第十三話「父とセールと奮起する大人たち」
鍛冶喫茶『おおかみのす』が正式に開店して2週間、冒険者協会の支部に王国大演習の参加要項が張り出された頃。
体裁こそ調っていたが、その形態は旧『おおかみのす』と大きく異なった方向へと暴走し始めていた。
「いらっしゃいませ、『おおかみのす』へようこそ!」
「お一人様ですか?」
「オーダー入ります!」
店の評判は上々と言っていいだろう。
営業は午後2時より午後6時と短いが、店内に配された武具が醸し出す重厚な世界観演出と、ロングスカートのヴィクトリアンメイド風衣装を着込んだ店員らの暖かいもてなしが評判の、王都近郊ではその名を知られつつある良店らしい。
……自分の店でなければ、一度足を運んでみたいところである。
「マスター、3番さん日替わりケーキセット3つ、お飲物はモカモカ、ルウェンゾリ、ルウェンゾリです」
「モカモカ1、ルウェンゾリ2、了解です」
オーダーを取ってくれたミユキ夫人に私は頷き、コーヒーの準備をした。
朝に畑の世話を済ませると夕方までは暇だという彼女には、フロアチーフのような仕事も任せている。
恐ろしいことにミユキ夫人の采配は多方面に及び、『おおかみのす』には新メニューのパスタやサンドウィッチが追加されたどころか、いつの間にか制服が存在していた。人が偏らないよう、継続依頼という型式で《ムーンライト・キャラバン》を通したのが良かったのか悪かったのか……。制服作成の為に《裁縫師》を取り、ついでに洋服屋までオープンさせたメンバーが居たというのだから止めようもなかった。
「ミユキさん、ケーキの補充はすぐ届けて貰えるそうです」
「助かるわ、らっしいさん」
今日はらっしい夫人も厨房に入っているし、昨日は彼女の娘まりあんもメイド服を着てフロアに出ていた。……母親達の姿を見て、自分もメイド服を着てみくなったらしい。
ちなみに私もネルのシャツに皮エプロンという鍛冶屋の頑固親父をイメージした自前の仕事着から、バトラーのお仕着せ、いわゆる執事風の衣装にされている。
怪しげなコスプレ衣装という方面での押しつけならばもう少し抵抗しただろうが、見せられた衣装は高級ホテルの支配人と言った上品さも持ち合わせていて奇抜なものでなし、店の雰囲気や『剣と魔法のサーガ』の世界観に合わせたと真面目に解説されてしまえば受け取らざるを得なかった。
「モカモカ1、ルウェンゾリ2、上がりです」
「はい、3番さん行きます」
それなりに盛況なフロアを眺めつつ、この状況に至った原因はやはり私かと、内心で頭を抱える。
「あの、ここのマスターさんは武器に詳しいって聞いたんですけど……」
「はい、お伺いいたします。
少々お待ち下さいませ」
そう、正に。
欲張って確保した20スクエアのフロアは、四半分は武具で埋まろうとも、一人で切り盛りするには余りにも広すぎたのだ。
……最初の一週間ほどはなんとなく忙しい程度で済ませていたが、私が武具の販売に手を取られると店が回らず、見かねた常連客ら───夕方はほぼ《ムーンライト・キャラバン》の面々で席が埋まる───がルナに報告した結果、客と店員の線引きさえされるならと私が頷いたことで、この暴走は始まった。
我が『おおかみのす』は、路地裏の隠れ家的な落ち着いた佇まいと硬派な雰囲気が売り物だったはずだが、それは私の思い出の中にしかない。
そうでなくとも主要な客層は《ムーンライト・キャラバン》を主体としたご近所さん、この時点で公民館のカルチャースクールと見まごうほどの井戸端会議状態になっていたから、単に時計が早回しされただけなのかもしれないと今では思える。
あれよあれよと言う間に、『4時間通しで毎日2、3人、出来れば飲食店での勤務経験のある女性を希望する』との依頼を押し切るようにしてもぎ取られた。
自分たちの居場所を心地よく使えるよう、彼らは自主的に動いたのだ。私も逆の立場なら、気に入っている店の主人が人手不足で右往左往していれば多少気に掛けるはずで、直接の介入はともかく共通の知り合いに話ぐらいはするだろう。
結果、『おおかみのす』は営業方針を大転換した。
……よくよく考えれば、ルナを焚き付けて《ムーンライト・キャラバン》を発足させた時点で、この結果には気付くべきだった。狩りについて行くことはほぼなくなったが、相談事は今も受け付けているし、その延長だと思えば全く以て正しい結末を迎えたと言える。
ただ……半ば自分への言い訳に近いが、この新生『おおかみのす』そのものは悪くない。
少なくとも、アキを連れて入ろうという気になるような、健全かつ優良な店だと私にも思えた。
店の雰囲気は段違いに明るくなったし、《ムーンライト・キャラバン》の所属ではないプレイヤーの客足も大きく伸びている。ルナの考える、初心者への小さなフォローという点にも貢献しているだろう。
マスターの私はともかくとして、店員の布陣も強力である。
フロアチーフのミユキ夫人はリアルでは喫茶店の経営者───正確には、喫茶店『も』持つ洋菓子チェーンの社長夫人───であり、人手をやりくりすることにも接客にも一家言を持っていた。新人教育さえ《ムーンライト・キャラバン》で済まされてしまうと、私の出る幕はない。
らっしい夫人は結婚前、インテリアコーディネーターをしていたそうで、什器やテーブルの配置を変更するだけで見違えるほど明るい雰囲気の店に変えてしまった。素人考えでこちらは剣、あちらはテーブルとない知恵を絞っていたものの、プロの目からは及第点すら貰えていなかったようである。
サンマの店が長期休業中でやはり仕事場が欲しいと言うエリン夫人にもこちらに来て貰っているが、彼女も接客業の経験者だった。おかげで店の痒いところに手が届く。サンマに返すのが勿体ないほどである。
私も無論、武器防具関連の接客のみならず、客からの相談事には可能な限り耳を傾けるよう心懸けているし、コーヒーだけはなるべくならば自分で───戦闘不用な港町ワエリアの《コーヒー》イベントは、既に多くのプレイヤーに知られている───煎れていた。
しかしまあ、ゲームの知識と鍛冶仕事のお陰で店長の座こそ辛うじて守られたが、これでは誰がオーナーやらとため息が出てしまうところだ。
だが私もいい大人で、自分の蒔いた種が引き起こした現状を受け入れるのに吝かではない。
ルナの努力への応援であると同時に、ゲームに対する恩返し……などという感傷も含んでいたが、時流には確実に乗っているし、皆の笑顔が増えるならいいではないかと思えている。
……それでも、多少の言い分は心に抱えているわけで。
このゲームを無事クリアしてもしも本鯖で喫茶店を開くならば、旧作同様6スクエア以下の小さな店にしようと、私は決めた。
▽▽▽
そのようにして『おおかみのす』の大変革が一段落着いた頃、珍しい客がやってきた。
「こんちわ!
お久しぶりです、ライカさん!」
「お、くるーげ君……っと、マスター・くるーげ!
いらっしゃい!」
「わっ、照れくさいんでくるーげでいっすよ」
前回のイベントで知り合った攻略組の一角にして《へなちょこ参謀本部》のギルドマスター、くるーげ君である。
連れは居ないようだと見て取った私は、カウンターに手招いた。
「思ってたよりも大きな店で驚きましたよ」
「あー……ちょっと欲張りすぎたかもなあ。
おかげで《ムーンライト・キャラバン》の応援なしじゃ店が回らなくてね、憩いの場にして貰うはずが逆に働いて貰ってる始末だよ。
くるーげ君は王国大演習絡みかい?」
注文を受けてコーヒーを煎れる間に雑談を振る。
近々行われる王国大演習は、ギルド対抗戦を含む一大イベントであった。部門別の個人戦もあるし勝者には巨額の賞金が下賜されるから、普段は前線に出ずっぱりの攻略組にも王都に戻ってくるプレイヤーは多いだろう。
私は参加こそ考えていないが、商機になるかなと、幾らかの下準備だけは進めていた。
「いえ、僕は単なる死に戻りです。
うちは自由参加で、半分ぐらいは王都行き希望してますけど……対人、苦手なんすよ……」
「あー、そりゃあ、うん、ご愁傷様だ」
攻略組は自分の能力とフィールドの難易度や癖を把握し、ゲームに対するスタンスも熟知しているから死に戻りも少ないが、だからと言って皆無ではない。
ゲーマーとしての高いプライドによって強敵から引くに引けない場合もあれば、一つの無理から得られる情報、自分の死に戻りとパーティーの成長や勝利、あるいは王都神殿への移動時間とデスペナルティで失う財産を天秤に掛け、進んで貧乏籤を引くこともあった。
「プラダンのフィールドは早すぎたみたいです。
都市の近場なら余裕あるんですが、代わりに渋くて……ちょっと踏み込みすぎました。
まだディアタンの奥の方が稼げますね」
「それでももう、プラダンに手が掛かってるのか……」
プラダンはディアタンの東、インドから東南アジアをモチーフにした王国だ。
しかし、攻略組でもまだ早いとなれば……いや、現在はまだサーバーオープンから100日そこそこ、数年というスパンで行われるゲーム時間を考えれば、彼らのペースが早すぎると考えるべきか。
「『M2』の頃は、確かプラダンが本格的な攻略期に入った頃に魔晶石が市場に沢山流れてきたんだが、いまはどんな感じだい?」
「現行の方でも似たようなものでした。
今は地上の攻略は八割方終わってイベントでも魔界や神界の方がメインですけど、僕もプラダンの魔晶石と和之国の倭鋼を使った武器には随分世話になりましたねえ」
「東の都、懐かしいなあ……」
私の《精錬》では、王都で買える2種類の鉱石はともかく、中級の定番とされる魔法銀の精錬にもまだまだ厳しいと彼らには話してあった。倭鋼など、手に入ったところで完成品にまで仕上げるのはいつになるやらと、天井を見上げてため息をつく。
20年近くの間にゲームそのものは幾度も更新されているものの、世界観は引き継がれているから私も何とか話についていけた。
プレイヤーは基本的に冒険者であり、強さを求め、疾さを求め、あるいは未だ見ぬ先を目指すのは、今も昔も変わらない。……私のような寄り道に楽しみを見出す者も多いが。
「そうだライカさん、何か出物あります?
今の装備も悪いってわけじゃないんですが……」
「くるーげ君は小刀メインだったね。
……ちょっと奥で話そうか」
ミユキ夫人に鍛冶のお客さんだからと告げて表を任せ、くるーげ君を奥に誘う。
最近は《手入れ》もほぼジョン少年に任せきりだが、LV2技能の必要な《修理》が入った場合やプレイヤー相手の商談となれば話は別である。
「お邪魔しまーす」
「はいどうぞ。
さて……」
私はイベント戦での彼の装備を思い出しながら、幾つかのアイテムをピックアップして取り出した。
王国大演習の期間中、久々に王都へ戻ってきたトップから中堅のプレイヤー相手にセールでもしようと貯めていた高品質───もちろん、現在の処と但し書きがつく───の武器防具である。
「こんなところなんだけど、くる-げ君には微妙かな……と思わないでもないんだよ。
どうかな?」
「十分欲しいですよ!
……これとか」
くるーげ君が指差したのは、テーブルに並べた中では一番最近に出来上がったものだった。
流石に目ざといと内心で苦笑する。
< 《ショート・ソード[+5]》
カテゴリー:小剣
攻撃力[10]、クリティカル[+3]、命中[+3]、スキル成功値[+1]
標準価格評価:3120アグ >
今はセール向けにバランスを変更しているが、平素の『おおかみのす』は様々なお客さんに万遍なく対応できるよう心懸け、主にトップ向け、中堅向け、初心者またはNPC向けと意識して鍛冶に励んでいた。
トップ向けは流石に失敗も多い───失敗作とは言っても、[+4]が[+2]になったところで十分売り物になるから、素知らぬ顔で中堅用に振り向ける───が、《会心の出来映え》は無理でもそれに近い『当たり』が出たときは、結構な大物に化けるのだ。
この《ショート・ソード[+5]》は、そのような『当たり』のうちの一点だった。
属性こそ付与されていないが、たまたま付いてしまった《スキル成功値[+1]》はかなり大きい。狙って付加しようと思えば大きなリソースを食うから、サーバー終盤でもそこそこの値付けで取り引きされていたように覚えている。
「20kまでなら即決したいところですけど……構いませんか?」
「20000!?
待ってくれ、流石にそれは高すぎると思うんだが……」
「えっ!?」
思わず二人で顔を見合わせる。
ふんだくろうと思っていない相手から予想外に高い金額を提示されると、流石に慌ててしまうものだ。
確定された利益も大切だが、今はまだ長期間安定した利益を確保する為に信用こそを売りたい私であった。
別に身綺麗で良心的な商人を気取るつもりはない。その方が結果的に『儲かる』と知っているだけなので、褒められたものではないのだが……。
特に、ドロップでしか得られない特殊素材が将来うちの店に直接持ち込まれる可能性に繋がるという点では、無償の譲渡でもお釣りが来るほどである。
「そうですか?
価格がこなれるまでにこの剣で稼げそうなアグや経験値を考えると、割に妥当な線だと思いますよ」
「市場の様子は時々見てたから、倍額が精々だと思っていたんだがなあ……」
トップグループは滅多に王都へ戻ってこないが、目立つアイテムはそれなりの金額で取り引きされている。ルナが横の繋がりで仕入れてくる情報には、私もしっかりと耳を傾けていた。
だから最前線組はそれなりに稼いでいるだろうとは思っていたのだが、現状はこちらの想像のもう一つ上を行くらしい。
「あー、倍額……っと、端数丸めて6000でいいから、こっちの相談事に乗ってくれるかな?
くるーげ君たち最前線組とこっちじゃ、ちょっとどころじゃないズレがありそうだ」
「今の時期で、[+5]がその値段でいいんですか!?
あ、相談は全然構わないんですけど……」
私はもちろんと頷いて、彼には必要がないであろう両手剣や斧槍の『当たり』も取り出した。
「やあどうも、こんばんわ」
「お邪魔します、ライカさん」
「お疲れのところ申し訳ありません、フーゲツさん、ハヤトさん」
くるーげ君は夕方まで私の用事につき合ってくれた後、仲間の元に戻りますと言って、目を付けたショート・ソードの他にメンバー用の軽鎧とロング・ソードを買い込んでから王都を旅立っていった。
今夜は偵察と暇つぶしを兼ねて夜のダンジョン───比較的王都に近いがまだ世間には知られていない、『銀竜の隠れ穴』と言う名の洞窟型ダンジョン───に潜り、そのまま次の街まで出て明日の朝一番の馬車に乗るらしい。
代わりに夜、我が家を訪ねてくれたのが、《ムーンライト・キャラバン》の戦闘隊長フーゲツ氏と、農家のまとめ役に選ばれたハヤト氏である。
「ライカさん、日取りは決められましたか?」
「ええ、結局前日の1日だけに決めました。
在庫の積み上げが可能なら、2日間にしてしまいたいところでしたが……」
但し今回、二人のゲーム内での肩書きや立ち位置はあまり関係がない。
こちらの要望は王国大演習に合わせて行うセール時の販売員───アルバイトだったが、仕事の内容をルナに伝えたところ、メンバーの中から手を挙げてくれたのがこの二人だった。
コーヒーカップを片手に男三人、頭を寄せる。
セールの大凡の骨子は決まっていたが、細かいところはまだ詰めきれていなかった。
「では当日、喫茶の方を商談スペースに使うのはいいとして、配置ですな」
「パーティションまでは必要ないでしょうが、多少は独立性が保てるようにしておきたいところですね」
……のだが、あれよあれよと言う間に形が出来上がっていく。
「お二人とも、流石に慣れていらっしゃいますね」
「それはもう。
見本市や商談会の応援だと思えば、私たちの領分です」
「私もですね。
現実では予算も人手も期日もかつかつで、これほど楽な気分で仕事は出来ませんよ」
「ですなあ。
それにライカさん、ここまでこちらに有利な条件だと、笑いが止まりません。
何より面倒な税務も考えなくていいですし!」
「ええ、まったく」
はははと楽しげに笑うハヤト氏は、現実世界では大手自動車メーカーの地域マネージャーで、傘下営業所で毎週のように行われる大商談会やセールにはこれ以上ないほど慣れていた。
にこやかに相槌を打つフーゲツ氏は、高い技術で知られた中堅精密機器メーカーの営業部所属だった。見本市の企業ブースなどを仕切るのは、本業の一部に含まれていると言う。
ゲーマーとしてはビギナーから脱却しつつある立ち位置でも、身に付いた現実世界でのスキル───企画力や交渉力など無形の財産───はこの世界に持ち込めるという好例であろう。
むしろ日頃はVRオフィスの開発室に籠もりきりでデータを相手に仕事をしている私の方が、こちら方面では素人同然であった。
「有利な条件、ですか?」
「ええ、フーゲツさんとあれこれ調べて回ったんですが……。
こちらをどうぞ」
「……これは?」
「身内のデータ……と言っても、簡単なアンケートをメンバーに頼んだだけですが、色々見えてきましたよ」
彼らは自分の領分と言うだけあって、王国大演習に合わせたセールという明確な目標を私が示してしまったことで、ある意味暴走していた。ルナも後押ししているのだろうが、話を持ち込んでからは水を得た魚とでも表現すべきほど、目が生き生きとしている。
「うちの戦闘組に種族レベルと現在の所持金、日間収入の平均を聞いて回ったんですが、割と素直な分布になっていましてね」
「所持してる装備の方は私も何となく把握していますから、マスター・ルナから少々知識を借りましたが、後はまあ、ハヤトさんと知恵を絞ったわけです」
二人が示したデータは、現在のレベルから推測されるプレイヤーの主武器の攻撃力と所持金をグラフと表で示したものだ。種族レベルと戦士レベルの両方で、同じような右上がりの曲線───レベルが上がるほど戦闘力はインフレするが、同時に収入も引きずられる───を描いていた。
無論、これだけならばわざわざ図表に起こさなくてもいい。レベルが上がれば強いモンスターも倒せるようになると言う大原則に基づくから、誰にでも想像がつく。
「例えば目玉商品の一つ、《ロング・ソード[+3]》のクリティカル付きなら攻撃力は11ですから、これが欲しいお客さんは主にこのレベル帯と予想されます」
「ですが売り出しの価格が1200アグのところ、彼らのレベルなら2000ぐらいまで懐に余裕があると見ていいわけです。
無理してもう一つ上の[+4]を買うか、目的の商品を安く買えたと満足するかはその方次第となりますが、前線職に於ける戦士のパーセンテージそのものが高いので───」
私が目を見張ったのは、その下に添付されていた表の方だ。
二人は手慣れているのだろうが、顧客分析の手法を用いて、レベル毎に可処分資産の予測や売れ筋となりそうな商品の目星までつけている。それも初心者だけでなく、中級者の予想までデータに含まれていた。
これを話を聞かされてからのほぼ2日で、ルナへの聞き取りのみならず、王都の露天市場まで市場調査に出向いて仕上げたというのだから恐れ入る。
……彼らも奥方たち同様、これまでゲームとの距離感をつかめていなかった。
しかし、この世界には魔法があるから、モンスターが襲ってくるからと言っても、基本構造には現実と共通する部分も多い。
サラリーマンが職場へと勤めに出るように、冒険者はフィールドに出て狩りをするのだ。借りた畑に出て作物の世話をするなら、あるいは商品を仕入れて店頭で売るなら、それこそ現実の農家や小売業とメンタル面で極端な違いはない。
《ムーンライト・キャラバン》と『おおかみのす』を通して、現状を自らの知るものに置き換えてしまえば現実とそう大差はないと気付いたことで、メンバー達は未知の世界との溝を埋めてしまうことが出来ていた。
この転換は彼らだけでなく、サーバー全体にとっても大きな一歩だと思う。
開始当初は戸惑いにも理不尽にも追い回されて、意識を切り替えるのに時間は掛かったかもしれない。でもこれからは、ゲームをゲームとして楽しみながら、クリアまで過ごせるように自らを育てて行けるだろう。
当たり前だが、彼らはプレイヤーやゲーマーとしての腕前は未熟でも、私同様、『大人』なのだ。
「……このデータの通りだとするなら、値引きのし過ぎになりますかね?」
「マスター・ルナは、『時期を考えると少し早いけれど、相場を大きく崩すことにはならない』と、口にされていましたね」
「でしたな。
良い武器が大量に行き渡ってプレイヤー全体の攻撃力が底上げされるので、むしろ市場全体の活性化が期待できるそうです」
私は横道に逸れそうになった考えを、頭の片隅に押しやった。考察は後でいいだろう。
市場の価格は把握していたつもりだったが、《ショート・ソード[+5]》に対するくるーげ君の値付けと言い、少々不安になってしまうほどだ。
まあ、ルナがOKを出しているようなので、プレイヤー市場への影響は許容範囲なのだろうと思うことにする。安い分にはお客さんも怒るまい。
武器を扱う商人プレイヤーに対しては……微妙だった。製造直売に文句を付けられることはないだろうが、『仕入れ』と称してセールの目玉を転売目的で買い占められるのも困るので、お一人様1品限りと値札につけておこうか。
「いや、お見それしました」
「このぐらいは片手間以下ですよ、お気になさらないで下さい」
「こちら方面ならお役に立てると気付いて、張り切ってしまっただけですからねえ」
「その通りです。
たまにはお返しをさせて貰わないと」
いい笑顔の二人に、私は感謝を込めてコーヒーカップを掲げ、降参してみせた。
▽▽▽
王国大演習の2日前、セールの前日までは特筆すべきこともなく、昼は営業、夕方からは熊狩り、深夜は鍛冶仕事と、私はほぼ日常のペースを崩すことなく手順を進めていた。
地味に見えるルーティン・ワークも、目指すべきところが定まっていればそれほど苦痛とはならない。
営業中に交わす会話はセールの宣伝にも繋がるし、熊狩りはレモンやアキとの差を埋めるために欠かせず、鍛冶はセールに向けて在庫を積み上げていくという自らに課した重大な任務になっていた。
「あなた、もう少し右にお願い」
「このへんか?」
「父さん、衣装預かってきたよ!」
いよいよその前日、営業終了後は流石に私も夜狩りをやめてセールに向けた準備を行っていた。
店長の私、営業担当としてにわか仕込みながら自主的に武器防具の知識まで頭に詰め込んでくれたフーゲツ氏とハヤト氏はもちろん、お飲物のサービスはこちらで引き受けますと請け負ってくれたミユキ夫人を筆頭に、いつもの『メイド隊』も忙しい。
明日のセールは喫茶の方でも集客アップのチャンスと見込んで、新作のケーキや軽食を用意して試食会を開くそうだ。
普段は使えないギルド前の往来に露天を開く許可をNPC領主様───柔軟な対応を考えれば運営の『中の人』だろう───のところまで取りに行かされたのは私だが、必要な予算と示された金額に半ば顔が引きつりつつもゴーサインを出した後はノータッチである。
「姐さんとアキちゃんは明日のお帰りでしたっけ?」
「ああ。
予定通り切り上げたらしい。
個人戦は出ておきたいそうだ」
多少は心配されていたのか、それともメンバーの暴走が気になるのか、模様替えにはルナも手伝いに来てくれた。
戦闘技能を持たない彼女は応援に回るが、《ムーンライト・キャラバン》はギルド対抗戦に参加申し込みを済ませている。
戦闘隊長でもあるフーゲツ氏には『おおかみのす』と二足の草鞋で少々申し訳なかったが、各種武器の特性を知ることはプラスになるからと、快く引き受けてくれていた。
「在庫の方はどうです?」
「まあ、何とか。
目玉商品はもうちょい数を揃えておきたかったが、アドバイスに従って当初の予定よりは充実させたよ」
最悪、知り合いは後回しでもいいかと内心で計算していた私である。
くるーげ君は戻ってこないが、はらぺにょ君やカー嬢、ししし君、すだこふつ氏は演習に参加すると聞いていた。多少性能か売値に色を付ける代わりに納品は後日───彼らが根城にしている最前線の街への配達依頼を出すことで、取引そのものは可能だと見ている。
王都との往復は数日分の経験値ロスに繋がるわけで、彼らトッププレイヤー向けに今後は配達───『通販』も多くなるだろうと予想された。
治安度の低い最前線では街中のPKがないとは限らないが、取引直前まではポーチに商品を入れておくことでアイテムのロストは防げるし、受け渡しも通例では冒険者協会の支部を通す。後は馬車代込みの依頼料や費やされる時間との相談だから、引き受けてくれるプレイヤーを探すのはそう難しくはなかった。
……まあ、いつもの如く《ムーンライト・キャラバン》に名指しで依頼を出すことになるのだろうとは思っている。遠方の街に出る機会を作るという意味でもルナは歓迎するだろうと、想像がついた。
「おわったー!」
「皆さんお疲れさまでした」
「さ、身体の準備も整えないと、明日を乗り切れませんわ」
「ライカさん、頑張りましょうね!」
「よし、解散解散」
「お疲れさまでした!」
「明日、楽しみだなー」
……何だか〆まで持って行かれてしまった様な気もするが、彼らの熱意ある協力がなければここまでの充実はあり得なかっただろう。
礼を言って皆を送り出せば、普段とは違った様子の店内に気も引き締まるというものだ。
さて、最後の詰めに気合いを入れて大物を鍛えるかと、私は鍛冶場に向かった。
当初予定の数量は揃えたが、在庫がありすぎて困ることもない。
明日こそは王国大演習の前日、いよいよセール本番である。
▽▽▽
「いらっしゃいませ! 『おおかみのす』王国大演習記念セールへようこそ!」
「2番さんにルウェンゾリ! ケーキはラズベリー・ロールケーキです!」
「ミユキさん、追加届きました!
いちごのショート20、プレーンのプディング20です!」
「よかった、ハルバード残ってた!
この時間じゃもう駄目かと思ってたんですよ!」
「ご成約おめでとうございます! ……っと失礼、お買い上げありがとうございます!」
当日は、予想以上の大盛況となっていた。
執事服の私、フーゲツ氏、ハヤト氏が陳列棚と接客テーブルを忙しく往復する横で、ロングスカートを優雅に翻しながらミユキ夫人を筆頭としたメイド達が行き来する。敬語を使いきれていないフランベルジュら少年執事も混じっているが、女性客には受けがいい様子で一安心だ。
開店は午前12時といつもより2時間も早くしたが、それでも数人が並んでくれていたのだからありがたい。
無論、勢いを煽るべく『セール記念大特価! 先着5名様に限り《ロング・ソード[+1]》、《ショート・ソード[+2]》など1アグにて販売!』『当日午後2時よりオークション開催! 属性付き装備のオンパレード! 奮ってご参加下さい!』などと、数日前から店にポスターを貼っていた。
新聞やTVこそなかったが、この世界にも広告媒体の代替品がないわけではない。冒険者協会に掲示板へのセール告知の張り出しを依頼したし、フレンドリストに登録されている全員にもメールを送ってある。
他にも、『井戸端会議』や『噂話』───口コミが大きな力を発揮するところを目の当たりにすることとなった。
《ムーンライト・キャラバン》の系列店……と言う括りで正しいのかどうかは知らないが、世間からはそう見られている商店グループが王都近郊には存在している。
『雑貨屋ルナ』を筆頭に、王都の元ギルド本部跡地の洋風レストラン『リストランテ・かえる亭』や、同じく王都に店を構えていてメンバーが生産する食材アイテムを主に扱う『スーパー800』の他、気が付けばトルフェル村にも洋服店や鑑定屋が増えていた。……『おおかみのす』や休業中の『洋食処・まつ風』も、数に入っているだろうか。
そんな系列店のうちの一店舗───当然ながら多くのギルドメンバーが関わっている───がセールを行うのだから、問われれば答えるし内情にも詳しい。王国大演習は最近もっとも注目されているイベントで、世間話の話題としても上等だ。
それが為、試食会というお祭りに呼び寄せられるようにして『おおかみのす』へとやってきたお客さんは、武器防具のセール以上に多かった。
最近の私は用事がなければ王都に足を向けることもなくなっていたし、店内でセールの話を聞かれることは多かったがそれはある意味当然と受け止めていたから、今以上にセールの噂を広める手はないかと考え込んでいた程である。
「ありがとうございました!
よろしければ試食会の方も楽しんでくださいね」
《ロング・ソード[+3]》のクリティカル付きを嬉しそうに抱えたエルフ族の少年をお見送りして、窓越しにちらりと外を見やる。
「ごめんなさい、プレッツェルの生クリーム添え、次は2時からになります!」
「お茶のお代わりはいかがでしょうか?」
「アンケートはこちらでお預かりします!
はい! ありがとうございます!」
店の前に広げられたオープンカフェ形式の試食会場は、『リストランテ・かえる亭』からの増援が主力となって切り盛りしているが、それでも列が出来ている。
あと15分ほどで客寄せと盛り上げも兼ねたオークションが始まるので、私もそちらに向かわねばならなかった。
ミユキ夫人はセールの3日前、来客が多すぎてこのままでは試食会が破綻するとまるで予言のように断定し、メイドの増員と予算の増額を私に要求していた。
プレイヤーを雇えば依頼料と言う名の給与が発生するから、判断や許可は流石にこちらで握っている。ルナとの相談で決まった金額は1人に対して800アグ───現在の彼らの平均レベルからすれば大きな依頼料になるだろうが、少し先ならそう高いとは言えない金額───だったが、執事にメイドにパティシエをひっくるめて合計20人、大台を越えて16000アグとなった。
試食会の方は、輪を掛けて深刻だった。
今回供されるケーキや飲み物はレア食材を使用した高級品ではなかったし、大半の素材は《ムーンライト・キャラバン》に所属する農家プレイヤーによる製造直売で中抜きもないが、必要な数は最低でも数千食……。こちらの予算は最終的に11万アグと、ギルドでも創設するのかという金額になっていた。
ケーキ1食分の材料費は安いもので数アグ、1人1食では試食会にはならないから複数個見込むとして、そこに飲み物代がやはり数アグと、押さえ気味にしてもこの金額になってしまうのは仕方がない。
更にVRゲーム上では基本的に太らないという大原則はこの世界にも及んでおり、女性陣の食欲を大きく後押ししていた。
無論、ここで有料とするのは妥当な判断だし、普段より安い価格で提供するなら客足も伸びるだろう。
だが、なによりインパクトが足りなかった。
門から徒歩10分少々の隣村とは言えども、会場は王都の外なのだ。『いつもより安い』と『無料』の間には大きな差があるし、少々の金額は時間を掛ければ鍛冶の方で飲み込めた。
もちろん、前回のイベント戦以後、鍛冶仕事全般が飛躍的にレベルアップしたおかげで懐に余裕が出来てきた私だが、セール向けの鍛冶素材もかき集めなくてはならず、一時的に手元不如意となってしまったのでルナから10万ほど借りている。
それでも……担保こそ約束しなかったが、最悪の場合お客さんが0人───王都に人が集まるタイミングを見計らったかのような突発的イベントが発生して、セールと試食会を中止にせざるを得ないとも限らない───でも赤字が出ないような計算だけはしていた。
ぶっちゃけてしまえば、在庫をNPC商店に卸すことで標準価格の50%はどう転んでも取り戻せるので、総計で20万アグ以上の商品を積み上げてしまえばよい。……そこまでせずとも売れていくだろうが、かける迷惑はなるべく小さくしておきたい気分もあった。
幸い、手持ちの在庫はHPポーションなどに比べ少々高くつくスタミナ補充用のSPポーションまで購入したお陰で目標を達成、少なくとも借財の返済はなんとかなる。
だが、中止した場合には皆のモチベーションも下がってしまうだろうし、私も実にありがたくない状況に追い込まれてしまうわけで、出来れば運営サイドには見逃しておいて欲しいところであった。
「はい、おめでとうございます!
落札された方に大きな拍手を! ありがとうございました!」
木箱を並べただけの演台の上、白布を掛けた机とハンマーの置かれたその場所で、私は大きな声を張り上げていた。
オークションに興味を示してくれたプレイヤーの数は優に200名を越えているので内心冷や汗ものだが、やると決めたら後には引けない。
先日くるーげ君と取り引きした時とは違ってオープンな状況だし、お祭りという側面もあるので、道化に徹して参加者に楽しんで貰うのが主宰の私にとっては一番大事な仕事だった。
「では、次の商品のご紹介を致しましょう!
本日のスペシャル・チョイス、2番目はこちら、《グレート・アックス[+5]》、火炎の属性攻撃値付きです!」
その彼らの目は、もちろん私の右手───グレート・アックスに集中していた。
大きくざわついた観客に一礼して騒ぎを静め、データウィンドウを可視化する。
拡大投影することで、本物だという証拠を示すと同時に詳細の紹介を兼ねていた。
< 《グレート・アックス[+5]》
カテゴリー:斧
攻撃力[18]、クリティカル[+2]、命中[+3]、ブレイク[+2]、火属性[+4]
標準価格評価:17200アグ >
……ちなみにこの《グレート・アックス[+5]》、素材の費用だけを純粋に計算しても3000アグ近い大物───ベースにした鉱石こそ王都で売られている普及品だが、少しでも成功率を上げるべく《魔晶石》は修正値付きのものを奮発した───で、特売に回した[+2]や[+1]の失敗作も片手で足りないほど作っていたから、是非とも高値で売れて欲しい期待の品である。
「数ある両手武器でも斧系は大型ターゲットへの武器種別補正も大きく、ボス戦ではキーになる存在です!
そんな中でも最大級の攻撃力を誇るグレート・アックスの[+5]、是非とも重戦士さんの頼れる相棒としてお役立て下さい!
開始はなんと、5000アグからになります。
では……オークション、スタート!」
カン! と、ハンマーを大きく叩き、素早く会場を見回す。
最初は流していても問題はないが、場の空気を読んで熱気を煽るのも司会者の大事な仕事だ。
「5500!」
「6k!」
「うー……6500!」
「7000!」
「はい、7000出ました!
7000以上の方、いらっしゃいませんか?」
「8000!」
……慣れないことをしているという自覚は十分あったが、ここで消極的態度を取ることは不可能だった。
このセールと試食会を成功させるために、本気で頑張ってくれていたお父さんお母さんプレイヤー───《ムーンライト・キャラバン》のメンバーに対して示しが付かないというささやかなプライドが、私を支えている。
「11500!」
「12000!」
「13k!」
13k……13000をコールしたのは、前回のイベントで共闘した《らいおんさんチーム》のメンバーだった。セールに合わせて1日早く来てくれたらしい。……ギルドマスターのししし君が巨人族なので、このような混雑の中でも彼らのギルドはとても目立つ。
「い……15000!」
「おお!?」
「すげー!」
15000はどんなお客さんかと目を向ければ、『黒騎士』すだこふつ氏の息子さんである。そのすぐ後ろでは、彼の妹さんがお兄ちゃん頑張れと応援をしていて微笑ましい。
「19500!」
「……20000!!」
これは二人の一騎打ちになるか、はたまた誰かが水を差すか。
「20kいったー!」
「いいぞー!!」
「20000アグの大台が出ました!
さあ! さあ! 他にいらっしゃいませんか!」
盛り上げつつ会場を見回せば、いつの間にかレモンとアキがいて、こちらに手を振っていた。
▽▽▽
「本日はありがとうございました!
……乾杯!」
「かんぱあい!」
「乾杯!」
無事にお客さんを返して店の内外を片付け、打ち上げの乾杯にたどり着けた時には、とうに日が暮れていた。もちろん会場は『おおかみのす』では足りず、《ムーンライト・キャラバン》の本部3階を借りている。
直接働いてくれたメンバーのみならず、素材の生産や小物の調達にまで関わった裏方さんまで含めれば、50人近くを投入した一大イベントとなったこのセール、次回はもう少し小規模にした方がいいのか迷うところだ。
よくもまあ、ここまでの大騒ぎにしてしまったものだなと、苦笑いが漏れてしまう。
「お父さん、お疲れさま!」
「アキ、ありがとうな」
「執事なライカくんは新鮮でよかったわ」
「……あれは制服だ」
小さく乾杯して、帰還早々店の片付けを手伝ってくれたアキとレモンを労う。
自宅があの騒ぎでは、流石に放置もできないのだろうが……。
「売り上げの方はどうだったの?
ライカくんのことだから、赤字にしていないと思うけど……」
「まあ、当初予定は上回ったかな」
期間中の会計は、《ムーンライト・キャラバン》に対して公開すると約束していたから、レモンでなくとも隠さなくていい。
一番最初に、店持ちの誰かがセールをする時の参考資料にしたいとルナから申し入れがあり、私もそれを了承していた。
「あれやこれやひっくるめて、3万ちょいってところだよ」
「おー」
試食会がメインになってしまったような気もするが、来客の総数は2000人オーバー、鍛冶の売り上げも20万アグを大きく越えていた。
それでも完売とは行かず結構な数の売れ残りも出ていたし、試食会の予算と人件費、鍛冶に使った素材アイテムの代金を引けばそのあたりである。
「へ?
準備期間と人手考えると、意外と少ないわね?」
「少ないんだ!?」
「そうよぉ。
だって、アキちゃんとわたしだって、今じゃ1日に1kぐらいは稼げてるでしょ」
「はい。
イベントでレベルアップしてからは、そのぐらいですよね」
「……ライカくん、なんか隠してる?」
レモンの抱いた疑問は、古参プレイヤーとしては当然だった。
投入された労力に対して、手慣れたプレイヤーがこの時期に得る金額としては少なすぎる。
「何も隠してはいないが、ちょっとルナからお願いされててな。
数売りの特売品や目玉商品の一部以外は、ほとんど属性付きだったんだよ」
「ああ、それで……」
「まあ、今回は火と水しかお客さんに選択肢はなかったけど、かなりの数を『世間』に送り出せたはずだ」
鉱石と炭に加えて高価な《魔晶石》を必要とする属性付きの武器防具は、原価も跳ね上がる上、当たればでかいが歩留まりも悪い。
いかにユニーク・アイテムの鎚と金床が威力を発揮しようとも、トッププレイヤーの望む[+5]や[+6]と云った高品質武器となれば急激に成功率が落ちた。
今回は無理を重ねたが、王国大演習明けは財布とスタミナにやさしいノーマルの武具や道具の生産に留め、プレイヤー用とNPC売りとスキルアップのバランスが取れた平常営業に戻りたいところである。
「そろそろ第二グループさんが属性武器を欲しがる頃だろうし、レイやフランベルジュ達にはちょっと早いが、手が届かないほど遠くもない。
あいつら、結構頑張ってるんだよ。
アキも負けてられないかもな?」
「追いつかれてもいいよー。
一緒に行けたら楽しいかも!」
「あの子達って、前衛二人に魔術師だったっけ?」
「ああ。
魔術師のまりあんはイベント後に《神官》を取ってるから、マリアレグのフィールドぐらいなら何とかなるレベルじゃないか?
前衛二人も装備調ってきたし、夜の熊狩りに誘おうか迷ってるぐらいだ」
「ふーん……。
2、3人なら預かってもいいけどね」
長年一匹『猫』として活動してきたレモンにしては珍しい反応に、目を丸くする。……いや、彼女は好きでソロになったわけでもなかったか。
「ついでに、その親御さんたちもパワーアップしてるぞ。
いや、最近は親御さん達の方がいきいきとしてたか……」
「ルナが喜んでたわ。
このセール、メンバーの意識改革から見ると、大の大の大成功だったんですって」
その通りと頷いて、手にした《蜂蜜酒》を飲み干す。
明日から行われる王国大演習の壮行会も兼ねているので、《ムーンライト・キャラバン》の殆どのメンバーがこの集まりに参加していた。
今日の苦労を語るメンバーもいれば、明日の展開や作戦を練っているグループもあったが、それぞれの笑顔は実に充実している。
だからこそ、『おおかみのす』の変容と道化の苦労も報われたし、私は堂々と、そして気分良く、勝利の祝杯を掲げられるわけだ。
「お疲れさまです、ライカさん。
もちろん、姐さんとアキちゃんも」
「ルナもお疲れ」
「おつかれさまです!」
彼女も店とギルドの切り盛りをしながら、調整には大いなる苦労と苦悩をしていたことだろう。私でさえあれだけ右往左往していたのだ、初心者プレイヤーの転換点という大事な場面では気が抜けなかったに違いあるまい。
「明日明後日も大変だろうが、『おおかみのす』は休業するからな。
手伝いぐらいならさせて貰うよ」
陰の立て役者に、私はテーブルから新しい《蜂蜜酒》を取り寄せた。
▽▽▽
おまけ お父さん(だけじゃなくてみんな)には見せられないわたしの日記帳(104日目)
▽▽▽
レモンさん(レモンティーヌ)
種族:《人間族》LV73
職業
《戦士》LV10/《片手剣Ⅲ》《盾Ⅱ》《突きⅢ》《払いⅡ》《返し刃Ⅱ》《突進》
上位職 《剣士》LV2/《連撃》
《裁縫師》LV1/《補修》《普段着》
装備
《レギュラスの剣》攻撃力[14]、命中[+2]、[麻痺攻撃Ⅰ]
《小青玉のサークレット》防御力[2]、耐性[+1]
《黒鉄のチェイン・メイル》防御力[12]、敏捷[-2]
《タンコ鉄の中盾》防御力[9]
《黒虎のブーツ》防御力[6]、敏捷[+3]
《小紅玉の指輪》攻撃力[+1]
わたし(AKI)
種族:《エルフ族》LV64
職業
《魔術師》LV8/
《プチ・ファイアⅢ》魔法攻撃力(火)[14]、《プチ・アイス》魔法攻撃力(氷)[10]
《エナジー・アローⅡ》魔法攻撃力(無)[24]、《マジック・ウェポン》魔法攻撃力(無)[+10]付与
《フレイムⅡ》魔法攻撃力(火)[21]範囲攻撃
《スリーピング》攻撃強度[15]、難易度[0]
《ライトニング・スピア》魔法攻撃力(雷)[30][麻痺攻撃Ⅰ]
《ストーン・ジャベリン》魔法攻撃力(土)[45]
《マジック・シールド》魔法防御力[10]
《アンロック》、《トラップ・サーチ》、《ガード・チャイム》
《薬草師》LV2/《薬草学》、《ポーション作成Ⅱ》、《調香》
装備
《バルザック樹のワンド》成功値[+2](エナジー・アローⅡ、ストーン・ジャベリン、フレイムⅡ)
《マジック・リングⅢ》(プチ・ファイアⅢ、マジック・シールド、マジック・ウェポン)
/《マジック・リングⅢ》(アンロック、トラップ・サーチ、ガード・チャイム)
《流れ星の魔法帽》防御力[2]、魔法防御力[+2]
《白の魔法衣》防御力[3]、魔法防御力[+4]
《大角鹿のブーツ》防御力[5]、回避[+2]
《小翡翠の首飾り》精神[+2]
ひっさびさの王都だ!
わたしも王国大演習に出るんだよー!
ディアタンの皇都ゴガレオンもちょっとは慣れた……かなあ。
レモンさんとフィールドのあっちこっち駆け回って3週間、レベルはじゅんちょーに上がってるけど、実はまだ《魔法銀》をドロップするモンスターがいる洞窟には行けてないのよ……。
2人パーティーのいいところは、同じモンスターを倒した時6人パーティーよりも沢山経験値が入ること。
でも、ゲームで組める最大人数の6人パーティーは、2人パーティーより戦力が大きいから、その分経験値もドロップもいいモンスターが出てくる奥のフィールドまで行けた。
もちろん、人数多い方が消耗少ないし、連戦にも向いてる。強い敵ならドロップするアイテムもレベルが高いから、分配が3分の1でも中身が大分違ってくるんだ。
だから最近はちょっと頭打ちかもねって、レモンさんもため息ついてた。
もちろん、誰でもいいから誘っちゃえってことにも、どこかに混ぜて貰おうってことにもならなくて、出掛けるフィールドはいつも同じ場所でレベルだけが上がってく。
特にねー、ドロップの差が痛いかも。もちろん、わたしたちも強くなってるんだけど、ちょっと上のフィールドだと手が出ない。この間なんて、危なく死に戻りするとこだったよ……。
ゴガレオンに居座ってるのは《魔法銀》が目的だし、今のフィールドは攻略のレベル的には丁度いいかちょっと強敵ぐらいだから、効率が最適に近いんだけどねー。
メールで聞いた話だと、6人パーティー2つの《へなちょこ参謀本部》の人達はもう《魔法銀》を手に入れてて、今は数を貯めてるところみたい。そのうちお父さんに頼みたいから口添えよろしくーって。お父さんはオーダーメイド受けないって言ってるから、結構みんなチャンス狙ってるんだよ……。
これはうかうかしてられない。
のんびり攻略がダメってことはないんだけど、ちょっと頑張ればわたしたちにも手が届きそうってところがくやしい。
いっそ、《ムーンライト・キャラバン》の『卒業生』から戦闘組だけ集めて中級の攻略ギルドでも作ろうかって、笑い話じゃなくて真面目に考えたりするぐらい。そのぐらいのお金は、気付いたら貯まってた。
ルナさんがものすごく頑張ってるのも知ってるし、《ムーンライト・キャラバン》の究極の目標は、メンバーが成長してギルドを無事に解散することだから応援にもなる。レモンさんもルナさんのことはいつも心配してて、もう少し直接的にフォロー入れた方がいいかなって考えてたみたい。
お父さんは……どうなんだろうなあ。
一緒のギルドの方が嬉しいけど、鍛冶屋さんも忙しいみたいだし、攻略と生産で完全にルートが分かれちゃってるもんね。
個人ギルド作るって言ってたような気もするし、王都にいるうちにちゃんと聞いてみよう。
そのお父さんなんだけど……。
『……へ、お父さん!?』
『うそー……』
『ベネット……?』
『やっぱりアキちゃんもそう思う……?』
思わずレモンさんと顔見あわせた。
お父さんがコスプレしてるとか、ありえない。
あんまりドラマとか見ないから知らなかったんだろうなってすぐに想像ついたけど、『ヒラリー夫人の恋人』に出てきた執事のベネット・レオニダスの衣装そのまんまだよ!
レモンさんは笑い出しそうになるのを必死に堪えてた。
わたしもお父さんと目があったときは、似たような顔してたと思う。似合ってないわけじゃないんだけど、なんだかなあ……。
剣闘士の格好でも嫌がってたのに、どうしちゃったんだろう?
まあね、襟や袖口に少し黒レースが入っててネクタイがフルール・ド・リスのクレストタイで肩パットがちょっと厳ついだけの、他は普通? の執事服だから、現代が舞台のドラマでも大企業のご令嬢なんかが出てくると、似たような格好の俳優さんも一緒に出てくるけど……。
セールのことは知ってたし、オークションの邪魔しちゃいけないなってお店に入ったら、まりあんちゃんのお父さん達だけじゃなくて、フランベルジュくん達も同じ格好してたから、そこでやっとお店の制服だってわかった。裁縫師さんが『ヒラリー夫人の恋人』の大ファンで、ちょっと頑張ったらしい。
ようやく笑いがおさまったけど、はぁ、すんごい苦しかったよ。
あ、まりあんちゃんもロングスカートのメイド服で可愛かったよ。村に新しく出来た洋服屋さんに頼めば作って貰えるみたい。
それから、ちょっとだけお部屋でくつろいで試食会の方に行ってケーキ食べたけど、びっくりするぐらい種類が多かった。
特にプリンとアイスクリームは久しぶり!
今度、お父さんのお店の新メニューになるみたいで超うれしい!
前は食べられなかったけど、王都もわたしたちと一緒で『レベルアップ』してるんだ。
これは負けていられないかも?
追記。追加。おまけ。
《魔法銀》の鎧は無理でも、お父さんもちゃんとパワーアップしてるらしい。
レモンさんの《レギュラスの剣》はロング・ソードだと[+6]に匹敵するボスドロップだし、スペシャルの麻痺攻撃付きだからちょっと無理だったみたいだけど、新しい防具がしっかり用意されてた。
わたしの分はない。もちろんない。
魔法使いだからしょうがないけどねー。
……よし、やっぱり魔法戦士目指そう!