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『ザ・ファンタジーフィールズ』 第七章 WITHERED-FIELD  作者: メル・ホワイト・プリンス・ヴェリール
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「秘事は冬の真夜中」

あれから、毎日のようにホワイト・ベリーは‘野原の書’を開きました。


そして、今日も開いたページは白く、そのまま転寝していた時の事。


部屋のテラスから緩やかに吹き込んだ春風が‘野原の書’のページをめくります。


それは、戦によって‘VANILLA-FIELDS’の季節が止まり、終戦によって時が流れ始めた頃の話。




  「秘事は冬の真夜中」




ヴァニラ・フィールズの北部にある山々の森。


そこは、嘗て雪の妖精たちが暮らす、静かで平和な場所でした。


しかし、戦によって山は焼かれ、彼らは森を追われてしまいました。




けれど、戦が終わると、季節は冬のままでしたが山は息吹を取り戻し、その頂上には少しずつ妖精たちが舞い戻り始めていました。




ある日の事。


その日は珍しく大雪が降り、山の麓近くの森までその妖精たちの子らが遊びに降りて来ました。


久しぶりの再会を喜ぶように、彼らは雪の積もる樹氷を舞い戯れます。




やがて、その中のひとりの掛け声に雪の像を造り始めます。


かつて、この森に暮らしていた白山猫や梟、リスや白ウサギ、大きなものではトナカイまで。




彼らは、いつかこの森に、それらの動物達が帰ってくる事を願い、幾つも幾つも雪の像を造るのでした。




そして、それから幾日かが過ぎ去りました。


あの大雪の日。


妖精たちが造った雪の像の多くは昼の陽射しに溶けたり崩れたりしました。


でも一つだけ、うまく陽射しを交わした場所に一つだけ、猫の像が残っていました。




月の光に照らされる樹氷の森で、その猫の雪像は次第に氷の像へと姿を変えてゆきました。


そして、いつの間にかそれは、嘗てこの森に暮らしていた生き物の魂か、それとも山を追われて死んでいった雪の妖精の魂か。


氷の像となった猫は心を持つようになります。


そして、夜毎、月に向かってうたうのでした。


 ゜・*:.。..。.:*・゜゜・*:.。..。.:*・゜゜・*:.。..。.:*・゜゜・*:.。..。.:*・゜


 お山にこんこん 野原にこんこん


 白く積もって隠しましょう


 悲しいことも 寂しいことも


 お山にこんこん 野原にこんこん


 白く覆って歌いましょう


 嬉しいことや 楽しいことを


 そうして きっと


 私のこころは お山の上に


 貴方のこころは 野原の上に


 ゜・*:.。..。.:*・゜゜・*:.。..。.:*・゜゜・*:.。..。.:*・゜゜・*:.。..。.:*・゜ 


そんな或る晴れた日の事。


遠く南の地から逃れるように一匹の黒猫が樹氷の森を訪れます。


名をディディカと言いました。




彼は、カラダが黒いというだけで街を追われて旅をして来ました。


それは嘗て戦を起こした者が黒騎士であった為、以来、それになぞらえて黒猫は不吉とされ、あらぬ差別を受けるようになっていた為でした。


人目を避けるように、夜に紛れて森へと辿り着いたディディカは、凍てつく寒さをしのげる寝床を探していました。




そんな時、彼の耳に不思議な温もりを持った優しい歌声が聞こえてきます。


 ゜・*:.。..。.:*・゜゜・*:.。..。.:*・゜゜・*:.。..。.:*・゜゜・*:.。..。.:*・゜ 


 お山にこんこん 野原にこんこん


 白く覆って歌いましょう


 嬉しいことや 楽しいことを


 そうして きっと


 私のこころは お山の上に


 貴方のこころは 野原の上に


 ゜・*:.。..。.:*・゜゜・*:.。..。.:*・゜゜・*:.。..。.:*・゜゜・*:.。..。.:*・゜ 


その歌声につられて、降り積もる雪に足跡を連ねながら、恐る恐る森の奥へと進むディディカ。




やがて、樹氷に覆われる開けた空間に出ます。


するとそこには、カラダを月の光にキラキラと瞬かせ、詩を歌う氷の猫の姿があるのでした。




思わず見惚れるディディカに気付いた氷の猫が言います。



「こんばんは」



我に返るディディカが答えます。


 

「あっ、あ、こんばんは」

 

「あなた、ここの猫じゃないわね。どこから来たの?」

 

「南、から」

 

「南、南のどこ?」

 

「カタロニア」


「カタロニア?それはどんな土地?」


「暖かくて、陽気で、でも・・・」


「でも?」


「戦で住みづらくなって・・・」


「それで、ここに来たの?」


「うん。あっ、僕はディディカ。君は?」



その問いに暫し沈黙する氷の猫。



「分からない・・・」


「分からない?」


「ええ、というよりは、無いの・・・」


「無いって、名前が?」


「そう、私は、この森の雪で出来てるの。そして氷になって」


「そうか・・・」



どことなく途切れた会話に、思い立ったようにディディカが口を開きます。



「そうだ、それじゃあ、君の名前を決めよう!」


「私の名前?」


「うん、何にしよう・・・」



少し考え込んでディディカが、名案を思いついたように言います。



「そうだ、ケリダ、ケリダはどう?」


 

「ケリダ・・・、それは、何か意味があるの?」



その氷の猫の問いに、少し恥ずかしがるようにディディカが答えます。



「ぅ、うん、僕の故郷の言葉で---愛しい人---っていう意味・・・」



初め‘ケリダ’と聞いた時は、ピンッとくるものがなく、形式的にその意味を聞き返しただけの氷の猫でした。


ただ、出てきた言葉の意味よりも、そもそも名前を付けられる事の意味すら分からなかった自分に恥ずかしがりながらも答えてくれたディディカが何故か嬉しくなりました。


ずっと森にひとりきりで寂しかった彼女の心が、彼を求めていたのかもしれません。



「ケリダ・・・、うん、いい名前。これから私は、ケリダ・・・」



そんなケリダの気持ちを悟ってか、こうして、ディディカの逢瀬は始まりました。


ディディカは樹氷の森のケリダに近い木の根元を掘り、そこを寝床としました。


夜毎、現れるケリダとカタロニアの話やヴァニラ・フィールズの話をしました。


そして、夜明け前。


ケリダの詩を聞いては眠りに就くのでした。




そんな楽しい夜が幾日も続いたある昼の事。


ふと目を覚ましたディディカが驚きます。


なんと、樹氷の隙間から太陽の陽射しがケリダに当たっていたのです。


細く薄く弱い光でしたが、長く照らされればケリダが溶けてしまいます。




ディディカは慌てて光の出所を探します。


それは樹氷の枝の雪が溶け落ちてできた穴から降り注いでいました。


ディディカは樹氷を駆け上ると、その穴を埋めるように枝に横たわります。




その日以来。


ディディカは陽が昇ると樹氷の枝に寝そべり、夜は枝を降りてケリダを待ちます。


そんな日が、幾日も幾日も続きました。


ただ、そんな生活はディディカのカラダを蝕んでゆきました。


元々寒さに弱い南の猫であるにもかかわらず、昼とはいえ長いあいだ冬の寒さに晒されるのです。


そして、何より枝の上にいる彼には餌を取る事が出来ませんでした。




寒さと空腹に、次第に痩せ衰え、力を失くしてゆくディディカ。


それでも、彼は決まったように昼には樹氷の枝に昇って太陽の光を遮り、夜にはケリダの寂しさを癒すように共に時間を過ごしました。




ディディカは幸せでした。


カタロニアでは仲間ですら自分を忌み嫌い友達もいなかった彼でした。


旅の途中も疫病神のように扱われ理不尽な思いをしてきた彼にとって、そんな彼の心を埋めるようにケリダが現れ彼を癒してもくれたのです。




そうした日々が永遠に続くかと思われた或る夜更けの事。


話をするケリダの様子が、いつもと違うのにディディカが気付きます。



「どうしたのケリダ、元気ないね・・・」


「ごめんなさい、ディディカ。実は、今日、貴方にお別れを言わなきゃいけないの・・・」


「えっ、急に、どうしたの?」


「急じゃないわ、前々から分かっていたの。いつか私は溶けて無くなってしまうって。ほんとは、もっと早くに溶けてしまうはずだった。でも・・・」


「でも?」


「ディディカ、貴方が昼間、私が溶けてしまわないように太陽の木漏れ日を遮っていてくれたの分かってた。食事もとらずに私の事ばかりを面倒見てくれていたのも。でも、これ以上は・・・。それに・・・」


「それに?」


「もう昼間だけじゃなくて、夜も氷のカラダを維持できなくなってるの。もうすぐ、春が訪れる。そしたら、私は溶けて無くなってしまう」


「そんな・・・」


「だから、今夜でお別れ・・・」



戦によって止まっていたヴァニラ・フィールズの季節。


しかし、それはヴァニス達の手によって、本来あるべき形へと取り戻されつつありました。


少しずつですが、再び淀む事の無い時が流れ始めたのです。




やりきれない思いにも、ケリダの言葉通りにするしかないディディカ。



「そうか、ついに今夜でお別れなんだね・・・」


「そう、朝が来て陽が昇ったら、私は消えてしまう。醜く溶けて行く私の姿を、貴方には見せたくないの。だから、夜明けが来る前に、私の前から居なくなって。」



僅かの沈黙を引きずりながら、それでも、最後に力を振り絞ってディディカは言葉を繋ぎます。



「うん、わかった。そうだな、ケリダ。最後に、最後にあの詩を歌ってくれないか・・・」



そのディディカの言葉に、ケリダは遠く樹氷の森を横切る月に向かって静かに歌います。


 ゜・*:.。..。.:*・゜゜・*:.。..。.:*・゜゜・*:.。..。.:*・゜゜・*:.。..。.:*・゜


 お山にこんこん 野原にこんこん


 白く積もって隠しましょう


 悲しいことも 寂しいことも


 お山にこんこん 野原にこんこん


 白く覆って歌いましょう


 嬉しいことや 楽しいことを


 そうして きっと


 私のこころは お山の上に


 貴方のこころは 野原の上に


 ゜・*:.。..。.:*・゜゜・*:.。..。.:*・゜゜・*:.。..。.:*・゜゜・*:.。..。.:*・゜


時間が許す限り、残された時を惜しむように、ケリダは繰り返し繰り返し、この詩を歌い続けました。


そんな悲しく優しいケリダの歌声をディディカは黙って聞いていました。




そうして、最後の詩を歌い終えるケリダ。



「ディディカ、詩は、今ので最後。もう時間がないわ、もう直ぐ陽が昇ってしまう。早く私の前から居なくなって・・・」



そんなケリダの言葉に、ディディカは眠ったまま何も答えません。


いいえ、ディディカは、ケリダの詩を聞きながら、ケリダに出会えた事を喜びながら、ケリダが歌い始めて間もなく、命尽き果てていたのでした。


氷の瞳から涙を流し、溶けて行くケリダ。


彼女の命もまた、昇る朝日に尽き果ててゆくのでした。




そんなディディカとケリダの一部始終を、魔法の鏡となって覗いていたアイス・キュロス。


彼女はヴァニスに二人の事を話します。


そして、女神様や天使様の力を借りてどうにか出来ないものかと願います。



「アイス・キュロス、それは出来ないの。ディディカの魂はカタロニアの野に。ケリダの魂は雪山の妖精の仲間の元へ帰らなくてはいけないの。そういう決まりなの。そうしないと、このヴァニラ・フィールズを元の姿には戻せない・・・。ごめんね・・・」


「いいのよ、ヴァニス、あなたが謝らなくても・・・。なんとなく、そう思っただけ・・・。ただ、何のために私たちは、この世界を元通りにしてるのかなって、チョット思っただけ・・・」


「でも、アイス・キュロス。チョットだけ、話をするくらいなら、きっと女神様も許してくれるわよね・・・」


「えっ?」



そんな驚くアイス・キュロスにヴァニスが右の掌を開き見せます。


そこには、柘榴の森で拾ってきた、柘榴の木の小枝が二本ありました。




ヴァニスは、首に飾った天使の羽のペンダントに左手を翳すと、短く呪文を唱えます。


すると、手に持った二本の小枝が魔法に、白と黒、二つで対の子猫の人形に姿を変えるのでした。




だから、今でもヴァニスの部屋には、その窓辺に仲良く、白と黒、二つで対の子猫の置き物が月を見上げるように並んでいます。



そうして、毎年、冬の真夜中に耳を澄ますと、小さな歌声が聞こえてくるのでした。


 ゜・*:.。..。.:*・゜゜・*:.。..。.:*・゜゜・*:.。..。.:*・゜゜・*:.。..。.:*・゜


 お山にこんこん 野原にこんこん


 白く積もって隠しましょう


 悲しいことも 寂しいことも


 お山にこんこん 野原にこんこん


 白く覆って歌いましょう


 嬉しいことや 楽しいことを


 そうして きっと


 私のこころは お山の上に


 貴方のこころは 野原の上に



 お山にこんこん 野原にこんこん


 白く積もって隠しましょう


 私と貴方の秘事を・・・・・


 ゜・*:.。..。.:*・゜゜・*:.。..。.:*・゜゜・*:.。..。.:*・゜゜・*:.。..。.:*・゜

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