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第七話「父と商人と初心者ギルド」


 


 ディアタンから戻った翌日、私はもう一日鍛冶仕事を休んでクエスト《コーヒーを飲もう!その2》を片付け、入手したネルドリッパーとドリップポットを見ては悦に入っていた。

 アキから求められた『カフェオレが飲みたい』という一言も無視できなかったし、王都でのクエストでオーソドックスなコーヒーに手が伸ばせるという内なる欲求も抑えきれなかったのである。


 但し私の借りている鍛冶場は小さく、キッチンを設置すると仮眠用のベッドを追い出さなくてはならないので、しばらくはサンマの店にでも行かないと使うことが出来ないのが難点であった。……ちなみに『その3』も発生したのだが、少々距離が遠いのでもうしばらくお預けとなるだろう。


「……かと言って、もう一部屋というのも時期尚早か」


 旅行中の出費は船賃も含めて結構な額になったが、最近は日々の稼ぎも悪くないので借家の一部屋を新たに借りる余裕はあった。

 しかし色々と『今の段階では』無駄な出費に繋がる要素が多く、当面は宿屋住まいの方が何かと都合がよい。


 アキとレモンは北の街マリアレグを目指して、今朝旅立っていった。

 サンマは早速、カレーライスを本日のお勧めに掲げている。コーリング君は再び前線へと戻っているようだ。

 ルナはまだ店を閉めたままで、大商いをしてくると言い残して、ワエリアで仕入れた荷を売るべくガイトルの向こうの鉱山町タンコへと商売に出ていた。




 私はいつものように午前中冒険に出掛け、午後は鍛冶仕事と、平常営業であった。

 ルナが戻る前には、鍛冶炉更新の準備しておきたいところである。


「すみませーん」

「はい、いらっしゃいませ?」

「……。

 しゅ、修理お願いしたいんですけど……」


 訪ねて来たのは、初心者らしい出で立ちをした《人間族》の少年だった。


 ルナは休業しているが、彼女の店先の張り紙には『休業中も武器の修理は一階奥、《おおかみのす》にて承ります(午後のみ営業)』と追記されている。


 武器防具もちまちまと売っているが、代わりになけなしのスキルポイントを消費して《商人》LV1を取る羽目になった。今のうちはルナ任せにしておきたかったのだが、いずれ必要と涙を飲んだ。

 先日、コーヒーと聞いて急遽《料理人》を取ったように、イベント絡みの突発事態に対処できるよう予備に2つ3つはスキルポイントを余らせておきたいものの、なかなかに難しいのである。


「《ショート・ソード》の《修理》なら2割の2割引……12アグになりますが、よろしいですか?」

「は、はい!」

「ではお預かりします。

 どうぞ、そちらでお待ち下さい」


 椅子を勧めて少年プレイヤーから《ショート・ソード》を受け取り、鎚を振るう。

 冒険中で《手入れ》に出すのが間に合わず、修理扱いになってしまったのだろう。


 鍛冶匠組合ならNPC売価の2割で16アグが相場、開業しているPC鍛冶屋は現在王都ではうち一軒とルナからは聞いている。


 1万8千人もプレイヤーがいて開業している鍛冶屋が私一人というのもおかしな話だが、店を出したい気持ちはあっても開業資金に苦労していたり、攻略プレイヤーが自前の武器を現場で修理する為に《鍛冶匠》を取るものの鍛冶仕事はしなかったり、同じ生産職なら出来上がるアイテムの見た目も華やかな《料理人》や《裁縫師》、ゲーム設定の時代背景も相まってカントリーなスローライフへの憧れから《農家》に人気が集まり……。


 それにだ。

 『剣と魔法』がタイトルについたRPGで、多くの初心者は何がやりたくてゲームに参加するのかという大前提を考えれば、これもある程度仕方あるまいという気分ではある。


「お待たせいたしました」

「あ、ありがとうございました!」


 少年は12アグをテーブルに置き、何度も頭を下げながら逃げるように出ていった。


「……?」


 ゲームの中ながら命を預ける『武器』というアイテムを扱う手前、仕事中は当然ながら営業モードで、真面目な表情の狼頭が少年を怖がらせてしまったかもしれないと気付いたのは彼が帰った後だった。

 へらへらと笑いながら応対するのも信用に欠けて見えるもので、これがなかなか難しいのである。


 前の《おおかみのす》も、常連がついたのは開業からかなりの日数が経過してからだったなと、私は小さくため息をついた。




 その日の夕食はサンマの店で取ろうと港に向かったが、カレーライスに惹かれたプレイヤーの行列が出来ていたので諦めて帰りかけたところ、目ざとくみつけられたのか『手伝え』と短いメールに呼び出され、あっと言う間に引っ張り込まれてしまった。


「お座敷の3番さん、上がりだ」

「了解」


 料理屋での配膳などやったことはないが、喫茶店でコーヒーをお出しするのと気持ち的には変わらないかと、私はカレーライスセットを持って二階の座敷へと幾度も往復した。


「コーリング君はまだ戻らないのか?」

「クエストだ。出先のついでに例の『その2』に向かわせてる。

 あいつは仕入れの取っ掛かり捜索を専業にして俺は店守ってと、分業する方が効率がいい。

 《料理人》さえ取らせてないから、店を任せるわけにもいかんしな」

「……そりゃあ、仕方ないな」

「それにだな」

「うん?」

「昨日の今日だが、逸る気持ちを抑えるなって方が無理だろう?」

「違いない」


 サンマまかせだが、《ごはんを食べよう!その2》にかける期待は私も大きい。

 今度こそ、《洋食処・まつ風》の看板は『お食事処』か『和食』に変わるだろう。


「すみません、お愛想!」

「はい、ありがとうございます。

 2名様ですね。……こちら、カレーライスセット2つに特製サラダ、黒エールで合計39アグになります。

 はい、確かに頂戴いたしました、ありがとうございます。

 またのご来店をお待ちしております」


 ……料理はサンマ、それ以外の仕事はほぼ私が片付けた。日頃のコーリング君の苦労が、垣間見えるというものだ。




「すまん、流石に予想外だった。

 昨日はそうでもなかったんだが……」


 普段よりも遅い時間まで営業して客を捌ききり、サンマの作った賄いに舌鼓を打つ。


 ついでにモカモカの《ストレート・コーヒー》を試し、ターキッシュ・コーヒーには申し訳ないが、やはりこちらの方が飲み慣れた分美味いなと二人して頷かざるを得なかった。


「口コミも馬鹿にしたものじゃないな」

「ああ。この店開業以来最高の客足だったぞ。

 ……これじゃあNPCを雇いに行かなきゃならん」

「それがいいだろうな」


 むさい狼男がエプロンつけて配膳や会計をするよりも、NPCでも女の子の方が余程ましというものだ。


「助手なんて、必要になるのはもっと店広げてからだろうと高括ってたぜ」

「世の中、ままならないものさ」


 鼻先でコーヒーの香りを楽しみながら、相槌を打ってやる。


 私も《料理人》取得やら何やらで時期がほんの少し遠のいてしまったが、そろそろ店番NPC───鍛冶屋なら《マイスター》技能で徒弟、商店なら《店長》で店員、料理人なら《師匠》で見習い───の雇用も考えたいところだった。


「そう言えば、サンマの料理レベルって幾つなんだ?」

「先週LV6にした。

 スキルの方にも吸い取られるし、漁師に商人にと寄り道が多いからな」


 隣国でしか販売していない《インディカ米》の仕入れには《商人》技能が必要で、王都で店を構えるなら仕方のないことだった。

 ちなみに私の《商人》レベル付随の仕入れ枠は、本格的開業までの期間限定でルナに貸し出している。


「そうだったな……」

「お前は戦士、鍛冶屋、料理人だったか?」

「昨日商人も増えたよ。

 これで終いと言えば終いなんだが……」


 鍛冶喫茶の営業に欠かせない最低限の職業は、これで出揃った。

 後は『まともな』鍛冶仕事に足りていないレベルと道具、仕事場つきの家を買う資金を貯めていくのが中期の目標となる。

 

 先は長いなと、私はもう一口、コーヒーを口にした。

 



 四日ほどしてルナが戻ってきた。

 丁度いいと、造り貯めた武器防具を換金して貰う。これで鍛冶炉をもう一つ大型の炉に買い換えられるだろう。

 彼女はにやにやとしているが……。


「今度はディアタンまで逆戻りですよ。

 ふふふ……」

「……もしかして、『交易』か?」

「はい!

 ちょっといいクエスト引いたんで、ここで一気に攻めようかと思います」

「うん?」

「戻ってきたら、ギルド設立しますよー!!」

「もうそんなに貯めたのか!?」


 プレイヤー・ギルドの設立に10万アグの資金が必要だということは、私も知っている。

 ギルド設立一番乗りは攻略組の中でもトップの集団に先を越されていたが、それでも十分に早いと言えるだろう。


 余裕が出来れば私も個人ギルド───マスター個人の能力補正や収入源に特化した究極の排他的ギルド───ぐらいはつくろうかと、ヘルプ画面の説明を呼び出してあれこれ考えていた。

 もしくは……メンバーが私とアキとレモンだけの、家族ギルドがいいだろうか。


「この建物の二階も借りたんです。

 小さい部屋ですけど、みんなでお茶ぐらいは飲めるようにって。

 あ、キッチンもありますから、ライカさんも使って貰っていいですよ」

「そりゃあ嬉しいな。

 メンバーにもコーヒーぐらいはご馳走させて貰おう」

「それもちょっと期待してたりして」


 まあそれぐらいならと、気安く受け取っておく。

 講師役としても期待されているのだろうなと思うが、焚き付けた手前もある。

 本格的な講釈は現役且つ二つ名持ちのレモンの方が適任だろうが、ゲームとのつき合い方なら私にも出番はあるだろう。


「姐さんたちは順調みたいですね。

 昨日は結構な戦果をあげたとか?」

「なんかいいアイテム拾ったって書いてたな。

 ……ますます肩身が狭いよ」

「そりゃ、姐さんもライカさんのお手製の方がいいでしょうけどね」

「待てとも言えんしなあ……」


 レモンには『わたしの武器を作ってね』とせっつかれているが、立ち止まらせるのは私の沽券に関わる。彼女のレベルや能力に追いつくか追い抜いた武器を手渡して、初めて事を成したと言えるのだ。


「さあ、あたしも頑張らないと」

「俺もだな」


 私がルームキーを受け取ると、ルナはそのまま旅に出た。

 ……鍛冶炉を後回しにするか、迷いどころである。




 その後一週間ほどは、特筆すべきこともなく───朝はフィールド、午後は鍛冶屋、夕食をサンマの店で食べると一日が終わる───あっと言う間に過ぎ去った。


 今の私には、イベントや突発事態がないのはいいことだ。ゲームとしてのあり方も含め、適度な緩急は大事である。


 私は自分の使う道具類を補正付きの物にレベルアップすべく、鎚や金床、時には鍬や鎌を作って《農工具》スキルを鍛えていた。ルナの店が閉まっているので、しばらくは武器防具の製造もペースダウンである。


 ……もちろんそのルナが帰ってきてからは、大忙しになってしまったのだが。




  *******


  ギルド《ムーンライト・キャラバン》


  『初心者卒業』に特化したギルドです

  お気軽にどうぞ


  連絡先 キャロライン通り13街区 《雑貨屋ルナ》


  *******



 彼女のギルド───ゲーム内では4番目のギルドで、他は攻略ギルドだった───の創設は冒険者協会の掲示板に公示され、店先にも小さなポスターが張られた。


「……もうちょっと、その、言葉を補った方がいいんじゃないのか?」

「こういうのは、決まり文句一つのシンプルな方がいいんですよ。

 なんでもかんでも書くと、皆さん迷っちゃいますよ」

「そんなものか?」

「はい」


 ギルドのマスターがそう言うならそれでいいかと、私は頷いた。


「それにしても……随分と大盤振る舞いですね、ライカさん?」

「うん?

 ああ、ギルド株か……」


 プレイヤーのギルドが設立されると、上納金と引き替えに王国から株式が発行される。

 額面は1株100アグの合計1000株で、マスター個人の固定持ち分1割以外の900株がギルドの名義で王国の株式市場にて売り出され、自由に売買をすることが可能だった。上納の10万アグは、この株式の引当金───ギルド解散時に額面分のアグと交換される───という名目だ。


 配当は月に一回、ギルドの活動……主に依頼こなすことで評価が上がる王国への貢献度に応じて株主の財布とギルドの帳簿に現金が振り込まれるので、活発なギルドの株は値も上がる。いいギルド株を引き当てれば、遊んで暮らすことも出来た。有名なギルドの株は、仕手戦まではいかずとも奪い合いになることもある。


「でも、80株も一気に買って大丈夫だったんですか?

 あたしは助かりますけど……」

「まだ上場1日目で安かったからな。

 絶対に株価が上がるとは言えないけど、配当考えるとしばらく持ってれば損はしないラインだろう?」

「ええ、まあ、そうですけど」


 創設当初にギルド名義で売り出された株式の売り上げは、そのままギルドの収入となる。

 ささやかな援護射撃というわけだ。


「ご祝儀みたいなもんだよ。

 ……あとはまあ、ギルド作るって聞いたから鍛冶炉は後回しにした」

「インサイダー取引ですよね、それって……」

「王国に公取委はないぞ?

 それに友達がギルド作るんだ、応援するのは当たり前ってな」


 私の涼しい顔に、ルナは呆れていた。

 現実世界では間違いなく違法行為であるが、こちらで稼いだアグは現金にも商品券にもならないし、プレイヤーが騎士団に逮捕されたという話は聞いたことがないので大丈夫だろう。

 違法行為というならば武器の携帯がそもそもありえないし、アキなどは義務教育を放棄している。先日斬ったNPC強盗、あれも私の過剰防衛と判断されて然るべきだろうし、現世を忘れ王国の法理を遵守すべしと割り切るのがこの『世界』との上手いつき合い方だった。


「まあ、『剣と魔法のサーガ』だと、誰も困らないからいいですけどね……」

「そういうことだ。

 ……っと、お客さんだぞ」

「いらっしゃいませ」


 振り返れば、どこかで見たような覚えがある三人組だった。人間族の男女、剣士が二人に弓使いの女性……。

 記憶を探る間もなく、声を掛けられる。


「おや、あなたは確か、海岸の洞窟で……」

「ああ、ボス部屋でお会いした……」

「その節はどうも」


 ひと月ほど前、《北の荒れ野》の奥にある《海岸の白い洞窟》で出会った親子連れだと、私は思い出していた。……狼頭が役に立ったかと、表情には出さず苦笑する。


「どうぞ、私は商談を終えて雑談をしていただけですので」

「これは失礼。

 張り紙のギルドのことなんですが、よろしいですかな?」

「はい、あたしがマスターのルナです」

「本当の初心者といいますか、VRゲームも初めてなんですが……」

「ええ、もちろん大丈夫です!

 その為の《ムーンライト・キャラバン》ですから」

「おお、ありがたい」


 この家族は本当にゲーム初体験だったらしい。

 手持ちぶさたの息子さん……先日の少年がちらちらとこちらに視線を向けてくるので、強面になりすぎないように小さく微笑む。

 ルナのギルドのメンバーになるなら、そこそこ付き合いが深まる可能性もあった。心証の一つでもよくしておいて損はないだろう。


 ルナには《ムーンライト・キャラバン》ギルマスとしての、最初の仕事だ。

 頑張れよと片手で挨拶をして、私は静かに仕事場へと戻った。




 午前はいつものように狩りにあて、午後になって店を開けると、ルナに紹介されたという《ムーンライト・キャラバン》の新メンバーなどが《おおかみのす》へと武器の手入れや修理に訪れ、私の方も結構忙しくなってしまった。


「鍛冶屋さんの方が安いんですねえ。

 もっと早く知っていれば良かったな……」

「組合はNPC直営ですからね。

 代わりにあちらは夜中でも営業してますけど……はい、どうぞ」


 私の店に来ただけでも、10人は越えていただろうか。

 なんとも勢いのあるスタートだ。

 ……株価の方も期待できるかもしれない。




 夕暮れ時になって《おおかみのす》を閉めると、私は合間に作った武器防具を卸しにルナの店に顔を出した。


 私はスタミナの残量を基準に午後のおやつ時から夕方少し前には店を閉めているが、《雑貨屋ルナ》の方は帰り際の冒険者を待つ分、閉店は少し遅い。本来なら《おおかみのす》も待つべきなのだろうが、商売っ気よりも自分のペースを優先していた。


「あ、ライカさん」

「大盛況のようだな」

「今日だけで20人近いメンバー数になりましたよ。

 面倒みきれるかな……」

「だから全部背負い込もうとするなって。

 会費も取らないつもりなんだろう?」


 ギルドには維持費というものがかかる。王国への上納金という名目だが、具体的にはギルドのレベル×人数×100アグを毎月納めねばならず、それなりの負担になっていた。

 ……いまの《ムーンライト・キャラバン》なら20人で2000アグ、立派な家が借りられる金額である。


「そっちは王国の配当と店の売り上げで何とかしますし、今日の感じだとそれを出して貰うにもきついと思います」

「午前中でいいなら、トカゲ狩りぐらいまでならついてくよ……」

「……ものすごく、期待させて貰います」


 人数が多ければこなせる依頼の数も必然的に増え、王国からの配当も膨れていく。そちらにノルマを課す手もあるが、ルナの口振りでは自由にさせる気だろう。

 もっとも、協会で受けられる依頼には経験値と報酬もついてくるし、プレイヤーの利益の一部が削られてギルドに渡されるわけではないのでメンバーにも損はない。


 拝むほどのことかなと思いながら、私は《鉄の胸当て》と《鉄の小盾》数点を取り出した。


「こっちも助かりますぅ……」

「足りないのか?」

「……もうしばらくすれば、このクラスの品が全体的に足りなくなると思います。

 まだ店売り品の範囲ですから何とかなるにはなるんですが、安売りがちょっと難しいんですよね」


 徐々にマイナスのついた失敗作から並品にシフトさせているが、数量には限度がある。スタミナも時間も設備も道具も、ついでに私の技能も限界だ。


「重鎧とロング・ソード級は、俺ももう少し先になるな。

 レベル的にも、予算的にも」

「そっちももちろん、期待してますからね?」

「はいよ。

 ……『本部』にいるから」

「はーい」


 株が急騰するようなら話は別だが、それを口に出すのは野暮というものだ。

 お疲れ模様のルナにコーヒーでもご馳走してやるかと、私は階段を上がった。




 《ムーンライト・キャラバン》の本部は同じ建物の二階、私の仕事場よりは若干広い小部屋である。どうみても20人は入りきらないだろうが、彼女にも予想外であったに違いない。

 ルナが留守の間は私専用の休憩室となっていたが、丸テーブルが2台に椅子が10脚、食器棚と備え付けのキッチンがありがたかった。


「おお、ライカさん」

「こんばんは」


 朝出会ったあの家族連れが、テーブルに腰掛けて休憩していた。

 挨拶は既に済ませていたが、父親がハヤトで母親がエリン、息子がフランベルジュ……だっただろうか。

 今ひとつ自信のないまま軽く会釈して、備え付けのキッチンに向かう。


「店じまいされてきたんですか?」

「ええ、今日はおしまいです。

 皆さんもコーヒー、いかがです?」

「あら、コーヒーがあるのですか?」

「ええ。

 お好みでしたらスタンダードなストレート・コーヒーの他に、ターキッシュ・コーヒーとカフェオレも出来ますよ?

 ……エスプレッソやアイリッシュ・コーヒーは無理ですが」

「ありがたい!

 私の分はホットのブラックを頼みます」

「わたしは……砂糖入りのターキッシュ・コーヒーでお願いできるかしら?」

「はい。

 ……フランベルジュくんは?」

「ぼ、ぼくもホットのブラックで!」


 奥方はわかっていらっしゃるなと私は頷いて、それぞれの注文を受け取った。

 ターキッシュ・コーヒーは砂糖入りの場合、挽いたコーヒーを煮出すとき一緒に砂糖も入れるのである。


 木炭を使うのに『何故か』火力の調節がツマミで出来るコンロで湯を沸かして注文を配り終えると、丁度ルナが上がってきた。


「お疲れ。

 ……ルナは何にする?」

「あ、カフェオレお願いしまーす」

「はいよ」


「どうでしたハヤトさん?」

「いやあ、ルナさんのアドバイスのおかげで、ずいぶん楽に依頼が終えられましたよ」

「そうね。

 随分と今日は気楽だったかしら」


 母親からは以前出会ったときのような険が取れているなと思いつつ、そっとカフェオレをルナの前に置いてやる。

 私もブラックのモカを煎れ、開いているテーブルに腰掛けた。


「あの、ライカさん」

「はい?」


 両親がルナと話していて暇なのか、フランベルジュ少年がおっかなびっくりで私に声を掛けてきた。

 先日の様子などを思い出すにあまり外向的な性格でないように思ったのだが、父親らの様子を見て大丈夫だと踏んだのだろうか?


「この間の……女の人はどうしたんですか?」

「ああ、彼女なら今頃はマリアレグの街中か、フィールドのどこかだとは思うけど……」

「え?」

「クエスト追っかけてると聞いてるよ。

 しばらくは帰ってこないんじゃないかな」


 フランベルジュ少年は明らかに落胆した様子だが、その責任をとるつもりはない。

 

「私の方は鍛冶屋があるから、そうそう王都から離れるわけにも行かない。

 けれど彼女は専業の魔法使いだからね、この近所のモンスターじゃもう効率が悪いレベルになってるよ」

「そんなに強いんですか!?」

「ああ見えてトップ集団の後ろぐらいだからなあ」

「ぼくなんてまだ、王都から離れると瞬殺なのに……」


 ひと月前のレベルがどうだったかは知らないが、確かに効率的な成長をしてはいないようだと、内心で頭を抱える。


 あの時この家族は洞窟のボス部屋までやってきたのだから、一点特化なら今頃は職業LV5や6が妥当と考えるのは、私の間違いだろうか。

 ……いや、先に入ったプレイヤーがモンスターを片付けた後を運良く着いていったのであれば、それほど広くはなかったあの洞窟ではそのような偶然もあり得るかも知れない。


「あれっ!?

 そう言えば鍛冶屋……ライカさんって、《戦士》じゃなかったんですか?」

「簡単でありながら難しい質問だなあ。

 戦士でもあり、鍛冶屋でもあり……やりたい放題、好き勝手にやっているよ」

「喫茶店も開くんですよねえ?」

「こら、ばらすなルナ。

 こういうのは、小出しにして驚いて貰うのが楽しいのに……」


 やれやれと肩をすくめ、不思議そうな視線の夫婦に向き直る。


「中途半端に色々手を出してるように見えるかも知れませんが、私はこんな感じでのんびりとゲームを楽しんでいます。

 鍛冶屋と喫茶店を両立させたいので、どちらも適度に育てていかないといけません。

 戦士の方は、日銭稼ぎプラス経験値確保と割り切ってますよ」

「ずいぶん慣れていらっしゃるんですなあ」

「お恥ずかしながら十何年ぶりの復帰でして、色々教えて貰いながらなんとかやってます」

「……十何年!?」

「あの、失礼ですが……ライカさんってお幾つなんです?」

「43になります」


 まあ別に構わないかと、私はあっさりばらした。

 ハヤト氏とその家族の表情が、驚愕に染まっている。


 個人情報とは言え年齢の開示一つでどうにかなるものではないし、本物の悪意の前ではその程度気を付けたところで意味がない。


「わたしより年上でいらしたんですな……」

「えっ!?」


 今度は私が驚かされる。

 聞けばハヤト氏が38で奥方がその前後、フランベルジュ少年が13と言うことだった。


「あはは、狼男じゃ仕方ないですよね。

 あたしも一番最初、同い年ぐらいかひょっとすると年下だと思ってましたもん。

 アキちゃんが一緒にいたせいもありますけど」

「一見ではわからないだろうなあ。

 ……狼男なんて、現実世界じゃどう逆立ちしたってなれませんからね」

「はあ、そりゃまあ……」

「そういうところも、私は楽しんでいます。

 『剣と魔法のサーガ』は、何も剣を振るって魔法をぶっ放すだけのゲームじゃありません。

 中学生がエルフになってもいいように、サラリーマンが鍛冶屋をしてもいいんです。

 この世界は戦いに比重が置かれてはいますが、比較的本来の意味でのロールプレイングゲーム部分も充実しているんですよ。……役を演じて遊ぶ為の、大がかりな舞台装置と選択肢が揃ってますからね」

 

 このゲームでは、ルールと自分の責任の及ぶ範囲で自由が許されていた。

 そのことが、幾らかでもこの家族に伝わればいいと思うのだ。

 多少は道化て振る舞うのも先駆者の務めと、私は牙を剥きだしてにやっと笑った。




 翌日午前中、早速私はフランベルジュ少年を含めた『子供』ばかり三人をつれ、《北の荒れ野》へと出掛けることにした。

 彼らが育ってくれたなら、私だけでなくルナも負担が減ることだろう。


「話は聞いていると思うが、鍛冶屋のライカだ。よろしく。

 ライカでもライカさんでもライカ君でも、好きに呼ぶといい。

 私は《ムーンライト・キャラバン》のメンバーじゃないが、今後も時々、マスター・ルナの店や本部で顔を会わせることもあるだろうな」


 ルナのアドバイスを受けて家族やカップルで冒険に出たパーティーもあるし、ハヤト氏のように子供を預けて自由行動と称した息抜き、エリン夫人のように冒険よりはと王都市街へ仕事を探しに出たメンバーもいる。

 既に初心者向けギルドとしての活動は始まり、一部は目指すところへ向けて動き始めていた。


「普通は名乗るときにレベルや職業は隠しておくのが『剣と魔法のサーガ』の流儀だ。

 しかし、流石にそれだと的確なアドバイスのしようがないので、自己紹介と一緒に聞かせて欲しい。

 ちなみに俺は《狼人族》LV38、《戦士》LV3だ」


「ぼくはフランベルジュ、《人間族》LV13で《戦士》LV3です。

 よろしくお願いします」


「俺はレイ、《エルフ族》LV12で《戦士》はLV4になりました」


「わたしは《狼人族》LV9で《魔術師》LV3、まりあんです」


 ……同時スタートでここまで差が開くものだろうかと考えるも、毎日一つ二つの採集クエストで無難に済ませ、死に戻りありの生活費ギリギリで来たならばこのぐらいが妥当なのかも知れない。パーティーを組んだ仲間やギルドの先輩にあれこれと小技を伝授して貰うまでは、私だってさんざん死んでゲームとのつき合い方を覚えていった。

 今度は私がご恩返しをする番なのだ。


 少年二人をざっと見れば、装備も初期をようやく抜け出したところだろうか。ロング・ソードがあればもう少し指導も楽なのだが、こちらで買い与えるのもおかしいので、彼らが自身の力で買えるように鍛えてやるのが私の役割である。


「最初に言っておくけど、勝手にフィールドの奥に入っても俺は力尽くで止めたりしないからな」

「えっ!?」

「マスター・ルナにも君たちのご両親にも、こちらの言うことを聞かない場合は見捨てて帰りますので問題にされませんようにと、口頭ながら了承を得てある」

「……」

「その代わり、君たちが私の指導に従う分には狩りやすいようにフォローもするし、アドバイスもする。

 君たちには難しいかも知れないが、これはお互いの信用の問題でな。

 ……一人前のプレイヤーは、自分の行動に責任を持つものさ」


 三人でパーティーを組ませ、冒険者協会で《岩場のトカゲ討伐》を受けさせる。私が入ると経験値の入りが悪くなるし、こちらも効率が落ちるのだ。


 これは当初考えていたより、大変そうな仕事を引き受けてしまったらしいと気付いた私である。


「今日狩りに行く《ロック・リザード》には、間違っても正面から当たるなよ?

 あいつには死角があってな……」


「マスター・ルナの選んだ《青熊の団旗》は、ギルドメンバー全員に防御力[+3]を付加する効果がある。

 これは実にありがたいけど、過信は禁物」


「HPが半分を切ったら、ポーション飲んで補給するようにな。持ち合わせがないならすぐに帰ること。

 1本5アグを惜しんで死ぬ方が損だぞ」


 街道をのんびりと歩きながら、注意点を説明したり途中で拾えるアイテムは全て拾うぐらいで丁度いいと、アドバイスを並べていく。


「《リザード・プラント》は、まりあんの独壇場かな。《プチ・ファイア》がよく効くんだ」

「わたしですか?

 でも、依頼には関係ないんじゃ……」

「ついでだよ。それにせっかく護衛付きで狩りが出来る機会だ、活かした方がいい。

 《ロック・リザード》10匹を狩った人と、《ロック・リザード》10匹に加えて《リザード・プラント》1匹を狩った人、さてどちらの方が沢山経験値を得られるでしょうか?

 ……っていう簡単な足し算。

 後で楽をするための手間を惜しまないこと、これが鉄則だ」


 無論、フィールドに出てからも大変だった。


「こら、フランベルジュ! へっぴり腰になってどうする!

 一撃入れりゃ気付かれるのは当たり前だ!」


「レイは周囲もよく見ろ!

 もうちょっとで《リザード・プラント》の視界に入って面倒になるところだったぞ!


「まりあんは落ち着きすぎだ。

 それと詠唱位置はよかったけど、呪文使ったら味方を盾にしてすぐ周辺の警戒に戻らないと、痛い目に遭うぞ。

 《狼人族》はタフだけど、それはレベルが上がってからの話だから」


 酷い怪我だけはさせないようにと気を配りつつ、合間に彼らの邪魔をしそうな連中も狩っておく。アキと二人の時に較べて人数は倍だが、二正面作戦なんぞやらせる気にもならなかった。


「フランベルジュ! レイ! 一撃目は交代しながら狩るんだぞ。

 とどめを刺す方は周囲の警戒にも気を配れ!」

「はい!」

「《リザード・プラント》を見つけたらまりあんと交代!」

「わかりました!」


 せめて剣士組は近日中にロングソードが買えるよう、まりあんも魔法発動体の更新が出来るようにと、午前中いっぱい、私は彼らの周囲を走り回った。


「お、お疲れさまでした!」

「うへえ……」

「ありがとうございましたっ」

「うん、みんなご苦労さん。

 今日はどうだった?」

「めっちゃハードでした……」

「……疲れました」

「でも、いつもの倍ぐらい儲かりましたよ!

 ライカさんすごいや」

「レベルも上がったし!」

「そりゃあ何よりだ。

 今日は通常ドロップばかりだから、みんなで山分けするようにな。

 パーティー解散前にマスター・ルナの店で換金してもいいし、後日の依頼に備えて握っておいても損はしない。

 ……経験値はシステムで公平に割り当てられるけど、レアドロップだと揉めることもある。

 そう言うときは話し合いで買い取り者を選ぶか、換金してアグで分配するか、恨みっこなしのランダム配当で決めるのが鉄則だ。

 今日のメンバーで組むなら、マスター・ルナに相談するのもいいな」


 今日だけはサービスしてやるからと男二人の武器を手入れしてやり、冒険者協会で報酬を受け取ると今日はもうおつとめご苦労様な気分だったが、ともかく『本部』へと戻ってルナに報告し、私はようやく《おおかみのす》に戻ることができた。


 ……もう二、三回はつき合わされそうな気もするが、乗りかかった船である。それこそ、ルナの信用を失うわけには行かなかった。




 気が付けば、《ムーンライト・キャラバン》は数日の内に50人余りのメンバーを抱えるサーバー最大のギルドになっていた。いや、攻略系のギルドはパーティー規模での身軽なギルド運営を前提にしていること、初心者向けで敷居が低かったことの両方が作用した結果だろうか。


「師匠、これも拾えばいいの?」

「ああ。

 1個1アグだけど、5個でコーヒー1杯分ぐらいにはなるぞ」

「コーヒーって宿代といっしょぐらい!?」

「ライカさん、いつもタダで飲ませて貰っていいんですか……?」

「あれはコーヒー煎れる練習も兼ねてるから、いいんですよ。

 俺一人じゃ、どう頑張っても1日に10杯20杯も消費できませんから」


 私も二日に一度は、子供達や家族パーティーを連れてトカゲ狩りに出掛けていたような気がする。

 もちろん、二、三回では到底済まなかった。


 昼からは鍛冶屋だが、これで半日が潰れる。


「そう言えば昨日、マリアレグの方でダンジョンがクリアされたそうですね」

「へえ……」

「ダンジョンかあ」

「海岸のダンジョンなら、ぼくも行ったことあるよ」

「《海岸の白い洞窟》はわたしもいきましたっ」

「ライカさん、俺もそろそろラネ村のダンジョンに挑戦してもいいかな?

 奥には潜んないからさ」

「正直に言うと、表層でも微妙だ」

「えーっ!?」

「レイは……レベルは足りてるな。フランベルジュもまあ、いいだろう。

 二人ともロングソードに買い換えたから、火力もなくは……ないか」

「だったら……」

「でも、その防具じゃあ駄目だ。

 囲まれて四、五発食ったら死に戻るぞ。

 海岸の《ロック・リザード》や草原奥の《ワイルド・ベア》と違って、パーティーでやってくるからな」


 夜は夜で雑談に毛の生えたような相談事に応じて、あれこれと話題を咲かせていた。

 いい歳の『おじさん』だと言うのはとうに知れ渡っているが、学校に於ける部活動の顧問か、町内会の顔役とでも言えばいいのだろうか、なかなかの慕われ具合に苦笑する。


 だからアキとレモンがそろそろ戻ってくるというメールを見て、彼女たちにもこの楽しみを苦労と共に味わって貰いたいと考えたのは、決して日々が忙しすぎたせいだけではなかった。




 その日も、いつものようにスタミナの限界手前まで鍛冶仕事をして店を閉めた私は、本部でコーヒーを振る舞っていた。

 もう一部屋借りるかどうか迷っていた様子のルナも、もうすぐ店を閉めてこちらに上がってくるだろう。


「なあ、師匠。

 株って儲かるのか?」

「うーん、株は自己責任。これしか言えないな……。

 カジノほど運任せじゃないし、現実世界より仕組みは単純だ。

 最低限100アグは保証されるようになってるから、多少はましか」

「じゃあ、やっぱり得なんですか?

 ライカさんは手を出しておられるみたいですけど……」

「基本的には、装備調えた方が利益と安全に繋がりますね。

 でも目標額に足りていないなら、次の設備や装備の買い換えまでお金を遊ばせておくのも勿体ないですし、運が良ければ高値で売れますよ」


 『M2』では最終的には1株が10万アグ近い値を付けるギルド株もあったが、設立直後のギルドなら上り調子とは言え大抵は安かった。

 だが必ずしも買い得とは限らないわけで、マスターの都合や吸収合併などで予告無くギルドが解散することもあり、油断は出来ない。


「もちろん、下がったときは大損です。解散されたら泣けてきます。

 しばらくは市場全体が上向きで、どこの株でも損まではしないと思うんですけど、水物にはかわりありませんからね。

 私は早めに次の炉も欲しいところですが目標額が5K……5000アグ越えてますから、ちょっと余剰が出ると買っています」


 実は5Kなら株を取り崩せばすぐに出せるのだが、まだ上がりそうな気もするので少し迷っていた。

 鍛冶炉の更新をするのに合わせ、いっそのこと引っ越しをして喫茶店が開ける広い店舗を借りるのも悪くないかとも考えている。


「そんなに!?」

「装備と同じです。

 上見ると、キリがないんですよね」

「ははあ、なるほど。

 しばらく使わないお金なら資産運用、というわけですな」

「そうです。

 相場相手に勝負仕掛けて……とまでは無理でも、多少は配当もありますし」

「俺も株、買おうかな……」

「儲かるかなあ?」

「買うなとは言わないけど、二人は先に防具の買い揃えだ。

 ……ちゃんと話聞いてたか?」

「ごめんなさい」


「たっだいまー!」

「ライカくん!」


 ……元気の良いことで。


 飛びついてきたアキの頭をいつものようにくしゃくしゃと撫で、レモンとハイタッチを交わす。

 呆気にとられている《ムーンライト・キャラバン》のメンバーに、私は視線だけで小さく詫びた。


「あのね、マリアレグでね……」

「ストップ。

 おかえり、二人とも。

 ……でもここは《ムーンライト・キャラバン》の『本部』で、俺は間借りしてるだけなんだから、お行儀よくな」

「はあい」

「ごめんなさい」

「皆さんも、驚かせてすみません。

 彼女たちはマスター・ルナとも親しいというか、私の連れで……魔法使いの方がアキ、剣士の方がレモンです。

 ほら、自己紹介」

「うん。

 ……こんばんは、お父さんがいつもお世話になってます。

 娘のアキです」


「お父さん!?」

「ええええっー?」

「カップルじゃなかったんだ……」

「娘さん、いらしたんですか!?」


 一斉に、皆が私の方を振り返った。

 静かに頷いてから、言ってなかったかなと首を傾げる。……いや、いつも戦闘や職業についての雑談ばかりで、話題にすらしていなかったかもしれない。


「はじめまして、『《神竜の夜想曲》』繋がりでルナのフレンド、ライカくんの……えーっと、恋人というかお嫁さん予定というか何というかレモンです」


「は……!?」

「……ほんとに?」

「ルナさんの恋人だとばかり……」

「ですよねえ」


 ……なにやら聞き捨てならない内容も混じっているが、くねくねと自分の言葉に照れているレモンの耳に入らなかったのは幸いである。


「あー……そんなわけで、彼女たち共々、改めてよろしくおねがいします。

 ……でだ、マリアレグでどうしたって?」


 アキとレモンは頷きあってからアイテムボックスを探り、実にいい笑顔を私に向けた。


「えへへ、じゃじゃーん!」

「これ、なあんだ?」

「認定証!?

 じゃあマリアレグのあれは……」

「うん!」

「私とアキちゃんでしょうね」


 彼女たちが手にしているのは、ダンジョンの制覇者に贈られるクリア認定証であった。

 価値は0アグで転売不可、修正や効果が何もないアイテムだが、ダンジョンボスの討伐でのみ手に入るそれは、一つのダンジョンあたりパーティー分の数枚しかドロップされない貴重な記念品である。


 ……ちなみに私も、『M2』時代でさえ一度も手にしたことはなかった。


「すっげー!」

「初めて見た!」

「どれどれ、私にも見せて下さい」

「こちらのお二人だったんですなあ」


 初心者のメンバー達には刺激が強すぎたか、二人は一躍ヒロイン扱いである。


 いやしかし、本当に大したものだと思う。

 経験者のレモンはともかく、アキがそれについていけることが驚きだ。

 

「でも、よくクリア出来たなあ。

 ……《西の森の盗賊砦》?

 どんなところだったんだ?」

「あはは、実は……大したことがなくて。

 単に未踏破だったのは運が良かったからかな」

「ディアタンで情報手に入れたときは、『これだ!』って思ったんだよ……」

「そうよねえ……。

 ハズレじゃなかったけど、ちょっと拍子抜けしたかしら」


 はあ、っとため息をついた二人である。


「北海岸の《海岸の白い洞窟》より上だけど、そんなに強くはなかったわ。

 二階建ての地下室有り、全部で30室少しだったから豪邸と言えば豪邸なんだけど、ダンジョンにすれば極小サイズね」

「盗賊もフィールドのモンスターよりは強かったけど、うーん……微妙?」


 人型のカテゴリーに入るモンスターは武器を持つという特徴があるため、動物型モンスターよりも一般にリーチが長い。もちろん、彼女たちの口振りからすれば、『どうということのない』レベルの相手だったのだろうが……。


「親分の飼ってたペットだけはちょっと手こずったけど、他はまあ……数ばっかりだったわね」

「ペット!?

 何が出たんだ?」

「《ブラッド・ハウンド》よ」

「……あのすばしっこいやつか」


 広い草原などで群に囲まれると、相当レベルが上がってからも面倒だったと思い出す。

 見かけは黒い猟犬ながら、単なる犬とは思えないほど素早く攻撃を繰り出す厄介な相手だった。


「魔法で寝かせてレモンさんが急所狙って、起きたら魔法で寝かせてまたレモンさんが急所狙って……」

「すぐ起きちゃうのよね」


 レモンも元から場数は踏んでいるし、相手が一匹で魔法の援護があればそう無茶な相手でもないかと思案する。

 アキも一端の魔法使いとなりつつあるのだろう。


「まあともかく、無事で良かったよ」

「ですよねえ」

「お疲れさまです、ルナさん」


 店じまいをしたルナが、メンバーを伴って上がってきた。

 最近は《商人》を目指す二人ほどがテクニックを学びながら店を手伝っているので、多少は楽が出来ているらしい。


「姐さんとアキちゃんの取引、宿に帰ってからでもいいですか?」

「その方がいいわね。

 ここでお店広げるのもあれだし……」

「いっぱいになっちゃうかも?」


 サンマの店にも修行と称してルナに紹介された数人が出入りしていたし、《おおかみのす》も誰かが手伝ってくれると助かるのだが、残念ながら鍛冶屋になりたいと希望するプレイヤーはいなかった。


 ……一人立ちの折には今の仕事場を設備つきで譲ってもいいと公言しているのだが、鍛冶仕事を間近に見ていたフランベルジュ少年やレイ少年、まりあん嬢たちの『面倒くさそう』という一言が全てを表しているかも知れない。


「ルナは『いつもの』でいいか?」

「はーい」

「アキ、ルナの『いつもの』はカフェオレなんだが、どうする?」

「お父さん、カフェオレ出来るようになったの!?」

「うん、驚かそうと思って内緒にしてた。

 アキが飲みたいって言ってたからな、ちゃんとクエストこなしてきたぞ。

 レモンは……《ブラックモンブラン・コーヒー》でいいか?」


「あ……」


 オリジナルブレンド───調合のレシピは持っていないが、《ブラックモンブラン・コーヒー》は一種類の豆を使うストレート・コーヒーである。

 今の私でも、彼女に振る舞ってやることが出来た。


「ライカくん、おいしい、ね……」

「……だろう?」

「うん!」


 それは十数年の時を経た、思い出の一杯。


 あの頃と較べ、味と香りが加わって意味も少し変わったかも知れないが、彼女にも私にも特別な一杯だった。




 その日の夜は宿の一室に集まり、四人でいつぞやのようにマリアレグの土産などを楽しむことにした。


 乾杯に先だってアキとレモンの戦果が披露されたが、ギルド創設直後とあってルナの持ち合わせが足りないほどの金額で、翌日NPC商店へと卸す分は後回しにされて、ルナが直接引き取る武器防具には1万アグと少しの値が付けられた。


「しかし、流石はダンジョンクリアとなると小さくても儲かるもんだな……」

「その分苦労も多かったわよ……」

「ライカさんはどうします?

 《ロング・ソード[+1]》なんて、丁度欲しいところじゃないんですか?」

「あたしのお古だけどね」

「欲しいには欲しいんだが、しばらく前線に行く気はないし、先に鍛冶炉だよ」

「ルナから割と稼いでるって聞いてたけど?」

「そうでもないぞ?」


 1日100アグ弱のコーヒー豆代はスキルを鍛えるためと割り切っているが、クエストで揃えた器具代は結構な値だったし、余裕が出来るたびに《ムーンライト・キャラバン》の株に限らず、他ギルドの株も買い集めていた。


 あわよくば高騰、それが駄目でも配当狙いでなんとかなるだろうと踏んでの先行投資である。

 ……本物の株式運用と違って額面の元金は王国に保証されているし、成熟期前の王国株式市場なら、基本的に大損はしない。メンバー達にはああ言ったが、まあ大丈夫だろうと高を括っていた。


「それにしてもルナのギルド、あの人数がよく集まったものね」

「タイミングの問題だと思います。

 幾つかギルドが出来始めたところに『初心者歓迎』でしたから、興味のある人が飛びついたんでしょう」

「もう後発の初心者向けギルドも出てきてるしな。

 今後どうなるかはわからんが、呼び水にはなったんじゃないか?」


 潜在的にはライバルとなるギルドでありながら、初心者も適度に分散してくれないとルナや私の負担が重くなりすぎるという面もあり、今はその存在がありがたい。

 言うなれば、同業他社のような存在であった。あまりに業界が過疎では全体の利益が減るし、過当競争になっては目も当てられないあたり、似ているかもしれない。


「へえ……。

 明日は冒険者協会に行ってみようかな。

 マスターの名前で何かわかるかも知れないし」

「あたしの知ってる限りだと、《へなちょこ参謀本部》のマスターは本鯖の《ドドイツ軍OKH》のメンバーで、《帝国騎士団『戦乱』支部》はまんま《帝国騎士団》の団員ですね。夏休みの合宿とか言ってましたけど、一割もいないみたいです。

 前線出てる姐さんなら、もっと知ってる人いるかもしれませんよ」


 現行作のプレイヤーなら放っておいても目立つだろうが、息抜きに種族や職種を変えて実験的なプレイ楽しんでいる者もいるだろう。

 サンマなどは店の立ち上げをもう一度味わいたいという明確な目的を掲げていたし、ルナは新作ゲームへの興味、レモンは現実でむしゃくしゃしていたから心機一転ストレス解消にこの世界を選んでいた。


「うん、《ドドイツ軍》の人はわたしも会ったわ。

 他にも……そうね、《大いなる怠惰》のラーク・キャスターさんとか、《くいしんぼうドラゴン》のリシャールさんとか。

 『黒騎士』すだこふつさんは、家族サービスで奥さんと息子さんも連れてきてたっけ……」

「へえ……。

 あの人、お子さんが参加できるほどのお年だったんですねえ」

「うん、わたしも驚いた」

「……と言うことは、うちと一緒か?」

「四人パーティーで、すっごく強そうだったよ」

「奥さんも別のVRゲームでゲーム慣れしてる人みたいで、完全に攻略組だったけどね」


 筋金入りの一家だなと頷くが、うちだってなかなかどうして負けてはいなかった。

 ……レモンも入れて、だが。


「そうだ姐さん、ちょっと相談があるんですけど……」

「なあに?」


 ルナが話し終えると、レモンは二つ返事で相談事を引き受けた。

 ……明日は私とアキも、忙しくなりそうだ。




 レモンたちが戻った翌日、《雑貨屋ルナ》の店の前には、大きな人集りが出来ていた。

 皆、《ムーンライト・キャラバン》のメンバーである。

 『午前中、講師を呼んで戦闘訓練をしますので、参加を希望する人は本部前に集合して下さい。見学のみもOKです』と、深夜にギルドメールで急遽連絡したのだが、任意の出席であるにもかかわらず、戦士や魔法使い、僧侶をメインにしている戦闘職のメンバーはほぼ集合していた。

 

「すっげえ楽しみ!」

「あんまり痛いのはちょっと……」

「訓練と聞きましたが、何があるんでしょうなあ?」

「どちらにしても、みんなで何かやるのは楽しいものですよ」


 ぞろぞろと四十数名の武装集団が動くと、ちょっとした騒動である。

 ギルドの旗───丸いお月さまに荷馬車の隊列のシルエットというデザインだった───を手に持ったルナが、一団を先導していた。


「はーい、ここが闘技場でーす」


 王国騎士団本部の隣、王立闘技場はトーナメント戦などのイベントなどでも使われるが、練習場として借りることもできる。

 ルナが代表して支払いを済ませ、石造りの壁に囲まれたそれなりに広い一区画を借りた。


「皆さんおはようございます。そして、急な連絡でごめんなさい。

 本日は戦闘訓練を行いたいと思います。

 ご存じのように、我が《ムーンライト・キャラバン》の中長期目標は『初心者卒業』、究極の目標はメンバーが無事成長しての『ギルド解散』です。

 最近は生産職のプレイスタイル相談にも力を入れていましたが、やはり戦闘も比重が大きいゲームです。

 ライカ氏にも日々ご協力いただいていますが、ライカ氏の本業は鍛冶屋さんであり、限界があります。

 やはり一度、最前線で冒険するプレイヤーの力量というものを見ていただきたいと思って、こちらのレモンティーヌさん……レモンさんに来て貰いました。

 レモンさんは『剣と魔法のサーガ』に於ける私の大先輩で、公私ともにお世話になっている人です。

 つけくわえるならば現行作でもご活躍で、『最後の戦乙女』という二つ名を持つほどの武闘派プレイヤーです」


「武闘派は余計よ。

 ……おほん。

 ご紹介に預かりました、レモンティーヌです。

 基本的なことをお伝えするにも短い時間ですが、今日はよろしくお願いします。

 さて、その中身ですが、マスター・ルナやライカ氏と相談の上で、少しだけ先を見据えた戦闘の駆け引き、その一部を体験して貰おうということにしました。

 本日は対人戦の距離感を感じて戴くために、一対一の模擬戦闘を体験して貰います。

 闘技場内は、どんなに攻撃を受けても本当のダメージが通らない練習モードに設定してありますから、安心して訓練して下さい」


 もちろん敵戦士役は私、同じく敵魔術師役をアキが引き受けることになっていた。


「二人とも、学校の先生みたい」

「一応、アキよりはずっと大人だからな。

 ……ほらアキ、呼ばれてるぞ」

「あ、うん」


 お姉さんモードの二人を余所に、アキは少々堅くなりながら自己紹介をした。

 彼女はレモンの相棒で私の娘と、この《ムーンライト・キャラバン》内では強烈なネームバリューを持っている。


「師匠、レモンさんってどのぐらい強いの?」

「さあなあ。

 今じゃレベル差もあるし、俺十人分……は言い過ぎかも知れないが、それに近いんじゃないか?」

「そんなに!?」

「すげえ!」

「おう、折角の機会だからな、フランベルジュたちはしっかり稽古つけて貰ってこい」

「アキさんはどうなんですか?」

「レモンが背中任せてるぐらいだし、上達はしてると思う。

 まりあんとは同い年ぐらいだ、遠慮せず聞いたらいいよ」

「はいっ」


 《戦士》レベル、《魔術師》レベルだけは既に私を上回った子供達にはっぱをかけ、私は多少以上にレクチャーが必要な大人達をまとめた。

 慣れない中でも『子供』たちに負けないよう頑張っている『お父さん』『お母さん』がいるのだ、それに応えるのが同じ親としての心意気である。


「えー、このように、剣にはリーチというものがありますが、実際には手の長さプラス踏み込みが加わるので、見かけ以上に射程があるものでして……」


 アキの方はと見れば魔法使いを集めて、地面に何やら図を描いて位置取りか何かを説明している。

 距離を開けての魔法の撃ちあいともなれば彼女が強すぎて訓練ならないので、これは予め打ち合わせてあった。


「レクチャーはこのぐらいにして、実際にやってみましょうか。

 斬られた時に多少の衝撃はありますが、これはフィールドでもご経験されていると思います。

 HPの表示は減少しますが任意でリセットできますから、今日は交代の目安ぐらいに考えて下さい。

 えー、ではどなたからいきましょうか?」

「じゃあ、私から」

「はい、どうぞ。

 ほら、丁度狼頭ですからモンスターみたいでしょう?」

「ええ、よろしくお願いします」

「最初は防御しかしませんから、安心して突いてください」


 空き時間には、レベルの近いメンバー同士で『チャンバラごっこ』に近い訓練をしてもらっていたが、教官の数が致命的に足りないので実はこちらの方が本命であった。

 とにかく、剣で攻撃してくる相手に慣れて貰うこと。

 自分の武器のリーチを把握すること。

 これに尽きるのだ。

 数値としての経験値は得られないが、これもプレイヤースキルと呼ばれるある種の経験蓄積であった。


「ライカさん、相手して!」

「はいよ」


 昼前まで休憩を挟みつつ何度も斬られ役をしてへとへとになったが、成果があったと実感が湧くのはもうしばらく後になるだろう。

 ちらりと向こうを見れば、レモンが少年5人を相手に立ち回り、アキが10人ほどをまとめて魔法で吹っ飛ばしていた。



「それじゃあ、いきますよ……はじめっ!!」


「うおおおおおおおお!!!!!」

「わあああああああああ!!!!!」



 今日のところはラストの大一番、運動会の棒倒しのごとく紅白に分かれての集団戦を終えた後、皆が笑顔になっていたことでよしとする。


 毎日は無理だが、たまにはこのような『お祭り騒ぎ』もいいものだった。




 ▽▽▽


 おまけ お父さん(とレモンさん)には見せられないわたしの日記帳(61日目)


 ▽▽▽



お父さん(ライカ)

 

 種族:《狼人族》LV39


 職業

  《戦士》LV3/《片手剣Ⅱ》《突き》

  《鍛冶匠》LV4/

   鍛冶技能《手入れⅡ》《修理》《精錬Ⅱ》《採鉱》《分解》

   作成技能《片手剣》《小刀》《生活用品Ⅱ》《農工具》《金属鎧Ⅱ》《投擲具》

  《料理人》LV2/《菓子》《飲料》

  《商人》LV1/ー


 装備

  《ロング・ソード》攻撃力[8]

  《イゼンア鉄のヘルメット》防御力[4]

  《牛皮のソフト・レザー》防御力[5]

  《イゼンア鉄の中盾》防御力[7]

  《狐のブーツ》防御力[2]、回避[+1]



レモンさん(レモンティーヌ)


 種族:《人間族》LV51


 職業

  《戦士》LV7/《片手剣Ⅲ》《盾》《突きⅡ》《払いⅡ》《返し刃》

  《裁縫師》LV1/《補修》《普段着》


 装備

  《レギュラスの剣》攻撃力[14]、命中[+2]、[麻痺攻撃Ⅰ]

  《小青玉のサークレット》防御力[2]、耐性[+1]

  《黒鉄のチェイン・メイル》防御力[12]、敏捷[-2]

  《タンコ鉄の中盾》防御力[9]

  《黒虎のブーツ》防御力[6]、敏捷[+3]



わたし(AKI)


 種族:《エルフ族》LV43


 職業

  《魔術師》LV6/

    《プチ・ファイアⅡ》魔法攻撃力(火)[12]、《プチ・アイス》魔法攻撃力(氷)[10]

    《エナジー・アローⅡ》魔法攻撃力(無)[24]、《マジック・ウェポン》魔法攻撃力(無)[+10]付与

    《フレイム》魔法攻撃力(火)[18]範囲攻撃

    《スリーピング》攻撃強度[15]、難易度[0]

    《アンロック》、《トラップ・サーチ》、《ガード・チャイム》

    

  《薬草師》LV2/《薬草学》、《ポーション作成》、《調香》


 装備

  《バルザック樹のワンド》成功値[+2](エナジー・アローⅡ、スリーピング、フレイム)

  《マジック・リングⅢ》(プチ・ファイアⅡ、プチ・アイス、マジック・ウェポン)

   /《マジック・リングⅢ》(アンロック、トラップ・サーチ、ガード・チャイム)

  《流れ星の魔法帽》防御力[2]、魔法防御力[+2]

  《白の魔法衣》防御力[3]、魔法防御力[+4]

  《大角鹿のブーツ》防御力[5]、回避[+2]




 はっはっはー!

 なんと今日は、ダンジョンクリアしたよ!

 ちゃんと石碑にわたしとレモンさんの名前が残ってるよ!


 ……お父さんたちにはまだ内緒だけどね。



 でも、ちょっと拍子抜けかな?

 レモンさんも、納得の行かない微妙な表情だった。

 表の盗賊をやっつけてからボスを倒すまで、1時間ちょいぐらいで終わっちゃったんだもん。

 準備にもすっごい気合い入れたのに、本番短すぎだよ。


 ディアタンで手がかり手に入れた時は、二人で両手合わせて喜んだんだけどね……。

 ラネ村のガイコツダンジョンの方が、よっぽど疲れたような気がする。

 大変は大変だったけど、ちょっと方向が違ったし。


 一度は《西の森の盗賊砦》まで行ったんだけど、入り口の盗賊が思ったより強かったから引き上げたほど。


『大抵は周辺のフィールドよりダンジョンの方がモンスターも強いから、フィールドで余裕出来るぐらいまではレベルアップしよっか?』


 ……っていうレモンさんの一言で、朝から晩まで野原でバッファローとか狼とか野盗をずーっと狩ってたよ。

 レベルの余裕だけじゃなくて、心の余裕も大事なんだ。

 慌てなきゃ、大抵はなんとかなる。それが強さとしぶとさになるんだって。


 レモンさんは主にボス対策で、毒の投げナイフとか使い切りの攻撃アイテムを買い込んで練習してた。


 私は逆に露払い役で、範囲攻撃魔法の《フレイム》を取って、しばらくは狼相手に練習もした。

 範囲攻撃は発動のイメージが難しい。ちょっとずれて、レモンさんを丸焦げしそうになったこともあった。

 慣れてきて巻き込む範囲を覚えるまでが、ほんと大変だったよ……。


 でも、ボスよりも面倒だったのがボスのペットだった。

 名前は《ブラッド・ハウンド》だったかな。

 《スリーピング》の効き目は薄いしすばしっこいしで、二度と会いたくない。

 ……ペットは素直で可愛い子にしようっと。


 それでも良かったと思えるのは、ダンジョンクリアにお宝がいっぱいついてきたからだ。

 特にボス部屋のお宝にはびっくりしたよ。

 レモンさんは名前ありの剣を手に入れたし、わたしも新しい杖をゲット。

 それに現金もいっぱいで、二人でにやにや……ってした。


 お父さんにはまだ内緒だけど、わたしとレモンさんもおうちを買う為のお金を貯めている。


 レモンさんの話では、大きなおうちでも先に『借りて』から後で『買う』のも出来るみたいなので、王都に戻ったらルナさんも交えて相談ねってことにしてあった。

 じゃないとお父さんは、ほいほいほーいっていつの間にかおうちまで買っちゃうだろうって。

 わたしも、そんな気がするよ。

 だからルナさんも巻き込んで、お父さんが先に買おうとしたらすぐ連絡を入れて貰えるようにお願いしてあった。


 お父さんは一人で頑張るつもりみたいだけど、三人で三分の一づつ出せば、もっと大きな家が買える。

 それに『買って貰う』のも嬉しいけど、『一緒に買う』方がたぶん、もっと嬉しくて楽しい。

 一人前はとってもとっても遠いけど、これはその第一歩なの。


 明日はもう一度、《西の森の盗賊砦》に行って宝箱の再回収して、明後日は王都かな。

 もう公表されちゃってるから、混む前に『もう一仕事』するんだ。




 追記だよー。


 ルナさんのギルド、いつの間にか50人ぐらいになっちゃって、それはそれですごいんだけど、お父さんが『師匠』って呼ばれてるらしい。


 ……鍛冶屋さんのお弟子さんでも取ったのかな?

 なんか想像つかないよ。


 




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