「三本の蝋燭」
それは、黒炎の騎士が現れて戦を起こし、フェンリル皇帝となる少し前の話。
「三本の蝋燭」
‘VANILLA-FIELDS’の南、‘ノーアトゥーン’の港町を燃やした戦の黒い炎は西へ西へと広がりました。
‘キュベレ台地’の南海岸に並んでいた村や街は、‘アケロン大河’に至るまで、ことごとく黒炎の騎士たちによって壊され、燃やし尽くされたのです。
その灰となった河岸の村のひとつ、‘トゥネラ’に住む妖精がいました。
名を‘トントゥ’といい蝋燭を作る職人でした。
作った蝋燭達を家の中に沢山並べては、子供のように可愛がっていたトントゥ。
夜には、共に暮らす村の‘灯の妖精ピーカ’と、その蝋燭達に火を灯して部屋を明るく照らしました。
彼は、自分の蝋燭達を村の者たちにも分け与えます。
ひとり、部屋の作業場で蝋燭を作っては、せっせと村の者たちに配って歩きます。
彼の蝋燭は評判で、その蝋燭に宿る妖精たちが、村の者たちの心を幸せにしてもくれました。
しかし、そんなトントゥの村にも、やがて、広がる戦の炎は容赦なく訪れます。
それは夕暮れ時でした。
黒装束に身を纏い、馬に跨る兵士の群れが彼の村に押し寄せました。
夕日を背に村の者たちを襲い、家々を燃やす黒い炎。
いよいよ、トントゥの家にも火が放たれました。
けれど、彼は自分が作った蝋燭達を見捨てる事が出来ず、我が子を守るように最後まで家に残り続けます。
赤い炎ですら焼き焦がし、暗い影を躍らせて燃え上がる黒い炎。
瞬く間に形を無くして溶けてゆく蝋燭たち。
そして、その黒い炎と煙に巻かれながら、トントゥは静かに息絶えるのでした。
死する彼が項垂れるテーブルには、今夜、明りが灯されるはずだった三本の蝋燭が、そのままの姿で三又の燭台に残っていました。
その三本の蝋燭に宿る三人兄弟の妖精。
名前をコティ、ピハ、ハルティといい、暗く黒く染まる家の中で、彼らも逃げずに燭台で佇んでいました。
その傍らに、逃げ遅れた村の灯の妖精ピーカが、その小さな足に纏わりつく黒い炎に追われながら転がり込んで来ます。
そんな彼女を一番上の兄であるコティが呼びとめます。
「ピーカ!」
「あなたたち、そんな所で何をしているの?」
「今、皆で相談してたんだ・・・」
「馬鹿ね、早く逃げないと死んじゃうわよ!」
「いや、僕たちはココから逃げれないし、逃げない、そう決めたんだ・・・」
「逃げないって、どうするつもり?」
「僕たちは、この部屋を照らす為にトントゥが生み出してくれた。今夜僕らは、この部屋を明るく照らす筈だった。だから僕たちはその通り、最後に部屋を照らしてみようと思うんだ。でも、赤い炎がなければ蝋燭には火が灯せないし、部屋を明るくも照らす事も出来ない。だからピーカ、逃げ出す前に、最後に僕たちに火を灯してくれないか・・・」
今すぐにも逃げ出さなければという状況ではありましたが、コティたちの真剣な眼差しにピーカが答えます。
「いいわ、分かった。火を灯してあげる。でも、私に出来るのは、灯すだけよ。そして、さよなら・・・」
そう言って、ピーカは自らの体に小さく赤い炎を灯すと、コティらの周りを優しく螺旋を描いて駆け廻ります。
すると、コティ、ピハ、ハルティ、彼らの蝋燭に弱弱しくも明かりが灯ります。
そうして、その柔らかな輝きは明るくトントゥと部屋を照らし出すのでした。
「ありがとう、ピーカ・・・」
「礼なんて、いらないわ。アンタたちって、どうしようもないバカね・・・」
そう言い残すと、ピーカは振り返る事なく部屋を後にしました。
そんな彼女の後姿を黙って見送るコティ、ピハ、ハルティたち。そして、コティが言います。
「ピハ、ハルティ。君たちが兄弟で良かった・・・」
その言葉を最後に、彼らは体が燃え尽きるまで、その命が燃え尽きるまで、静かに明かりを灯し続けるのでした。
‘野原の書’を読み終えて、ホワイト・ベリーが小さく呟きます。
「この世界には、悲しみがイッパイ溢れている・・・」
そんな彼の言葉に少し間を置くように、そして愛しげにヴァニスが答えます。
「だいじょうぶ。それでも、この世界から愛が無くなることはないわ・・・。だって私たちがいるんですもの・・・」