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第二話「父と娘のレベルアップ」

 


 《草原の狩人亭》に泊まった翌日。


 別料金を支払って朝食を摂った私たち父娘は、レモン、ルナと共に連れだって冒険者協会へと向かった。今日も快晴である。雨天や曇天だけでなく、嵐や雪も設定されているようだが、晴れているならそれに越したことはない。


「お父さん、昨日から気になってたんだけど……」

「うん?」

「そのしっぽって、どうなってるの?」

「これか?」


 この尻尾は獣頭とともに《狼人族》の特色の一つで、頭と同じく背部は暗い灰色で腹側は白、長さは60cmほどもある。ルナについている猫の尻尾と同じぐらいの長さだが、私の尻尾はデフォルトだ。身長を考えれば、ルナは設定時に伸ばしているのだろう。


 犬のように軽く左右に振ってやると、アキが目を輝かせた。


「普段は感情に合わせて勝手に動くけど、自分で動かすこともできる。……ほら」

「あー、わたしもしっぽつきの種族にすれば良かったかな。

 お父さん、ちょっと触っていい?」

「うんまあ、アキなら……」

「やたっ!

 うわぁ、もふもふだ、もふもふ!」

「……」


 元《猫人族》と現《猫人族》の現役二人───どちらも尻尾を触られる感触を知っている───がくすくすと笑っている。『M2』当時のVR機器は視覚と聴覚のみ、引っ張られても痛くはなかったのだが……。


 しかし今は違う。私は昨夜、自分で触って気がついたが、なるほど、現在は五感全てを使うのだと一人頷くことになった。


 ……だから娘とはいえ、頬ずりをされるのは色々よろしくないのである。


「あたしのも触ってみる?」

「ありがとー、ルナさん!

 うわっ、ルナさんはすべすべ!

 ビードロ? でしたっけ? その手触りみたいな?」

「惜しい! それを言うならビロードかな。

 ……そうだアキちゃん」

「はい、レモンさん?」

「ライカくん以外の男の人のしっぽ、触っちゃダメよ?」

「そうなんですか!?」

「お尻の少し上を撫で回してるのといっしょなのよ。ほら、ここ」

「ひゃんっ!?」


 尻尾に割り当てられている感覚器は、尾てい骨から尻にかけての一部分だ。無論、感覚制御技術などのおかげで『尻尾を触られている』と変換されて身体に伝わるのだが、気分的には尻を撫で回されているのと大差ない。


「もふもふとかすべすべが好きなら、中盤以降になるけどペットも飼えるわよ。

 種類によっては自宅の他に庭や池も必要だったり、クエストをクリアする必要があるけど」

「楽しそうですね。……いいなあ。

 お父さん、おうち買ったらペット飼おうよ」

「それもいいか。

 しかし、今はそんなクエストもあるんだなあ……」


 娘と二人、ゲームを始める前に多少は情報の補強をしたが、最近の詳細な事情にまで詳しくない。


「残念ながら、戦闘のサポートが出来る魔獣の実装は当分先、という話ですけどね」

「ああ、そんな話もあったわね。

 『《神竜の夜想曲》』の掲示板の方で、ちょっとだけ噂になってたっけ」

「導入そのものは簡単でも、ゲーム性が大きく変わるので検討中、らしいです。

 あたしみたいな補助職メインのプレイヤーは、かなり助かるんですけどね」


 魔獣のペットは可愛い上に役立つかも知れないが、PvP───プレイヤー・ヴァーサス・プレイヤーと呼ばれる対人戦───なども含めて、大人の事情もあるのだろう。


 名残惜しそうに尻尾を離したアキの頭をくしゃりと撫でて、今日の予定に話題を変える。


「あたしも冒険者カードだけは持ってますから、買い取りした素材で出来る採集依頼をこなしてまたお店を出しに行きますけど、姐さんたちはどうするんです?」


 ルナ・フィールドは、《商人》LV2とその特技《目利き》にポイントを回したので、なんちゃって冒険者なんですと笑っている。基本的にイベントでもなければ戦闘の発生しない王都から出ないのならば、戦闘能力は皆無でも問題はほぼない。それに一点に絞ってレベルを上げるのは、RPGの常道とも言える。


「わたしはしばらくソロかなあ。

 昨日も初日ながらいい手応えだったし、行けそうなところまでは突っ走るわ。

 とりあえず採集依頼受けたら《南の草原》に出て、奥の森の手前で頑張るつもり。たぶん、《ワイルド・ベア》も一対一なら狩れるだろうし……。

 ライカくんたちも《南の草原》行くの?」


 レモンは依頼よりも、モンスターとの戦闘を効率よく回転させてレベルを上げる作戦に出るようだ。彼女は《戦士》LV2に加えて、《片手剣》と《払い》の特技を取っていた。


「俺とアキは……そうだな、とりあえず手持ちの《ワタアメ草》で依頼を即クリしてから、もう一度似たような採取依頼を受けて装備を調えようと思う。場所は依頼任せかな。

 昼には一度戻って、ルナの店に寄らせて貰うつもりだ」

「そうだルナさん、魔法使い用の帽子が入ったら、取り置きしてて貰えませんか?」

「はーい、ご予約入りましたー!」


 そうでなくとも、成長の遅い《狼人族》と《エルフ族》のコンビである。無理して経験を稼ぐようなこともないのだが、レモンたちに置いて行かれたくはない。


 私たちは中央広場まで出ると、冒険者協会の門扉をくぐった。

 昨日よりも幾分冒険者の姿は少ないが、これはのんびり朝食を摂っていたのが理由だろう。


「へえ、こんなのがあるのか」

「ええ、王国の公報とか協会のお知らせって言う感じで、ニュースとかランキングが発表されるんですよ」


 ルナが指した先には、ゲーム内の公式発表を載せた掲示板があった。レベルやレア・ドロップのランキングが、誰でも見られるようになっている。


 体感時間で数年間は、この世界で過ごすことになるのだ。ログアウトして公式サイトや掲示板を見ることが出来ないので、それを補う為に作られているのだろう。


「じゃあ、一旦解散だな。

 今晩も《草原の狩人亭》……ああ、夕食はルナが店片付けてからの方がいいか。

 ……どうだろう?」

「さんせー!」

「いいよー」

「ありがとうございます!」


 それぞれ目的に合った依頼を探すため、私たちは散っていった。

 先に出来る用事を済ませてしまおうと、一旦アキと組んでいるパーティーを解散する。


「お父さん、解散した方がいいの?」

「ああ。

 売らずに残しておいた《ワタアメ草》が20個あるだろ?」

「うん」

「昨日と同じ10個納品の依頼を、ソロのパーティーでそれぞれ受けると……どうなる?」

「……あ!」

「うん、そう言うこと。

 同じ依頼は1日1回しか受けられない。でも、別々のパーティーならその制限もない。

 次の依頼を受ける前に、もう一度組み直せばいいんだ」


 少しばかりせこい手だが、初期にはかなり大きな差となるから馬鹿にしたものではない。

 採集系の依頼は、とにかく依頼通りに納品した者勝ちなのだ。


 受付嬢にパーティーのリーダーと言われて緊張気味のアキの頭を撫でて励まし、手早く依頼を済ませる。20個の《ワタアメ草》と引き替えに、各々10アグの報酬と少量の経験値───つまりは昨日の倍───を得るのに使った時間はわずか数分だった。


 再度パーティーを組み直した私たちは、適度な依頼を探し始めた。無論、LV2になったからと、いきなり難易度を上げる気はない。


「どんな依頼がいいのかな?」

「出来れば王都の外に出る仕事で、昨日と同じ南の草原がいいかな。

 ああ、外出る前に訓練場で《戦士》も上げておかないとな」

「わたしも次は《魔術師》上げてからにする」


 結局、雑談をしながら選んだのは昨日と同じ採集依頼でも、《王都北の荒れ野》にて《イヌミミ草》を10個採ってくるというものだった。

 報酬は15アグと若干高いが預り金は0で、《王都南の草原》よりもほんの少しだけ強いモンスターが出ると添付資料には書いてある。


「こっちでいいか。

 昨日と同じく、危なくなったらすぐ帰れる距離の方がいいだろうな」

「『石橋を叩いて渡る』?」

「その通り。

 特に今は装備の充実でお金も必要だし、無理がそのまま一歩前進二歩後退になりそうだ」

「そうだね」

「それにな、アキとかレモンが見てる前で、あんまり死にたくない。

 そりゃ、アキのピンチと自分のピンチだったら、ちょっとぐらい無茶でも自分捨ててアキ助けるけど、そうじゃないところは無理しなくていいって思ってるよ」

「えーっと、男のプライド?

 ……しょ、しょうがないなあ」


 物わかりのいい娘に育ってくれて、父としては嬉しい限りである。多少以上に呆れているようだが、レモンたちには口を噤んでくれる様子だった。

 気を取り直した私は、訓練場で《戦士》の技能をLV2に上げて、アキと二人王都を後にした。


「お二人さんかい?

 一人片道1アグだよ」

「……ああ、そう言うことか」

「お父さん?」

「あー、うん。

 ……依頼の報酬は必要経費込みだって、再確認していただけだよ」


 《北の荒れ野》には、王都の東門から出て北街道を進むと道なりでたどり着けるのだが、王都の北には《フェルの大河》と呼ばれる川幅100mほどの大きな川が流れている。もちろんそこには、橋もトンネルもない。


 つまり、渡し賃の分だけ報酬が値引かれているのと同義なのだ。二人ならそれが倍で、今の私たちにはなんとも手痛いところである。


 預り金のない依頼なので戻ってキャンセル───預り金没収以外の、隠しパラメータによる依頼放棄のペナルティなどはない───してもいいのだろうが、今更だ。大人しく渡し賃を払って向こう岸へと渡る。


「こっちにいるモンスターは強いの?」

「《ブラック・ラビット》よりはちょっと強いかな。トカゲと食虫植物……いや、食トカゲ植物か。

 群では来ないから、奇襲にさえ気を付ければ大丈夫さ。

 ……このあたりだな」

「鍾乳洞の上のところみたい」

「……ああ、前に旅行で行った秋芳洞に景観が似てるか」


 渡し場のすぐ向こう、北街道の北東側が依頼のフィールドだ。


 昨日行った《南の草原》とは違い、草原のそこかしこに人の背丈ほどもある岩がごつごつと突き出ている。

 アキにも言ったが、岩影からモンスターが現れると厄介だ。大して強くない相手でも、こちらが傷を負う可能性がかなり高くなってしまう。


 資料によれば、この《北の荒れ野》には主に二種類のモンスターがいた。


 《ロック・リザード》は昨日の《ブラック・ラビット》よりも強いが、動きは緩慢だ。挟み撃ちや奇襲に警戒すれば問題ないだろう。初期の経験値稼ぎにはもってこいだった覚えがある。


 もう一方の《リザード・プラント》は、私も相手をするのは初めてだった。レモンによれば、『M4』からの定番雑魚モンスターで、《ロック・リザード》の捕食者という設定を持つそうだ。

 トカゲをも捕まえる触手には要注意だが植物なので移動は鈍いし、[火]属性を持つ攻撃が全てクリティカル攻撃扱いという、植物系モンスターの中でも一番わかりやすいウイークポイントを持つので、《魔術師》がいるなら《プチ・ファイア》の一撃で楽勝らしい。


「岩、いっぱいだね」

「そうだな。

 ……もしかすると、丁度トカゲが隠れる隙間になってるのかもな」


 私たちの他にもソロを含めたプレイヤー数組が狩りをしているが、昨日の草原よりは空いている。

 先行組のプレイヤーたちはもう少し強い狩り場か、難易度の高い依頼などへ出ているのだろう。


「とにかく依頼をこなして、後はトカゲ狩りか」

「うん。

 わたし、ちょっとやる気出てきたよ。

 めざせマイホーム! めざせペット!」


 ぐっと拳を握りしめるアキに、目標が出来たのだなと目を細める。


 私の鍛冶喫茶再開と同様、先は遠いしゲームの本筋───勇者の旅や王国の隆盛に貢献して数種類用意されているエンディングのどれかに辿り着く───とはかけ離れているが、これもまた『剣と魔法のサーガ』の懐の深さだ。


 ……無論、彼女とともにこの世界を存分に楽しむことが勝利条件と定めている私が、大きな口を叩けるわけもないのだが。


「お父さん、トカゲ」

「いるな。

 ……俺は横合いから回り込む」

「うん」


 《イヌミミ草》より先に《ロック・リザード》を見つけてしまったが、それはまあいい。


 まだ気付かれていない様子が見て取れたので、しーっと二人で口を閉じ、私はアキを残してそっとトカゲに近づいた。


 現実で出会えば、たぶん逃げるだろうなと思わせる大きさだ。尾まで含めて1mは優にある。


 私は静かに距離を詰め、《ロック・リザード》の首根っこにダガーを思い切り突き立てた。


 当然、相手は暴れ出した。逆撃は食らいたくないので、一度離れて様子を見る。

 落ち着いて観察すれば、確かに動きは《ブラック・ラビット》よりも鈍い。


 私はちらりと《ロック・リザード》のHP表示を見て残りが半分以下になっていること確認した。


 もう一撃、《ダガー》を見舞ってやる。


 武器を変えたことと《戦士》のレベルを上げたことで、攻撃力が上がっていたことも幸いしたのだろう。

 二撃目を背に受けた《ロック・リザード》は、《トカゲの肉》を残して光の粒子となった。


<プレイヤー側の勝利です。

 ドロップ品を1つ入手しました>


「お父さん、どうだった?」

「《ブラック・ラビット》より経験値が倍増な分、ちょっと面倒だな。先手が打てるならご覧の通りだけど。

 《リザード・プラント》が出てきたら、アキにお任せするよ」


 残念ながら私の《ダガー》はクリティカル攻撃とはならなかったが、《戦士》のレベルを上げたおかげか、攻撃二回で《ロック・リザード》を倒せることが確認できたのでよしとする。三回だと、たぶん毎回ダメージを受けるだろう。


 これは幾らの儲けになるかなと《トカゲの肉》をポーチにしまい込みながら、私は岩の根本を指差した。


「アキ、ほら」

「あ、《イヌミミ草》!」

「……1本1戦は勘弁して欲しいところだなあ」

「でも経験値入るし、がんばって、お父さん」

「む、それもそうか」


 これは少し気合いを入れてかかるかと、初日と同じくレベル上げを兼ねつつ素材集めに奔走した。

 《リザード・プラント》は言葉通り全てアキに任せたが、《プチ・ファイア》の効果は十全に発揮され、彼女のMP消費に目を瞑ればこれまでで最も効率の良い稼ぎとなった。


 それでも、全てが上手く行くわけではない。


「荒れ野だけあって《丸い小石》、多いね。

 こっちで集める方が効率良さそう」

「この数だと、ルナが引き取ってくれるかどうか微妙だな。サービス開始早々だし……。

 アイテムボックスに寝かせておいて、《大工》需要を待つか。

 ……お、トカゲだ」

「うん、行ってらっしゃい」


 三匹目か四匹目の《ロック・リザード》だった。


 直前に経験値が溜まりきって、アキが《エルフ族》LV3に成長したのに続き、自分も《狼人族》LV3となった───得た経験値が等量なら、《狼人族》よりも《エルフ族》の方がほんの少し成長が早い───からと油断していたわけではない……とは思う。


 私は運悪く初手の攻撃を外してしまい、《ロック・リザード》から《尾の一撃》を食らってしまったのだ。


「痛っ!」

「お父さん大丈夫!?」

「行ける!」


 なんとかその一発だけで被害を済ませたが、HPの一割を持って行かれてしまった。


 これならHPの半量までは許容範囲としてあと四発までは受けられるかと、幾分冷静になってきた頭の片隅で判断を下す。《噛みつき》を考えるなら二発までだが、奇襲を心がけている限りは考慮せずともよいだろう。


 戦闘終了のシステムメッセージを確認してやれやれと肩をすくめ、ドロップした《トカゲの皮》を回収する。


「少しHPが削られたけど、大丈夫。痛かったのは一瞬だけだったよ」

「よかった。

 ……一人で街に帰るのはいやだからね」

「すまん。

 よし、次行くか」


 私とアキは昼前までたっぷりの時間を掛け、《ロック・リザード》と《リザード・プラント》を狩って回った。狩りが主で採取が従となったが、ステータスも僅かに上昇───途中で二人とも種族レベルがもう一つ上がった───し、戦闘そのものに慣れたおかげで楽に狩れるようになってきた。


「たぶん間違いないな。《ロック・リザード》は思ったよりも死角が大きい。

 前の『M2』でも一部モンスターには設定されていたんだが、すっかり忘れてたよ」

「じゃあ、他のモンスターもよく観察した方がいいよね。

 お父さんが戦ってる間、わたしが頑張るよ」

「ああ、頼んだ。

 でもそれ以上に、徘徊するモンスターに気を付けてほしいかな。

 例えば……昨日行った《南の草原》でも奥の森に近い場所だと、他のモンスターと戦闘しているときに《ワイルド・ベア》が乱入してくるかもしれない、とかね」

「ここは大丈夫かな?」

「海に近寄らなければ大丈夫だろう。草原での奥の森といっしょだ」

「ん、わかった」


 その後、残念ながら私も追加で傷を負い、《リザード・プラント》との遭遇頻度が高くてアキのMPも自然回復が追いつかなくなりそうだというあたりで、狩りを切り上げた。


 行きと同じく渡し場で二人分2アグの渡し賃を支払って船に乗り、王都市中へと戻る。先ずは協会だ。


「でもお父さん」

「うん?」

「《丸い小石》って1個1アグでルナさんは引き取ってくれたけど、それならみんなすぐお金持ちになるんじゃないかな?

 高すぎない?」

「ああ、そうだな。……渡し賃と同じ値段だな。

 でもな、アキ。そこにはからくりがあるんだ」


 《丸い小石》は鑑定不用の採取アイテムで、確かに誰でも拾うことが出来る。現に今日の午前中だけでも、アキと二人で200個近い《丸い小石》を手に入れていた。


 だがその行動を別の視点から考えるならば、『視界内に発見した《丸い小石》に近づいて』『手で拾い上げ』『アイテムボックスに収納する』という手順を踏むことに他ならない。


 この手間を、たかが数秒と侮るなかれ。探して歩くとなれば、非常に手間の掛かる作業となる。また高レベルになった時、初心者向けの狩り場にわざわざ向かい、《丸い小石》を拾おうとするだろうか?


 《大工》技能で作る大物の中には、建物の土台など数千個単位で《丸い小石》を消費するものもあるのだ。集める手間をマンパワーで計算すれば、必然的にかなりの金額となってしまう。


 だがここで問題が一つあった。


 NPCの営む商店では、《丸い小石》が売られていないのだ。つまり数を集めようとすると、途轍もなく面倒くさい事態になってしまう。《大工》の技能にも岩を解体して《丸い小石》───運が良ければ《宝玉の原石》や《鉄の欠片》なども時には見つかる───を得るスキルもあるのだが、MPや作業時間の消費から効率的ではない仕様となっていた。


 ついでに付け加えると、ゲームが進行すればするほどプレイヤーの懐は暖かくなっていくから、需要のある素材やアイテムはインフレーションを起こす。


 このように《丸い小石》の取引価格は、近い将来確実に高騰するのだ。


 ……もちろん、私が現役を引退していた間にスキルの改訂やシステムの変更などがなければ、の話である。


「ちょ、ちょっと難しいかな?」

「あー……簡単に言えば、将来価値が上がるから持っていても損はないってことだよ。

 だから資金的に厳しいこのタイミングでも、ルナは1個1アグで引き取ってくれたんだ」

「そっか。

 あとね、お父さんの言うように、ちょっと面倒くさいなってわたしも思った」

「だろう?

 今は1アグでも惜しいから手間を掛けてるけどな」


 協会で依頼を報告して報酬を受け取ると、アキだけ先にレベルが上がった。この分なら、私も次の一戦かその次ぐらいには、レベルが上がるだろう。

 午後受ける依頼は後回しにして、訓練所に向かう。


 アキはスキルポイントを消費して《魔術師》LV2を取り、余らせていたもう一つの指輪用に《プチ・アイス》の呪文も取得した。


 《プチ・アイス》は《プチ・ファイア》の属性をそのまま[氷]に変えたような呪文で、威力もMP消費も同等である。先ほど戦った《リザード・プラント》のように、今後属性攻撃が有効打、もしくは逆に特定の属性無効となるモンスターと対峙することも増えるだろうと先を見越してのことだ。手持ちの属性に[火]しかないのと、[火]と[氷]の二種類の属性を選べるのでは、手詰まりになる場面が格段に減る。


 私も攻撃力増加を狙って《片手剣》を取った。現在使用中の《ダガー》には効果のないスキルだが、今日明日中には武器を買い換える予定だ。《戦士》LV2では選べるスキルに《槍》《斧》《杖》と幾つかの技が加わったが、そちらを選ぶつもりはなかった。


 槍はリーチこそ格段に長いがダンジョンも含めた狭い屋内での扱いに難があり、斧は威力抜群でボス戦には特に有効だが他の武器に比べて命中率が低いという欠点がある。杖は魔術師や神官が補助的に取得することが多く、純粋な戦士職で取得する者は少なかった。


 二人ともパワーアップしたなと、喜びも露わにハイタッチを交わしてからロビーへと戻る。


「さて、次はどんな依頼にしようか」

「……お父さん、これ」

「うん?」

「どうかな?

 預り金20アグだって」


 アキが指差した依頼は、『《トカゲの皮》の入手』だった。《トカゲの皮》は先ほどまで戦っていた《ロック・リザード》のドロップ品、手持ちは6枚だから必要分は後4枚だ。納品の期限は3日後で、《トカゲの肉》より若干ドロップ率は低い《トカゲの皮》でも、午前中だけで6枚入手出来たのだから幾分余裕がある。


「いいな。

 ささっと集めて、後は午前中と同じように数をこなそうか」

「はーい」


 早速依頼を受けて、今度はルナの露天を目指す。運良くショートソードか何か、《片手剣》スキルが使える武器が入荷していて欲しいところである。


「アキ、何か食べるか?」

「そうだね。

 ちょっとお腹空いたかも」

「あれでいいか」


 協会から露天市場へと向かう道筋で目に付いたNPC屋台で、鶏肉を挟んだロールパンとオレンジ───によく似た別の果実───を絞ったジュースを買い込む。味は悪くなかったが、これ以上を望むなら《料理人》スキルを上げるか、店で食べろという隠れたメッセージなのかもしれなかった。


「……なんかふつーの味だったね」

「昨日の夕食が良すぎたかな」

「うん。

 あ、ルナさんだ」


 少し歩くとルナの露天が見えてきたので、軽く手を振る。若干昨日と店の位置が変わっていた。


「アキちゃーん! 帽子、入ったわよ!」

「ありがとうございます、ルナさん!」


 下取り品が出ると言うことは、先を行くプレイヤーが、新しい装備に買い換えたと言うことでもあった。《片手剣》カテゴリーの武器はどうだろうか。


 それにしても、繁盛しているようで何よりだ。昨日より品揃えの質が上がっているような気がする。

 露天や店舗は店の面積、営業時間、取引量、取引金額の全てが経験値取得の対象となっていたから、彼女自身も大きく成長しているだろう。


「昼まで頑張ったから、こっちも割と稼げた。

 見積もりを頼むよ」

「毎度!」


 アイテムボックスから、《トカゲの皮》以外のドロップ品と採集品を取り出していく。


「おおー、割とありますね。

 《北の荒れ野》ですか?」

「そうです。がんばりましたよー!」

「新しく受けた依頼も《北の荒れ野》だから、午後もそっちのドロップが中心になるかな」


 《トカゲの肉》11個、《リザード・プラント》からドロップした《青い草蔓》6個と《青い結晶核》5個、採取の方が残った《イヌミミ草》4個に《アサツユ草》9本、そして……。


「他に《丸い小石》もあるんだが、数が200近い。

 都合悪いならこっちで握っておくけど、どうする?

 ルナのいい方で構わないよ」

「あ、貰っておきます。

 昨日と同じ1アグでよろしければ、ですけど……」

「じゃあ頼む。

 ……よいしょっと」

「はい」


 200アグとなると、それだけでも今の私たちには結構な金額である。そして、露天の営業二日目にしてそれを躊躇いなく出せるルナも、なかなかどうして大したものだ。


「《丸い小石》が192個で192アグに、その他が全部合わせて155アグ、トータル347アグになります。

 あはは、この時期にしてはちょっとした大商い。ライカさんたち、半日でこれって先頭組と同じぐらいなんですよ」

「そうなのかい?」

「はい。

 《北の荒れ野》で半日なら、ソロで40から50アグぐらい……だったような?」

「《丸い小石》が効いたね、お父さん!」

「そうだな。地道にやるといいことがあるんだよ」


 アイテムを引き渡して代金を受け取ると、今回の取引で経験値がたまったのか、ルナからシステム音が聞こえた。レベルアップだ。


「やりました! 《猫人族》LV6になりました!」

「おめでとう、ルナさん!」

「おお、おめでとう。早いな」


 往来に気遣って、騒がしくなりすぎないよう小さな拍手を送る。ルナがしっぽをくねくねとさせて照れているが、レベルアップを祝われるのはいつでも嬉しいものだ。私の《狼人族》よりは若干早いが、《猫人族》もレベルアップに必要な経験値は多い方だった。


「ルナは《商人》ひと筋だったっけ。次はLV3あたりかい?」

「《目利き》も持ってますけど、さっき仕入れに行ったとき《商談》も取ったんで、次になります」


 どちらも《商人》で取得できるスキルだ。


 《目利き》は店売り商品を手に取ると、時折変化するNPC商店での販売価格をいつでも知ることが出来る。未確認アイテムの性能を判別できる《鑑定》とは線引きがされていた。《鑑定》が必要になるのはゲーム中盤以降だし、NPCの鑑定屋もあるので当初取る必要はない。


 《商談》はNPCを相手にした商談に限られるが、値引きや値付けで有利な修正が得られた。卸売りや仕入れが楽になるので、序盤から成熟期まで使える価値あるスキルだ。


「そうそう、こっちも商談行きましょう。

 アキちゃんの帽子、いいのが手に入ったよー。

 《ほうき星の魔法帽》! ほら、魔法防御力に[+1]の修正付き!」

「やたっ!」

「これね、さっきソロの戦士さんが持ち込んできたんだよー」

「ということは……宝箱からの回収か!」

「はい、ライカさん正解です。

 《南の草原》の向こう側に小さな村があってですね、そこは巡回や配達の依頼がよく出るところなんですが、すぐそばで《古王国の遺跡》っていうダンジョンが見つかったそうなんですよ」

「ほう?」


 このゲームでは、現地で話を聞く、誰かが特定のクエストをクリアする、過去作に出てきたNPC英雄の物語が進むなどで、新しいダンジョンが見つかることがある。


 当初はどこにも情報はないので手探りで攻略していくことになるが、場所も含めてプレイヤーに情報を公開する義務はなかった。他の誰かに見つかる前に攻略しても良し、難易度が高ければ誰かに位置や情報だけ売るも良しと、様々な駆け引きを行える。上手く立ち回れば、相当な利益を得られるだろう。


「いいのか、無料で情報出して……。

 まだ二日目の昼だし、そう広まってるわけじゃないんだろう?」

「え、だってライカさんなら、うちにアイテム持ってきてくれますよね?」

「そりゃまあ……」

「だよね、お父さん」

「ライカさんたちとは知り合って今日で二日目ですけど、姐さんがあそこまで入れ込んでる人ですからね、そのあたりは割ときっちり線引きされてる人だって想像できます。

 ご存じかも知れませんが、姐さん、ああ見えて信用とか恩義にすごくうるさいんですよ」

「ああ、もちろん知ってるよ」


 潔癖性とまでは言わないが、レモンは裏切りや詐欺には少々過敏な反応を見せることがあった。システム上許されていて相応のペナルティが設定されているPK行為などにも、あまり良い印象は持っていなかったような覚えがある。


 ちなみに私は酸いも甘いも噛み分けている立派な大人……と言いたいところだが、実はそうでもない。自覚もしている。悪事は巡って自分に返ってくると信じているし、身内と定めた相手にも道徳心を要求するかなりタチの悪い人柄だ。ついでに言えばレモン同様、一宿一飯の恩も気にする方である。


「うふふ、あたしも元《乙女部》として姐さんとはいい加減長いつき合いですから、そう言うことで。

 あ、そうそう。そのソロの戦士さんは《竜人族》のLV8でしたよ?」

「へえ……早いな」


 私の《狼人族》よりもなおレベルが上がりづらく、《魔人族》とともにスロースターターの両巨頭と言われる《竜人族》ながら二日目昼でLV8とは、相当な遣り手である。

 無論、上がりづらいレベルと引き替えに特殊能力や強靱な肉体を誇るが、種族レベルの上昇でしか得られないスキルポイントが得にくくなると言う欠点から、あまり人気は高くない。


「こっちは二人パーティーとしても……そうだな、もう少しレベル上げてからの方がいいか。先に感謝しておくよ。

 ところで、その帽子は幾らになる?

 余裕があれば、俺も片手剣が欲しいんだが……」

「帽子は80アグでお願いします。

 片手剣ならこれとこれですね。両方とも修正値なし特殊攻撃なしの素武器です。

 《ロング・ソード》はちょっと耐久が減ってるので130、《ショート・ソード》は新同品で60です」


 当たり前だが、同じように見える武器や防具も、性能が高いものは価格も高い。

 ゲーム的な要素と切り捨ててもいいのだが、機械による大量生産などないという背景設定に裏打ちされた職人への対価なのだと強弁するべきかもしれない。


 私は迷わず《ロング・ソード》を選んだ。


 命中率や取り回し───単位時間当たりの攻撃回数の高さで連続攻撃スキルなどにも影響する───は《ショート・ソード》の方が若干良好だが今の時点では大差ないし、攻撃力は断然、《ロング・ソード》の方が高い。


 耐久値は《鍛冶匠》とそのスキル《手入れ》、そして必要な道具を持っていれば回復できるが、今の段階なら鍛冶屋で代金を支払ってもよかった。料金はNPC小売価格の一割、《ロング・ソード》なら20アグ程度だっただろうか。


「お父さん、防具はいいの?」

「欲しいには欲しいけど、残金考えるとちょっと微妙だな。こっちはローブってわけにもいかないし……。

 ルナ、合計50アグ前後で鎧とヘルメット、何かお勧めはあるかな?」

「《羊皮のソフト・レザー》もありますけど、単品で100越えちゃいますね。うーん、《羊皮のジャケット》に《黒兎のヘルメット》……? 

 40の20で合計60アグ、予算オーバーになっちゃいますけど……」

「お父さん、買っておいた方がいいよ。

 また怪我するだろうし……」

「ああそうだ、怪我で思い出した。

 HPポーションとMPポーションのⅠがあれば、そっちも2本づつ頼む」


 さきほど《ロック・リザード》に削られてしまったHPも、MPやSP同様、自然回復するのだがいかんせん時間が掛かる。


 戦技や体術、商人の《交渉》などの行動で消費されるSPはスタミナを表し、レベルに関係なく一晩の睡眠でおよそ八割回復する。休憩や食事、魔法、ポーションでも僅かに回復するが、睡眠が一番効率がいい。ゼロになるとステータス半減の状態異常が発生する。


 MPは魔力だが、レベルあたりの回復量と総MP量の関係で、アキのような駆け出し魔術師なら自然回復で数時間程度、種族レベルが300や400と言った大魔導師級なら数日でほぼ全量が回復できる。MPポーションや回復効果のある料理も時に重宝されていた。


 問題は体力を表すHPだ。


 例えば半量までHPが減ったとして、基本的にレベルに関係なくパーセンテージで設定された自然回復で約十日間もかかってしまう。他のゲームのように宿に一泊すれば完全回復……とはならない。


 これには裏話があって、現実の喧嘩などでいわゆる『半殺し』になった場合、肢体の欠損や部位の破壊がない───そんな都合のいい怪我があるのかどうかは甚だ疑問だが───ならば、完治までにおよそ十日が必要で、開発陣がその点に範を取ったそうである。


 もちろんこれではゲームにならないので、ポーションや回復魔法が用意されているし、各地にある神殿の施療院は完全回復を頼んでも比較的安価で引き受けてくれる。


「はーい!

 帽子、剣、ジャケット、ヘルメットにHPポーションMPポーションっと……ちょっと割り引いて合計290アグでどうでしょう?」

「了解、悪いな」

「ありがとうございます、ルナさん」


 早速装備を更新する。半日ほど世話になった《ダガー》と《ナイフ》は、まだ売らずに取っておくことにした。《リザード・プラント》に真っ向から挑まない限りは、多分今日いっぱい怪我を負うこともないだろう。


 アキの方はまだまだと言うところだが、近接戦闘をさせるわけではないし今のところは十分だ。


 それに《神官》職を除く、魔法使いの系統《魔術師》《精霊術師》とその上位職は、皮鎧で半減、金属鎧だとほぼ威力なしと魔法の威力が低下する設定───旧来の古典的ファンタジー小説以来の様式美とも悪しき伝統とも言われる───となっている。故に魔法使いは布製の防具を身に着けることになるが、性能には限度があった。


 この『剣と魔法のサーガ』での例外は、《魔法銀》製の鎧と、一部特殊な魔獣の皮を使った皮鎧のみだ。ゲームの進行が中盤以降にさしかからないと手に入らない希少品だが、特別に魔法を阻害しない設定だった。

 

 ルナにまた夕方と手を振り、一度鍛冶屋に寄って《ロング・ソード》の耐久値を回復してから、私たち父娘は再び《北の荒れ野》に向かった。


 短期目標は、ルナが教えてくれたダンジョンに入るために必要なレベルと装備を揃えること。中長期目標は、自宅兼店舗兼鍛冶場を構えてペットを飼うこと。

 これを合い言葉にアキと二人、少し奥手の海際近くに入り込む。


「……誰もいないね?」

「そうだなあ。

 不人気のフィールドってこともないんだろうが……」


 私たち父娘は序盤の低レベルモンスターを相手に着実なレベルアップを重ねるという、ある意味冒険者として王道に近いプレイをしていると思うのだが、正直、一万八千人もの他のプレイヤーたちはどこで何をしているのだろうと少々疑問に思う。


 他人の心配をしている余裕はないが、プレイヤーの大半がゲーム攻略に向かって一直線というわけもないだろうし、旧作での開幕スタートダッシュを知る身としては、どうにも首を傾げてしまうのだ。


 ともかく今は狩りである。目の前の一戦に集中するとしよう。

 私は手に入れたばかりの《ロング・ソード》を、《ロック・リザード》へと振り下ろした。


「よし、手応え十分だな!」

「一撃だったね、お父さん!」


<プレイヤー側の勝利です。

 ドロップ品を1つ入手しました>


 やはりというか当然というか、《ロング・ソード》はそれまでの《ダガー》や《ナイフ》とは断然威力が違った。私の攻撃力は、朝のほぼ倍まで上がっている。


 私たちはその日いっぱい、早手回しで《ロック・リザード》を中心に狩りを続けた。もちろん、戦闘の合間に採取も忘れない。ルーティン・ワークになってしまったが、それもまた目標への地道な一歩と、アキに励まされながら作業を続けた。

 ……本当に、時々物わかりが良すぎるのだ、うちの娘は。


「大儲けだったね、お父さん!」

「まあ、悪くなかったな。

 午後は怪我もせずに済んだし、種族レベルもLV8まで上がったから、明日は討伐依頼の簡単なやつをこなそうか?」

「うん」

「ダンジョンだと、アキの防具が今ひとつ心許ないからなあ。そちらも買い換え買い増しをしておきたいところだよ」


 アキがMPポーションを2本とも消費して《リザード・プラント》を今朝よりも多く狩り、私も一撃で《ロック・リザード》を倒せるようになったことでやたら効率が上がった結果、私たち二人は朝の三倍以上の経験値と戦果を稼いだ。


 その分採取は若干疎かになったが、種族レベルもそれぞれLV8と大きくステップアップしている。なにせ、明日の朝もう一度鍛冶組合で《ロング・ソード》の耐久値を回復する必要に迫られるほど、剣を振ったのだから。


 王都に戻った私たちは、一度ルナの店と協会に寄ってその日の稼ぎを換金し、意気揚々と《草原の狩人亭》に戻った。


 懐は暖かくなったが、ルナの店ではお勧めがなかった───昼に勧められた《羊皮のソフト・レザー》は、残念ながら売れていた───ので、もう一つ上を狙って貯金しておこうと結論したのだ。


 余裕が出来たのでちょっと贅沢するかと、注文したジュースと菓子を前にのんびりしていると、レモンも帰ってきた。……表情が煤けていて、まとう雰囲気も暗い様子である。


「ライカくーん、死に戻りしちゃった……」

「……ふむ」

「大丈夫なんですか、レモンさん?」

「ありがと。身体はもちろん大丈夫よ。

 でもお財布がちょっと痛かったかな。後はせっかく買った《ハード・レザー》がロストよ」

「ソロの辛いところだな」


 死に戻りはそのものは良くあることとも言えるし、HPがゼロになれば、すぐに蘇生魔法を掛けるか特殊なアイテムを使用しない限り強制的に発動した。その時に装備しているアイテムの一つが、財布の中身の半分とともに『ドロップ品』として現場に残されるのだ。苦労して手に入れた高価な一点物の装備だと、心が折れることもあるだろう。


 ……この時、パーティーを組んでいれば当然回収されるのだが、ここから先はパーティーそれぞれの事情で異なる。私とアキなら回収した装備は間違いなくお互いに返却するだろうし、財布は実質共有状態だから金銭の移動に意味はない。しかし広場や協会のロビーで募集をかけた一回限りのパーティーならば、迷惑料として残りメンバーで分配するのが暗黙の了解となっていた。


「もうちょっと行けると思ったんだけどなあ。

 昼に一度戻って、鎧も買い換えて《戦士》もLV3にしたのに……」

「そう言えば今朝、《南の草原》の奥に行くって言ってたか?」

「うん、森のほんの手前ね。

 ……《ワイルド・ベア》単体はなんとかなったのよ。

 それで休憩して、もう一匹いこうかなって別の《ワイルド・ベア》と向かい合った時、運悪く隠れてた《ウッドランド・スパイダー》から網と毒貰っちゃってね、そのままやられちゃった。

 『《魔界の入り口》』の気分がまだ抜けてないのかなあ……」


 挟み撃ちは警戒してたんだけどねと大きなため息をつくレモンに、私は自分の茶請け───ドーナツに似た味の揚げ菓子───を一つつまんで、彼女にくわえさせた。


「ほれ、あーん」

「もが……」

「《ブラックモンブラン・コーヒー》はないからな、それ食べて元気出せ。

 そろそろルナも戻ってくるだろうし……」

「……もが」


 口には出さなかったが、実は大昔にも似たような感じで彼女を慰めたことがある。一度や二度ではない。


 新人として《乙女部》に入ってきてしばらく、レモンは同じように死に戻りをしたことがあった。彼女が神殿から《乙女部》の常宿であった冒険者宿に戻る前に、組合で鉱石を仕入れた帰りの私がたまたま見つけてしまったのだ。


 あまりにも落ち込んだ様子に、宿よりもうちの店の方が近かったので連れ帰ったが、それが良かったのか悪かったのかは今も分からない。


 先輩達に迷惑を掛けたと泣き出した彼女に……システム上の制約で味も香りも楽しめない《ブラックモンブラン・コーヒー》を振る舞い、死に戻りは誰にでも訪れるもので、同行していた《乙女部》のメンバーも一度や二度は死んでるし気にしていないはずだからと慰めつつ、《乙女部》のギルマスをこっそり呼んで彼女を引き取って貰っただろうか。泣いている女性を慰めるなど現実も含めて初めての体験で、私の方も色々と限界だった。


 数日して彼女を見かけたときにはもう普段通りの様子で、一安心したように思う。


 だがその後、レモンは死に戻るたびに私の店にやってきて、《ブラックモンブラン・コーヒー》を注文するようになっていた。私にはコーヒーを出して愚痴に頷いてやるぐらいしか出来なかったが、大抵、店を出る頃にはけろりとしていたからそれで良かったのだろう。


 そんな少しだけ不器用な関係は、私が『M2』を引退するまで続いた。


「ただいまですー」

「おかえり、ルナ」

「おつかれさま」

「おかえりなさい、ルナさん」

「最後のお客さんがまた大商いで、ちょっと遅くなっちゃいました」


 レモンの方をちらりとみれば、アキと目があった。

 大丈夫そうだとほんの小さく頷き合う。

 それを目ざとく見つけたルナが、アキの袖を引いた。


「アキちゃーん、何かあったのかな?」

「んーっとですね……」

「わたしが死に戻っただけよ、ルナ。

 ……お昼に買った《ハード・レザー》がロスト」

「あー……。

 何か見繕いましょうか、姐さん?」

「お願い。

 予算は……そうね、80アグぐらいまでかな?」


 商談を始めた二人を余所に、私は四人分の食事を注文しようとした。


 しかしここで、《草原の狩人亭》の思わぬ欠陥を私は知ることになる。


 昨日のシチューとパンが美味だったので、他にどんなお勧めがあるのかと女将に聞いてみたところ、この店では朝食、夕食は一種類、他にはエール、エールの蒸留酒、それに先ほど頼んだジュースと揚げ菓子しか用意していないと返事された。あと蒸留酒を注文すれば、全メニュー制覇である。その分安くしてあるよと笑顔を向けられれば、頷くしかなかった。


 美味い夕食がついて一泊7アグ、確かにレモンの言ったとおり、駆け出し冒険者の常宿としては上等の部類なのだろう。

 飽きれば外食すればいいのだから、問題はないのである。


「あれ?

 今気付いたけど、ライカくんもう《ロング・ソード》?」

「ああ、昼に買い換えた。

 ちょっと安定したかな」

「昼からは頑張ったもんね、お父さん。

 あ、もうお父さんもわたしも、種族レベルが8になりましたよ」

「LV8って……ライカくん、今日だけで何匹の《ロック・リザード》狩ったのよ!?

 朝は確か、ライカくんもアキちゃんもLV2だったよね?」

「俺は《ロング・ソード》のおかげで《ロック・リザード》は一撃になったし、アキはMP補給しながら《リザード・プラント》に《プチ・ファイア》無双でな。

 リハビリ兼ねて、ちょっと本気で数こなそうと力入れたんだ」

「ふーん?」

「まず《ロック・リザード》を見つけると、俺が回り込んで死角から倒す」

「その間にわたしが警戒を兼ねて周囲見回して、次の獲物探すんです」

「《リザード・プラント》だったら、そのままアキにお任せだ」

「海の手前まで行くと他の人居ないし《ロック・リザード》いっぱいだしで、もうとにかく、がんがんいきました」

「スパルタ教育過ぎるよ、ライカくん……」

「あの《トカゲの肉》の数見たときはかなり驚きましたよ」


 レベルアップの速度は今日より落ちるだろうが、明日も行くべきか迷うほどである。

 採集品は当然減ったが、ドロップ品は今朝の倍は優に越えていたと思う。


「しかし、この調子だとなかなか貯金もし辛いな。

 俺はともかくアキの防具を揃えたいし、発動体ももう少し登録枠の多いのに買い換えは必須だろう」

「右手いっこ左手いっこで分かり易いよ?」

「……今はそれでいいけどな。

 装備の乗り換えは当たり前だし、狩り場の難易度上げること考えれば絶対に必要なんだが、家を買えるのはいつになるやら……」


 旧作でも、ほぼ毎日プレイして一年近くかかったような気がする。

 アキと二人なら、もう少し短くなるだろうか。


「ライカくんはまた《おおかみのす》やるの?」

「ああ、そのつもりだ。

 最低限個室二つと店舗プラス鍛冶場、アキの希望で庭は必須」

「えへへ、ペット飼うんです」

「アキちゃん、もふもふの虜だね。

 うんうん、気持ちは分かるよー」

「はいっ」

「ところでレモン、ルナ。

 現役の二人にちょっと聞きたいことがあるんだが、いいか?」


 私は昼間気になったことを聞いてみることにした。

 旧作との違いなどシステム面なら自分で検証もできるが、ゲーム外の状況までとなると彼女たちに頼らざるを得ない。


「二人とも、このゲームのプレイヤーが一万八千人と少しというのは当然知ってると思うんだが、どうも外で出会う数が少ないような気がするんだ。

 昨日と今日で《南の草原》と《北の荒れ野》しか行ってないんだが、幾らなんでも大半がトッププレイヤーで俺たちのずっと先を行ってるとも思えなくてな、そのあたりの事情について何か知らないか?」

「あれで少ないんだ。

 わたしは多いなって思ってたけど……」

「アキの目だと、あれでも多かったのか?」

「うん。

 いつもは……ってVRのRPGじゃないけど、もっと少ないよ。

 昼からの海際のところみたいに、誰もいない場所も多いし……」


 レモンとルナは、アキの様子で私の聞きたいことを何となく理解したらしい。


 どうにも抽象的な疑問で自分でもゲームプレイそのものにはあまり関係ないとは思うが、気になってしまったものは仕方がない。


「ライカさんの仰る『少ない』はフィールドに出てる人が少ないの意味だと思いますが、実際、少ないんじゃないでしょうか?」

「かもね。

 『《魔界の入り口》』のプレイヤーが全員こっちに乗り換えたわけじゃないし、現役組はむしろ少ないはずよ。向こうの世界から三日離れることになるもの。

 わたしの見たところ、現役も含めてトップ付近走ってるのはせいぜい三百人ぐらいかな?」

「おいおい、そんなに少ないのか!?

 一万八千人もいるのに?」

「うん。

 LV8の狼男やエルフなら、だいたい第二集団のトップか先頭組の一番後ろぐらいだと思う」

「驚いたな……」

「あれ!? わたし、割とすごい?」

「アキちゃんはVR初体験組限定なら、たぶんランカークラスじゃないかな?」

「ほんとですか!?」


 長期戦で時間経過が進むほどプレイヤー間の差が開くMMORPGでは、ゲームのことがよくマラソンに例えられる。


 ゲーム本筋の攻略やダンジョンボスがドロップするアイテムを狙い、一分一秒を惜しんで邁進するトップ集団。


 第二集団はマイペースに冒険を進めるプレイヤーのうちでも、それなりに腕の覚えがあるプレイヤー達だ。


 その後ろを鍛冶だ料理だ農村でスローライフだとのんびりと行くのもまた楽しいところが、『剣と魔法のサーガ』の醍醐味である。


「それでですね、この『《戦乱の向こうに》』のちょっと特殊なところなんですけど、実は第三集団が出来てます」

「第三集団? 初耳だな」

「あたしが勝手に名付けたんですが、間違ってないと思います。

 トップ、第二は今まで通りなんですが、第三集団は……あたしもライカさんに言われて気付いたんですが、家族パーティーがかなり大きな一団を作ってるんですよ」


 うちもある意味家族連れだが、ルナの口振りからすると事情は少し異なるのだろう。多少特殊だという自覚はある。


「お父さんとお母さんに子供が一人二人、たまにお爺ちゃんお婆ちゃんやそれ以外の人も加わっていますが、基本的に家族でパーティーを組んでるんです」

「一緒に来て別々に行動するっていうのも、それはそれでおかしいから不思議じゃないと思うけど……」

「それも結構な数だと思いますよ。丁度開始日がお盆休みの初日でしたし……」

「ああ、うちといっしょか」

「そうだね」

「それにフィールドに出てた知り合いの話ですけど、パーティーが今ひとつ機能していないらしいです。

 子供はどんどんモンスターやっつけたい、両親は同じ稼ぐなら安全な方がいい。でも家族一緒が基本ですから、子供はフィールド、お母さんはパーティーから外れて王都で生産職って感じでもなくて……。

 ライカさんみたいに、ご両親のどちらかが復帰組や現役組なら話は違ってくるんでしょうけどねえ」

「ゲームに慣れてないから子供の言うとおりフィールド出て全滅とか、依頼済ませたらハイおしまい、ついでの採取とか経験値稼ぎはしないですぐ帰るとか、そのあたりかしら?」

「ええ、姐さんの言うとおりです。

 だからパーティーの数は多くても、フィールドに出てる総数は実数よりも少ないんじゃないかと思ってます。レベルも低いでしょう。今の段階では、と注釈がつきますけど。

 それからこれはまた別の話とも絡むんですが……将来、お客さんの要求にまともに応えられる生産職が圧倒的に不足するんじゃないか、と思えるんです」


 ルナが露天で聞き込んだ所によれば、長期休暇を利用してVRゲームに初挑戦という、ある意味家族パーティー組と似たようなゲーム初心者の数もかなり多いらしい。


 その彼らがこぞって選んだのは《戦士》職で、今夏に公開された映画が理由となっているそうだ。似たようなファンタジー世界で僕も私も……ということなのだろう。

 そんな彼らなら、同じスキルポイントを消費するなら戦闘系や戦闘補助系に限るだろう事は予想できた。


 また、本流である『《神竜の夜想曲》』でも、生産職は昔ほどの人気はないそうだ。新しいダンジョンやモンスターの導入が頻繁で、皆そちらに興味がいってしまっているのだと言う。このサーバー内に限れば、職業攻略のノウハウすら怪しい可能性さえあるらしい。


 そこに需要と供給の問題が絡めば少々面倒な事態に発展すると、ルナは熟練の《商人》プレイヤーらしい様子で自らの分析を披露してくれた。


 現在はゲーム開始二日目、ほとんどのプレイヤーは店売りの初期装備の中でも、一番安い武器防具で戦っている。これが十日目、二十日目になれば皆徐々に買い換えていくのだが、通常の店売り装備には限度がある。NPCの商店では、一定レベルのものまでしか手に入らないのだ。


 プレイヤーにとり、NPCの店売り品以上の高品質装備の供給源はごく限られていた。


 一つは協会の依頼から、報酬が装備品となっている依頼を探すことだ。依頼を達成すれば手に入るが危険もある。高品質な品はイコール高報酬であり、預り金も難易度も高いと相場が決まっていた。


 ダンジョンの宝箱ドロップを得るという手もある。これも危険は伴うが、初期投資はいらないし、冒険者としては至極真っ当な方法とも言えた。パーティーで融通し合うのもいいだろう。


 次の方法は、プレイヤーの商店で買うことである。せっかくダンジョンで得たアイテムでも、魔法使いに戦斧は要らない。代わりに戦士が売り払った魔法書が売られているなら、斧を売った代金で魔法書を買うことが出来る。即ち需要と供給を《商人》プレイヤーが結びつけ、市場が形成されているのである。


 そして、生産職と呼ばれる職人プレイヤーたち。彼らは自らの技能を使い素材を消費することで、武器や防具、あるいはその他のアイテムを作り出すことが出来た。


「ランカー全員の手に高品質のドロップ品が行き渡るわけもないし、話を聞く限りだと中盤で主力装備の不足もあり得るな」

「依頼の報酬とダンジョンドロップだけで、中級上級の装備が足りた試しはないものね」

「はい。

 それに店売り品を『卒業』する時期が重なったら、支えきれるかどうか……」

「ルナの予想は《鍛冶匠》、《薬草師》あたりか?」

「はい、そうです。

 前衛用の武器と防具、それにポーション類ですね。戦士職が極端に多いですから。

 中盤からだと店売りポーションは回復力が足りなくて、休憩時にしか意味がありませんし……」


 あり得ない話ではないなと、ため息をつく。

 特定のアイテムや素材が市場で乱高下するのは『M2』でもいつものことだったが、あれは実に面倒のだ。

 

「物が足りないからって、トップランカーがこぞって生産に転職するはずないわね。わたしももちろん、したくないし……」

「第二集団はまだ転職を期待できますけど、急に育つわけもありませんし強要もできません。

 物不足はよくあることですけど、それが初体験組に直撃するのはちょっと見たくないです。

 ……あたし、この『剣と魔法のサーガ』シリーズが大好きなんですよ」


 表情を暗くしたルナに、レモンが少し椅子を寄せた。アキも心配そうに見ている。


「あたしは学生の頃経済学部だったんですが、卒論を『剣と魔法のサーガ』を主題材にしたゲーム内経済論にするほど、このゲームが好きだったんです。今もですけど。

 だから、初めての人にも楽しんで貰えたらなって、いつも思ってます。

 もちろん、ダンジョン攻略で躓いたりモンスターに囲まれて死に戻ったり、色々失敗もあります。でもそれは、いい思い出になります。目標に向かって頑張った、それでも失敗した結果なんですから。

 でも、その準備もままならないような状況は、嫌なんです。

 ……ダンジョンに挑めるように新しい武器を買おうと思ったら1000アグで、頑張って貯めたら、次に見たときは同じ武器が2000アグになってたとか、あたしなら絶対に嫌です。ゲームが嫌いになると思います。

 それにもう一つ問題があって……」

「うん?」


 ルナは大きくため息をついて、テーブルを見回した。


「従来型の『剣と魔法のサーガ』なら、例えば夕方家に帰ってきて、夜ゲームして、寝る前に落ちますよね?」

「そのパターンが一番多いわね」

「姐さん、ゲームの前後って何してます?」

「わたしは……そうね、明日の準備とか夕御飯はともかく、掲示板見たり公式覗いたり?」

「それです。

 『《神竜の夜想曲》』ならゲームの前後に攻略サイト見て、知識入れたりすることが出来ます。

 でも、この『《戦乱の向こうに》』には公式の掲示板こそありますけど、途中のログアウトも攻略掲示板もないんです。

 ああ、えっと、リタイアのログアウトは出来ますけど、リログインは出来ないって意味ですが」


 ゲームをプレイする人々の全員が全員、歯ごたえのあるダンジョンを知恵と力と技で攻略したり、未知の問題に立ち向かってプレイヤースキルを鍛える楽しみを、ゲームに見出しているわけではない。


 家族や友達と楽しくゲームをしたい、話題作だからちょっとやってみたい……と言った軽い気持ちでゲームを楽しむ人々の方が多いはずだ。そして、ゲームへのアプローチとしては、どれも否定できるものではない。


 自由度の高さが逆に徒となって何をしていいか分からないという、懐の深さが悪い方向へと作用することもあるだろう。


 だが相談ではなくとも攻略掲示板の記事を読むことで疑問解決の糸口を掴んだり、公式サイトのFAQやQ&Aを見るだけでも大きく緩和される問題であった。


「慣れていないとですね、他人に声を掛けるって、意外と敷居の高い行動なんですよ。特にVRゲームなら挨拶一つ取っても現実と変わりませんからね、何かのきっかけでもないと、隣の席で食事してるからって声掛けたりしないですもん。

 ……VRゲーム初体験のアキちゃんならどうかな?」

「はい?」

「お父さんと一緒なのに、わざわざ他の人に何か聞きに行く?」

「えーっと、行かないです」

「だよねー。

 ……と、このようなわけです」

「なるほどな」

「そういうことね……」

「初心者は家族とか友達とか、身内で情報の輪が閉じちゃうケースが多いんです。

 ギルドが出来れば、先輩が後輩の面倒を見るって形で解消できる可能性もあるんですけど……」

「ギルドもギルドで最初の一歩は勇気がいるけど、ずいぶんマシよね」

「だな。

 だが、初っ端にあの結成資金を用意するのは無理だし、最初に出来るのは初心者を考慮しない攻略系のギルドあたりだろう。

 昔なら、次いで生産系ってところなんだが……ルナの話からすると、これは望み薄かな?」

「はい。

 最近は生産系のギルドなんてほとんど見ません」

「そうよね。

 まだリアルの趣味で繋がった趣味人ギルドの方が多いかも」


 プレイヤーズ・ギルドを作るには結成資金が必要で、資金を集めて王国に申請を出せば、結成が許可される。


 パーティーとの大きな違いは、ギルドのメンバーには幾つかの特典が与えられることだ。


 まず、《団旗》とよばれるマスターとサブマスターだけに装備が許された欄外装備アイテムが、王国から下賜される。

 最初は1枚が代表たるマスターに与えられるが、例えば《パーティーメンバーの防御力+10》《パーティーメンバーの魔法攻撃力+10》《所持者のアイテム作成成功率+3%》という具合で、特殊な効果を持つ。更にギルド拡張と称して更なる巨額を王国に上納することで、2枚目3枚目の《団旗》を受け取ることもできた。一人一枚しか装備できないので、マスターと旗持ちのサブマスターが組んで『最強のパーティー』を編成することも多い。


 他にもギルド・クエストと呼ばれる特別なクエストをクリアすることでメンバー全員が経験値や報酬を余計に得ることもできるし、巨額の賞金が出る王国主催の大演習でギルド戦に参加する権利も与えられる。ギルドへの貢献度に応じた配当や、取得や使用の条件がギルド所属プレイヤーのみとなっているスキルもあったから、設立の敷居こそ高いがギルドはメンバーにもうま味のある組織となっていた。


「今はトップもまだギルド作るより、装備の更新でもした方が強くなれる段階ですから、少し先の話になりますけどね」

「どっちにしても、初心者の面倒までは見てる余裕ないわね」

「それで……ルナはこの状況を何とかしたいのか?」

「はい、出来ればですけど……。

 でも、ちょっとあの人数の面倒を見るのは無理かなって。

 ……あたし、《商人》ですよね?」

「そうだな」

「当然お店に品物を並べるんですけど、この人はこれ欲しそうだなとか、下見だなとか、たぶん買ってくれないなとか、最近分かるようになってきたんですよ」

「ルナも《商人》やって長いもんね……」

「はい。

 だから買えないけど欲しい、っていうお客さんも何となく分かるんですが、だからって何でも値引きすればいいわけじゃありません。

 仕入れ値もありますし、他の商人プレイヤーの手前もあります。

 もちろん、ライカさんや姐さんみたいに、『後の先』が出来るお客さんばかりじゃありません。あ、『後の先』っていうのは、後から利益を引っ張ってきてくれるから、先に投資しても回収できるっていう信用売りみたいなものです。

 ……もう既にお店とお客さんじゃなくて、いい意味でぐだぐだというか、身内のパーティーみたいになっちゃってますけど」


 私たちはルナの店に《兎の肉》や《トカゲの肉》を持ち込んだが、彼女はNPC商店と同じ価格で引き取っていた。つまり私は損も得もしていないし、別の店に売っても同じ結果が得られるのだから、もっと宿に近いNPC商店に売ってもいいわけだ。


 だが《兎の肉》などはすぐに幾らでも手に入る商品で、通常は他のプレイヤーに高く売れることもないし、そのままではNPC商店でも同じ金額でしか引き取ってくれない。


 しかしながら彼女には《交渉》のスキルがあるから、《兎の肉》をNPC商店に売却すると僅かながら利益を得ることが出来る。協会依頼品セットとして売りに出す手もあるが、《兎の肉》なら狩った方が早い。


 もちろん、同じスキルを持つ商人は他にもいるだろう。彼らが私の持つ《兎の肉》について、『そっちの店より高く買うからこちらに持ち込んで欲しい』と持ちかけたとき、私が単なる一見客なら彼らに売るだろう。客商売なのだから、このような営業は普通に行われているし、批判の対象とすらなりえない。


 私が当初、ルナの店で買い物したのも同じ事である。《互助会》の話やレモンとの再会はともかく、同じ《ナイフ》がNPC商店だと10アグ、ルナの店なら7アグで、どちらで買うかという迷いは全くなかった。


 もちろん今はルナの店を基準に考えているし、出会って二日になるかならないかだが、食事を待とうと思うぐらい仲間意識もあるので私が他の店に行く可能性は少ない。

 行きつけの店を大事にするのは、現実でも『剣と魔法のサーガ』でも大差なかった。


「それはともかく……。

 初心者のプレイヤーに無茶な状況のしわ寄せが行って、『剣と魔法のサーガ』が嫌いになる人が増えるのは、やっぱり嫌なんです。

 でも状況を押しとどめるのはたぶん無理で……どうしたらいいのかなって、ちょっと考えてたんですよ」

「無理でいいんじゃないか?」

「えっ!?」


 無理でいいと言われたルナが呆然としている。

 何故そのように突き放したことを言われるのかと、彼女は思ったはずだ。


 ……私のように大人を何年もやっていると、搦め手もいくらか覚えてしまうものである。


「お父さん!?」

「ライカくん酷い! もうちょっと何か……」

「ああ、すまん。

 別にルナを苛めたり、貶めたりするような気持ちで言ったわけじゃないからな。

 ……無理でいいって言うのはだな、状況が止められないなら流してしまえっていうことだよ。

 『人に出来ることは限られている。その範囲で出来ることをやればいい』。

 ……使い古された陳腐な言葉だよな? でも古いだけあって、含蓄に飛んだ言葉でもある。

 ルナなら例えば……そうだな、初心者向けのプレイヤーズ・ギルドを自分で作るのはどうかな?」

「えっ!?」

「全員は無理でも、数人ならどうだ? 多分、無理じゃないだろう?

 それで大丈夫なら、少しづつ人数を増やせばいい」


 全員の面倒が見られないのなら、自分の出来る範囲で面倒を見ればいい。何もしないよりは、余程良い結果となるだろう。それでいいのだ。


「えーっと、ライカさん!?」

「そうね、いいんじゃないかしら」

「姐さんまで……。

 無理ですよ! あたし、分析とかは得意ですけど、人を引っ張っていくのは苦手なんです。

 姐さんも知ってるでしょう?」

「そうかなあ……。

 ルナは頑張り屋さんだし、人当たりもいいし、意外と向いてるような気もするけど?」

「苦手なら、わざわざ引っ張って行かなくてもいい。

 別に先頭組に混じって高レベルダンジョンの攻略をしようってわけじゃないんだから、ギルドのメンバーがそれぞれ依頼から戻ってきた時、ちょっとした雑談をするだけでいいんじゃないか?

 反省会まではしなくていいな。ヒントと相談、ちょっとしたサポート。初心者に一番必要なのはその点だ」

「おお、ライカくんビジョンまで持ってるんだ……」

「ルナさん、頑張れ!」

「アキちゃん……」


 ルナは迷っているが、たぶん彼女はギルドを作る。

 焚き付けすぎたかも知れないが、それもまたいいだろう。

 ルナ自身は忙しくなるだろうが、彼女もそれなりの古参プレイヤーだ。彼女もこのゲームを、これまでと違った角度から楽しめればいいと私は思う。


「まあ、本当にギルドを立ち上げるなら、俺、レモン、アキは外部からのサポートになるけどな」

「ライカくん、どうして?」

「初心者向けを謳ってるのに、ギルマス以外にトップ集団とか第二集団先頭のプレイヤーが先に所属していたら、初心者はどう思う?」

「あ……」

「身内ギルドならそれもいいけどな、初心者向けギルドの主旨には添わなくなってしまう。

 それに後から加わるにしても、レベルも高くてギルマスとも親しいとなると、亀裂の原因になりかねないぞ?」

「詳しいですね、ライカさん」

「うん。……いっそライカくんがギルマスやれば?」

「だめだな、熱意が違いすぎる。

 人って言うのは意外とな、そういうところをよく見てるもんだ」


 楽しいはずの食事の時間は少々真面目な話題に終始してしまったが、たまにはいいだろう。アキはともかく残りの三人は、未知の問題に立ち向かってプレイヤースキル───そこにはモンスターやダンジョンの攻略法だけに限らず、あらゆる挑戦が含まれる───を鍛える楽しみも知っているのだ。

 たかがゲーム、されどゲーム、である。


 その後食事はお開きにして客室のある階上へと向かったのだが、風呂に入るというアキに部屋を追い出された私は、宿の食堂兼酒場でエールの蒸留酒を傾けながらやれやれと肩の力を抜いていた。


 私も疲れているのかも知れない。……ルナもわかっていて乗せられたのだろうが、人の気持ちを動かすのは疲れるものと決まっている。


 グラスの中身が三割ほど減った頃、レモンが降りてきた。

 彼女ももう大人で、酒を嗜んでも不思議はない。あの頃とは違う。


「あれ!?

 ライカくん戻ってきたの? 晩酌?」

「アキが風呂入ってる。

 長風呂だろうから、上がったらジュース飲みに降りてくるよう言ってあるよ。……フルーツ牛乳はないけどな」

「いいお父さんだ」

「当たり前だ。俺はアキのお父さんなんだから」

「ふふふ。わたしも飲もうかな」

「あ、こら、俺のグラス……。しょうがないな」

「そうそう、しょうがないしょうがない」


 《ブラックモンブラン・コーヒー》の代わりでもあるまいが、死に戻りの反省会ぐらいはつきあってやるかと、私は新たな蒸留酒を注文した。




 ▽▽▽


 おまけ お父さんには見せられないわたしの日記帳(2日目)


 ▽▽▽


お父さん(ライカ)


 種族:《狼人族》LV8


 職業

  《戦士》LV2/《片手剣》


 装備

  《ロング・ソード》攻撃力[8]

  《黒兎のヘルメット》防御力[1]

  《羊皮のジャケット》防御力[2]

  《羊皮の小盾》防御力[1]



わたし(AKI)


 種族:《エルフ族》LV8


 職業

  《魔術師》LV2/《プチ・ファイア》魔法攻撃力(火)[10]、《プチ・アイス》魔法攻撃力(氷)[10]


 装備

  《マジック・リングⅠ》(プチ・ファイア)

  《マジック・リングⅠ》(プチ・アイス)

  《ほうき星の魔法帽》防御力[1]、魔法防御力[+1]

  《見習いのローブ》防御力[1]




 じゃじゃーん!

 冒険二日目も無事にしゅーりょー!

 今日も一日頑張ったよー。

 念願の魔法使いの帽子もゲットしたし! いぇい!


 お昼はずっと《北の荒れ野》で狩り! 狩り! 狩り! とにかく狩り!

 MPポーションはリンゴ味で割と美味しかったかな。

 おかげで今日はもうへとへとだよ。レベルはいっぱい上がったけどねー。

 でもルナさんたちが褒めてくれたからいいの。VR初心者限定ならランカーとか、想像もしてなかったよ。


 冒険から帰って宿でおやつ食べてると、レモンさんが『死に戻り』で戻ってきた。

 『死に戻り』は、モンスターに負けて神殿に転送で帰ってくることの意味。

 ちょっと落ち込んでるレモンさんに、お父さんが揚げ菓子をあーんしてた。

 こーゆーことを素でやるのが、お父さんのすごいところだ。

 お母さんが『お父さんは地味に恋愛偏差値が高い』って言ってたのが、今になってわかってきたよ。


 今日は夕ごはんの時、お父さん達が難しい話をしてた。

 邪魔しちゃいけないなーっていうのはわかったから黙ってたけど、経済学とか中学生にはちょっと理解不能だよ……。

 でもわかったこともあるよ。

 わたしのお父さんは、『剣と魔法のサーガ』が上手いっていうこと。

 強い、じゃなくて、上手い、っていうところがポイントかな。


 ルナさんはやっぱりギルドを作るみたい。

 一緒にお風呂を注文に行ったとき、少しだけお話しした。

 ギルドを作るのにはお金が沢山いるんだけど、商人だから他の人よりは簡単なのかなって思ったら、そうでもないんだって。

 それから、ライカさんは人を乗せるのが上手いなーって。やっぱり上手いんだ、お父さん……。


 それからお風呂が……期待のお風呂が……。

 たらいだよ。部屋にたらい。宿のおばちゃんが木の桶でお湯入れてくれた。

 うん、すっごくファンタジーだね! 湯気とかお湯の臭いとか完全にVR技術の無駄遣いだよ。

 でもこれで5アグはちょっと高いと思う。

 ああああ、まともなお風呂に入りたい……。

 VRゲームで不潔じゃないからお風呂必要ないっていう問題じゃないの。

 これは乙女のピンチに関わる大問題なの。

 ルナさんは高級な宿なら大きな湯船のあるお風呂もあるよって教えてくれたけど、道のりはものすごく遠そうだ……。


 追記。やっぱり今日も追記。

 お風呂上がりにジュース飲むからって一階の食堂に降りたら、お父さんがレモンさんとお酒飲んでた。

 手招きされたけど何となーく入りづらい雰囲気だったから、ルナさんのジュースも一緒に買って部屋に戻ったよ。



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