表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
カレとカノジョの不可思議コード  作者: 青生翅
Is this illicit sexual relations?
2/19



 私が密かに“不思議さん”と名付けたその人は、佐野脩という。二十五歳、男性。

 麻子が言ったように、実のところは不思議なんて言葉で収まらない人物だ。

 住んでいるのは高層マンションの一室。4LDKに一人暮らし。いや、最近では私がいるので二人暮らしか。そのうち書斎として使っている部屋には、恐ろしいくらいに立派なパソコンやらその他の周辺機器で埋め尽くされている。どうやらそれで稼ぎを生み出しているようだけれど、いったい何の仕事をしているのかは訊いたことがない。完全に在宅というわけでもなく、ときどきは仕事場に行くと言っていたから、もしかしたら有りえないけど会社員なのかも。

 うん、まったくよくわからない。

 私と出会うまでは車の免許を持っていなかったはずなのだけど、いつの間にか黒いスポーツカーに乗るようになり、下手すると私を学校まで迎えに来たりする。もちろん先生たちの目が怖いから、学園の目の前はやめてくれとお願いしている。

 一人のときはそれまで通り大型のバイクを乗り回しているみたいだ。

 それまでの外食生活もやめたようだ。初めこそ何味だかもわからない料理を作っていたけれど、一度やり始めたら極めたくなるのか、今ではプロ並みに腕が上がった。

 何でも私の健康管理のためらしく、目標としては私をもう少し太らせたいみたい。

 肥えたら食べる気かと貞操を危ぶんだのはもうずっと前のことで、いまでは乙女として太らされるのはどうなんだろうとか、そのくらいにしか思っていない。ようは美味しいものの前では些事は消えてしまう。私の悪い性質かもしれない。

 私のためにと次々に生活を変えていった脩さんだけど、禁煙だけは出来ないみたい。それでも書斎でしか吸わなくなって、私は服の端からその匂いに触れる程度だ。

 金持ちの御曹司みたいな悠々自適そうな生活のくせに、服装はけっこうラフだし、特に趣味もないのか派手に散財している様子もない。

 そういうところが変に私も警戒心を抱かなかったというか、もっと大げさにハイクラスな日常だったら近づかないでいたと思う。私立弥代学院は、初等部・中等部・高等部・大学までエスカレータ式の、名だたる資産家のご子息ご令嬢が通う有名校だけれど、私のような一般庶民もいることだし。


 ここまでくると、金持ちの男にかしずかれて玉の輿に一直線かという状態に思えるけれど、そんなんじゃないのは私が一番よくわかっている。

 だけど、佐野脩という人がやることは完璧で、その動機は一切不明。


 恋しい相手というわけでもなく、血縁関係にもない一介の女子高校生である私に、これほどまでに尽くして執着する理由がどこにあるんだろうか。




 今日こそは自分の家に帰ろうかなんていう心を読み取ったのか、学校の正門から出て敷地を仕切る柵伝いに歩いていると、周囲から浮いている黒いスポーツカーを見つけてしまった。

 緑の多い高台にある弥代学院中等部・高等部周辺はいかにも品のいい空気が漂っていて、生徒の中には黒塗りの車で乗り付ける生徒がいない訳じゃない。

 けれどあの黒はダメだよね。長くもなくてコンパクトだけど、あれはいっそ悪目立ちというものだ。

 ああいった目立ち方が常日頃な生徒も、いるにはいる。通称<國江邸>と言われる特別寮に所属している人間などは、弥代学院に嵐を巻き起こす存在として有名だったりするし。たしか同学年の男子クラスに、今年<國江邸>に入寮した生徒がいたはず。

 でも何度でも言いたい。私は一般庶民なの。平穏無事がモットーなのに。


 下校途中の何人かの生徒が、きゃあきゃあと小声で騒ぎながら通り過ぎていく。私もあちら側の人間だったなら、同じように楽しい野次馬が出来たのに。


「えか」


 呼ばれたその響きは別に相手がそうしたわけじゃないけれど、なんだか子供っぽい。それはまぁ私の名前がいけないから仕方がない。「慧香」と書いて「エカ」という風変わりな響きが私の名前だ。


「脩さん、学校には来ちゃダメだよ」

 ただいまと小声で付け足して、それでも私は逃走だけはしなかった。逃げれば追う。野生の肉食獣と同じとは言わないけど、きっと脩さんにも同じ習性があるに決まってる。

 車のドアに寄り掛かって私を待っていた脩さんは、ブラックジーンズに白いTシャツ。ラフすぎる恰好がここまで決まってしまうのも困りものだ。アクセサリーの一つもつけず、この服装を別な男性がしても同じようにさわやかには見えないだろうな。むしろ野暮ったいというか、ファッションに興味がないように感じるだろう。だからと言って脩さんが特別おしゃれなわけじゃない。むしろ服なんてどうでもいいと思ってる部類の人だ。

 憎たらしいことに、金と能力に恵まれた脩さんは、外見にも恵まれていた。小柄な私より三十センチは高い背、細身の体。女性的とまでは言わないけど、丁寧な作りの顔は基本的に好青年っぽい。でもクセの強い黒髪の艶や、目の下にぽつんとある黒子なんかが、それを駄目にしている。悪いという意味の駄目じゃない。爽やかなだけの人間よりも、ちょっと影があるくらいの方が女ってのは魅力を感じるものだって言うし? まぁ、そういう感じの余計な色づけなのだ。

「慧香は嫌がるけど、俺は毎日だって迎えに来たいんだけど?」

「よして。私の平穏な日常がどっかに行っちゃうでしょ」

「むしろ慧香のために言ってるんだよ、俺は」

 ああ、この人はぜんぜんわかっていない。

 アレ誰? 一緒にいる人は誰? めちゃくちゃかっこいい!……と、小さな声ながら無遠慮な視線にさらされているこの状況を、少しはわかってほしいのよ、この注目の的め。

 脩さんが助手席のドアを開けて、私を促す。どこぞのお嬢様なんだろうか、私は。こういうことをさらりとやってのけちゃう男と、何の関係もありませんと言ったところで誰が信じてくれるというのか。

 反対側に回って乗り込んできた脩さんに、私はちょっと苦い口調で言った。

「本当に、学校はもう駄目だよ。こういうことにうるさいの」

「こういうこと?」

 不思議そうに脩さんは首を傾げた。ああもう、エンジンをかけて運転しながら会話してほしい。早くこの場を離れたいのに。

「今日ね、不純異性交遊っていう問題が騒がれている日なのよ。脩さんだってそんな誤解受けて騒がれたくないでしょ?」

「俺と慧香のどこが不純なの」

 心底おかしそうに笑う脩さんは、ようやくエンジンをかけた。ボタンを押すタイプの車って、いまだにちょっと慣れない光景だ。

 免許を取ってそんなに立ってないはずなのに、まるで何年もしてきたかのように脩さんは滑らかな運転をする。おかげで車酔いをしやすいはずの私も、脩さんの運転では一度もない。

「事実がどうかじゃなくて、他人からどう見えるかってこと」

 通り過ぎる景色を見つつ、こんな言葉が脩さんに響かないことを私はわかっていた。

 世間一般の常識よりも、完全に自意識を優先する人間だから。そうじゃなきゃ女子高生を囲うような真似はしない。囲うっていうよりは、飼われている感じだけれど、自分が餌を与えられては檻に戻される様子を思い描くと気分が暗くなるから、言い方はそのままで。中身が変わらないとしても、ヒトとしての一線は守りたいじゃないか。

「どうにか見られたら慧香は困る?」

「……困るよ」

「そ。じゃあ気を付けるよ。学校から離れたところに待ち合わせ場所でも決めようか? それなら俺が迎えに行ってもいいでしょ」

 これ以上どれだけ構い倒す気なんだろうか……。私はちょっぴり頭がくらくらしたのを自覚した。

「だから、帰るのくらい一人でも平気だよ」

「世の中は物騒だから。慧香も怖い目に遭いたくないだろ」

 脩さんの方が怖いときが多々あるよ、と言ってやりたい。この人、自分が危ない行動を取っているって本当にわかっていないんだろうか。

「それなりに用心してるよ。……ねぇ、それより。私、そろそろ家に一度帰ろうかと思うんだけど。さすがに二週間も留守にするのはどうかと思うし」

 言った。ついに切り出してやった。

 でも、脩さんの顔色はまったく変わらない。

「必要ない。慧香のお母さんはまだ帰ってないから」

「……なんでわかるの?」

「なんでも。そんなことより、今日の夕飯はどうしようか。カサゴがあるから、煮つけか唐揚げか……慧香はどっちがいいかな」

「――煮つけ」

 もう何も言うまい。

 何故か私の家のことを本人より知っていることも、それらを「そんなこと」呼ばわりしたことも。

 こうやって私は脩さんに対して、最後には折れてしまう。頑張って抵抗するよりその方がずっと楽だから――。

「着替えは足りてる? 必要なものがあるなら買い物に寄ろうか」

「大丈夫」

 だいたい脩さんのマンションに戻ったら、脩さんの服を部屋着にしているんだし。

 制服と下着さえあれば困らない。




 前に麻子が、それのどこが恋人じゃないんだと言っていた。

 でもキスもセックスもしない恋人なんていなかろう。脩さんは私をしょっちゅう抱きしめるし、おでこや頬にちゅーもするし、夜は一緒に寝るけども。

 それだけ聞けば似たようなものかと思うけど、ぜんぜん違うんだ。性的な眼差しや思惑で触られているのか、そうじゃないかくらいは私もわかる。脩さんはそうなんだ。犬猫を撫でるように私に触って、シスコンか何かのように私を甘やかす。それで彼は満足している。


 ――わからないのは、この私というやつですから。


 脩さんがそうだとして、じゃあ私はいったいどうなんだと、毎日のように自問自答してるけど。

 その答えはさっぱり出ないままだ。  




二人の出会いはそのうちに。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ