第三話「父と娘の初ダンジョン」
レモンたちとルナの初心者ギルドについて真面目な話をして数日、私たちは王都南にある農村、ラネ村まで来ていた。
先日ルナに教えて貰ったこの村の東にある《古王国の遺跡》という名のダンジョンに潜る予定で、徒歩で半日、王都から宿替えしたのである。
「ルナの話だと、一、二度潜ったパーティーは割と多いらしいんだけどねー。ちょっと面倒なんだって。
クリアもされてないけど、二層三層の宝箱でせいぜい[+1]の装備品が関の山ってことで、ドロップの具合で見切りを付けたプレイヤーは次に行ってるって話よ。
ガイトルやマリアレグの向こう側、ってことしかルナもわたしも知らないけど。
だからサービス開始二日目三日目の時点で、ルナもわたしたちに情報流せたのかなって思う」
ガイトルは私たちが拠点にしている王都から見て南東、マリアレグは同じく北東にある地方都市だ。
都市間の移動そのものは両都市に限らず比較的楽だが、街道から少しはずれた周辺のモンスターは一段も二段も強くなる。今の私たちでは配達依頼で訪れるのぐらいしか用はないが、先行組には既に種族レベルがLV25を越える猛者もいるというから、足を伸ばして経験値稼ぎに出ているのだろう。
「なるほどな。
で、面倒ってのは?」
「ダンジョンが広くて単調な上にモンスターが動物系とか《スケルトン》ばかりで、経験値にはなるけど装備にならないからって」
「……俺たちには丁度いいか」
「そーゆーことっ!
あ、ここで聞き込みはしなくていいからね。
NPCには情報流れてないし、プレイヤーだと面倒事になるかもしれないから」
貯金こそ出来なかったが、この数日で装備も更新できたし新たなスキルも取った。アキも同様に、新たな魔法とスキルを覚えている。以前に聞いた《竜人族》LV8の戦士を優に上回るほどレベルも上げたし、回復手段の準備も万端……と言いきってもいいだろう。最下層までの攻略はしないと最初から決めているから、引き際だけを間違えなければ問題ない。
この小旅行には、レモンも加わっていた。ルナは王都に置いてきたが、彼女には店があるし、職もスキルも《商人》系統に全振りでダンジョン突入は少々厳しい。
レモンも今回のゲームでは初ダンジョンで、現役の方でも最近は基本ソロ、パーティーを組むのも久しぶりだという話だ。《乙女部》時代を考えればソロプレイ一辺倒な筈もないが、幾らか心境の変化もあったのだろう。懐かしついでに甘えられているんじゃないかとは思っているが、それを聞くような野暮なことはしない。
ただ、アキが他人と組む初めてのパーティー・メンバーは彼女以外には考えられなかったし、戦闘や攻略以外に良い思い出が出来ればいいと私は思っている。
「お父さん、レモンさんとお風呂行って来るねー」
「覗いちゃダメよ?」
「あ、レモン、ちょっと待て!」
「なあに?」
「剣、出して行け」
「わーい、ありがと」
このラネ村の宿には、比較的まともな風呂がある。そのことを知ったアキが、『たらいじゃないっ!』とはしゃいでいた。……石室のサウナと水風呂だったというオチもついていたが、たらいよりはと気分を持ち直した彼女である。
二人を見送った私は《砥石》と《手入れ油》を取り出して、自分とレモンの《ロング・ソード》の耐久度回復に取りかかった。こちらに到着した昼過ぎ、ついでにパーティー戦の連携を確認しようと近場のフィールドに出て狩りをした時に、一割ほど耐久度が減ってしまったのだ。
たかが一割と侮る無かれ。下取り価格も下がるし、放置すれば十日で壊れると考えれば、さてどうだろうか。それにレベルの高い堅固な敵を相手にすれば耐久度の減りは早くなる。武器のメンテナンスは、毎日こまめに行うのが基本であった。
彼女の《ロング・ソード》と私のそれは性能面では全くの同等だが、握りの布は私が草色、彼女は青だ。NPC商店の店売り品では在庫があれば選ぶことも出来るが、私の剣はルナの店で買った中古品だったのでわがままは言えない。
《手入れ》作業では、減った耐久度に応じて『15回鍛え直して下さい』『30回研いで下さい』『耐久度回復の限度を超えています。《修理》技能で確認して下さい』などとシステムのインフォメーションが表示される。研ぐと言っても実際に体を動かすとともにスタミナ値も減るので、作業には割と手間がかかるのだ。
……もちろん、こちらで手順を覚えたからと、現実で同じ作業が出来るわけではない。
念願というほど拘泥していたわけではないが、種族レベルが《狼人族》LV15に上がった私は《戦士》LV3と《突き》を取得した後、《鍛冶匠》職も取っていた。地味ながらゲーム中でも『ものづくり』が出来る生産職に、昔から楽しみを見出しているのだ。ルナの話を聞いて今後を睨んだというよりも、《鍛冶喫茶・おおかみのす》への第一歩である。
スキルポイントを大盤振る舞いして《鍛冶匠》をLV2まで上げると、LV2スキルの中から武器の耐久度が回復出来る《手入れ》だけを取得した。スキルポイントはまだ余っているが《戦士》をLV4にするかどうか微妙なところだ。《鍛冶匠》の方で本業たる生産スキルを取ってもいいのだが、自前の鍛冶場がないことには役立たないので保留している。無論、鍛冶組合で申請しても鍛冶場は借りられるが、手持ちの素材も一切なく、場所代を回収出来るほどの商品や作品は作れなかった。
それに、だ。
実は『狼男の鍛冶屋さん』には、致命的な欠点があった。種族の特徴を活かしきれない職業スキルの選択なのである。
《鍛冶匠》に影響が大きいステータスは筋力、器用度、スタミナなのだが、当然のように《ドワーフ族》が有利であった。次点で器用貧乏ながら全ステータスがほぼ均等に伸びる《人間族》だろうか。私の《狼人族》は前衛向きと言われるだけあって筋力とスタミナは立派だが、戦闘には十分でも本業で鍛冶をするには少々器用度が低いので、どこかで補わねばならないかった。
アキは《エルフ族》LV16になると《魔術師》をLV4に上げ、新たに無属性の攻撃魔法、通常武器に魔法攻撃力を付与する《マジック・ウェポン》を取得し、補助として《薬草師》を選んだ。毎日のように購入しているポーションの値段に、これは自作する方が断然得だと結論付けたらしい。彼女が購入したレシピ───レシピがないとレベルと材料と道具が足りていてもポーションは作れない───は《HPポーションⅠ》と《MPポーションⅠ》の二種類だけだが、使い放題とは言わないものの戦闘後の回復に余裕を持たせてくれるようになった。
ついでにレモンの紹介をしておくと、彼女は現在《人間族》LV20で、《戦士》LV5とスキルポイントの消費を一点に絞っている生粋の前衛職だ。ずっとこれでやってきたからと《片手剣》《払い》《突き》を鍛えており、《片手剣》と《払い》はもうすぐ《片手剣Ⅱ》《払いⅡ》に成長するはずと笑顔を見せる彼女だった。一部のスキルは使うことで伸びるが、その手間はレベル上げよりも面倒という点は旧作と変わらないと、私も確認している。
二本とも手入れを終えた私はやれやれと肩をほぐし、道具と剣を片付けてから宿の離れにある男風呂へと向かった。
私も風呂は久しぶりだ。たらいで行水は勘弁だが、サウナなら入るかという気分にはなる。アキほど長風呂ではないので、時間差をつけても大して私が待つこともないだろう。
……実際は、風呂上がりにラネ村の名物だという冷やした蜂蜜酒を二杯、空に出来たのだが。
「おまたせ、お父さん」
「サウナに水風呂でもいいものね。……たらいよりは!」
「そう、たらいよりは!」
「そればっかりだな。まあ、気持ちは分からないでもないが。
レモン、ほら」
私は腰のポーチを開いて、預かっていたレモンの《ロング・ソード》をアイテムボックスから取り出した。
「ありがと。
……20アグでいいのかな?」
「今更だろ? サービスしとくよ」
「ダメだよ、ライカくん。
このパーティーはダンジョン調査っていう目的もあるけど、アキちゃんのパーティー初体験と冒険者教育の意味もあるんでしょ?
そこはわたしとライカくんでやりとりして、見せておかないと……」
「あー、まあ、それもそうか。
じゃあ……えー、『手入れの代金は《ロング・ソード》のNPC商店での売価200アグの一割で20アグ、精算はパーティーの解散時に行います』。……これでいいか?」
私は軽く片手を挙げて宣言した。
誰が始めたのかも分からないし決まった形式はないが、『剣と魔法のサーガ』では約束事や契約の遵守を示すポーズとして定着している。
「はい、よろしい。
アキちゃんは《魔術師》で武器持ってないから《手入れ》を誰かに頼む必要はないけど、《薬草師》の方でポーションのやり取りはするかもしれないからね。
なんとなくわかったかな?」
「はい。
お会計はきっちりしないと、後で揉めるっていうことですよね?」
「そうよ。
お金の恨みは恐いんだからね!」
「はい、レモンティーヌ先生!」
「よろしい。……なあんてね。
さ、夕ごはんにしましょ。
ライカくんも待ちくたびれたでしょうし」
ああ、そういう側面もあったなと、レモンを誘ったときのアキの様子を思い出しながら、三人でいただきますをしてチキンソテーをつつく。新しく姉が出来たような感じで、ずいぶん甘えていただろうか。
今はまだアキをソロ、もしくは他のパーティーに預けて冒険に出す気にもならないが、いつまでも私が世話をするというのも少しおかしいかと感じている。
彼女は今14歳、予行演習の意味も込めて、親離れ子離れをそろそろ考えてもいい時期かも知れなかった。
……自分の頃は、どうだっただろうか?
子供はいつの間にか成長しているものなのだという、誰かが言った言葉も忘れずにいるべきかもしれない。
今日明日という話ではないし、現実のことを考えればもう数年は余裕がある気もするが、親として頭の片隅に置いておくべき問題である。
「そういえばレモン」
「なにかな?」
「俺とルナ以外の知り合いって、誰か来てるのか?」
「うーん……知ってるプレイヤーはいたけど、親しい人は他に来てないよ。
ルナとも示し合わせたわけじゃないし」
「そうなのか?」
「うん。誰も誘う気はなかったもん。
ちょっと前に向こうで会ったときに、お盆にこの『《戦乱の向こうに》』やるつもりって聞いて、わたしもそうなのって話をしたから落ち合えただけなの。
それにわたしは……リアルの方でむしゃくしゃしてたからリフレッシュしようかなあって、こっちに参加したのよ」
「ふむ……」
「あ、でもこっちに来てほんとよかったよー。
……ライカくんに会えたから」
にへらっと笑顔がふやけている彼女だが、色々とあるらしい。
リアルの事情を問いつめるのはタブーだが、以前よりも明るく振る舞おうとする様子が、少々気にもなっている。……私の前では、特に。
誤解でなければ『そう言うこと』なのだろうが、こちらは人生も残り半分に届こうかという子持ちやもめ、無論聞くのは躊躇われた。単に懐かしさから甘えていただけでしたでは、私の立場がない。大体、懐かしさにほだされて流されたとあっては、レモンにも失礼だ。
「そりゃあ俺もだ。随分懐かしい気持ちが蘇ってきた。
誘ってくれたアキより楽しんでるかもな?」
「だったら嬉しいな。
お父さんが嫌々でゲームやってるなら、わたしもたぶん楽しくないよ」
「アキちゃんにも感謝ね。
ライカくんを誘ってくれて、ありがとう」
「えへへ、わたしもお姉さんが出来たみたいで嬉しいです」
食後は幾分のんびりと、部屋でくつろぐ私だった。ゲームはゲームとして余暇は楽しむべきだという気分もあるし、ガールズトークに割って入る勇気がなかったとも言える。
下の食堂からの帰りがけに頼んだ新たな蜂蜜酒を、ちびちびと傾ける。ハーブか何かを入れてあるのか、だだ甘いわけではないので飲みやすい。
部屋割りはこれもパーティーらしくと男女で別れ、私は一人部屋、アキとレモンは二人部屋を取って到着日はゆっくりと過ごした。余裕がなければ雑魚寝もするが、男女分けての部屋取りもある意味基本である。余計なことをレモンが吹き込んでいなければいいのだが、それも含めての冒険者教育だ。
この小旅行は、三泊か四泊の短い予定で組んでいる。ダンジョンには潜るが、深部には手を出さない。道具は持ち込んでいるがダンジョン内での本格的な野営は行わず、大休止によって危険地帯での休憩方法をアキに見せる予定だった。
翌朝、便意で目覚めた私は、水洗式のトイレ───石造りながらもプレイヤーを意識して作られたであろう世界観ぎりぎりの作り───で用を足し、少々早いながらも出立の準備をした。
VR世界時間で一定の期間以上を連続して過ごす場合、定期的な便意の誘発が法律で義務づけられている。便意を完全にシャットアウトして長時間過ごすと、現実への復帰後に悪影響が認められるのだそうだ。勤め先のVRファクトリーなどでも同様だが、あちらは休憩時間に合わせて誘発するようなプログラムが組まれていた。
このゲーム内では、どうやら宿屋か睡眠が便意のキーになっているらしい。日中に催すことはなかった。
ちなみに性欲の方はもっと細かな規定があり、12歳以上の未成年も参加する『剣と魔法のサーガ』では、度を越えた性欲はシステム側で情動がブロッキングされる。現実世界でも違法とされるような強引な行為には、キャラクターの一時凍結やゲーム内での収監を含めた処分もあった。キスとその少し先までは大丈夫という裏には、システム的な意味も含まれているのだ。
「おはよう、お父さん」
「おはよ、ライカくん。よく寝た?」
「おはよう、二人とも。
俺はな、どんなに眠くても大事な用のある日だと思いこめば、眠気が醒めるんだ」
「……便利な体質だね」
こちらに来てからの数日では一番早い出発だが、実際はそう早い時間でもない。体感だが、アキが朝練───中学校では陸上部に所属している───に出るのと同じ様な時間だろう。
日の出と共に宿を出立した人々も多少いるようだが、そこまでの効率プレイを目指す気はない。
「おほん。
今日はどんなに余裕があっても第一層までしか降りないし、第二層の降り口を見つけた時点で出口付近かフィールドに戻って狩り、の予定です。
移動は先頭ライカくん、中央がアキちゃん、殿軍がわたし。
戦闘はライカくんとわたしのツートップね。アキちゃんは支援と警戒よ。
死者が出た場合残りのメンバーはアイテム回収後、村に帰還してそのまま王都に戻ること。
それから、特にアキちゃん」
「はい?」
「道中はまだ王都に近いから大丈夫だけど、ダンジョン内はPKが許可されてるから要注意ね。
超高レベル帯の現役PKプレイヤーは向こうに留まってるはずだけど、三日間限定ってとこに目を付けて、向こうじゃ大したこと出来ない中堅さんが調子に乗ってやんちゃなプレイをやり捨てていく可能性もあるし……自分でも言っててイヤな感じだけど、通りすがりの誰かさんに出会っても、親切そうに見えるからって気を許しちゃダメよ?」
「はいっ」
このパーティーのリーダーはレモンである。きりりと気を引き締めたその表情と口調は、ルナが言うところの『姐さん』らしさに溢れていた。
レベルも高く、この三人の中では現役組の彼女が最適だ。実は今回の小旅行が私のリハビリも兼ねていると言うのは、私とレモンだけに交わされた暗黙の了解である。
経験値も含め、まだまだプレイヤー・キルでうま味が出るほど私たちも財産を持っているわけではないが、注意するに越したことはない。本格的PKの為の練習などと、実にはた迷惑な理由で行われる場合もあった。
「では、出発!」
完全に切り替えているなと思った矢先に『ね、こんな感じでいいのかな?』と笑顔で聞かれても困るのだが、ともかく私たちはダンジョン《古王国の遺跡》に向けて出発した。
ラネ村周辺は、景色としては王都の《南の草原》と大差ない。道沿いなら、王国の命令や依頼で巡回する騎士や冒険者たちのおかげもあって、治安度も高かった。違うとすれば、モンスターと採取品の種類ぐらいだろうか。
少し力を付けた冒険者が腕試しを行うには丁度いい様子で、数は少ないが、村のそばで狩りに精を出すパーティーは幾つか見かけた。第二集団だろうか、会話を聞くに家族らしい様子はない。昨日は私たちもその一員で、パーティー戦に慣れる意味も込めて目に付く側から《グリーン・フォックス》や《レッド・ワスプ》を狩っていった。
だが、今日私たちが向かうのはダンジョンだ。
道中、この周辺をテリトリーとするモンスター《グリーン・フォックス》には幾度となく襲われた。ダンジョンまでは道を行くわけではないから、巡回の恩恵はないのだ。
「ライカくん、右!
アキちゃんは周辺警戒!」
「了解!」
「はい!」
《グリーン・フォックス》は、強さそのものは《北の荒れ野》のトカゲと大差ないが、少数ながら群で襲ってくる。ついでに戦術と呼べるほど高度ではないものの、負傷したプレイヤーに集中するという少々厄介な特性を持っていた。
幸いこちらも成長しているし装備も良くなったから、傷を受けてもほんの少量のHPを削られるに留まる。
しかし、怪我は積み重なるものだ。それはポーションや魔法の消費に繋がり、パーティーの継戦能力を着実に奪って行く。故に格下相手でも気を抜くの愚策である。
「奥は任せた!
その2匹はこっちで引き受ける!」
「うん!」
私とレモンは、アキを守って位置取りをずらしながら《グリーン・フォックス》を屠っていった。アキは私たちが突破された時に備えて魔法の準備だけはしながら、周囲の警戒を続けている。
「これでお終いか」
「6匹かあ。ちょっと多かったね」
<プレイヤー側の勝利です。
ドロップ品を6つ入手しました>
「えーっと、《狐の皮》が5個に《狐の尾》が1個」
「《狐の尾》のドロップは10%だっけ?」
「『M2』の頃はそうだったな。うろ覚えになってるが……」
回収を済ませては再び遭遇戦という繰り返しを強要されつつ、私たちは目的地《古王国の遺跡》へと辿り着いた。
外観は廃墟そのものだ。3mほどしかない大通りに、幅の狭い側道と打ち捨てられた石造りの家が沢山並んでいる。少し向こうには十字路が見えた。
「誰もいないね……」
「そうだな」
「とにかく、一度まっすぐ進んで奥まで行きましょうか」
足跡やノーマルの宝箱などは日付でリセットされるが、人の姿は何処にも見えない。
頷きあってから、慎重に足を踏み入れる。
大通りを真っ直ぐというのも芸がないが、わからないままに袋小路に入り込むのも危険だった。
建物の扉や窓も注意しながら大通りを進む。中に入って調べるのは後回しだ。
十字路で一度待てのサインを送り、顔を半分だけ出して偵察する。
物音一つしなかった。動くものもない。
大丈夫らしいと手を挙げ、二人を手招きする。
「アキちゃん、分かれ道や曲がり角は一番注意するべき場所なんだけど、それに気を取られ過ぎてもいけないの」
「はい」
もう一つ分街区を歩いて同様に十字路を偵察をすると、今度はモンスターがいた。
立ち上がった姿は1m程もある大きなネズミだ。甲高い鳴き声を上げている。
『M2』での《ジャイアント・ラット》の攻略法はどうだったかなと思案しつつ、私はそっと二人のところに戻った。
「右に大ネズミが3匹。どうする?」
「《ジャイアント・ラット》ね。
正面からでもいけなくはないけど、案外しぶといからね。《ロング・ソード》なら三、四回かな?
……奇襲出来そう?」
この『《戦乱の向こうに》』は、基本的には現行の『《神竜の夜想曲》』のシステムが流用されているそうで、初見……いや、十数年振りに見る相手も含め、戦闘前にレモンのレクチャーを受けることにしていた。
「……いける」
「よっし。
アキちゃん、十字路だから、前後とネズミが居ない方の見張り、よろしく」
「はいっ」
「わたし先鋒、ライカくん次鋒。
カウントは三」
「了解」
今度は三人で十字路に近づく。
レモンがこちらに笑顔を向け、後ろ手に左手をちいさく振る。私は頷いた。
指が三本。
二本。
一本。
《ロングソード》を手にレモンが駆け出し、私も続く。
先手はこちらが取った。レモンのすぐ後ろを続いて走る。
レモンは一番近い《ジャイアント・ラット》に一撃をたたき込み、そのまま走り込んで今度は奥の一匹を斬りつけた。
「お願いっ!」
「はいよ!」
私はレモンが最初に一撃をくわえた《ジャイアント・ラット》が怯んでいる隙に二回ほど斬りつけてとどめを刺し、横手の一匹に向かい合う。
これで二対二だ。
「それっ!」
レモンが奥の一匹を倒した。
それを横目に、私も正面の一匹に斬りかかる。油断は禁物だ。
一撃加えては二歩下がり、反撃をかわす。
赤く光る目に睨まれながらそれを三度ほど繰り返すと、大ネズミは光の粒子になった。
「こっちは大丈夫。
ライカくん、怪我はない?」
「ああ、ない。
『M2』と同じで、ヒット&アウェイが通じた」
「流石」
「おつかれさまです。
今のところ別のモンスターはいませんでした」
「アキちゃんもお疲れ。
でも油断しないでね。このタイミングが一番危ないから。
さっさとドロップ回収して、元の道に戻りましょ」
「はいっ」
《ジャイアント・ラット》を排除殲滅しつつ、遺跡の反対側に達する。街区にして10、距離にして400mほどだ。
単に大通りを突き進んできただけだが、思ったよりもエンカウント率が低くて助かった部分もあった。大抵のダンジョンは、地上にあるフィールドよりもエンカウント率が高く設定されている。もっとも、地下に潜ればここもその限りではないだろうが……。
「レベル、上がったね」
「ここまでで一つづつか」
「そうね。でもねえ……」
「うん?」
「《ジャイアント・ラット》、能力は変わらなかったけど、経験値は下方修正されてる気がする。
そりゃ見切りもつけるよ……」
休憩の準備をしながら、レモンが愚痴っている。
私も携帯食を取り出し、敷物を広げて座り込んだ。
アキは見張りだ。小さな岩の上に乗っておっかなびっくりで周囲を見回しているが、その実、私とレモンも向かい合ってお互いの背後を警戒している。
「ラネ村の近くで《グリーン・フォックス》狩る方がまだマシか?」
「一戦あたりの経験値は《ジャイアント・ラット》の方がまだ上だけど、手間とエンカウントとドロップ考えるとそっちの方がいいかなあ。
下層次第だけど……うん、微妙」
私は堅いパンを齧り、水筒の水で流し込んだ。
大抵のアイテムはポーチのアイテムボックスに入れられるが、料理の大半はその例外となる。手で持ち運ぶことは出来るので、バスケットにサンドイッチを詰めてフィールドに出ることも無理ではないが、戦闘のたびに一々置いては回収する羽目になる。故に携帯食カテゴリーに入る一部の料理を持ち運ぶか、食材の形で現地に持ち込んで料理をしなくては、野営中にまともな食事を食べることは出来なかった。
「アキ、交代だ」
「はーい」
レモンはダンジョンマップ───ダンジョンに限らず、ランダムマップを除いて一度歩いた場所はオートマッピングされる───を見ながら、階段のありそうな場所に当たりをつけているようだった。全ての辻が十字路ではなかったことから、遠回りしていそうな場所をピックアップしていくのである。
必ず当たるとは限らないが、『左手の法則』とどちらの手間が少ないかは運次第、廃墟型でいくつもの十字路で区切られている《古王国の遺跡》表層では若干レモンの判断に軍配が上がる程度のものだろう。
「はい、休憩は終了しよっか。
次は入り口から見て左手、こっちから見ると右手の街区の奥を順に見て行って、ハズレならその反対側を確認する。
……こんな感じでどうかな?」
「そうだな。
まだしも可能性が高いか」
指標となるものもないし、前情報でも下層への降り口の情報はなかったから特に異論はない。見つかるまで、全区画を虱潰しにする可能性も考えていたぐらいである。
私たちは休憩前と同じく、私を先頭にして再びダンジョンの調査を始めた。
今度は廃墟となっている建物にも入っていくので気を抜けない。
入り口から逆に見て、一つ目の辻を曲がって最初の廃墟には何もなかった。二つ目は《ジャイアント・ラット》。倒してから調べるもやはりハズレ。
面倒だが、地道にやるしかない。
「はい、五つ目もハズレ、っと」
「……そう言えば、昔もこんな感じで一カ所づつ調べて行ったけど、誰も降り口を見つけられなくてだな。
《盗賊》技能持ちを連れてきて調べ尽くしたんだが、それでも無理だった」
「へー、それで?」
「村の古老にもう一度話を聞いてから、別のダンジョンにある鍵アイテムを先に手に入れろってオチだった」
「それはもしかして───」
「待て、何か居る!」
残念ながら種族特性の《嗅覚》はレベルが低すぎて役には立たないが、視界の隅に何かを捉えた。
皮鎧に剣、遠目には《人間族》に見える。歩く様子から、NPC盗賊ではないなと判断を下す。
「冒険者だ。ソロの戦士だな。
対応は普通でいいか?」
「そうね。
アキちゃん、出掛けにPKの話はしたけど多分危険はないと思う。
ライカくんの後ろで立っていてくれればいいわ。
……この近場だと、実際はそうそうないものよ」
「はい」
こちらを見つけたのか近づいてくる様子で、私も軽く手を挙げる。
《人間族》の男性に間違いない。相手も私と同じように反応を返した。
王都付近では誰かとすれ違っても黙礼程度で済ませていたが、PKへの警戒と相手もそれなりにゲーム慣れ───完全な初心者はこの時期ダンジョンにはいないと思われる───しているだろうと見越しての挨拶である。
中身はともかく、見かけは二十歳頃の若い男だ。身長は私よりも高い180cmほど、腰の剣は私たちと同じ《ロング・ソード》である。
「こんちわー、先客さん」
「ああ、こんにちは」
「レベル上げっすか?」
「いや、どちらかというとダンジョン慣れをするのが目的かな。
ソロで潜るなんていつになるやらだよ」
「うーん、兄さんならすぐじゃないっすか?
なんか、こう、ゲーム慣れした感じが半端じゃないっすよ」
そんなものかと肩をすくめる。体臭のないゲーム中でも加齢臭がにじみ出るものなのか、気になるところだ。
「それに美人連れが心底羨ましいっすよ」
「……家族を褒められると悪い気はしないな」
「あ、っと……失礼しました、ご家族でしたか」
《人間族》でもキャラクター・メイク時に外見年齢を操作することは多いが、狼男はより年齢不詳だ。それでも何となく私の年齢を察したのか、彼の口調が改まった。私も同様にそれを察し、社会にはまだ出ていない学生だなとあたりをつける。
それに……多分、レモンを妻と勘違いしているのだろうが、訂正はしない。ナンパ目的でVRゲームにのめり込む連中は、後を絶たなかった。R12の自主規制でゲーム内での性行為が実質的に排除されている『剣と魔法のサーガ』でも同様で、ゲームでいい格好を見せて仲良くなり、あわよくばオフ会に……という流れである。
それらをおくびにも出さず、私は何気ない風を装って続けた。
「ゲームに歳も何もないさ。
中学生のギルマスに三十越えたいい大人が心酔することだってあるんだ。中身で勝負だよ」
「そうそう、いい男は中身よね?
あ、自己紹介がまだだったわ。この狼男はライカくん、わたしは『妻』のレモンティーヌ、この娘はアキちゃん。
よろしくね」
「……おい」
……彼の誤解にレモンが乗った。しかも自分から乗って大照れしているところは、芸人で言うところのツッコミ待ちというものなのだろうか?
アキは笑いを堪えているのか、咳で誤魔化している。
「あ、はい。
自分はコーリングっす……です。
一応経験者組で、『《神竜の夜想曲》』では《スシ教会》に所属していまして───」
「あのギルド、まだあったのか!?」
「ご存じなんですか!?」
「ああ。昔この『剣と魔法のサーガ』をプレイしていた頃も、《スシ教会》はあったよ。
結構な人数がいたなあ」
「《スシ教会》ってそんなに昔からあったの!? 料理がまともになった『《魔界の入り口》』ぐらいからだと思ってたわ。
『M2』の頃はあんまり外とおつき合いなかったから……」
レモンは知らなかったようだが、《スシ教会》は入会時に寿司好きかどうかだけが審査される趣味人ギルドとして、一部で有名だった。ギルドの本拠地に飾られたご神体は《大工》に特注したクロマグロのオブジェで、彼らが何処まで本気だったのかは未だに分からない。
『M2』当時は不遇だった『剣と魔法のサーガ』内の料理も、現在では香りも味も食感もある本格的な再現がなされているから、当時の見た目ばかりの寿司とは比べものにならないだろう。……それほど親しくはなかったが、現実世界でもいつか自分の店を持ちたいと頑張っていた彼は元気だろうか。
「わたしは『《神竜の夜想曲》』だとソロなんけど、《スシ教会》の名前はもちろん知ってるわ。
確か王都の《寿司処・まつ風》の大将さんがギルマスなのよね?」
「そうです、サンマさんです。いやあ、おやっさん有名なんですねえ」
「待ってくれ。
サンマって、もしかして桑江田秋刀魚か!?」
「はい!
ご存じなんですか?」
正に今、思い浮かべていた相手だった。常連と言うほどではないが、それなりに親交のあったプレイヤーだ。
彼と知り合ったのは、包丁の注文を受けたことがきっかけだったように思う。今時珍しい名前───大昔はともかく、今時名前に漢字を使うプレイヤーは少ない───と、フレンドだったらしい《狼人ホーム》の専業農家プレイヤーの紹介で《おおかみのす》にやってきたことは覚えていた。
「サンマとはそれほど親しかったわけじゃないが、会えば話をする程度にはつきあいがあったな。
それにしても、まだゲームを続けてることに驚くよ。
確かリアルでも寿司屋を開くって頑張ってたはずなんだが……」
「おやっさん、リアルでも店持ってますよ。
北海道の方なんで行ったことないっすけど」
「お、夢が叶ったのか!」
「ついでに、おやっさんもこの鯖に来てますよ。今は下積みだからって、王都の港で《漁師》やってます」
そうか、あいつが居るのかと私は相好を崩した。
それにしても、寿司屋は盆休みをずらさないのだろうか。里帰りした家族に寿司でも取って……と、逆に稼ぎ時のような気もした。
「……あー、リアルの方の店、放り出して大丈夫なのか?」
「……さあ、俺にもわからないっす」
いや、個人経営の店なら企業のように交代で休むことは無理だろうし、店によるのかも知れないが、盆にきっちりと休む方が正しいか。北海道と言うことなら、流通よりも漁師と申し合わせて休んでいるのかも知れない。疑問は尽きないが、本人に聞けばいいだろう。
「どちらにしても王都に戻ったら尋ねてみるよ。
いやいや、実にいい情報を貰った、ありがとう」
「はい、おやっさんにも伝えます」
ひとしきり雑談を交わした後、私たちは一層の入り口は知っているというコーリングの言葉に甘えることにした。
彼はおやっさんことサンマが『《戦乱の向こうに》』に参加するというので、一人ぐらいは《スシ教会》からつき合うかと志願したそうである。盆休みとあって帰省など現実世界での用事や、現行の『《神竜の夜想曲》』のゲーム内店舗《寿司処・まつ風》の営業もあり、他のメンバーは同行を諦めたらしい。
「ともかく、おやっさんは店から滅多に動きませんからね。
地方でしか手に入らない食材とかドロップ系の食材はたぶん、俺が走り回らなきゃだめなんです。だから今の内にって鍛えてるんっすよ」
「サンマが慕われてるのはよく分かったが、コーリング君も大変だな……」
「おやっさんにはゲームのことから寿司のことまで、何でも世話になってますからね。軽いもんっす。
……ああ、ここです」
第一層への降り口は民家の地下室への階段で、風化した石壁に囲まれていた。隠されているわけではなかったが、表口からは見えない造りになっている。
レモンの第六感もなかなかどうして、大したものだった。第一の予想と大してズレがない。ゲームとのつきあいが長い分、無意識に開発者の癖でも読みとっているのかもしれなかった。
「俺はこのまま適当に一層をうろつきますけど、ライカさんたちはどうされるんっすか?」
「まずはダンジョン慣れが先かな。
しばらくはこの降り口の周囲で準備だよ」
「じゃ、お先に。
おやっさんもですけど、店出来たらそっちもよろしくっす」
「ああ、楽しみにしてる」
「またね、コーリングくん」
「さ、さよならっ」
コーリングは照れ笑いを浮かべ、たいまつを片手に奥へと消えていった。
ちらりと見えた内部は洞窟タイプではなく地下室タイプのダンジョンで、表層と同じく基本は格子状の構造と予想される。一般論だが採集品が少なく、宝箱が多い。
「に、賑やかな人だったね……」
「ん? アキは緊張してたのか?」
「ちょっとだけね」
「学生さんだったのかな?
アキちゃんよりも年上で、わたしよりも年下だと思う。
キラーじゃなくてよかったわ」
「だな。むしろ会えて良かった」
私はたいまつに火を着けた。
もう少し人数が多ければ、前後はたいまつ、中央はランタンという配置も取れるのだが、今回はダンジョンに潜っても数時間、たいまつの安くて投げ捨て可という利点を取っている。
「内部は徘徊してるモンスターも上より多いはず。気を抜かないでね」
「はい!」
「了解。
……入るぞ?」
「お願い」
私は盾をアイテムボックスに収納して左手にたいまつを持ち、右手には《ロング・ソード》を握った。コーリングと同じように階段を下りて行く。
中は薄暗い程度で、15m程先の突き当たりまで見通せた。種族技能《夜目》の本領発揮である。
「降りてすぐは大丈夫だ。
奥はT字路になっている」
「はーい。
アキちゃん、ライカくんに続いて。
壁には触れないでね」
「はいっ」
私も壁に触れないよう気をつけながら、一足先にT字路まで進んだ。
壁は……運が良ければ《探索》技能不用の隠し扉が見つかる事もあるのだが、罠のスイッチが隠れている事も多い。
T字路まで辿り着くと、左右を見回し……出会い頭だった。
「《スケルトン》!」
ぼろぼろの鎧を着て錆びた武器を持つ骸骨は3体、レモンに伝わるよう声を張り上げ、剣をたたき込む。《スケルトン》はがしゃりと倒れ込んだ。
廊下の幅は2体が剣を振るうに十分だ。残りが並んで私に迫る。
「えいっ!」
「ふん!」
追いついてきたレモンは右の《スケルトン》の小剣を剣先で払い退け、更にもう一撃を叩き込んだ。
私も続いて左手の《スケルトン》を倒れ込ませる。
やっかいなのはここからだ。
骸骨野郎は《ジャイアント・ラット》よりもタフだった。負の生命力が続く限り復活するのだ。
がしゃりと崩して僅かな時間を稼ぎ、一体づつを相手にすること数度。《スケルトン》は光の粒子となって消えた。
<プレイヤー側の勝利です。
ドロップ品を4つ入手しました>
「……3体を倒して4つか」
「《錆びた剣》が2本に《錆びたダガー》、《割れた鉄兜》……未鑑定アイテムもなしかあ。
これは全部ライカくん預かりだね」
まだ取得していないが、《鍛冶匠》には《解体》という武器を鋳潰して素材化するスキルがある。目減りはするし燃料も使うが、失敗作や使い物にならない武器防具を再利用できるので、使いどころを間違えなければかなり有用だ。
欠点は同じスタミナ消費なら武器を鍛える方が経験値を得られることと、鍛冶場に鉱石を素材にするための《精錬炉》がないと使えないこと。つまり、今ドロップした品々は、かなり先まで死蔵することが確定であった。
「うー、見てるだけでも気持ち悪かったよ」
「見た目はホラームービーの骸骨そのままだからなあ」
「アキちゃんもそのうち慣れるって」
「恐い映画、きらいなんです……」
手に武器を持って襲ってくる連中の中では比較的戦いやすいく、人型のモンスターでは弱い方でも、慣れないうちは見た目も相まって強敵だ。人体模型並に精密なおかげで、《ゾンビー》とともに忌避するプレイヤーも多い。
再び隊列を組み直し、マップを確かめながら扉の見えた右手奥に向かう。
石壁に木戸の典型的な地下室ダンジョンは基本的に直角で構成されているので、隠し部屋などを見つけやすい。もちろん、盗賊の《探索》技能が必要なものもあるが、今回は手を出さない。
《スケルトン》が徘徊するレベルのダンジョンには、即死トラップはついてなかったはずと、一度二人を下がらせてたいまつを床に置き、扉に向かい合った。たいまつすぐには消えないので、短時間なら手放すこともできる。
「開けるぞ?」
「うん」
これで鍵が閉まっていたらお笑いだと思いながら、取っ手は軽く開いた。
たいまつを再び拾い、剣を持つ手に力を込める。
レモンとアキに頷いて、私は扉を蹴り開けた。
「また《スケルトン》か!」
今度は完全な奇襲に成功したらしい。
目の前の一体を叩きつぶし、扉から僅かに下がって陣取る。数は4。
扉の幅を利用して同時に攻撃してくる相手の数を制限するという、基本的なテクニックだ。
廊下がもう少し狭ければレモンと二人で扉の左右に陣取る手もあるが、この幅では回り込まれる危険があった。少し時間がかかっても堅実に勝てる方を選ぶべきだ。それに背後の二人が廊下側を警戒してくれるおかげで、私も目の前の敵に集中できた。
叩いては潰し、斬っては倒す。
「交代する?」
「大丈夫、後二体だ」
まともに四対一を強要されれば苦労するが、一対一なら押し負けない。
ほどなく4体の《スケルトン》に勝利出来た。
「怪我もなかったしドロップもさっきよりましだが、これは確かに面倒だな」
「何か出た?」
「《?ネックレス》が出た」
名前の頭にクエスチョンマークのついたアイテムは未鑑定品で、そのままでは効力も性能も分からない。強引に装備して効果を確かめることもできるが、呪われていた場合に面倒───具体的には装備が外せなくなる───が起きるので、普通は《鑑定》技能を持った《学者》に任せるか、街まで持ち帰って鑑定屋で手数料を支払うことが普通だ。
また同じ呪われたアイテムでも、例えば序盤、攻撃力[2]の《ナイフ》しか持っていない時に、攻撃力が[7]ある《呪われたロング・ソード[-1]》を手に入れたならば、装備するかどうか検討する余地がある。呪われた装備を外すには、各地の神殿でお祓いを受ける必要があった。
「《スケルトン》の持ち物なら、いいとこ数十か行っても100アグぐらいかな?
ゴミの可能性もあるし……」
「せめて鑑定料金ぐらいは出て欲しいところだな」
私は安全と宝箱の有無を確かめてから二人を小部屋に招き入れ、自分は扉の際に立って歩哨を引き受けた。少し息を入れさせる。
「お父さん、鑑定屋さんって高いの?」
「昔はかなり高かったかな」
「今も高いわよお。
NPCの鑑定屋で一品が50アグ、割引の効くプレイヤーの鑑定屋はまだないわね。
お風呂のあるホテルに泊まれるわ」
「……《鑑定》取ろうかな」
「うーん、プレイスタイル次第だけど、《鑑定》はスキルポイントの無駄になるかなあ。
アキちゃんはわたしと同じで、冒険メインでしょ?」
「あ、はい」
「もちろん、趣味として譲れない場合は別よ? わたしもね、総合力下がるってわかってても、《料理人》と《裁縫師》は取るつもりだし……。
例えばライカくんが鍛冶屋の副業に鑑定士するならありだけど、《学者》職で1ポイント、《鑑定》技能で1ポイントは大きいわ。鑑定は街に戻れば出来るんだし、お金で解決できる問題だからねー。
同じ2ポイント使うなら、《神官》職と《ヒーリング》の方がまだいいかしら。
月一でお祈りに行かなきゃならないから、ちょっとだけ面倒だけど」
「組み合わせは自由なんだが、やり直しが効かないからな。
アキもそこだけは注意かな」
「うん。
どっちかだったら……料理かなあ」
《神官》職は装備に制限無く回復魔法を使えるのでサブ職として選ぶ者も多いが、最低限ひと月に一回は神殿やほこらで祈りを捧げないと、信仰心が低いと見なされて能力が使用不可能になってしまう。
また上位職の《司教》や《神官戦士》、《聖騎士》でないと、本格的な回復魔法は使えない。上を目指すなら、多少厳しい道が待ってるのだ。
「さ、誰も怪我がないし、次に行きましょう。
ライカくんもカンを取り戻しそうだし、アキちゃんも今のうちに数こなさないとねー」
「はいよ」
「わかりました、がんばります」
更に二部屋ほどを探索し、《スケルトン》からアイテムボックスの肥やしとしか言いようのない役立たずの武器防具を更に幾つか手に入れた。レモンが渋い顔でへの字口をしている。
アキには休憩時の注意やテクニックを伝授していったが、私がレモンに教わることも多かった。
特にシステム上での変更が行われた、私の知るそれとは異なっていた休憩時の回復テクニックについては、流石レモンと素直に感謝する。ポーションや回復魔法などは、戦闘時には額面通りの性能しか発揮しないが、休憩時はリラックスしていると見なされてほんの数%だが効果が増すのだという。検証を行ったプレイヤーには感謝をしたいところだった。
小さな情報でも、知るか知らないかが生死の狭間を分かつこともある。同じ作業でも効率が変わることもあった。私も昔は《鍛冶匠》の技能を色々な角度から検証し、一喜一憂していた。歯ごたえのある論理パズルと向かい合うようでなかなかに手強いが、開発者の意図を見抜いて結果の予想を立て、見事に当たっていたときは実に楽しい。
人によってはダンジョンを踏破したり魔法を放つ方が楽しいだろうし、『剣と魔法のサーガ』ではそちらこそが王道だ。しかし、頭を使って未知の隙間を埋めることも、ゲーム攻略の一部なのだと私は思っている。
休憩、調査、敵がいれば戦闘。基本的にはこの繰り返しだけで、ダンジョンの探索は成り立っている。私たちは下層に降りる階段を探しつつ、自動でマッピングされる地図を埋めていった。
事前に聞いていたように、確かに実入りは悪く面倒だ。《スケルトン》は戦闘回避を考えるほど強くないが殲滅には少々時間を食うし、手に武器を持つ相手───つまりはリーチが長い分、動物型モンスターより警戒も必要なのだ。
私たちは幾度目かの休憩で、地図から階段の位置は奥まった遠い場所と予想し、今日は地上に戻って狩りを続けることにした。
「地下って、なんか緊張する……」
「そのぐらいで丁度いいさ」
「そうね。
なーんだ簡単! って言われたらどうしようかと思ったわ」
「あはは……」
ダンジョンからの帰り際、《グリーン・フォックス》を狩る合間にそんな話をする。
先手を取れるとは限らないが連携にも慣れてきて一戦一戦が安定してきたし、ダンジョン内よりは気楽で稼ぎも大きいのでモチベーションが維持できる。単品では未確定アイテム《?ネックレス》の方が高いかも知れないが、《グリーン・フォックス》がドロップする皮と尾は素材にしかならない壊れた武器防具よりは余程高値で売れる。
稼げるうちに稼ごうとばかりに働いた結果、夕刻宿に戻るまでの間に私たちはもう一度、レベルが上がった。あまり暗くなると徘徊するモンスターも変わるから、時間の余裕を見て戻るぐらいで丁度いい。
「コーリングさん、いないね。
王都に帰ったのかな?」
「ダンジョンから死に戻ってる可能性もあるわね……」
「色々話をしてみたかったんだがな」
結局この日、彼に出会うことはなかった。少々惜しいがこればかりは仕方がない。
それ以外には特筆すべきこともなく、翌日、私たちは再び《古王国の遺跡》へと向かった。
往路、出会うモンスターをドロップ品に変えながら、昨日の続きでマップで判明している第一層の最奥手前までは寄り道をせずに向かい、小部屋の扉を開けていく。
「あー、もう!
これ、表層とはぜんぜんリンクしてないわね」
「みたいだな」
「階段、どこなんだろ……?」
昨日と合わせ、私たちは第一層のほとんど全域を巡る羽目になった。当初よりその予定ではあっても、単調な調査・戦闘・休憩の繰り返しはつらいものだ。
朝から探索を続けて幾度も《スケルトン》を下し、マップの未確定領域が残り一割程になった頃、ようやく第二層への階段が見つかった。小部屋を一つ占拠して休憩し、皆で肩の力を抜く。
「『左手の法則』が使えない位置に階段を配置する……意地が悪くなってるわね。
王都近郊の初級ダンジョンなら、もっと単純な配置でいいと思うんだけどなあ」
「……運営や開発側にも、言いたいことはあるんじゃないか?
戦闘組と後方組が住み分けるってわかってるなら、少しぐらい歯ごたえのある方が戦闘組には受けるだろうとか?」
「その割に表層は碁盤目状、第一層は廻廊配置で、構成そのものは単調だったわ。その代わり、確かに面倒なほど《スケルトン》がいたけどね。
まるで先行組をわざと回避させるような……?」
レモンは考え込んでいるが、先行組はそのぐらい気付いていそうな気もする。『M2』の頃は、ダンジョンの配置やイベントの癖から、デザイナーの名を割り出すような連中もいたのだ。高レベルのいわゆる廃人ゲーマーがいないからと、あまりプレイヤーを舐めてかかるものではない。
後回しにする理由としては、将来のキーアイテムが眠っていても現在の条件では手が出せないとか、やはり成長効率が悪すぎるとかそのあたりだろうか。
おかげで静かなダンジョン攻略をアキにさせてやれるのだから、私に文句はなかった。
「はぁ、悩んでも解決しないか」
「だな。難しいことは、攻略してる連中とNPCの勇者様に任せるもんさ。
……行くか?」
「そうね。アキちゃんは大丈夫?」
「はい、休憩完了です」
「階層が一つ深くなっただけでもモンスターの強さが急に変わるかもしれないから、気を付けてね」
「はい!」
「……じゃ、降りるぞ」
私は警戒心を強めながら階段を降りきって、周囲を見回した。
第一層とは大同小異の地下室型で、通路の幅も変わらない。その通路は少し先で折れていて、手前に木の扉があった。
しばらく様子を見たが、敵の姿は見えないし気配もない。
「階段の下までは大丈夫だ。小部屋が一つ」
「はあい」
私は通路の折れた先まで先行し、モンスターがいないことを確かめてから、木戸の前で《ロング・ソード》を構えて彼女たちの到着を待った。
「開けてみるか?」
「そうね、今なら完調だし……アキちゃん、曲がり角から半分だけ顔出して、モンスターがこないか見張ってて」
「はい。……準備おっけーです!」
アキが通路の折れ口、私が扉の前、レモンはその中間でどちらもバックアップ出来る位置に陣取る。
「行くぞ?」
「行って!」
私は扉に鍵がないことを確認し、いつもの要領で小さく開けてから扉を足で開けた。
「《スケルトン》だ! 数は……8体!?」
「多いわね」
「扉が使えるだけましさ」
口にしながら、目の前の一体を叩きつぶす。
入れ代わった《スケルトン》にも一撃。あとはこの繰り返しだ。
「アキちゃん、わたしと交代!
ライカくんに《マジック・ウェポン》!」
「はい!」
時間が掛かりすぎると見たレモンの指示に、アキが走ってくる。
「お父さん、《マジック・ウェポン》!」
「おう!」
右手の《ロング・ソード》が、僅かに青みがかった光を帯びた。
《マジック・ウェポン》が掛けられた武器は、通常の攻撃力にそのまま魔法攻撃力が上乗せされ、一撃の威力が大きくなる。今の場合なら三手四手で倒せる《スケルトン》が二手三手で倒せるようになるから、必然的に戦闘時間が短縮され、結果危険度が減る。他にも、通常武器の効かない《ゴースト》や一部の魔獣にも有効であった。
但し効果時間は1分ほどで必要な魔力も《プチ・ファイア》2回分と、コストが見合うかどうかは状況次第である。
「まずっ!
こっちも来た!
アキちゃんはもっとライカくん寄りに下がって!」
ちらりと視線を向ければ、レモンが剣を握って飛び出していくところだった。
もちろん早めに片を付けて支援に回るべきだが、《スケルトン》の残りは5体。
「アキ、あと20秒ほどで……!」
まったく、忙しいことだ。
復活した一体を切り伏せながら指示を出す。
「こっちの魔法が切れる!」
「お父さん!?」
ゲームでなければ剣を力一杯振りながら口を開くなど、四十代の私には無理な運動量の要求だ。
「もう一度、《マジック・ウェポン》! その後はレモンの援護!」
「うん!」
残り4体、最初の半分まで敵を削ったところで魔法が切れ、剣は青い輝きを失った。
「アキ、頼む!」
「《マジック・ウェポン》!」
魔法を掛けて走り去るアキを横目に、私は私の仕事を続けた。
合間に聞こえる剣戟の音と指示を出すレモンの声とアキの詠唱に、アキは意外と頼りになるらしいと、軽い笑みがこぼれる。
初心者は指示を出されたからと、指示通りに動けるわけがない。1匹のモンスターを相手に、立ち位置を変えずに魔法を唱えるだけ、剣を振るだけなら難しくはないのだが、敵が複数で移動が混じれば極端に難易度が上がる。だが昨日も複数のモンスターを相手に、アキは動けていた。
私も視覚と聴覚のみながら旧作での経験があるからこそ、現行の戦闘に対応できているのだと自覚していた。でなければ、8体の敵を戸口という地形を利用して捌くなど、思いつきもしないし言われたところで実行不可能だろう。
未経験者のみで構成されている他の家族パーティーは、もっと苦しいはずだった。
それにVRゲームの経験者が含まれていても、射撃戦主体の戦争物や人気の高いフライト・シューティング、緊張感こそあっても囲碁や将棋では畑違いだし、それこそ異性を攻略するだけのエロティックなVRゲームでのゲーム経験は、ほぼ無意味である。
3体、2体と《スケルトン》を減らし、残り1体となったところで《マジック・ウェポン》が切れた。
残り1体、まずは剣を叩きつける。
だが最後の《スケルトン》は、倒れ込まずに私の《ロング・ソード》を受け流した。
「ぐはっ!?」
振り下ろした剣を戻す前に敵の《突き》が入り、二割ほどHPを持って行かれる。
反撃を受けて初めて、私は気付いた。
これは……《スケルトン》ではない。たぶん《スケルトン・ウォーリアー》だ。
「くそっ!」
よく出来ましたとでも言うように口を開いた《スケルトン・ウォーリアー》は、再び《突き》の構えで私に迫ってきた。こいつは《スケルトン》の上位種で、小部隊のリーダー格だ。スキルも使うし、余程の強打でないと倒れ込まない。
「レモン! 《スケルトン・ウォーリアー》だ!
《スケルトン・ウォーリアー》が混じってる!」
私は大声で注意を喚起した。
戦闘が始まってしまえば、少々大声を出したところで状況は変わらない。
「!!
アキちゃん! わたしにも魔法!」
「《マジック・ウェポン》!」
「下がって!」
「はい!」
迫った敵剣をカツンと大きく払い退け、一撃。やはり倒れない。
それでも3回の攻撃で半分の手前まで、《スケルトン・ウォーリアー》のHPは削れていた。攻撃力が低い分、手数で削るしかない。
「アキちゃん!」
「《エナジー・アロー》!」
声に焦りを誘われるが、役割優先と言い聞かせ、剣先で受けては払い、目の前が開くと攻撃をたたき込む。
盾で受けられればもう少し有利に戦いを進められるのだが、左手は《たいまつ》を握っていた。《たいまつ》は床に放り出すと30秒ほどで消えるから、レモンの方に転戦するまで捨てられない。いくら暗闇で有利な《夜目》でも、光量ゼロでは使えなかった。
「ラスト!
……よし!」
《スケルトン・ウォーリアー》が光の粒子となって消えるのを最後まで見送らず、私は廊下を駆けだした。
「アキ! レモン!」
「お願い!」
曲がり角すぐまで、彼女たちは押し込まれていた。
廊下は幅があるから、レモンは2体同時に相手をしていたのだろう。
「ふんっ!」
アキを追い抜いてレモンに並び、一度彼女を下がらせる。
私も先の《スケルトン・ウォーリアー》のおかげでHPの残りが半分ほどになっていたが、彼女はもう少しで三割を切るラインだった。彼女たちが何体倒したのかは不明だが残りは3体、多分一番奥は《スケルトン・ウォーリアー》だろう。
「ぐっ!」
手近の1体を切り飛ばして光の粒子に還元したところに、横合いから攻撃を受ける。
下がれないところに同時攻撃とは、実に憎たらしい。おかげでHPが半分を切った。
最後の1体が前に出てくる。
《スケルトン・ウォーリアー》なら倒れないだろうなと思いながら一撃を加えると、案の定だった。
「お待たせ!」
「おう!」
残り2体、ポーションで7割ほどに体力を回復したレモンが、《スケルトン》の方を斬った。がしゃりと倒れ、起きあがろうとする。
私は《スケルトン・ウォーリアー》を引き受けた。
「コンビだと、やっぱり楽ね!」
「違いない!」
《スケルトン・ウォーリアー》の《突き》を、技が出される前に剣先で引っかけてやる。時間稼ぎだ。
私が防御に徹する間に、レモンが《スケルトン》を倒しきった。
あとはそのまま私の時間稼ぎに、彼女が乗ってしまえばいい。
防戦だけなら多少楽、攻撃だけならもっと楽だ。
レモンの攻撃は連続し、《スケルトン・ウォーリアー》のHPを楽に削りきった。
<プレイヤー側の勝利です。
ドロップ品を18個入手しました>
この一戦だけでレベルもそれぞれ上がったが、少々割に合わないという気分である。三対十六で1戦するよりは三対四を4戦、あるいは三対一で16戦する方が、怪我もMPの消費も少ないのは良く知られていた。
「そっちは最初、何匹だった?」
「8匹よ。きっちり二列になってたわ」
最初の小部屋の8体に加えて、戦闘開始後に現れて増援となった8体で計16体。昨日出逢ったコーリングも、これにやられたのかも知れない。
「途中でポーション飲んだけど、MPぎりぎりだったよ……」
「アキちゃんもお疲れさま。
それにしても三人組で良かったわ。一人だったら逃げ切れたかどうかも微妙ね……」
ドロップ品をかき集めてから曲がり角手前の小部屋に戻り、交代で休憩を入れる。私も歩哨の合間にHPポーションを飲んで、8割ほどに体力を戻した。
得たドロップ品の大半は壊れた武器防具だったが、《スケルトン・ウォーリアー》のドロップであろう《?ロング・ソード》と《?スモール・シールド》が混じっていたのが地味に嬉しい。
「……きつかったな」
「……そうね、第二層の踏破は諦めましょう。
予想の範囲内よ……って言いたいけど、ちょっと無理。
確かに先頭集団が回避するっていうのも頷けたわ」
「勉強半分ってことなら、いいダンジョンなんだがな。王都から距離も近いし、人が少ない。
素材の元が手にはいるのもいいな。
普通の《スケルトン》が一発で倒せるようになったら、また腕試しにくるか。
……な、アキ?」
「えっ!?
……うーん、お父さんごめん。ダンジョンはしばらくパスかなーって」
「フィールドの方がいいか?」
「うん」
ホラームービーが嫌いなアキは、この《古王国の遺跡》がお気に召さなかったらしい。一度は洞窟型のダンジョンも連れて行っておくべきだが、少し間を置いた方がいいだろうか。
次は休憩を兼ねて、生産職の方でも見せておくかと思案する。
「さ、帰りましょ。
もう一回あれはイヤよ」
「そうですね」
「だな。戻るか」
第二層は入り口だけで満足した私たちは、幾分気楽さを感じるようになった第一層を無事突破して表層に戻り、夕方まで《グリーン・フォックス》や《レッド・ワスプ》を狩り続けた。ショック療法ではないが、《古王国の遺跡》第二層は刺激が強すぎたのか、アキの行動に落ち着きが出てきたことが伺える。数匹の《グリーン・フォックス》に囲まれても、彼女は慌てることなく私とレモンが戦いやすいように位置を下げていた。
宿に戻れば風呂と夕食、明日は王都に帰還だ。
三泊四日の旅程は長くもあり短くもあったが、目的は達成できたように思う。アキには少々ハード過ぎるな展開になったが、私も十分リハビリが出来たし、レモンは……どうだろう? 同行を頼み込んだのはこちらだが、《古王国の遺跡》は第二層以降、現在のソロでは無理な様子ということが死に戻りなく分かったことが、彼女にとって収穫だったのか否か、私には判断がつかない。今回は戦利品分配に色を付けるぐらいの礼しか出来ないが、何かの機会に彼女の力になれるよう腕だけは磨いておきたいところである。
そのレモンは夕食後、もう一度風呂に入るからと席を立っていた。
アキは二度目の風呂は諦め、疲れたから寝ると部屋に戻っている。
私は一人をいいことに晩酌を楽しんでいた。別のパ-ティーも飲んでいたが、合流する気にはならなかった。
「ライカくん?」
「お、部屋じゃなくてこっちに戻ってきたのか?」
「うん。
ライカくんがいるだろうなあって」
三杯目が喉を過ぎた頃、レモンが現れて私の隣に座った。
彼女の分の冷たい蜂蜜酒を注文し、軽く乾杯する。
「女の勘か?」
「……どうかなあ?」
昼間は張っていた気が抜けたのか、彼女は甘えた様子で私の手元にある小皿からアーモンドを一つつまんだ。完全にゆるんでいる。
フィールドやダンジョンでの彼女はルナの言うクールビューティーな『姐さん』に近い気もしたが、今ひとつ疑問符が取れない私であった。
「さっき、ね」
「うん?」
「アキちゃんに聞かれたの」
「何をだ?」
レモンは一気に蜂蜜酒をあおってから、私に向き直った。
「……わたしって、そんなにわかりやすいかな?」
「……うん、だから何がだ?」
ゲーム中では普段から飾らないのか、あるいは───私に対してだけなのか、実に感情が読みやすい彼女だが、その内容までは流石にわからない。
「うー……」
「……ふむ」
それっきり、『うー』だの『むー』だのを繰り返し、レモンは私が注文する蜂蜜酒を消費するだけの置物になってしまった。
アキが何を聞いたのかは是非とも知りたいところだが、こうしてただ甘えられるのも悪い気分ではない。
半分目を閉じた彼女の横顔を肴に、静かにグラスを傾ける。
十数年を経て再会した《猫人族》の少女は大人になり、《人間族》の女性に生まれ変わった。……などと格好をつけてみたところで、彼女の心の内は想像するしかないのだが、アキに何か聞かれて私に甘えたくなったことだけは間違いない。
明日、彼女がどんな顔をして起きてくるのか、それを見てから慰めるなり励ますなりすればいいかと、私は問題を棚上げすることにした。
しばらくして宿の主人に消灯だと食堂を追い出された私は、寝落ちた彼女を片手で抱えて客室への階段を上った。《狼人族》の筋力は伊達ではない……と言いたいところだが、実のところゲームの仕様かどうかは不明である。
仕事柄VR世界に入り浸ることが多いので、私の部署は勤務時間の一部を使ってジムでトレーニングをすることが社内令で義務づけられていた。冷凍睡眠と覚醒を日々繰り返し、それに耐えうる体力作りまで要求されるハードな職場なのだ。
おかげでレモンやアキぐらいの小柄な女性なら、そう苦労せずに抱き上げるだけの腕力は持っていた。
揺らしてレモンを起こさぬよう、物音でアキが目覚めぬよう、そっとベッドに置いてやる。
私は小さな声でありがとうと口にして、彼女たちの部屋を後にした。
そして翌朝。
王都までの道中、やたら機嫌のいいレモンにどう接したものか、困惑気味の私とアキは顔を見合わせることになった。
▽▽▽
おまけ お父さんには見せられないわたしの日記帳(8日目)
▽▽▽
お父さん(ライカ)
種族:《狼人族》LV19
職業
《戦士》LV3/《片手剣》《突き》
《鍛冶匠》LV2/《手入れ》
装備
《ロング・ソード》攻撃力[8]
《黒兎のヘルメット》防御力[1]
《羊皮のソフト・レザー》防御力[4]
《羊皮の小盾》防御力[1]
《トカゲ皮のブーツ》防御力[2]
わたし(AKI)
種族:《エルフ族》LV20
職業
《魔術師》LV4/
《プチ・ファイア》魔法攻撃力(火)[10]、《プチ・アイス》魔法攻撃力(氷)[10]
《エナジー・アロー》魔法攻撃力(無)[20]、《マジック・ウェポン》魔法攻撃力(無)[+10]付与
《薬草師》LV1/《薬草学》、《ポーション作成》
装備
《マジック・リングⅡ》(エナジー・アロー/マジック・ウェポン)
《マジック・リングⅡ》(プチ・ファイア/プチ・アイス)
《ほうき星の魔法帽》防御力[1]、魔法防御力[+1]
《露草のローブ》防御力[2]、魔法防御力[+2]、属性防御力(火)[+2]
《若駒の編み上げ靴》防御力[1]、移動[+1]
はふー……。
お父さんにダンジョン行こうって誘われたこの旅行だけど、あんなにきびしいなんて思わなかったよ。最終日で良かった。
ネズミはまだいいけど、ガイコツはもうこりごりだ。
サウナとは今夜でお別れなのがつらいけど、ダンジョン抜きなら我慢する!
ああ、たらいがまた、わたしを待っている……。
昨日はお父さんもレモンさんも真面目な顔してたけど、今思うとなんとなく余裕があった気がする。
でも今日、二つ目の階段を下りて16匹のガイコツ相手に大立ち回りした時は、二人とも全然違ってた。
本気モードのお父さんなんて、初めて見たかも。狼の顔のままだったけど、あれはほんとうの本気だったと思う。
レモンさんも、わたしを守ろうって一生懸命だった。元から美人のレモンさんだけど、あの迫力は半端じゃなかったよ。ありがとう、レモンさん。
わたしも魔法を連発して、MPポーション飲んでまた魔法の綱渡り。死んでも『死に戻り』だからほんとうに死んじゃうわけじゃないけど、それは絶対にいやだったからわたしも頑張ったよ。
おかげで三人揃ってラネ村の宿に戻れたけど……お父さんとレモンさんの真剣な顔が、今もちらついてる。
なんかすごいなって心の底から思った。ゲームとかVRだとか、そんなのは関係ない。
お父さんが小部屋のガイコツを全部やっつけて廊下のレモンさんと交代したときとか、今考えると息もぴったりで、二人ともこのゲームに慣れているせいもあるんだろうけど、本当に格好良かったんだ。
それで……お風呂に行った時、やっぱり気になってついレモンさんに聞いてしまった。
『お父さんのこと、好きなんですよね?』って。見守るって決めてたはずなんだけど、ルナさんごめんね。
……レモンさんは挙動不審になって、しばらく魂が戻ってこなかった。ちょっとしっぱいだったと思う。
いつ気付いたのか聞かれて初日と答えたら、ずーんと落ち込んでた。
年上とは思えないぐらいすごく可愛かったから、思わず抱きついちゃったよ! ないすばでーだったよ!
リアルに戻ったとき空しくなるからって学校の先輩に止められたんだけど、わたしももうちょっと盛っとけばよかったかな……。
昔から片思いだったみたいだけど、肝心な『いつから』『きっかけ』『どこがいいのか』は教えてくれなかったのが、ちょっと残念。
夕ごはんの時はそのお父さんがいたからいつものお姉さんモードになってたけど、ちょっとだけ視線がゆらゆらしてたかな。
でも、問題はお父さんなんだなあ……。
レモンさんのことは信頼もしててきちんと見てると思うんだけど、子供扱いしてるような気もするし、よくわからない。
王都に帰ったら、ルナさんにも相談してみよーっと。