まともな祭りが悪魔を召還するとも考えにくい。密祭のようなものだろうかと、俺は勝手に想像する。
「なら、気になるものがあれば言えばいい。買ってやる」
「ほんとかっ!? はは、今日は何かいい奴だなっ」
ぱぁと笑顔になったリリスが、俺の腹を叩いてきた。おかしい。今までも、こいつの飯は全部俺が奢って来たはずなのだが。”今日は”とはどういう意味だろう。
「なにがいいかなー」
はてと考え込む俺を横目に、リリスはうーんと屋台を見ていく。追い抜かれた俺は、はぐれないようにリリスのゴスロリ服の後をゆっくりと付いていった。
「あっ、なんだあれっ!」
きょろきょろと前を歩いていたリリスが、くるりと俺に振り向いた。指さした先を見てみると、そこには赤いタイヤキの文字が踊っている。
「タイヤキか。そういえば、案外食べないな」
「これっ、この魚食べようっ」
リリスは興味津々という感じで、タイヤキの屋台をふんふんと凝視していた。それを見て、さしもの俺も笑ってしまう。
「くくっ。そうだな。この焼き魚でも食べるか」
「おうっ!」
序盤に甘いものというのもどうかと思うが、今回ばかりは話が別だ。このアホ悪魔の驚く顔を想像して、俺は財布を取り出した。
「ほれ。熱いから気をつけて食え」
「やったっ。……変わった魚だなー」
包み紙にくるまれたタイヤキを渡すと、リリスがはてと首を傾げる。近くで見て、どうやら違和感を感じたらしい。
「鯛という魚だ。高級品だぞ?」
「はぁー。それでタイ焼きかー」
しかし、俺の説明に納得がいったようだ。あーんと大きく口を開けてかぶりついた。それを見て、俺もタイヤキを小さく口に運ぶ。
「って、甘いっ! この魚甘いぞっ!」
もぐもぐとタイヤキを賞味している俺に、リリスが驚いたように顔を向けてくる。それに、俺は適当に答えておいた。
「凄いだろう。それが鯛だ。高級品だぞ?」
「はぁー。こりゃあ高いわ」
しみじみとタイヤキを見つめるリリスに、俺はぶっと吹き出してしまった。リリスがひょいと振り向くが、何でもないと横を向く。
「……くっ、ぶふっ。どうだ、美味いか?」
「うんっ! うまいっ!」
がぶがぶと腹からタイヤキを食べるリリスを、俺はよかったなと見下ろした。そして、妙な食べ方をしているなとリリスのタイヤキを見つめる。
頭からか尻尾からかとはよく聞くが、お腹から食う奴は初めて見た。まぁ、本物の焼き魚ならそれは結構正しい。
「俺は頭からだなぁ」
「……頭も食えるのか?」
俺の真似をして、リリスも頭にかぶりつく。ほんとだと顔を輝かせているが、そういえばどうして頭から食べてるんだろうと俺は疑問に思った。
しかし、包み紙からは頭が飛び出しているし。それに、頭を模したものが最後まで残っているというのが何となく嫌だ。目が合うと妙な気持ちになってしまう。
そういえば、昔に白いタイヤキというものが流行ったことがある。妙にもちもちとした、その名の通り生地が白いタイヤキだ。
あれは、正直いまいちだったなと俺は思う。新感覚なのは分かるのだが、タイヤキである必要は特になかった。やっぱり、タイヤキにはこの香ばしさは必要だ。何処にもかしこにもあったイメージだが、あの白いタイヤキの群は何処へ消えてしまったのだろうか。
そんなことを考えながら、俺は出店の提灯をゆっくりと見つめるのだった。
ーー ーー ーー
「……大丈夫か?」
「うっ、ぐぐっ。もう持てないぞ」
数十分後、俺は食べ物の山を抱えているリリスをぼんやりと見つめた。
たこ焼きにクレープ、イカ焼きに唐揚げ。パスタの揚げた奴を抱え込んだリリスは、よたよたと祭りの中を歩いている。
「あんたも少しは持ってくれよ」
「うーむ。仕方ないな、パスタだけ持ってやろう」
リリスの指摘通り、ペットボトルのお茶しか持っていない俺の左手は空いている。流石に転けられてもしゃれにならないので、俺はリリスの腕から揚げパスタをひょいと引っこ抜いた。
「……喉が乾くなこれは」
ボリボリと、チーズパウダーが振りかけられた直線のパスタを噛み砕く。最初の数口は美味いが、食べていく内に口の中の水分を全て奪われていく感じだ。見ると、もう要りませんという顔で揚げパスタを見つめている人々が、人混みの中にも大勢いる。
アーケードには飲食禁止の店も多いし、この揚げパスタを購入したせいで身動きが取れなくなっている人も居るのではないだろうか。
「はふっ、はふっ」
じぃと、俺はたこ焼きを熱がりながら食べているリリスを見やった。イカ焼きも美味そうに食っていたが、イカやタコは大丈夫なのだろうか。外国の人は苦手なイメージがあるが。
「……お前、イカだのタコだの食えるんだな」
「ん? そりゃ食うだろ。美味いし」
もしゃもしゃと口を動かすリリスに、そんなものかと俺はペットボトルに口を付ける。考えてみれば、悪魔には逆に親しみ深いのかもしれない。
「祭り楽しいなっ!」
クレープでも貰おうとした俺に、リリスが笑顔で黄色い包みを差し出した。中身はチョコバナナ。クレープといったら、チョコバナナだ。
「……そうだな」
俺は、その差し出されたクレープをしっかりと受け取る。アイス系にしないで正解だった。溶ける心配もないと、クレープにかぶりつく。
甘い、甘ったるい味だ。安物のクリームに、安物のチョコソース。
クレープは、やはり店で食べる方がいい。皿の上の奴を、ナイフとフォークで食すのだ。食べ歩きのクレープは、女子高生の特権だろう。
「あっちの店にも行こうっ!」
リリスが、早く早くと俺に振り返る。そんなに急いだら転ぶぞと、俺は呆れたようにチョコソースを指で拭った。
粉っぽさのなくなった口の中を、今度は安っぽさで埋めながら、俺はくすりと笑みをこぼす。
今日だけは、人混みの波もいいかもしれない。
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