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カレとカノジョの不可思議コード  作者: 青生翅
Is this illicit sexual relations?
3/19

 



 夕飯は要望通りにカサゴの煮つけだった。それと油揚げの巾着焼き、エノキと大根の和え物、キュウリの浅漬け、炊き立てのご飯と大根の葉の味噌汁が食卓に並ぶ。

 和食も洋食も中華も、呆れるほどにレパートリーが多くなっている。

 お味噌汁をすすると、おふくろの味ってこんなかぁと思った。脩さんはおふくろじゃないし、私は母さんの味噌汁というものを飲んだことがないけれど。

 満足気な私を見て、脩さんは微笑みを深くしていた。何なんだろう、この奉仕趣味は。

「おいしいよ」

 食べる側として、伝えるべきことはきちんと伝えねば。

 今日の出来もいいと言う私に、それはよかったと脩さんが応えた。

「お弁当の卵焼きも綺麗だった。もう私よりぜんぜん上手だよね」

「最初が酷かったからなおさらそう思うんだろう?」

 そう、私は脩さんの家に泊まっているとお弁当まで持たされる。冷凍食品なんて一つもない、いかにも女子高生って感じの、ちまっとしている割に品数が多くてカラフルなお弁当を。

 凝り性もここまでくるとすごいもんだ。これが本当に十ヶ月前まで野菜炒めしか作れなかった男の姿だろうか。

 同級生が褒めちぎる出来の弁当が、私の作品でも母親の作品でもないとなかなか言い出せない。なぜって脩さんという存在がどういうものかを説明できないからだ。麻子でさえ理解できないこの奇妙な関係を、簡単に口に出せるはずがない。

「脩さん、そういえば仕事はいいの? そろそろ詰めなきゃいけないって言ってなかったっけ」

 詳しい仕事のことは知らなくとも、まったくのニートじゃないのは確かなのだ。期限が迫ってるとか、そろそろやらなきゃとか言っていた気がする。

「そうだね」

「……それだけ?」

「明日あたりから詰め始めるけど、だからって慧香が気にすることは何もないから」

「いや、忙しくなるなら朝ごはんとかお弁当とか夕飯とか……とにかく諸々しなくていいし。私がやるよ。それが必要ないんだったら家に戻る。仕事の邪魔なんてしたくないもの」

「どう転がっても慧香が邪魔なんてことは有り得ないから大丈夫」

 言い切りましたよ、この人!

「それになんていうか……もう習慣になったからなぁ。慧香がきちんと食事してるところを確認しないと、仕事の方が手につかない」

 ……信じられない。いろいろ信じられない。

 だってこんなセリフまで吐いておいて、この男はそれでもまったく私に対しての欲望を持っていないんだろうか。こういうことを考えると落ち込むんだけど、そこまで女としての魅力がないのか私。麻子が言うような生物本能に訴えかけるものが足りてないんじゃないのかな。フェロモンとか。

 脱力して疲れ切った私の姿に何を思ったのか、そういうことでと脩さんは話を切り上げた。

 食べ進める夕食の美味しさがかえって悲しい。

 いつの間にかこんな奇妙な生活に慣らされた私は、いったいどの段階でこの人と縁を切っておくべきだったんだろう。それとも出会いの段階で手遅れだったんだろうか。




 夕食の後はそれぞれ自由に時間を使う。

 私は脩さんに一部屋を好きにしていいと与えられている。もう本当に至れり尽くせりだ。

 私はたいてい毎日出る課題を片付ける。日本有数の資産家の息子やら娘やらが通うだけあって、弥代学院の高等部はその学力レベルでもトップクラスだ。高校卒業と同時に家庭に入る女子生徒も多いというのに、目指す理想像の良妻賢母の“賢”はがっちり数字上でも必要らしい。自習時間に開いているだけだった数学の課題はそんなに難しくはなかったものの、問題数は多かった。

 一時間それにつぎ込んだ後、読みかけだった課題図書に取り掛かる。現代文の先生は本好きで、私たち生徒にも日々の生活に読書時間が必要だと説いた。そのせいで一ヶ月に一度は、指定された課題図書の感想文を提出させられる。活字に拒否反応が出るという麻子なんかは、初めからあらすじだけで感想を書く気満々だ。

 それも一時間。勉強なんて毎日このくらいやれば充分だろうと、怠惰にもなれなければ懸命にもなれない私は思っている。だから毎日きっかり二時間でやめるのだ。

 部屋を出てリビングに行くと、今日の脩さんはクロスワード・パズルを解いていた。仕事を明日から詰めると言ったからには、今日までは本当に慌てたりしないらしい。

 私はキッチンでブラックのコーヒーとカフェオレを作って、ブラックの方を脩さんの目の前に置いた。

「ありがとう。課題は終わった?」

「うん」

「明日のおかずはミートボールだよ」

 私が課題をやっている間に、脩さんは夕食の後片付けとお弁当の準備を済ませてしまう。本当に何でもそつがない。朝には冷凍庫に入れたそれらをお弁当箱に詰めて持たされて、お昼に食べる頃にはしっかり解凍されている。

「ミートボール、好きだよ」

「知ってる」

 くすりと笑って、脩さんはパズルに意識を戻した。特に何をすることもなく、私はこうやって脩さんのやることをぼんやり見ていることがある。特別面白いわけじゃないんだけど、退屈はしない。

 脩さんは今日のように一人遊びをするときもあるし、見た目に似合わずテレビゲームをするときや、DVDを見るときもある。二人で格闘ゲームに夢中になるのはしょっちゅうだ。はじめこそ子供な私に合わせているんだろうかと思ったけれど、そういうわけでもないらしい。

 ガラステーブルに覆いかぶさるような体勢の、その首筋が綺麗だった。案外男らしい筋の通った首筋が、私は密かにお気に入りだったりする。見ているとなんていうか――噛みつきたくなるんだよね。脩さんに驚かれるからというよりは、特に驚かれなさそうだからやらないけれど。

 22時半くらいを目途に私はお風呂に入って、入れ替わりで脩さんも入る。

 お風呂から戻った脩さんは、自分の髪もそこそこに私の髪をドライヤーで乾かすのだ。こればっかりは照れ臭いのでやめてほしいと主張してみたことがあるけれど、数ある世話焼きの中で脩さんはこれが殊更楽しいらしく、必然的に私が諦める運びとなった。一日を通して思うは、すっかりぐうたらな私が出来がっているということだ。


 そして今日も来るのだ、最後の最後、私が最も納得できない時間が。

「じゃあ寝ようか」

 あっさり言ってくれる脩さんはリビングの電気を消して歩いて行ってしまう。

 私がついてくることを微塵も疑っていない背中だ。脩さんの部屋へと続く扉までには、私が勉強で使っている部屋もあるというのに。そこにだってシングルベッドはあるんだぞ! わかってるのか!

 ……声には出さずに、私は脩さんの部屋に行くんだけどね。

 脩さんの部屋は、いわば寝るためだけの部屋だ。クローゼットの他はダブルベッドしかない。濃いグレーのシーツが敷かれたそこに、今日も私は何も言わずに横たわった。何の躊躇も含むところもなく脩さんも隣に入ってきて、掛布団をきっちりかけられる。

「慧香、おやすみ」

 ちゅっ、と額に落ちる熱。おやすみのキスなんてものを素でやる日本人なんているのかと、私が当初衝撃を受けたのは仕方がない。まだお返しを求められないだけマシだと思う。

 脩さんは私の体温が好きらしい。自分の顎の下に私の頭が来るように抱え込んで、まるで抱き枕のように眠る。毎日のことだ。


 こうなったきっかけは、私がこのマンションに頻繁に訪れるようになって、まだ半同居には至っていなかった頃にあった。成り行きで泊まることになったその頃は、まだ勉強部屋にベッドがなかった。ソファで寝ると言っても聞き入れられず、だからといって家主をソファで寝せるのは嫌だと主張した結果、お互いに譲らない私たちは同じベッドに横になった。私もそれまでに散々譲り合いで声を出しまくっていたものだから、緊張なんて感じる間もなく朝までぐっすり眠ってしまったのだ。

 その日から、脩さんは私の体温をたいそうお気に召した。半同棲が強制的にスタートしてシングルベッドが用意されたものの、あれは脩さんの形ばかりの行動でしかなかったように思う。私はその後も脩さんに促されるままに一緒に寝てしまっている。

 本当に本当の意味で、心安らかな気分でいるわけじゃないのだ、一応言うけれど。

 脩さんはの方はともかく、私は普通の値に収まる女子であると思っているわけで、異性が隣にいればそれなりに心拍数は上がる。けれどそれも五分としないで落ち着いて、そのうちには眠り込んでしまう。

 だって私だけが意識するなんて馬鹿みたいなんだもの。

 私を抱きしめる脩さんの手のひらには何もない。私に対する欲望は欠片もないのだ。


 同性愛者じゃないことは確認済みだったりする。

 恥ずかしいことに、この状況に堪り兼ねて訊いたことがあるからだ。自分から恥をかきに行く行動を取ったのは、思えばそれが初めてだ。

『ゲイ? 初めて言われたな』

 違うよと笑った脩さんは、過去に彼女も居たと言うし。

 じゃあおまけに妹はいるかと訊いてみたのだ。極度のシスコンで、妹代わりに私を愛でているのだったら納得がいくと思って。

『いるのは姉だね。すごく強くてたくましい姉。鉄の女って呼ばれてたり』

 ……シスコンの線もなかった。




 わからない。脩さんが私を何だと思っているのかがわからない。


 疑問が消えたわけじゃない。それはいつだって私の心の奥底で主張している。一体全体、このわけわからんな関係をどう説明するつもりだと。そして脩さんは何をどういう思考回路で私に構うんだと。

 けれど毎晩、きちんと眠気は訪れる。脩さんによってもたらされる規則正しい生活が、私の警戒信号をいうものを麻痺させてぐずぐずに溶かしているようだった。 








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