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第12話 出張先で。屋台の焼きそば (前編)

「おいおい。どうなってんだこりゃ」


 人。俺は目の前の人混みを、困ったように見つめていた。

 仕事の関係で、隣の県まで来てはみたものの。駅の人だかりの様子に、訳も分からず俺は狼狽える。


 田舎から都会に出てきたときも衝撃を受けたが、今回はそれ以上の人だ。地方都市の駅にしては、少々あり得ない人数である。


「祭りでもあるのか?」


 そんなお決まりの台詞を呟きながら、俺は人の間を縫うように前に進んだ。出口の外は、見たところ身動きが取れないほどではなさそうだ。


「……ふぅ。まったく、何なんだ一体」


 人の波から何とか抜け出した俺は、一息付いたように人の居ない隅の方へと足を向ける。一度落ち着かないと、今日泊まるホテルの場所を探すのにも手こずりそうだ。


「って、ほんとに祭りか」


 人の群を眺めていた俺は、そこで初めて壁に貼られているポスターに気が付いた。どうも、今日と明日はこの地域の祭りらしい。少々季節はずれな気もするが、祭りの起源なんてその土地それぞれだ。


「しまったな」


 隣の県に住んでいるが、この祭りのことは確かに聞いたことがあった。事前に分かっていればホテルの場所をずらしたのにと、俺はぽりぽりと頬を掻く。


「うーむ。よわったな」


 楽しそうな人々とは裏腹に、俺の心は曇り空だ。というのもこの私、祭りというものがあまり好きではない。

 祭り自体を否定はしないが、とにかく人混みが苦手なのだ。人が集まるところは、空気も悪いような気がする。


「……げっ。あっちの方向か」


 ついついと見下ろしていたスリムフォンの画面に、俺は苦々しく口を曲げた。そこに表示されたマップによれば、目当てのホテルへ行くにはあの人の波に飲まれなければいけないらしい。


「飯もまだだってのに。どうしたもんかね」


 本来ならば、ここら辺で良さげな店を探して夕食にする予定だった。その後軽くバーでも行って、一人の時間をどうせならと満喫する予定だったのだが。

 こうなってしまっては仕方がない。俺は嫌な顔を隠しもせずに、妙に派手な看板のアーケードへと足を向けるのだった。





 ーー ーー ーー





「……思ったよりかは、ひどくないかな」


 出店祭りと化したアーケードの中を眺めながら、俺はふーんと周りを見渡した。きちんと進行方向で人混みは二つに分かれていて、思っていたよりかは窮屈さを感じない。


 夏祭りではないためか浴衣の女性は少ないが、それでもちらほらと妙に豪勢な浴衣のようなものを着込んでいる女の子達が目に映る。まぁ、ああいう装いも別に構いやしないだろう。

 どちらかというと、スーツ姿で男一人歩いている自分の方が目立つくらいだ。


「まぁ、でも。おっさんも結構居るな」


 しかし、周りを見れば俺のような男性も結構居るようだった。近くにオフィス街があるからだろう。中には数人で祭りを回ろうという若さ溢れるおじさまも見かけられる。

 うちの会社ではまずない光景だなと、俺は仲良さそうに夜市を見ているおっさん三人組に目をやった。


「……んっ? ほぅ」


 何だかんだで祭りの雰囲気を探っている俺の鼻に、香ばしい匂いが飛び込んでくる。その誘惑性の高い香りに、俺はくんくんと鼻を向けた。


「焼きそば、ですかぁ」


 鉄板で焦げた、ソースの香り。嗅ぎ慣れている香りだが、こいつの匂いはいつだって巧妙だ。ぐぅと、元々空いていた腹がもう我慢できないと音を立てた。


「出店の、飯か。そういえば久しく食ってないな」


 そもそも、祭りが苦手で行かないのだから食う機会も少ない。正直、もう五年以上も前ではないだろうか。

 そういえば、そのときの相手は今どうしているんだろうかと頭によぎる。紫を基調にした浴衣がよく似合っていた記憶はあるが、顔も含めてあまり思い出せない。


「五年前かぁ……」


 その頃といえば、俺もまだ二十代前半だ。その人とのデートでは、ロースカツを頼んでいたんじゃないだろか。

 ただ、特に哀愁に駆られるということもなく、俺は昔を思い出しながら並んでいる出店を眺めていく。


「ふむふむ。さすがに種類は豊富だな」


 焼きそば、たこ焼き。クレープにリンゴ飴。変わったところでは牛串なんかも売られている。子供の頃にはなかったなと、俺は興味深げに屋台を物色していった。


「せっかくだし、夜は屋台ですますか」


 何だか、出店を見ていると少しだけわくわくしてきてしまった。


「あまり食わせて貰えなかったからなぁ」


 割高というのもあるが、母がこういうものを子供に食べさせるのを嫌がる人だった。そういえば、一度だけ父にこっそりと焼きそばを買って貰ったことがある。母さんには内緒だぞと、家に帰るまでに急いで食べた。


「あれは、美味かった気がするなぁ」


 正直なところ、俺が子供の頃の屋台の味だ。実際は美味いとはいえないような出来だろう。それでも、あの日の焼きそばの味は妙にいい思い出として残っている。


「……焼きそばにするか」


 そんなことを考えていると、ふらふらと足が勝手に屋台に向いていた。じゅうじゅうと鉄板の上で焼かれる茶色い麺に、ごくりと喉が鳴ってしまう。


「ひとつ貰えるかい?」


 列にはなっていたが、大量に積み重ねられているおかげですぐに購入することができた。渡された容器は思いの外熱く、俺はよしよしと人の流れの隅に移動していく。


 あの作り置きの量でこの熱さということは、人気な証拠だ。ちらりと見てみると、なるほど客の回転が速い。


「そうそう。こんな具がいいんだ」


 ぱかりと容器を開け、解放された湯気が顔に触れた。熱々だ。俺が眼鏡だったら、曇って見えなくなっていただろう。

 ソースの香りに腹を刺激されながら、俺は焼きそばを割り箸でほぐしていく。具は、シンプルにキャベツと人参。それに、細切れの豚肉。それぞれの具は小さくて控えめだが、この麺たっぷりという感じ。逆に祭りの焼きそばとしてはいいんじゃないか。


「うん。美味い」


 そのたっぷりとした麺を、これまたたっぷりと割り箸で口に運ぶ。頬張る程に焼きそばを詰め込むのが、何とも祭りらしくて楽しい。

 味はソース味。当然だが、直球勝負だ。しかし、その潔さが見事に美味い。やはり焼いたソースというのは、ただ付けるだけよりも魅力的な気がする。


「……うーむ、美味い」


 ずるずると焼きそばをすすりながら、俺は人混みの向こうの屋台を見つめた。この焼きそばも美味いが、出張先の夕飯がこれだけというのも味気ない。どうせなら、色々と食ってみたいところだった。


「しかし、これを持っては移動できんな」


 ちらりと、焼きそばを見下ろす。半分は食ったが、それでもまだ結構な量が残っている。若い時分ならともかく、スーツ姿で食べ歩きというのもいただけない。ただ、これを全部食べてしまってはそれだけで腹が膨らみそうだ。


「うーむ」

「おおっ!? なんだ、人間がいっぱいいるなっ!? 祭りかっ!?」


 どうしたもんかと悩んでいると、横から聞き慣れた声が耳に入ってくる。そういえば、こいつが居たなと俺は顔を声の主の方に向けた。


「なんか、上京したての田舎者みたいになってるぞ」

「まいどまいど、失礼だなあんたは」


 リリスの方へ声をかけ、リリスがむぅと眉を寄せる。しかし、俺の手元を見つめてあっと口を開けた。


「ああっ。ずるいぞ自分だけっ」

「ずるいわけないだろ。ほれ、残りはやるよ」


 そう言って、俺はリリスに焼きそばの容器を渡してやる。今回、リリスが出てきた理由ははっきりしている。というより、今までで一番でかしたと言えるかもしれない。


「へへ、うまそうだ。……あっ、なぁ。フォークないぞ」

「んっ? あぁ、麺類だからか。……しまったな。すぐには用意できんぞ」


 割り箸を見せつけてくるリリスに、俺は困ったように当たりを見渡す。今までは店の人のご好意に助けられていたが、ここではそこまでは期待できない。


「百均かどこかで……。おっ」


 買うしかないかと頭を掻く俺の前で、リリスはそれならいいやと割り箸を焼きそばに突っ込んだ。やや強引ながら、かきだすように口に焼きそばを持って行く。


「まぁ、少しだけそれで我慢しろ。フォーク買ってやるから」

「ふぉんとふぁ?」


 焼きそばを口一杯に頬張りながら、リリスは嬉しそうに顔を向けた。それを見て、俺もくすりと笑ってしまう。


「さて、回りますか」


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