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カレとカノジョの不可思議コード  作者: 青生翅
An abductor of Xmas.
14/19

現在にBACKです。




 “クリスマスの拉致”と銘打った出会いのエピソードに、海棠さんは腹を抱えてゲラゲラ笑い(出来る男のイメージが崩れるからやめてほしい……)、三澄さんは顔を真っ青にしていた。人間ってこんなに血の気が引けるんだと心配になるほどだ。


 話す過程で意図的に省いた部分もある。

 私と母さんのことなんかはかなり濁したし、脩さんの前で泣いたことも言っていない。きっちりと伝えたのは脩さんがどれだけ強引で説明なしに事をやってのけたのかということと、カフェの店長がどれだけ戸惑っていたかということ。

 抜き出した部分が酷いためか、結果的に残る印象はとんだ喜劇だと思う。 



「ほ、本当にやったの? くくっ……犯罪だ。やば、俺の知らない犯罪歴だ……!」



 ツボにはまったらしい海棠さんはなかなか復帰しなかった。なんか途中から感動し始めているのだけど、この人も大丈夫だろうか。

 三澄さんは「何やってるんだ佐野……」とぶつぶつ言っている。

 脩さんの身元照会をあっさり終えた後、正直言って手持無沙汰になった。私が海棠さんや三澄さんに聞きたいことなんてぜんぜんなくて、これは二人の予想外だったらしい。脩さんについての質問攻めに遭うと踏んでいたと言うけれど、お生憎様としか思えない。

 子供を騙し打ちしたのはこの二人も一緒だ。そうそう思うとおりに動きたくはない。ああ、また変な意地を張ったなぁ私は。


 だから脩さんが駆けつけてくるまで、暇潰しに披露したのが十ヶ月前の出会い話だった。

 これは海棠さんが聞きたがった。というか、私を呼びつけた理由の一つだと思う。

 脩さんの身元をばらして私が怯むこと、そして私がどんな目的で脩さんに近づいたのかを調べること。おおかたこの二つが大きな目的だったんじゃないだろうか。半分成功で、半分失敗だと思う。


「はー、笑った笑った。いやでも、あいつは本当に普段は引き籠りなのかねえ? やろうと思ったときの大胆さが危なすぎる」

 涙さえ浮かべながらそう言った海棠さんの言葉に、私も頷いてしまった。そうなんだよね。普段はインドアなのに、どうしてああなっちゃうかな。肉体はでもないのに最終的に力技で行くんだよなぁ。

「……たしかに、大学時代も少しありましたけどね」

 三澄さんのどこか遠くを見るような目。ああ、やっぱりそうなんだ。きっとこの人も被害者だ。不憫オーラがバシバシ出ているもの。




 とは言え、私は結果的に救われた側だ。

 あの後、約束通り三日は脩さんの家にいた。具合が良くなり出すと勉強道具を取り出し始める私を、ビニールテープで縛ったりとかなりギリギリのことをした脩さんだったけれど、一応その期限で帰してはくれた。

 そして二人には言っていないが、大晦日に再びの拉致。年越しも正月も脩さんと迎え、そこから弥代学院の入試の日まではマンションに缶詰め状態だった。母さんの「来年までニューヨーク」がお気に召さなかったことは明白だった。二度目は私も体力が十分だったこともあって、抵抗したり逃げ出したりと散々暴れ、渋々滞在することに折れても、今度は寝る場所で夜中までやり合ったり――同じベッドで寝る羽目になったのはそのときからだ――初回よりは粘った。けれど負けた。勝つなんて無理。 




「でもそうか。これでなんとなく、君に興味を持ったきっかけはわかった気がするなぁ」

 ふいに海棠さんが呟いたその言葉が、気にならないわけじゃなかった。

 けれど私が多少の反応を見せたそのとき、待ち人来る――だった。

 

 インターホンが鳴った。


 一度では済まず、二度三度と押される。その間隔の短さが、ドア越しでも黒い念を伝えるようだった。

 ……これは怒ってるよね。私の想像以上に怒っている。

「慧香ちゃん……頼むからフォローしてな。援護は必須だぞ」

 海棠さんの茶化しているような口調が少し真剣で、笑うに笑えない。

 溜息交じりにドアを開けた三澄さんの向こう側に、脩さんが立っていた。



「――三澄、覚えてろよ」



 開口一番いままでにないほど低い声でそう言った脩さんは、非常にゆっくりとも見える足取りで室内に入って来た。

 チャコールグレーの三つ揃えは細身に仕立ててあって、古臭さは感じない。ネクタイは金色の縞が入ったクリーム色。ポケットチーフも同じだ。けして派手な装いじゃないのに、不思議な華やかさが出るのが脩さんらしい。こんなにしっかりした服装は初めて見るのに、意外だとは思わなかった。私は頭のどこかで、この光景にいつか出会うと予想していた気がする。

 黒光りする革靴を鳴らして私の横に立った脩さんは、非常に冷ややかな目で海棠さんを見やった。

「企業の代表が途中抜けして何してる?」

「いやぁ、可愛い女子高生とお茶なんぞ――」

「どこに茶がある。三澄に俺の携帯電話を使わせたろう? わざわざつまらない催しに必要ないのに呼び出したのは、全部このためか」

「必要ないわけじゃない。言っただろう? お前が表に出るのを待ってる人の方が多いと」

「多い少ないなんてどうでもいいんだよ。俺が望むか望まないかだ」

 言い切ると、脩さんは私の方にふわりと手を置いた。海棠さんへの口調はとても鋭利なのに、手は温かかった。見下ろしてくる瞳が不安気に揺れる。心配させた。そして少し恐れているんだね。私が何を聞いたか気になるんだろうな。

「慧香。無理に何かされてない?」

「ちょっと卑怯な手で呼ばれたのは本当だけどね」

「え、慧香ちゃん! フォローしてって言ったじゃないか!」

 フォローした上での説明ですけど、何か? 自分たちを“大人”と言ったからには、子供にしてもらうことを考えちゃ駄目ですよ。

 でもまぁ、少しかわいそうだから手加減しておこう。

「でも嫌なことはされてないから平気」

「そう?」

 ならいいんだけどと苦笑しつつ私の頭を撫でた脩さんに、海棠さんは呆れたような顔をした。

「お前、その被ってる猫はどっから連れて来たんだ」

「猫って何」

 あれ、なんか既視感……。

 脩さんはもうここに用はないとばかりに、私の腕を引いて立たせると、海棠さんにもう一度目を向けた。

「訊きたいことがあるなら俺に訊けばいい。だけど慧香は巻き込むなよ」

 怖いくらい真剣な脩さんの言葉に、けれど海棠さんは怯まなかった。むしろ底の見えない深い笑みを浮かべ、身を乗り出すように腕を組む。

「でも質問されるの大嫌いだろ、お前」

「嫌いだよ。でも慧香がされるよりはマシ」

「へえ……本当に大事にしてるんだなぁ」

 ちらりと横目で私を見た海棠さんの視線は、強すぎるほどに真っ直ぐだった。

 そこでようやく――そう、ようやく海棠さんは信じたようだった。

 掴んだ脩さんと私の情報はきっとあまりに信頼性に乏しかったのだ。それまでの海棠さんや三澄さんの常識から照らして、私の存在自体が半信半疑だったかもしれない。

 でもいま初めて、海棠さんは“私”を見た。「佐野脩のお人形」じゃなくて「谷口慧香」を見ていた。

 きっとそれに脩さんも気づいたんだろう。はぁと溜息をこぼしつつ、海棠さんに小さく告げた。


「俺が慧香を見つけたんだ……構うなよ」


 懇願しているようにも聞こえたのは、きっと気のせい――。



 私の腕を引いて部屋を出ていくとき、脩さんの三澄さんの足をぎゅっと踏んでいった。ぐりぐりとドリルのような動きまで付けていた。

 だから、なんでそういうところで子供っぽいんだろう?








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