第十二話「父と仲間と『おおかみのす』」
本筋のシナリオに関わる初のイベント、『義勇兵出撃』は無事終了した。
終わってみれば攻略組ほど鍛えていなかった私には、レベルアップとともにMVPボーナスの槌と金床はこれ以上ないほどの手土産となっており、これなら次回も参戦しようかという、いささか気の早い心持ちを引き出されてさえいる。
「見事にばらけたな……」
「そりゃあ、ねえ」
昨夜の内にイベントは完全に終了し、一旦は現地解散となっていた。
《帝国騎士団『戦乱』支部》は北東へ、《へなちょこ参謀本部》は東へ。
《らいおんさんチーム》は一度皇都ディアタニスに戻り、途中になっていたクエストをクリアしてから大胆にも南───大陸帝国へと乗り込むそうだ。
もちろん、王都キャスティリア行きの馬車と船は確保されているから、無料で我が家へと帰り着くことも出来るし、私もその予定だった。
だが、せっかく隣国の奥地まできたのだから、ついでに用事を作って寄り道するのも悪くないわけで、前線組の大半とはここでお別れとなる。
もちろん、彼らとは別に、サンマのようなやりすぎの寄り道もあるが……。
「まあ、丁度いい機会なもんでな。
お客さんからも『アレ』はないのかと聞かれる事が多くなった」
「そっすね。
隣国程度の近場は粗方回りましたし、和之国ならまあ間違いないかなと俺も思います。
やっぱここはおやっさんに出張って貰わないと……」
「しかし……サンマ、和之国ってどのぐらい掛かるんだ?
M2では3ヶ月ぐらいだったように記憶しているが……」
「知らん。
ひと月やそこらは覚悟してる」
「現行だと往復でふた月ってところっす。
王都から足伸ばすよりは、こっからの方がずっと近いんすけど……」
「皇都ディアタニス経由で東のメリエフに出て、そっからまだメイ国越えてその向こうだものね」
「うわっ、ほんとに遠いんだ……」
サンマとコーリング君は、遠路『和之国』───日本がモデルとなっている東の果ての国へと向かう。サンマは戦闘スキルを捨ててかかっているが、大街道から外れず街から出ない限りはそれほど大きな危険はあるまい。
目的は、『アレ』……醤油だ。
ついでに味噌。叶うなら日本酒。
寿司屋開業を目指すサンマにとっては、十分に往復二ヶ月を潰す価値がある。
短粒種の米───オリザ・サティバ・ジャポニカと呼ばれる我々が見慣れたご飯の為の種類───が手に入り、魚も基本的な物はほぼ王都で揃えられる今、イベント報酬で旅費にも余裕があって絶好の機会らしい。当てずっぽうでも、醤油は必ず和之国なら存在するアイテム、なんらかの手がかりぐらいはあるだろうとのことだった。
無論、私も心から応援しているし、ついでにと手持ちから幾らかを預け、日本酒の買い付けを頼んでいる。
……本当は《日本刀》───カタナの秘伝も手に入れてきて欲しいところだが、こればかりは私が直接向かわないとどうにもならない。まさか秘伝購入の為だけに鍛冶技能を取ってくれなどと口に出来るはずもなかった。今のサムライ人気は今ひとつわからないが、需要が見込めそうなら訪ねることになるだろう。
どちらにしても、成果を上げて無事戻って貰いたいものである。
対してレモンとアキはこのディアタンの東部、ゴガレオンを目指す。
「カーちゃんやくるーげくん達に色々教えて貰ったからねー」
「あのね、お父さん。
敵も強いけど、ドロップも割といいんだって」
「二人で何とかなりそうだったら、そのままメリエフにも行きたいところよ」
「流石にもうついていけないなあ」
私はもちろん、大人しく王都キャスティリアの新居に帰る。
寄り道も魅力的なのだが、レベルの上昇分や手持ちの資金、今後の身の振り方を考えると、実に中途半端な寄り道になってしまうのだ。
「次に会うのは王都だろうが、そのあたりは気にしないでいい。
皆も無理をせず、たっぷり楽しんできてくれ」
「はーい!」
「うん。
いってきます」
「『醤油探索中』の張り紙は頼んだぞ」
「ライカさんも頑張って下さい!」
名残は惜しいが出発の時間が迫る。
私も片手を挙げて見送りに応え、《ムーンライト・キャラバン》の面々が乗る馬車へと乗り込んだ。
▽▽▽
「いつかは俺も日本州……じゃなかった、和之国に行ってみたいな」
「カタナとかあるんですよね、師匠?」
「うん、あるはずだぞ。
他にも大太刀とか長刀とか、こっちじゃ珍しい武器もあったな」
イベントも終わって気が抜けているのだろうが、流石にこの車列への襲撃などは考慮しなくていいだろう。無論、私も気を抜いている。
どのぐらいリラックスしていたかと言えば、フランベルジュ少年らと他愛のない雑談を交わしながら、馬車に揺られて今後の身の振り方───正しくはステータスの振り方を考えていたほどだ。
前線組が本気で同じ時間をレベリングにつぎ込んだほどではないにしろ、イベントによる補正と副賞も相まって、同じ10日少々でトカゲ狩りと鍛冶仕事から得られるそれよりは随分と大量の経験値を私は得ていた。
《狼人族》LV56に加え残余スキルポイントも22と、扱いに困るほどだ。
《鍛冶匠》レベルを一つ上げてLV5にすること、同時にNPC徒弟を雇える《マイスター》の技能を取得することは早々に決めたが、その他が迷いどころだった。
《魔術師》をLV3まで取って武器防具に魔法を刻めるようになる《術式付与》を一気に取得するも良し、《戦士》を上げてレベル上げの下地と次回イベントへの備えにしても良し、素直に鍛冶関連のスキルを得てもいいだろう。もちろん、《鍛冶匠》をもう一つ上げてもいいし、いっそ《料理人》を5に上げて《師匠》を取り、NPCの見習い料理人を雇えるようにして喫茶店開業……。とりあえず、この隊列はディアタン西部の港町ワエリアに寄り道をするので、コーヒー豆の本格的輸入の準備だけはしておくべきだろうか。
どれも魅力的な案で、優先度は私の気分次第という、実に自由な選択肢ばかりで逆に悩ましい。
無論、一番楽しい時間でもあるのだが……。
「王都に帰ったら俺は《戦士》レベル上げるけど、フランベルジュは?」
「僕はどうしようかな……。
《払い》と《足捌き》も欲しいんだよね。
でもそうすると《戦士》を上げるのにポイント足りなくなるんだ」
「そっか、防御もいるよなあ……
まりあんは? やっぱり《魔術師》レベル?」
「わたしは範囲攻撃の魔法かなあ。
それと《神官》。
アキちゃんにいっぱいポーション貰ったけど、レイ君たち使いすぎだよ……」
「う……」
「ご、ごめんね……」
この三人組の子供達も自分なりに先を考えている様子で、徐々に初心者から脱却していると見ていいのかも知れない。
……まりあんの尻に敷かれているようだが、これはこれでいいのだろう。
▽▽▽
馬車1日船中4日、途中幾つかの街で馬の休憩や出航準備待ちという名の自由時間を楽しみながら、私たち帰還組は無事王都に凱旋した。
「皆さん、お帰りなさい!
お疲れさまでしたー!」
ルナも《ムーンライト・キャラバン》の居残り組も、好成績でイベントを終えたせいか顔色は明るい。
「ライカさんもフーゲツさんもお疲れさまです。
……大変でしたでしょ?」
「まあ、それなりに」
「ですな」
自慢話に気勢を上げる少年少女達を横目に、苦笑しながら目を見交わす。
「死に戻りも覚悟していましたけど、ともかくも今回は無事ということで。
あ、今夜はギルドで全員生還おめでとうパ-ティーしますから、ライカさんも来て下さいね!」
「ああ、ありがとう」
それにしても、70人近い全員が集まれる場所などあるのかと聞けば、ルナはふふんと得意げな笑顔を作った。
「近々ですね、本拠を移動しようと思うんですよ」
「……ん?」
「今朝、専用の訓練場だけ先に借りました。
トルフェル村東通りの端っこの方ですから、ライカさんのお店からすぐです。
今日のパーティーも、その訓練場でバーベキュー大会なんですよ」
私も勿論そのトルフェル村に住んでいるわけで、選択肢としては悪くない。
治安に不安が出るほど王都の影響力が薄くないし、王都に暮らすよりは家賃などの生活費も抑えられる。
「王都から離れすぎる……ってわけでもないし、悪くはないか」
「ええ。
きっかけは、ハヤトさんです。
ハヤトさんご夫婦、イベント始まってすぐにトルフェル村に畑を借りられたんですが、王都まででも片道10分少しですし同じお家賃で広いスペースが借りられますから、そちらに引っ越されたんですよ。
それで興味を示される方が多くて、半分ぐらいのメンバーが『移住』しちゃったんですよ。ライカさんのお店もあるしわたしもそこに住まわせて貰ってますから、安心感があったんでしょうね。
もちろん、畑は副収入としても侮れませんから、生活レベルの向上に一役買ってますし……」
この『剣と魔法のサーガ』は無論ゲームであるが、魔法やモンスター、世界そのものと数ある要素の中で、ゲーム性を優先して一番強烈な歪め方が為されているのは、もしかすると《農業》とその周辺かも知れない。
例えばハヤト氏が育てている《パン麦》は、種を播くと翌日に芽が出て、なんと3日後には収穫まで完結する。
育てられる植物の種類も《牧畜》以上に豊富で、葉物野菜や薬草は更に短い2日で収穫できる物もあり、時間の掛かる果樹───果物でも短い物で苗を植えてから3日、特殊な魔法薬の材料で必要な《農業》レベルの高い種類でもひと月ほどで果実が得られるのだ。更には一部特殊な国限定の種類以外、基本的には何処に植えても成長し収穫できてしまう。
……自然農法でこの速度は異常を通り越しているし、バイオテクノロジーの一端である特殊な高速度培養技術を用いても、一部の単細胞生物を除けばここまでの速度で増やせない。
それはともかく、だからこそ片手間に副収入たり得るのだが、やはり毎日の世話は必要だった。長期の冒険に出掛ける攻略組などはNPC農夫を雇い入れて世話を任せ、そこそこの収穫を得ることで我慢する。専業の農家プレイヤーを含め拠点仕事がメインのプレイヤーは高い《農業》レベルを駆使して直接世話をすることで、高品質の産物を市場に卸すことが出来た。
「レベルも上がってゲームに慣れて、懐にも気持ちにも余裕が出てきたってところかな」
「ええ。
イベントのギルド4位っていう臨時収入もありましたから、みんなこの2、3日でどんどん宿を引き払っちゃって、部屋や家を借りてます」
「村に身内が固まってしまいそうだな……」
「それも楽しそうですねー」
私としても、常連さんが店に増えるのは何をおいてもありがたい。
……NPCの客ばかりでは、やはり少々張り合いがないのだ。
▽▽▽
《ムーンライト・キャラバン》の動向はともかく、私も自分の身の振り方は早々に決めてしまわねばならなかった。
翌日中に必要なスキルを手に入れて、新たな一歩を踏み出す。
多少悩んだが、ここは一点に絞ろうと結論付けた。
《鍛冶匠》をLV6にして幾つかのスキルを取得し、ついでに《魔術師》のLV3と《術式付与》も同時に得ている。……無論、鍛冶一本に絞り込んだので、戦闘系のスキルは取っていない。
ただ、困ったことに落とし穴が一つだけ存在した。
作成するアイテムに対して魔法を与えるのに《術式付与》は必須だが、それ以外にも《火属性》や《水属性》と云った固有の術式が必要だったのである。実際作成に入る時にしっかり確認すればいいかと、半ばマニュアルを読み飛ばしていた自分自身の責任に因るところが大きいので、誰を責めるわけにもいかなかった。
少々気分を凹ませながら素材───魔法を込めるのに必要な《魔晶石》───の仕入れも一緒に済ませて新居に戻り、試し打ちとばかりに手慣れた《ロング・ソード》に《術式付与》を併用して作成してみる。
マニュアルを読み返して変更点や追加点を確認してみたが、《術式付与》を行う場合に気を付けねばならないのは、作成時に最低限[+1]だけは品質を上げておく必要があることだ。あとは通常の作成とほぼ変わらない様子で、楽な気分でパラメータを弄くって適当な数字を入力していく。
当然、求める性能を下げれば成功値が上がるので、今回はこのぐらいと[+2]に設定しておいた。
<《ロング・ソード[+2]》が完成しました>
「ふむ……」
当然のように、成功。
……スタミナの減りを考慮して押さえ気味にしたのに加え、《鍛冶匠》をLV6まで積み上げた上でイベント副賞のユニーク・アイテムに胡座をかいているこの状況、失敗はほぼあり得ない。イベント前に[+1]の《ロング・ソード》を狙って鍛えていた時より成功度が高くなっているのだから。
あまりのあっけなさに少しばかり拍子抜けしながら、ステータスを開いて見つめる。
< 《ロング・ソード[+2]》
カテゴリー:片手剣
攻撃力[10]、クリティカル[+2]、命中[+1]、火属性[+2]
標準価格評価:1800アグ >
攻撃力の増加分に加えて、選んだ魔法術式である火属性の[+2]がしっかりと表示されていた。自分で使っても良いが、植物系と昆虫系のモンスター全般───当然、砂漠や火山に棲息する幾種類かを除く───に大きな効き目があるので、すぐに買い手もつくだろう。
ついでにクリティカル[+2]と命中[+1]もついているが、こちらも《鍛冶匠》のレベルを上げたお陰か、はたまた《ヴェルンドの鉄槌》と《ミーメの金床》の成功修正に引きずられたか……。
ちなみに[-1]のついた失敗作には値付けされないが、高品質武器の価格は、攻撃力が1増えるごとに標準価格の倍、そこに修正値のプラス分を合算して標準価格を掛けたものが自動で算出される。《ロング・ソード》なら標準価格は200アグ、今出来上がった《ロング・ソード[+2]》なら攻撃力は[+2]で倍の倍だから800と、そこにクリティカル[+2]、命中[+1]、火属性[+2]のプラス部分5に200を掛けて1000、これで合計金額が1800となるわけだ。
もっとも、今の段階ではもう少し高値で売れても不思議はない。
流通している高品質装備の品数が、そもそも少ないのである。今作った《ロング・ソード[+2]》も、コーリング君がイベント時に装備していた同じ《ロング・ソード[+2]》よりも高品質なのだ。潤沢に行き渡る頃には、半額あたり───NPC商店の買い取り価格近くまで値が下がるだろうが、半値八掛け二割引、捨て値にならないだけましである。
……特に、自分の足を使って───これには冒険者組合に出す依頼やプレイヤー間の売買も含まれる───集めるか魔術師組合で購入しなくてはならない《魔晶石》の値は、一番小さな成功値に修正のない物でも1個200アグの出費となる。おかげで《ショート・ソード》以下の小さな武器や調理器具などは属性付きの武器を作ってもNPC売りでは損が出るし、失敗覚悟の超高品質武器の作成時はレベルが上がった後半でさえ常に祈るような気持ちになるのだ。
それはともかく、この《ロング・ソード[+2]》も、まだまだ通り道の一つにすぎない。最前線で戦う攻略組のトップグループが持っていた主武器に比べれば1段2段落ちる品であり、目指すところは遠いようだった。
「親方!
精錬、終わりました!」
「ん、ご苦労さん」
私はステータス・ウインドウを閉じ、今日からうちの鍛冶場に出入りするようになったドワーフの少年ジョンに、新たな指示を出した。
《マイスター》の技能も追加したので、NPCの徒弟を雇えるようになったのである。
彼は《鍛冶匠》LV1を持つが、スキルの方はこちらで選んだ最初の一つ以外は私の持つスキルから学んでいくので、付き合いが長くなれば《鍛冶匠》LV1の全ての技能を教え込むことも不可能ではない。
ただ残念なことに、私の《マイスター》技能がⅡに成長しても彼が《鍛冶匠》LV2になることはなかった。ジョンを巣立たせて新たに《鍛冶匠》LV2の徒弟を雇うか、もう一人新人の《鍛冶匠》LV1の徒弟を雇うか選ぶことになる。
システム側で、際限のない徒弟の成長を止めてあるのだ。
また徒弟がいればスタミナの消費を押さえつつ作業量も減り、自分で行った時の半分ほどの経験値も同時に得られるから良いことづくめに思えるが、給金は毎日払わねばならない上にスキルアップと共に上昇して行くし、何より大事なスキルポイントを消費してしまうことがネックだった。
「さて、自前の装備か売り物か……」
その日私はもう二つほど魔法術式を付加した装備を作り上げ、自分自身の総合的な実力の把握に務めた。
さて、鍛冶は主軸だが、当然その他も疎かには出来ない。
こちらは様子見をしてからになるが、昼間遅い時間を営業に充てて夕食後に夜狩り、余ったスタミナで深夜に鍛冶仕事と、夜型に生活サイクルを切り替える心づもりもしていた。以前のM2時代のように店にいる時間が即ち営業中、というわけにもいかない。
正直、海岸のトカゲ狩りは効率が酷く悪くなり、大して儲からないレベルになってきている。同じ距離でも深夜のフィールドに出ることで、強いモンスターを相手に経験値を稼ぎたいところだった。……《戦士》LV3は少々心許ないが種族特性の《夜目》もあるし、加えて強引に自前の『豪華装備』で補ってしまえばいいだろう。
以前と違って、《ムーンライト・キャラバン》の面々もそこそこのレベルと装備を誇っている。今の私では本腰を入れて相手をしても、どちらが訓練をされているのやらわからなくなるほどで、余計な部分を気にしなくても良くなったのもありがたかった。レイやフランベルジュもイベントで攻略組と知り合って色々とアドバイスを受けていたようだから、今更装備を羨ましがって腐ることもあるまい。
しかしながら、これでもまだ満足は出来なかった。
必然性はともかく、鍛冶だけでは私の目指す鍛冶喫茶『おおかみのす』が成り立たないわけで。
当初は鍛冶屋の営業のみに絞ろうかと思っていたのだが、喫茶店の方も営業時間を短く設定してメニューも少なくすればいいだろうと開き直った。
「ああ、そのカップとソーサーのセットを30脚貰おうか。
それから、こっちのこの小皿も同じ数を」
「毎度!」
見切り発車もいいところながら、イベントで得た賞金を使ってカウンターと厨房を設置し、少々奮発してNPC木工職人の店で三番目に高かったテーブルとソファ、カウンター分を含めた椅子12脚を購入、それに合わせたコーヒーカップ等の食器類も手に入れてきた。
そこまでを買って店に帰れば……仮の配置をしたところあまりにも殺風景だったので、もう一方の表看板である剣や鎧を立てかける大きな什器を買いに走る。
……物を並べればそれで見栄えが良くなると言うわけではないが、以前の『おおかみのす』はそれこそ6スクエア───6坪ほどの小さな店で、テーブル席が1つしかなく壁面も武具で埋め尽くされていたから、広い店にしたいという希望はあった。だが20スクエアの店舗は、流石に広すぎたかも知れない。
「お手伝いしましょうか?」
「いや、大丈夫だ。
そもそもこれという配置を決めかねて悩んでいるだけなんでな……」
「あー、わかります。
店舗持ちの楽しみの一つでもありますからねー。
しっかり悩んでくださいね」
「おう」
苦笑するルナを二階に追いやり、私は夜中までかけてテーブルと椅子を幾度も並べ終えた。
……だがあまりにがらんとした店内にため息をつき、翌日、追加でテーブルと椅子と什器を買いに行く羽目になったのは仕方のないことである。
▽▽▽
私が『おおかみのす』の準備に奔走している間に、我が家のはす向かい、冒険者組合トルフェル支部の隣には、《ムーンライト・キャラバン》の新本拠地が建っていた。
3階建て石造りの外見はうちと大して変わらないがもちろん広い造りで、1階2階が休憩所や普段使う事務室や会議室、3階はメンバー全員が集合してもまだ余裕のあるブチ抜きのワンフロアになっている。こっそり教えて貰ったところでは、うちの倍ほど家賃は高かったらしい。
「まあ、ルナが『驚きますよ』と言ってたからな、こんなことだろうとは思っていたが……」
「ちなみにその隣の小さいのが、わたしのお店です。
王都のお店はうちのメンバーに引き継いでくれる人が見つかったんで、そのまま譲りました。
ライカさんの鍛冶屋跡と繋げて、レストランにするそうです」
新しいルナの店は1階が店舗、2階が住居の典型的な店舗付き住宅で、こぢんまりとした造りだった。NPCに対する売れ行きを左右する品揃えや床面積を増やしても、この村では王都ほど大きな集客は望めない。プレイヤー相手の商売がメインなら、私の店のように作業場は必要ないしテーブル席もいらないので、この規模でも十分採算はとれる。
そのまた隣の貸家は《ムーンライト・キャラバン》のメンバーで1階から4階までの全室が埋まっており、その他にも東通りや西通り、村外れの一軒家などに分散しているそうだ。王都内に店を借りたり勤め先がある数人以外は皆トルフェル村に来たそうで、余所でもちょっとした話題になった様子である。
「ライカさんにも、長いことお世話になりました」
「こっちこそ。
でも、部屋はそのまんまでいいんじゃないか?
そもそも今でも余ってるからなあ。
レモン達が帰ってきた時には、どうせこっちに居着くだろう?」
「あはは、それもそうですね。
じゃあ、お言葉に甘えて」
「目と鼻の先だけどな」
ついでに不健康な夜型生活に移行するからと宣言し、今週中の『おおかみのす』本格開業を約束する。
ルナの方も将来そのまま買い上げるつもりで店を構えたようだ。少々奮発したおかげで、私と同じく手元不如意らしい。
「あ、師匠!」
「おはようございます」
「おう、おはよう。
今から狩りか?」
「今日は『見回り』なんだ!」
「わたしが頼んだんですよー」
「ルナが?」
「トルフェル村は人口が一気に増えちゃいましたからね。
治安度の減少がスピードアップするはずなんで、先手打ちました」
「ああ、総人口が影響するんだったか」
「ついでに都会化……お店の数が増えても同じ事になります」
人が増えれば悪い奴もやってくる、というわけだ。
ギルドから出される『見回り』、『夜警』と云った依頼を受けて村内をうろうろすることで地域の治安度が上がれば、野菜泥棒や強盗が減るし店などは集客も上がる。依頼を受けた方も、機会は少ないながらランダムでひったくりや強盗、時には賞金首などに当たることもあり、退屈しないように出来ていた。
だが一番大事なことは、治安度が下がりすぎると、安全なはずの村内がPK解禁ゾーンになってしまうことだ。特殊なイベントを除けば絶対の安全が保証されているのは騎士団が見回りをする王都だけで、このトルフェル村も含め地方都市や地方村はある程度自衛が必要だった。
可能性は低いだろうが、場合によっては暗殺者プレイや山賊プレイをしているプレイヤーが、引き当てたクエスト───『○○村を襲撃して治安度を下げPK解禁ゾーンにせよ』など、住民にははた迷惑なクエスト───で襲撃に来ないとも限らない。
「巡回は交替でやるんだ。
師匠も来てくれる?」
「俺がやるなら夜の方かな。
《夜目》が効くからな、確かそっちの方が治安度の上がりがよかったはずだ」
当分はお前達に任せるよと、意気揚々と出発する彼らに発破をかけておく。
どちらにせよ、治安度の下落が酷いようなら私も客足で気付くはずだし、ルナからも声が掛かるだろう。
「あれ?」
「どうした?」
「夜型宣言をしたライカさんは何故、朝のこの時間に出歩いてるんです?」
「ああ、ちょっとレシピを手に入れるのに王都まで、な。
《菓子》は取るだけ取って、ステータスの肥やしになったまんまにしていたんだ」
「出来合いじゃ駄目なんですか?」
「看板の珈琲はともかく、気分の問題ではあるんだがな……。
ケーキとまでは言わんが、せめてクッキーぐらいは自家製の方がいいだろう?」
「それは、まあ……あ!」
「ん?」
良いことを思いついたとばかりに、ルナの目が輝いた。
頷いて続きを待つ。
「自家製クッキー、《ムーンライト・キャラバン》に依託しませんか?
うちの奥様方にはイベント絡みで《料理》がLV3に届いてる人もいますから、お力になれるかもしれませんよ」
「……なるほど!
頼めるか?」
「すぐ聞いてみます!
えーっと、お店勤めじゃなくて《料理》が3とか2の人って誰が残ってたっけ……」
NPC販売の商品をけなすつもりはないし品質に極端な差が出るのは相当先だが、どこか気分が違うのもまた事実だ。
また、一人で何でもやり過ぎるという評価をつい先日貰ったばかりの身としては、ここらで一つ、株を上げておきたいところでもある。
ルナがその場で連絡網からメールを送ってくれたので、私はその日、王都に出掛ける理由がなくなってしまった。
「ライカさん、お待たせしましたー」
「おはようございます」
「お邪魔します」
そのまま店に戻って茶器を並べながら待っていると、10分と経たないうちにルナが2人の女性を伴ってやってきた。
もちろん私も顔見知りで、《エルフ族》の女性がミユキ夫人、《人間族》の女性がロゼ夫人……だっただろうか。
新しいコーヒーカップに『ルウェンゾリ』を煎れて、3人の前に並べる。
「どうも、急にお呼び立てして申し訳ない」
「あ、いえ、それは大丈夫なんですけれど……」
「ちょっと楽しみにしていたんですよ、喫茶店」
「それはありがとうございます」
ちなみにコーヒー豆の仕入先は、いつぞやのイベントでコーヒー豆を手に入れた《南十字の夜空商会》である。
《商人》LV1では1ヶ所、LV2では2ヶ所のNPC商店や工房、農場などと仕入れ契約が結べるので、私もしばらく使わなかった《商人》の契約先を彼女の希望した店と契約することで貸していたが、イベントからの帰りがけ、港町ワエリアに車列が立ち寄ったときに《南十字の夜空商会》と直接契約していた。
それ以前は少々高くなるものの、ルナが以前ディアタンで契約していた《貿易》───こちらは商人組合を通した都市あるいは村単位での契約で、価格は高いし運搬量に制限もあれば到着に時間も掛かるが、扱える品が格段に多い───の荷物に紛れ込ませて貰っていたので、代わりに私の《商人》技能分は王都南にあるラネ村のNPC養蜂家と契約し、納品先を彼女の店にしていたのだ。どちらにせよ、あまり彼女の《貿易》を圧迫するわけにもいかなかったから、開店前にディアタンに寄り道できて助かった。
「早速ですが、お二人がお持ちになっているレシピをお聞かせ願えますか?
ルナには自家製クッキーと伝えましたが、必ずしもクッキーでなければならないわけではありません。
自分で作るなら、大量の作り置きが出来てポーチに入れられるよう、クッキーが一番だったというだけでしたので……」
現在つくりかけのメニューを見せ、説明を付け加えてゆく。
並んでいるのは『モカモカ』、『ルウェンゾリ』、『ブラックモンブラン』、三種類のストレートコーヒーに、子供も来るだろうと王都の市場で買い入れたオレンジジュースとミルク、これまた出来合いのロースト・アーモンドとミックス・ナッツの合計7種類。M2時代の『おおかみのす』開業時よりは充実していたが、飲み物だけで20種類を越えていた引退前のメニューを思い出すと苦笑しか出てこない。
無論、現在の私の《料理》レベルを考慮すれば、このあたりが限界であることも合わせて伝える。
「営業時間も短い予定ですから……そうですね、席の数やお客さんの回転を考慮しても、1日に20は出ないぐらいでしょうか。
定休日はまだ決めていませんが、週に100もあれば十分です」
「あの、日替わりのケーキなどは、出されないのですか?」
「あー……。
私には敷居が高すぎるので、全く考慮していませんでした」
喫茶店なら定番中の定番、ケーキセットは確かに王道だ。
素直に頭を下げておく。
「んー……ライカさん」
「ん?」
「ケーキ用のショウケースも《ムーンライト・キャラバン》で用意しますから、ケーキ、やりませんか?」
ケーキの面倒を丸ごと見てくれるなら、こちらもそれほど手間は増えない。メニューに載っているのがクッキーのみよりはクッキーとケーキの方がいいことは、考えるまでもなかった。
「それから……」
「他にも何か思いついたのか?」
「ミルクを含めた乳製品はマロンさんが酪農はじめてますし、らっしいさんの果樹園が実働に入ってるんでオレンジも朝もぎをお届けできますよ。
他にも入り用がありましたら、先に声掛けて下さいね?」
にこっと笑ったルナに、ああ、そういうことかと降参する。
他の食材も買いに行かなくて良くなったらしい。
ルナが名前を挙げた二人は、もちろん《ムーンライト・キャラバン》のメンバーである。マロン氏は連れてきた息子さんが攻略系ギルドに一人で入ってしまったのでご夫婦揃ってこちらに居着いたそうだ。らっしい夫人は先日攻略班を引率していたフーゲツ氏の奥さんで、マリアンの母親だった。……ギルドのメンバーが畑目当てに大挙引っ越ししたのだから、基礎的な農産系食材なら大抵手に入って不思議はない。
私は営業時間が午後2時から6時であること、必要な注文は前日中に入れることを伝え、日替わりケーキセット用に使う仕入れ値8アグ以下のケーキ───メニューの価格表示が寿司屋のように『時価』では困る───と、クッキー、オレンジ、ミルク、クリームを仕入れる契約を結んだ。
ちなみに翌日、結局王都まで足を伸ばす羽目になっている。
紅茶のレシピも取得して欲しいというリクエストは、ケーキの件もあって無視できるものではなかった。
▽▽▽
レモンとアキから、無事に目的地ゴガレオンへ到着したというメールが届いた頃、私もようやく本格的な開業にこぎ着けていた。
午後の一時過ぎ、ベッドから起き出して身だしなみを調えると、食料庫と言う名の冷蔵庫から冷えたオレンジジュースを取り出してグラスに注ぎ、買い置きのパンに蜂蜜をつけて齧る。
アキがいればここにサラダと、ゆで卵かスクランブルエッグでも添えるところだが、男一人、誰も見ていなければこんなものだ。
食後のコーヒーは、1階にある喫茶の方の厨房で煎れる。
「……」
『ブラックモンブラン』の香りを楽しみつつステータスを開けばスタミナは9割、MPは7割の回復と云うところで、朝方まで鍛冶を頑張っていたからこれは仕方がない。ポーションまでは使わないが、日々の回復量との相談は必要だった。
水まわりの準備、在庫の確認などは閉店時に行っているので、起き抜けに慌てることはない。
最後の一滴まで『ブラックモンブラン』を飲み干すと予定通りほぼ開店時刻になっていたので、表に出てドアノブに『営業中』の札をぶらさげ、軽く掃き掃除をする。
正面から見た『おおかみのす』は石造りの3階建てで、表通りに面した店舗部分の窓は大きめにとってあり、左の端に木製の片開き扉が位置していた。
扉には銅の銘板が取り付けられていて、ブラックレターで“Wolfsschanze”───『おおかみのす』と記されている。店らしい飾り物は唯一その銘板だけで、表に観葉植物だのメニュー表だのを並べるのは、どうも自分の考える『おおかみのす』にはらしくないと却下していた。
「ライカさん、おはようございます」
「あ、おはようございます、ミユキさん」
バスケットを下げてやってきたミユキ夫人にどうぞ頼みますとケーキを任せ、私は掃き掃除に続けて窓拭きに入った。
外を終えて中の掃除をしていると、早速のお客さんだ。……NPCだが、この時間からプレイヤーで店が埋まっても反応に困るので、これでいいのだろう。
「いらっしゃいませ。
テーブルとカウンター、どちらになさいますか?」
「カウンターで構わないよ」
商人風のNPCから『ルウェンゾリ』とミックスナッツの注文を受けとり、技能を発動させて手順通りに用意を行う。この『手順通り』というものは良くも悪くも《料理》の要であり、上出来ならばよいが失敗は廃棄となった。
「ライカさん、終わりました!」
「お疲れさまです。
えーっと、ショートケーキと……こっちは焼き菓子ですか?」
「ええ、これはタルトタタン……リンゴのタルトです」
イチゴの乗ったオーソドックスなショートケーキとこげ茶色のタルトが10個づつ、タルトの方は初見で味も知らないものの、辛うじて名前だけは聞き覚えがあった。……余るようなら食べてみたいところである。
接客の合間にも、ミルクが届きオレンジが届きする間にも、NPC客が途絶えない。
ここまで忙しくなるような要素があっただろうかと首を捻りながらもコーヒーを煎れ洗い物をこなし、ケーキセットや金属鎧の会計を済ませる。プレイヤー向けに作った《フライパン[+2]》をNPCの料理人が買っていったが、それもまあご愛敬だろう。……調理道具の中でも一番出来の良い数点だけはサンマ用としてアイテムポーチの奥に隠してあるが、奴とコーリング君は今頃どのあたりをうろうろしているだろうか。
「こんにちはー!」
「師匠、ただいまー!」
「おじゃましまーす」
「お疲れさん。今日はどうだった?」
「ばっちりです」
「熊狩りとウマシッポ草のダブル依頼で、東の森の奥まで行ったんだ!」
夕暮れ近くなると、仕事を終えた《ムーンライト・キャラバン》のメンバーが増えて忙しい。
フランベルジュ達だけでなく、大人達も三々五々集まってきて、今日の農産物の出来や自分の子供達についてあれこれ話している。
「うわ、高っ!?」
「師匠の新作?」
「ん?
……ああ、《グレート・ソード[+2]》の炎属性付きか。
二人は手を出すなよ。
せっかく《片手剣》の技能がⅡになったのに、また一から《両手剣》を取って鍛える羽目になるぞ」
「それはちょっと……」
「そもそも盾が使えなくなるからな、わかってる人にしかそれは勧められない」
本格的に鍛冶屋をはじめる以上、一通りは並べておきたいとイベント後に取った《両手剣》の鍛冶作成技能だが、先に《鈍器》でも良かったかなと少し後悔しているのは内緒だ。
もちろん高級品ばかり並べてあるわけではなく、その隣には属性なし修正なしの[+1]や素のグレート・ソードも立てかけてある。アイテムポーチ内の在庫はまだ心許ないが、素武器もある程度は用意しておかないとNPCの集客が伸び悩む。今はまだそれどころではないが、経験値の蓄積と日々の資金集め───団旗目当ての個人ギルド開設と『自宅』の買い取り───には、地道な努力が必要だった。
「フランベルジュたちなら……そうだな、もう少し先の話になるが、こっち系統の方がいいだろう」
「《ロング・ソード[+3]》?」
私は先日作ったロング・ソードの中から、命中に修正のあるものを取り出した。
彼らが今手にしている主武器はイベント前に私が作ったそれぞれクリティカルと命中に修正の付いた《ロング・ソード[+1]》で、一つ上と言えばこのあたりになる。
私も作れる物を能力任せに勢いのまま作っているのではなく、レモンやコーリング君、はらぺにょ君らの期待に応えられそうなトッププレイヤー向け、フランベルジュやレイのような中堅向け、NPC売りと兼用の初心者向けと、多少は考慮しながら鍛冶仕事をしていた。
もっとも、トッププレイヤー向けは更に数段階に分かれていて、追いつけるのかどうかは微妙だったが……。
「属性は付けてないが、その分値引き出来るからな。
元値が2000アグだから1600、いや、《ムーンライト・キャラバン》の顔を立てて1400ぐらいまでなら勉強しよう」
「3割引かあ……」
「NPCなら当分は値引きなしで買ってくれるし、プレイヤー間の取引でもそこまでこなれていないのは確認済みだからな」
まあ、気長に頑張れと二人の肩を叩き、私は厨房に戻った。
……食器類の数を見誤っていたせいで、洗い物が滞ると接客が止まってしまいそうになるのである。
▽▽▽
夕方になってプレイヤーを家に帰し、店じまいと翌日の準備や発注を済ませて寝起きと同じ物───残念ながらタルトタタンもショートケーキも売り切れてしまった───を腹に入れてから、気分を切り替えて戦支度をする。
売り物の中で一番良い武器防具───炎属性付きの《ロング・ソード[+4]》、《サンジ鉄の胸当て[+3]》、《サンジ鉄の中盾[+3]》───を身に着け、出るのは村にほど近い夜の草原だ。
現在の視界はおよそ30m弱だろうか。種族特性の《夜目》は種族レベルに依存しており、このあたりでは飛び道具持ちもいないと聞いているので不安はない。
「さて……」
出てくるモンスターも夜シフトに入っているから油断が出来ないのは当然だが、それ以上に恐いのが『装備酔い』だった。……俺は強いんだと、自分に酔ってしまうアレである。
現在の私は分不相応の装備を身に着けているわけだが、その初戦、力を見誤って先を行きすぎれば待っているのは容赦のない『死に戻り』だ。強い相手の巣くうフィールドやダンジョンは、ハイリスクハイリターンとイコールで結ばれていた。
明日は早起きをして王都まで出て食器の補充をしたいので、今日のところは様子見を兼ねて数戦で押さえておくのが無難だろうか。
「ふん!」
現れた《クレセントムーン・ベア》に一撃をお見舞いし、この装備でも4発は当てないと倒れない熊野郎に舌打ちしながら盾を構える。
無造作に振るわれた腕を受け止め、HPを持って行かれる痛みを感じつつ追加で一撃。
《突き》は封印していた。技はスタミナを消費するので、帰宅後の鍛冶仕事に影響する。
「ていっ!」
手強いが、無理な相手ではない。
<プレイヤー側の勝利です。
ドロップ品を2つ入手しました>
「一戦でHP3割持って行かれたか……」
《良質な熊の肉》と《良質な熊の毛皮》を回収し、HPポーションを2本呷る。
ソロで安定した狩り場とするには、相応の時間が必要となるだろう。
だが一戦につきHPポーション2本分の出費でこのドロップと経験値と考えるなら、手間は掛かるがしばらくはお世話になりそうだった。
5頭ほど熊狩りをすませたところで《ナイトメア・マウス》───幻術を使うネズミのモンスターを相手にいささか手間取ったので、今日の狩りは打ちきった。
HPポーションの補充は少し気を付けるとしよう。回復の切れ目は命の切れ目である。
帰り際に、レモンとアキにメールを送り、今日から夜のフィールドに出ていると伝えておく。
こきこきと肩を回しながら静かな村内を歩いて店に帰り着き、誰もいない店内で『モカモカ』を煎れる。
私はしばしの休憩をしてから、頬を叩いて気合いを入れた。
鍛冶場には、昼の内に徒弟のジョン少年が精錬した鉄塊が積まれている。
時間は11時を回っていたが、昼過ぎまで寝ていたから眠気はない。
さて、最初に大物、次に補充品。最後に調整を兼ねて適当な小物類。
スタミナは回復量を見越し、3割ほどを余して使い切ってしまうのがいいだろうか。
私はイベントで知り合ったアルダシール君を意識しつつ、ウインドウを開いてパラメータを上下させながらバスタード・ソードのパラメータ設定を行った。
▽▽▽
おまけ お父さん(だけじゃなくてみんな)には見せられないわたしの日記帳(87日目)
▽▽▽
レモンさん(レモンティーヌ)
種族:《人間族》LV67
職業
《戦士》LV9/《片手剣Ⅲ》《盾Ⅱ》《突きⅢ》《払いⅡ》《返し刃Ⅱ》《突進》
《裁縫師》LV1/《補修》《普段着》
装備
《レギュラスの剣》攻撃力[14]、命中[+2]、[麻痺攻撃Ⅰ]
《小青玉のサークレット》防御力[2]、耐性[+1]
《黒鉄のチェイン・メイル》防御力[12]、敏捷[-2]
《タンコ鉄の中盾》防御力[9]
《黒虎のブーツ》防御力[6]、敏捷[+3]
《小紅玉の指輪》攻撃力[+1]
コーリングさん(コーリング)
種族:《人間族》LV66
職業
《戦士》LV8/《片手剣Ⅲ》《盾Ⅱ》《斬りⅢ》《振りかぶりⅢ》《斬撃》
《料理人》LV2/-
《商人》LV2/-
装備
《ロング・ソード[+2]》攻撃力[10]、クリティカル[+2]
《タンコ鉄のヘルメット[+1]》防御力[7]、敏捷[-1]
《赤鉄のチェイン・メイル[+1]》防御力[13]、敏捷[-3]、筋力[+1]
《イゼンア鉄の中盾[+1]》防御力[8]、耐性[+1]
《銀狐のブーツ[+1]》防御力[5]、魔法防御力[+2]、回避[+1]
サンマおじさん(桑江田秋刀魚)
種族:《人間族》LV52
職業
《料理人》LV8/《魚料理Ⅳ》《肉料理Ⅱ》《野菜料理Ⅱ》《主食Ⅱ》《菓子》《飲料》
《漁師》LV2/《魚の目利き》《銛》
《商人》LV3/-
装備
《海人の銛》攻撃力[6]、対海棲攻撃力[+2]
(《出刃包丁[+1]》攻撃力[4]、クリティカル[+1]、《魚料理》[+1])
《サンジ鉄の鎧》防御力[14]、敏捷[-5]
《海豹のブーツ》防御力[3]、耐性[+2]、船上・海岸のみ敏捷[+3]
《魚河岸の前掛け》防御力[1]、水属性抵抗[+1]
わたし(AKI)
種族:《エルフ族》LV56
職業
《魔術師》LV7/
《プチ・ファイアⅢ》魔法攻撃力(火)[14]、《プチ・アイス》魔法攻撃力(氷)[10]
《エナジー・アローⅡ》魔法攻撃力(無)[24]、《マジック・ウェポン》魔法攻撃力(無)[+10]付与
《フレイムⅡ》魔法攻撃力(火)[21]範囲攻撃
《スリーピング》攻撃強度[15]、難易度[0]
《ライトニング・スピア》魔法攻撃力(雷)[30][麻痺攻撃Ⅰ]
《アンロック》、《トラップ・サーチ》、《ガード・チャイム》
《薬草師》LV2/《薬草学》、《ポーション作成Ⅱ》、《調香》
装備
《バルザック樹のワンド》成功値[+2](エナジー・アローⅡ、ライトニング・スピア、フレイムⅡ)
《マジック・リングⅢ》(プチ・ファイアⅢ、プチ・アイス、マジック・ウェポン)
/《マジック・リングⅢ》(アンロック、トラップ・サーチ、ガード・チャイム)
《流れ星の魔法帽》防御力[2]、魔法防御力[+2]
《白の魔法衣》防御力[3]、魔法防御力[+4]
《大角鹿のブーツ》防御力[5]、回避[+2]
《小翡翠の首飾り》精神[+2]
じゃーん、ゴガレオン到着ー!
同じディアタン皇国でもこっちは山の中!
なんかねー、NPCさんも遊牧民って感じで新鮮だよー!
サンマおじさんたちとはここでお別れだ。
コーリングさんと一緒にお醤油を探す旅に出るんだって。
途中、4人パーティーで小さいクエストをクリアしたりして面白かったよ。
皇都ディアタニスで出会ったのは、『貴族の子供を捜し出せ!』っていうクエストだったんだけど、頼んできたのが高齢のお爺ちゃんだったところで気付こうよ、わたしたち……。
あちこち駆けずり回った末に見つかった『子供』は、40過ぎのおじさんだった。孤児院で子供のお世話してた人で、ぜんぜん気付かなかったよ。
お礼にアクセサリー貰ったのは地味に嬉しかったけどね。
わたしとレモンさんは、この後ゴガレオン周辺で狩りまくりの予定。
フィールドのモンスターはかなり強いけど、レモンさんも『時間は掛かるけど、絶対無理って範囲の無理じゃない』って言ってくれた。最初は街のすぐそばで、いつでも撤退できるようにして回復と戦闘の繰り返しの予定。うん、いつも通りだね、これ。
まだ未クリアのダンジョンもあったりするけど、トップランカーの人たちが潜っていてもまだまだかかるらしいから、わたしたちは入り口覗くぐらいかなー。
経験値とドロップが十分なら問題ないし、無理はしないでのんびりいきますのことよ。
王都の方も、色々あったみたい。
お父さんはお店を本格的にはじめたらしいし、トルフェル村は《ムーンライト・キャラバン》がお引っ越ししたので大騒ぎなんだって。
お父さんのお店、がらーんとしてたからちょっと心配だけど、ほんとに大丈夫かな。色んな意味で帰ったときが楽しみだよ。
追記。
実はね、ゴガレオンに来た目的は《魔法銀》を手に入れるためなんだ。
《魔法銀》の鎧は魔法使いの呪文の邪魔をしないから、剣と魔法の両方が使える魔法戦士になれる。
お父さんは注文取らないって公言してるけど、さすがにわたしが材料持っていって頼めば断ったりしないはず……だよね?
ちょっとズルかな?
でもねー、正統派の大魔法使いも良いんだけど、魔法戦士も憧れちゃうんだよなあ……。