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第八話「父と新居とクエスト始動」

 


「……それでどうしたって?」


 戦闘訓練があったその日の夜、私たち四人は宿屋の一室に再び集まっていた。


 今度はレモンとアキから相談事があるらしい。

 聞いてみないと返事も出来ないが、二人はダンジョンをクリアするほどのコンビである。レモンは現役組で私よりもゲームに詳しいし、何事だろうと首を傾げた。


「ライカくん、しょーじきに答えてね」

「うん?」

「今使えるお金、幾らあるかな?」

「所持金か? ……ほら」


 私がシステムウインドウを呼びだして可視化すると、現在の所持金1682アグが表示された。

 それを見たアキとレモンは黙って首を横に振り、ルナが苦笑している。


「……売り物とか、株とか、換金アイテムで持ってる分、全部あわせるとどのぐらい?」

「どんなもんだろうな」


 アイテムリストを思い浮かべ、《商人》の暗算機能を役立たせる。

 買い増しを続けている《ムーンライト・キャラバン》の株、安定供給のために余裕が出来るたびに作り置きしてある胸当てや小盾、クエスト待ちで残してあるドロップアイテム……。


「えーっとだな……」

「全部って言ったでしょ?」

「……」


 金額を口にする前に切り込んできたレモンと、誤魔化されないぞと言うアキの視線に、仕方なく他ギルドの株や秘蔵している《ショート・ソード[+2]》などのプラス付き装備も合算する。

 ……彼女たちの眼力は、ゲームクリア後にへそくりの場所を入念に偽装しようか迷うレベルであった。


「……25000はあると思う」

「すっごーい!」

「お、おおいわね?」

「……やっぱり、侮れませんねえ」


 日々の収入はほぼ頭打ちだったが以前よりも高いレベルで安定している上に鍛冶炉の更新で貯金中、ついでにここしばらくでギルド株の値が上がってきたのでこの金額となっていた。

 ちなみに《ムーンライト・キャラバン》の今月の配当は1アグだった。今はまだ時期が時期だけに攻略ギルドの株でも5アグが筆頭の低配当、0でないだけ大したものだ。


「……で、俺の財産を聞いてどうするんだ?」

「何というか……」

「えーっと……」


 そんなに言いにくいことかと身構えたが、同席しているルナの様子を見てそれほど深刻な内容ではないらしいと気付く。 


「おっほん。

 ……アキちゃんとも相談したんだけどね。

 ライカくん、言っておかないと自分で何でもやっちゃいそうだし……。

 先におうち借りようかなーって」

「貯めてから買う方がお家賃の分お得だけど、借りてから買うこともできるって聞いて……。

 みんなで出せば、割とおっきな家も大丈夫だと思うんだけど、どうかなあ?」


 あー、見抜かれてるかと、私は頭を掻いた。

 確かに一人でやりすぎてしまうところは、元妻にも指摘されたことがあっただろうか。

 新しい鍛冶炉は近日中に買うとしても、何やかにやと理由を付けて、貯め込んでおこうという気分があったことも否めない。


「姐さんたちからは相談されてたんですけど、ライカさんって独立心っていうか男のプライドっていうか、割と人に頼るの嫌な方でしょ?」

「……否定は出来ないな」

「そこが格好良くもあるけど、わたしもまだ子供扱い……よね?

 歳の差あるから仕方ないけど、『M2』の頃とは違う大人なところも見て欲しいな」

「わたしもだよ」

「アキ?」


「あのね、お父さんはお父さんで、んー……それは変わらないけど、わたしも一人前に向かって頑張ってるんだよ」


 ……ああ。

 先を越されたかも知れないなと、私はアキの方を見ていた。


 いつの間にと思う反面、彼女の冒険の旅はそのままレモンとの二人暮らしと言い換えることもできる。

 一人立ちの話をしたような覚えも、確かにあった。


 これでは子離れできていない親その物かと内心で苦笑して、同時にアキを賞賛し、レモンに感謝する。


 ……気付いたからには、答えも決まっていた。

 何でもない風を装い、二人に話を合わせる。


「家か……。

 ちょっと早い気もするが、それもいいかな。

 ……二人はどのぐらい出せるんだ?」

「限界頑張っても、二人合わせて3万ちょいかな」


 たははと力無く笑う二人だが、装備だけでなく消耗品にも金が掛かる攻略プレイヤーならば十分誇っていい額だった。それこそ後四人いれば、ギルドが設立出来る金額である。


「その額なら頭金と当座の家賃には十分だろうし、改造は後からでも出来るか」

「そうね。

 ライカくんは鍛冶炉と喫茶店もあるわよね……」

「その辺含めて、俺も出せるのは15000ってとこだな。

 最初アキと考えてたのは、王都隣の農村で40万アグぐらいの家だったんだが……もうちょっと上、狙うか?」

「王都のおうちは狭いし高かったし」

「場所はいいんじゃない?

 あんまり王都から離れると、ライカくんが大変だろうし……」

「トルフェル村なら、仕入れにも助かります」


 予算は余裕を見て一人頭1万の3万、注文建築は端から諦めていたが、王都の外ならそれこそ予定以上の豪邸が構えられるだろう。

 王都隣のトルフェル村は王都外郭と隣り合わせで、北の荒れ野へ行く街道の途中を東に折れたところにある。ベッドタウン的な位置づけで、王都への徒歩『通勤』も可能だった。


「何部屋ぐらいがいいのかな……」

「そうねえ……」

「いっそ、考え得る限り最高のやつでもいいがな。

 表通りの立地で店舗付き、リビングや風呂は別として作業場と私室で一人2部屋はいるだろうし、後は広い庭と大きな畑……ってところか?」

「おおー!」

「あはは、現実じゃ絶対無理ね。

 頭金1万近くになりそうだけど……賛成、それでいきましょ」

「王都の外で都市でもないのに頭金1万アグの貸家なんて、現行作でもそうそうありませんよ……?」

「普通は貯めてから買うだろうな」


 ルナは半ば呆れているが、借家で頭金1万アグなら概算で売価200万アグ弱の豪邸に匹敵する。それこそ庭と畑を諦めれば、王都内でも十分立派なお屋敷が借りられる金額だった。

 残念ながら住宅ローンは存在しないので、家賃を払いつつ購入資金を貯めることになるが、これは他のプレイヤーも同条件では文句も言えない。


「後は不動産屋に相談って事でいいか?」

「さんせー!」

「もちろん!」

「頑張って下さいね」


 家賃も三人で割るとは言え結構な額になるだろうし、家その物の維持費も高くつくが、それこそ独立心と男のプライドに賭けて恥ずかしいところは見せられまい。

 何処まで自分の力量が通じるかわからないが、これも一つの勝負所なのである。




 翌日は朝の仕事を休み、私たち三人は不動産屋を訪ねた。


「取り敢えず、わたしとアキちゃんは現金を処分したいから、ライカくんの分は後から共有の方にまわしてもらおうかな?」

「じゃあ、株は現金化しないで握っておくよ」

「株って儲かるの?

 まりあんちゃんやレイ君もそんな話してたけど……」

「王都にしか市場がないから、アキにはあまりお勧めじゃないな」

「ふーん……」

「ゲームの期間考えると、現行作ほど無茶なことにはならないとは思うけどね」


 昨夜の内に必須要件は簡単にまとめてあるが、一人暮らしとはまったく異なる内容に、現実で家を購入した時のことを思い出しつつ、あの時も収入と相談して色々悩んだかと嘆息する。

 畑は後から借りることにしたし、ルナが自宅を買うまでは下宿することに決まり、希望の部屋数は10に増えていた。

 ついでに現在の仕事場はしばらく現状維持として、ルナが横の繋がりを使って人を捜してくれることになっている。どうしても引き取り手がない場合は、彼女の店舗を拡張する方向で話がついていた。


「ペットはまりあんちゃんみたいなもふもふがいいかな。

 それでね、ブラッシングしたいなあって」

「……まりあんはプレイヤーだから飼えないわよ?」


 レベル不相応な規模の豪邸と気が引けてしまいそうになるところをぐっと押さえ、私は先日の不動産屋へと二人を先導した。


 ……しかし現実の方の自宅───郊外の4LDKで懐具合を考えれば頑張った方だ───を買ったときのことを思い出せば、何ほどのこともない。


「いらしゃいませ。

 この度は、どのような物件をお探しでしょうか?」

「賃貸を希望なんだが……」

「はい、お伺いいたしましょう」

「場所は隣村トルフェル村、村の大通りに面している店舗付きの一軒家で、20スクエア以上の作業場が確保できること。

 店舗の方は喫茶店兼武器店、作業場は鍛冶屋の予定だ。それから……」

「広めのリビングがあって個室はそれほど広くなくていいけれど10室以上、キッチンとお風呂は別、庭は最低限100スクエア以上……かしら」

「後々、買い取りも考えているんだが……」

「かしこまりました」


 王都を州都東京に置き換えてみればどれほど無茶な条件を提示しているか、自覚はあった。


『都心まで30分、駅前の自宅兼用店舗で最低限10LDK、庭は100坪以上だとありがたい』


 相当に大きな不動産屋でも、即答は難しいだろう。第一、その様な物件がそうそうあるとは思えないし、あっても一体何千万クレジットになるのか想像がつかなかった。


「お待たせいたしました、こちらなどはいかがでしょうか?」


 希望に沿う物件があるのか! ……とは驚かない。


 完全にプレイヤーで埋まっている区画でもない限り、思考制御を受け取りながらシステム側で柔軟に対応されてるということは昨日レモンから聞いていた。文字通り、隣の空き地に突然家が建つこともあるらしい。

 昔よりは確実に進歩しているなと、頷かざるを得ない。

 ……もっとも、価格だけは融通が利かないようである。


「トルフェル村中央通りの三番地、店舗兼住宅で120スクエアの裏庭がついております。

 こちらでしたら、契約金が11000アグ、月々の家賃が3300アグでございます。

 ご購入の場合、165万アグとなります」


 示された見取り図を皆でのぞき込む。


 注文通り、大通りに面した三階建ての南向きで、間口の広い店舗とその奥に作業場、二階と三階は住宅部になっており、裏庭は未整備だがテラスがついていた。

 添付のデフォルメイラストから想像する限りでは、このゲーム中ではよく見かけるオーソドックスな石造りの建物である。


「うちよりおっきいね」

「……アキ、こういうのは較べるものじゃないぞ」

「ふーん。

 いいんじゃないの?」


 価格の方は、以前に見せられた店舗・畑付き6LDK───こちらはメインストリートではなく東通りの外れだった───が40万であることを考えれば割高だが、立地も申し分ない。

 家賃も三人で割るなら許容範囲で、予算の面では大きな無理をせずに済みそうだ。


「……決める前に一度見に行くか?」

「うん」

「ではご案内しましょう」


 馬車が用意されて、店主共々現地に向かう。無論、王都の東街区にある不動産屋からは歩いても20分とかからぬ隣村のこと、ほんの数分であった。


「この村に入るのは、こっちだと初めてね」

「俺もだよ。

 ……昔に較べてずいぶん様変わりしているような気もするし、変わらないような気もするな」

「ガイコツダンジョンの村と同じような感じ……」

「農村のカテゴリーだから、基本は似たようなものね」


 王国内ならどこも似たり寄ったりで、《大工》への注文建築でもない限り、外壁が石造りか漆喰に木の柱かが違う程度の、どちらにしても『昔のヨーロッパ風』で一括りに出来る洋館である。


「さあどうぞ、こちらです」

「……えっ!?」


 馬車の止まった横手にあるそれが、入居予定の建物らしい。

 アキが目を点にしているが、三階建ての雑居ビルと同程度の大きさなら、初見の『自宅』としては相当な迫力があるものだ。


「お、大きすぎないかな?」

「こんなものよ」


 両隣はNPC商店と宿屋、向かいにはギルドの支部と、村一番の繁華街なことは間違いない。

 道幅もそこそこ広く、現実に置き換えればベッドタウンの駅前通りと言えるだろうか。


「一階は店舗、奥手は作業場となっております」

「うわっ、がらんどうだ……」

「そりゃあな」


 扉を開けると、何もないフロアが広々と、そして少々素っ気なく寂しい印象で出迎えてくれた。

 作業場と同程度の20スクエア───約40畳の店舗は、四半分を厨房に使うとしても、余裕を持たせてなお20席以上は確保できるだろう。以前の《おおかみのす》とは、比較にならないほど広い。

 この半分でも良かったかなと思わないでもないが、余れば武器防具の展示スペースに宛えばいい。


「……喫茶店は後回しだな、これは」

「予算?」

「レベルもな」


 ルナではないが、納得の行く内装を施そうと思えば相応の金額になるのは当然だった。


 私が作業場での休憩に使うテーブルなら板きれを釘打ちしただけの普及品で十分だが、店で使うならそうはいかない。徐々に買い換えていくのは当然でも、最初だからと安物で済ませるのは流石に安易すぎた。


 評判だけで自然な客足を提供してくれるNPCはともかく、鍛冶仕事同様、プレイヤーから代金を貰って商品とサービスを提供する以上、サンマ並に気を使っておくべきである。


「お二階はこちらでございます」


 厨房の裏手、作業場との間に廊下があって、二階への階段が見える。

 ちらりと作業場を覗けば裏口もあって、そちらから裏庭へと出られるようだった。


「サニタリールームとバスルームは三階への階段の手前、リビングはこちら、奥手がキッチンとなります。

 個室は全室6スクエア、二階と三階にわかれておりますが、ご希望通り10室ございます」


 こちらはまあ、何というか……普通だ。

 現実と違って電装系通信系のターミナルがなく、宿屋と同じく照明のみが『魔法の灯り』とされているぐらいで、特徴的な部分は見あたらない。


「わたしは三階がいいな」

「うん、好きに選んでいいぞ」

「ライカくんは?」

「余ったところでいいんだが、ルナとも相談してそっちで決めてくれて構わない。

 ……一応俺は『男』だからな、気を使う部分も出てくるだろう?」


 個室は全室同じ様な造りで、クローゼット付き6スクエア───12畳と、宿屋のいつもの部屋よりはずっと広かった。

 くつろぐのはリビングの方だろうし、半分でもいいぐらいだ。


「裏庭にも、こちらより直接降りられるようになっております」

「ほう、作業場を通らずに済むのか」

「わっ、螺旋階段だ!」


 降りてみれば井戸と洗い場があり、芝生だけで構成されている裏庭が広がっていた。


 こちらも店舗同様、プレイヤーが好みの草木を植え、あるいは池や噴水、枯山水を配置する事が出来る。

 もちろん、枯山水は醤油や米同様、和風文化を持つ地方で『手に入れる』必要があるだろう事は想像に難くない。


 ……そう言えばコーリング君が帰ってきたという話を聞かないが、彼はまだ、米を探しているのだろうか。


「わたしは現行作の方だと、庭にオレンジの樹を植えてるわ」

「果物! いいなあ。

 お父さん、うちも植えようよ」

「本気で《農業》取るか迷うところだな……。

 あれば出来が変わるんだったか?」

「喫茶店もするライカ君なら、その手もありかもね。

 もぎたてオレンジでフレッシュジュースとか、完全自家製のコーヒーとか?」

「……コーヒーまで行くと、本格的になりすぎる気もするな」


 《農業》は畑も含め、所持条件を満たすレベル1で済ませるつもりだったが、喫茶店の看板に成り得るなら少し力を入れるのも悪くはなかった。

 スキルポイントの支払いコストを考えると、戦闘力や鍛冶仕事の方にまたしわ寄せが行きそうだが……。


「さて、ご満足いただけましたでしょうか?」

「十分に。

 ……契約していいな?」

「うん!」

「いいわ」

「ではもう一度、店の方までお願いいたします」


 馬車で再び不動産屋に戻った私たちは、契約を済ませて『我が家』を手に入れた。


 借家ながらも楽しい我が家……と言うには少々大きすぎるが、ここが私たちの本拠地、ある意味本当のスタートかも知れなかった。




 家が決まれば、次に必要なものは家具などの生活用品である。

 レモンがどうしても必要な最低限のアイテムを買いに行くというので、そのまま商店の並ぶ繁華街へと向かう。


「《金庫》?

 いまはそんなものがあるのか……」

「自宅にしか置けなくてその場にいないと出し入れできないけど、死に戻りの時に減らないようになってるのよ。

 意外と助けられてるかな。

 ソロだと無茶する場面も多いしね」

「うわ、高い」

「死んだらそれどころじゃないわよ?」

「はあい」


 これが1つ1000アグで、ルナの分と貯金箱代わりの共有資金用まで合わせて5個購入する。

 飾り気のない金属の大きな箱には、手回しダイヤルがついていた。

 ドラマで見たことがあったような気もするが、決められた目盛まで左右に回すと開錠出来るそうだ。こちらは鍛冶炉と同じく設置型のオブジェクトで、昼には届くとのことだった。


 あとは一番安かった食卓とテーブルクロス、椅子が四脚、当座の食器などは共用資金から出しておく。

 来客用の備品はまた今度でいいだろう。


 自室の家具などを揃えて行くという二人と別れ、私は王国の株取引所で《ムーンライト・キャラバン》以外の株を全て処分して資金に変えると、鍛冶匠組合に寄った。


「鍛冶炉と精錬炉の設置を頼みたい。

 場所はトルフェル村の大通り三番地だ」


 新居への炉の設置を依頼したついでに、これで対応できるようになる基本の《秘伝》を数種買い込み、私は今日で一旦お別れとなる仕事場の後かたづけを済ませてからルナの店を訪ねた。


 正面にはギルド員募集ポスターの横に、急募と銘打たれた『鍛冶屋開業予定の方、店舗譲ります』という大文字の張り紙が目立っている。


「どうでした?」

「うん、借りてきたぞ。

 三階建て店舗作業場別の10LDK、家賃は月に3300」

「予定通りですけど……張り込みましたね」

「やれやれだよ」


 彼女の分の鍵を渡し、天井を見上げる。

 昼前のこの時間なら、二階の本部には誰もいないだろう。


「当面は何もできないかな」

「新しい鍛冶場は《ロング・ソード》にも対応してるんですよね?

 そっちでしっかり稼ぐんでしょうに。

 ……プラス付きの装備、そろそろ量産出来るんじゃないですか?」

「単に攻撃力が1増えるだけの装備なら、まあ出来無くはないがなあ」


 同じ《ロング・ソード[+1]》でも、クリティカルや付加効果のない単に攻撃力が[+1]されただけの品なら今の私でも作成は可能だし、たまに出来てしまうこともあった。

 しかしその労力や経験値、価格差───素の《ロング・ソード》のNPC売価200に対して[+1]のそれは400───を考えれば、素の《ロング・ソード》を2本作った方が得である。


 命を預ける一本と考えればまた別の意見があるだろうが、駆け出しの鍛冶屋としてはレベルを上げないことには始まらなかった。

 

「レイ君とかフランベルジュ君とか、防具揃えたら次は武器でしょう?

 量産は後々としても、幾つか用意して貰えると、あの子たちも張り合いが出ると思うんですけど……」

「今は並品を量産する方が効率いいし、それが将来、プレイヤーの求める高品質武器に答えるための努力であり近道でもある……っていう言い訳は駄目か?」

「それも一つの答えですよねえ。

 ……今と将来の両立って、ほんと、難しいです」


 まったくだと頷き、私は見台の上に秘蔵のアイテムを並べた。

 最近は鍛冶道具を新しいものに変えたせいか、当たりつきの成功をする確率も徐々に上がっている。

 ルナは胡乱な目つきでアイテムに視線を向けてから、大きなため息をついた。


「ほんと、どんだけ隠してるんですか?

 えーっと、《ショート・ソード[+2]》に《鉄の小盾[+1]》、こっちは《サンジ鉄の胸当て[+1]》……」

「まだ早いと思ってたんだがな」

「どうしてご自分で装備されなかったんです?」

「……装備してたら自分にも作ってくれって五月蠅くなるだろうし、見せびらかしてるみたいでどうもな。

 それに、海岸の洞窟ぐらいまでなら今の装備で十分だ」


 当面は王都から離れて冒険する予定もなく、目的地で困らないとわかっていればこんなものである。

 それに《ムーンライト・キャラバン》のメンバーで、プラス装備に一番近いと思われるのはフランベルジュ達子供組だが、それでももう少し先の話だった。


「それと、基本的に注文製作はしないからな?」

「あらら。

 ……まあ、お気持ちはわかりますけど」

「俺の能力で受けられる範囲なら構わないんだが、いきなりやってきて伝説級の剣を作れなんて言われたこともあるからな……」


 無理な受注はトラブルの元になると、『M2』時代に嫌と言うほど学んでいた。

 出来た物を売る分には価格の問題で済むのだが、依頼となればそちらに傾注せざるを得ず、納期やコストも不定過ぎて仕事にならない。


 特に……基礎となる《秘伝》に大きな能力修正を指定して無理に作成するような、俗に言う『一点物』は、作成の成功率も低く必要以上に資材や労力が費やされる傾向にあった。


「一応……無茶な注文でない限りは受けるけど、まだまだ駆け出しの鍛冶屋だってことは覚えておいてくれ」

「ライカさんは『王都一』の鍛冶屋さんですよ」

「そっちは誰かに譲って、明日からはトルフェル村の一番を目指すさ」


 鍛冶屋の少ない現状への皮肉とも、それでも店を続ける私への賞賛ともつかないルナの褒め言葉に肩をすくめ、私は新居へと戻ることにした。





 新居の前に立ってみれば、テーブル一つない店舗はいかにも寂しそうなたたずまいである。

 開店前倒しの誘惑に駆られるが、やはり鍛冶仕事の安定が優先されるだろう。

 だだっ広いままの鍛冶場をちらりと見てから、私は階段を上がった。


「あ、おかえり、お父さん」

「おかえりー」


 彼女たちは大きくて毛足の長い絨毯を買ってきて、クッションを並べた上に寝ころんでいた。サンマの店にあったような、ちゃぶ台様のテーブルが欲しいところである。


「ただいま。

 俺の部屋、決まったか?」


 買い物は済んだ様子でのんびりとくつろいでいるアキたちに自分の部屋を尋ねると、やはりのんびりとした返事が返ってくる。


「に……」

「……に?」

「二階の北側でいいかなっ?」

「どこでもいいって」


 リビングから見ると右手が北側になる。

 私は旧仕事場から引き上げた椅子とテーブル、簡易ベッドを設置するべく扉を開いた。

 アイテムボックスに放り込んでおけば私物が片付かないということもないので、部屋に置くのは見栄えと実用の両立が……。


「……やられた」


 二階の右手には、一つしか個室がない。


 だが既に、窓際に一人寝には大きすぎるベッド二つの枕とともに鎮座し、小さいながらも品の良いコーヒーテーブルと椅子が二脚、そして何より、金庫が二つ並んでいた。


 つまりだ。

 『私の部屋』は、『レモンの部屋』を兼ねているらしい。




 リビングに戻った私は、たれ目になってとろけているレモンと思い出し笑いを繰り返すアキの様子に反論する気が失せ、黙ってその状況を受け入れることにした。


 壁にクッションをもたせ掛け、胡座をかく。

 明日、コーヒーを置くちゃぶ台を買ってこようと私は決めた。

 現実の自宅と同じく、やはりいつもの位置にいつもの物がないと、なんとなく落ち着かないものである。


「ライカくーん、膝枕して」

「……普通は逆じゃないのか?」

「ほら、アキちゃんもおいでー。

 反対側あいてるよ?」

「はーい」


 なんだかなあと真新しい天井を見上げつつも、これはこれで悪くないと思うことにする。


 仮想空間のリビングは、虚構と現実の境目が非常に曖昧だ。

 モンスターや武器と違い、現実でも簡単に再現出来る。 

 私が壁にもたれてレモンとアキ───千晶に、膝枕をすればいいだけのこと。


 しかし、これは一つの虚構であった。

 ……現実では、千晶は恥ずかしがってそこまで甘えてこないような気もするし、私も照れで渋面を作るかも知れない。レモンもアキが見ている前で、そのようなことまではしないだろう。


 だが、これはこれで。

 悪くない。




 夕方まで昼寝を堪能した私たちは、ルナを店まで迎えに行ってから予約していたサンマの店に出向いた。

 転居祝いの宴会である。


「今日は丸一日休日ですか?」

「たまにはねぇ。

 ルナも休めば?

 根を詰めすぎるのもよくないわよ?」

「買い付けの時にまとめて休むことにしてますよ」

「お父さんは?

 お休みないの?」

「アキたちが帰ってくると休みになるかな」


 明日からは忙しくなるなと大きく伸びをして、《洋食処・まつ風》の戸をくぐる。

 しばらく見なかったコーリング君が戻っていた。


「ちわっす、ライカさん」

「やあ、お帰り。

 どうだった?」

「ばっちりっすよ!

 成果は宴席で……って言いたいところなんすけど、まともなレシピと仕入れには、もう一度おやっさんにご足労願わないといけないんですよ。

 俺はクエストクリアに必要で無理に取った《料理人》、まだLV1っすから」

「いや、最初はそんなものだろう。

 とにかくおめでとう。いよいよだな」

「はい。

 あ、ライカさんも引っ越しおめでとうございます。

 皆さんもどうぞ!

 おやっさーん! ライカさんたち、お二階でいいんすね?」


 カレーライス効果もあって相変わらず繁盛している店内では、数人のプレイヤーが舌鼓を打っている。

 現実ならいつでも食べられる料理でも、しばらく遠のくと懐かしいものになるのは当然だった。


「よう」

「おう」

「あ、ライカさん、いらっしゃいませ」

「エリンさんだ。こんばんはー」

「こんばんは、エリンさん」

「どうぞ、ご案内いたします」


 ハヤト氏の奥方エリン夫人は、こちらの店で店員として働いていた。ちなみにハヤト氏は、私たちの新居があるトルフェル村の農家で見習い農夫として修行中である。やはりこの夫婦、戦いは性に合わなかったらしい。


「どうぞ」

「おおー!」

「随分様変わりしましたね」


 二階の座敷には花が生けられ、ちゃぶ台……もとい、短足テーブルも大きな物に変わっていた。

 これは負けていられないなと、充実振りに鼻を鳴らす。

 だが、続いて上がってきたコーリング君が差し出した皿に、私たちは歓声を上げた。


「あー! おにぎり!」

「なんだなんだ、あるじゃないか」

「さっき賄いでいただきましたけど、美味しかったですわ。

 久しぶりだと、ずいぶん印象も変わりますのね」

「これはただの《塩にぎり》、おかかも梅干しも、まだ先の話です。

 でも、明日っからは定食も《丸パン》か《白ごはん》が選べるようになるんすよ」


 それでも皿に添えられた《カブの塩漬け》とマグカップながら出された《昆布茶》に、そうそうこれだこれと、いただきますをして直ぐさまかぶりつく。

 塩気の中にもどことなく甘い、飯の味。

 感涙でむせぶとまではいかないが、ちょうど二日酔いが抜けた後、腹がからっぽで妙に空いているときに食べるあれとよく似た、実になんともいえない満足な味である。


 次の皿が届くと、私は少し迷ってから茶碗に山盛りの《白ごはん》を追加で頼んだ。





「あたしもそろそろ次の仕入れ先契約に出掛けないと……」

「最近はギルドで忙しいんでしょ?」

「割と楽しみではあるんですけどね。

 みんな、ちょっとづつ強くなってるんですよ」

「うん、わたしたちも明日から頑張らないとね」

「はあい!

 しっかり稼いでくるからね、お父さん!」

「俺も頑張るよ」


 《洋食処・まつ風》からの帰り道、私たちは満腹の腹を抱えてのんびりと帰り道を歩いていた。

 深夜と言うには早いので、街道上で強盗も出るまいと高を括っている。


 新生なった《おおかみのす》も、しばらくは試行錯誤の繰り返しが続くだろうし、喫茶の方はまだその先だった。





 新居では久しぶりの風呂を堪能し、高揚した気分のまま皆でおやすみの挨拶を交わして、私たちはそれぞれの部屋へと分かれた。


「なんか、照れくさいよ……」

「……部屋決めたのはレモンだろう?

 ほら」

「うー……」


 レモンから仕掛けてきたおやすみなさいのキスとやらはともかく、ここで後込みされるのは予想外である。

 かくも女性は複雑なものであると心の中で呟いて、彼女をベッドに引っ張り込む。


「腕枕ぐらいならサービスするぞ?」

「……うん」


 システム的に不可能なのだからそこまで照れんでもいいのにと思う反面、『乙女』なところは微笑ましくもある。


「……」

「……」


 ……ピロートークでもさせられるのかと思っていたが、レモンはそのまますうすうと寝息を立ててしまった。

 満腹に緊張がほどけたのか、それとも……。


 さて、明日は明日の風が吹く。

 無理に起こすことはないかと、私も眠ることにした。




 しかし翌日。

 そののんびりとした雰囲気は破られてしまった。


 レモンたちはもう一日休暇を取ってゆっくりとする様子で、ルナはいつも通り店の方、私は新しい鍛冶場であれこれ試すかと、朝食後にコーヒーを飲みながら駄弁っていたのだが……。


「おーい、大変だあ!」


 店の表から声が聞こえる。

 システム上の防音が切られていることがまずおかしいのだが、その声は聞こえてきた。

 つまり……。


「ルナ、これってイベントかな?」

「そうみたいですね」

「うわっ、何かあるんだ!?」

「ほら、ライカくんも!」


 立ち上がった三人に私もつられ、とりあえず装備をまとって表に出た。


 店はギルド支部のすぐ傍らで、NPCの人集りがそちらに出来ている。

 中心にいるのは王国の騎士で、今から何やら始まる様子だ。


「諸君、国王陛下のお言葉である。

 心して聞くように。


 『先頃見つかった古代の塔を巡り大陸帝国とディアタン皇国の間で紛争が起きたと知らせが届いたのだが、我が国は同盟に基づいてディアタン皇国へと援軍を派遣することに相成った。

 義勇兵の募集を受け付けるので、我こそはと思う諸君はギルドにて名乗りを上げよ。

 諸君らの勇気と知恵は、必ずや我らを勝利へと導くであろう』


 ……以上である。

 なお、義勇兵の募集に応じた者には給与と別に支度金が支払われ、戦功によっては騎士への登用もあることを付け加えておく」


 去っていく騎士と解散するNPCを横目に、ぽんと手を打つ。


 なるほど、これがこのゲームの副題、『《戦乱の向こうに》』へと繋がっていくわけだ。


 ディアタン皇国は先日旅行した隣国で、大陸帝国はそのまた南の大国であった。

 『M2』には別の名前のなんとか共和国があったような気もするが、大国にして帝国と名前が付いてるなどいかにも悪役だと苦笑する。


「ライカくんたちはどうするの?」

「俺は流石に鍛冶屋優先だな」

「あたしもギルド優先ですねえ」

「二人こそどうするんだ?

 チャンスでもあるだろうけど……」


 考え込むアキにちらりと目を遣りつつ、口では鍛冶屋と答えたものの、どうしたものかなと思案する。

 メインストーリーに関わるであろうイベントであり、多少は興味も惹かれるのだ。


「ともかく、ギルドでイベントの要件を見てみましょうか?

 あたしも気にはなりますし……」

「そうね。

 ほら、アキちゃん」

「あ、はい!」


 皆でぞろぞろと支部に向かい、掲示板で要項を確認する。


「あ、ウインドウ出た」

「『義勇兵出撃A』ねえ……?

「あたしの方にはMとギルドクエストって出てますね……。

 この差はなんでしょう?」


 もちろん私の手元にも、ウインドウが出ているのだが……。


<お知らせします。

 クエスト『義勇兵出撃E』とクエスト『義勇兵出撃S』は平行して行われるイベントの為、どちらかひとつしか選べません>


<クエスト『義勇兵出撃E』を開始しますか?

 想定クリアタイムは1週間以上、フラグクエストのためベストクリアタイムは設定されていません>


<クエスト『義勇兵出撃S』を開始しますか?

 想定クリアタイムは1週間以上、フラグクエストのためベストクリアタイムは設定されていません>


「わたしのはAだけど、お父さんは?」

「俺はEとSの二つ出たな」

「二つ!?」

「ばらばらね……」


 何故私だけ二つなのかは横に置いて、大がかりなイベントの発生は、皆がこちらの生活に慣れてきた頃合いを見計らったという風にも取れる。

 新居も買ったばかりでもう少しのんびりとしていたかったのだが、ゲームも二ヶ月目に入り、運営もそろそろ『チュートリアル』が終わったと見ているのか。

 ちなみにEの方は鍛冶仕事での後方支援、Sの方は《狼人族》が発現条件の戦闘クエストだった。




「わたしは受ける気だけど、アキちゃんもそれでいい?」

「はい。

 初めてだから、楽しみですっ!」

「あたしはギルドクエストを受けるかどうか、みんなの意見聞いてからにしますよ。

 個人の方はそっちの様子見てからですねえ……」

「ライカくんは?」

「そうだなあ……」


 三人とは違うクエストネームであり、ゲームの本筋にも関わるのだろうが……。

 レモンたちと同じクエストなら悩まずに選ぶし、二日目にして家を放置するのも寂しい。

 これはどうしたものかなと首を傾げたその時、私の着信音が小さく鳴った。


「期限は明後日みたいだし、しばらく考えてみる?」

 そうだなあ……おっと。

 ……サンマからだ」


 ……わからん。


 サンマのメールには『義勇兵出撃F』と出たがお前はどうするのかと、これまた違う略号のクエストネームが記されており、私を困惑させた。




 ▽▽▽


 おまけ お父さん(とレモンさん)には見せられないわたしの日記帳(65日目)


 ▽▽▽



 休暇中なのでステータスの更新なっしんぐっ!

 あ、でもお父さんはレベル上がって装備も『奥の手』に変えてたかも?




 メインクエストにわくわくだよー!

 明日からはまた隣国のディアタンだー!



 残念ながらお父さん達とはクエストが離れちゃったけど、レモンさんとは一緒に行けるからだいじょうぶ。

 受付を済ませてからわかったけど、わたしとレモンさんの『義勇兵出撃A』は、そのまんまの意味での義勇兵で、お船に乗って戦場に行くんだ。兵隊さんだね。


 お父さんは結局Sを受けた。

 これも兵隊さんなんだけど、特殊部隊なんだ。ちょっとかっこいい。ちなみにEの方は鍛冶屋さんで、

 たぶん何日までに何本の剣を作れとかそう言うののはずで、参加した気がしないからってS選んだみたい。

 ちなみにまりあんちゃんもお父さんと同じSが出たんだって。

 《狼人族》とか《猫人族》の種族スキル《夜目》がクエストの条件だけど、何をさせられるんだろうってお父さんは腕組んで考えてた。……自分で選んだのにね、へんなのー。


 戦闘スキルなっしんぐなルナさんはギルドクエストを選択して、希望者を主力部隊と後方部隊に分けてた。装備も補給も自前だけど、代わりに経験値のプラス補正がつくみたいでちょっと羨ましい。

 主力はレイくんたちで、早速お父さんの作ったプラス装備を買い込んでたよ。


 それから、サンマおじさんの受けたクエストはF。

 おじさんはしばらくお店閉めちゃうみたいで、向こうで会えるかもって言ってた。

 ちなみにコーリングさんはわたしと同じAで前線組。

 レモンさんと同じく典型的なソロファイターみたいで、一時的にパーティー組むならよろしくーって。


 鍛冶場ではお父さんも自分用の装備を頑張ってたみたい。

 わたしも今日はポーションを作れるだけ作ったからへとへと。もうおやすみなさいするよ。

 お父さんとサンマおじさんにコーリングさん、それから《ムーンライト・キャラバン》の主力部隊の全員に10本づつ。

 レモンさんとわたしの分は明日にしよう……。



 ついきー。

 大きなお風呂……じゃなくて、新居のお部屋と分かれるのは辛いけど、がんばらないとね!

 じゃ、おやすみなさーい。


 


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