◆見知らぬ荒野にて
バトル入ります。
※残酷&流血表現有りですので、苦手な方はご注意を。
「わ…っと、とと……」
思わずたたらを踏んだものの、無事に着地…全然嬉しくないけどね。
「あー、もう、酷い目に合ったー…」
元々あんな設定にしているのか、はたまたA.I.の暴走か…どちらにしろ後ほど弟には物申してやらないと。
「はぁ、全く…ここ何処よ……」
草原…と言うより、雑草もまばらな荒野、もちろんマップは白紙。
全く覚えの無いフィールドだけれど、ここしばらくフィールドの新規追加はされていないはずだから、おそらく未踏の隠しフィールドか何かだろう。
「まあ、バグで飛ばされたんでしょう」
万が一にも上級者向けフィールドだったとして、通り抜けるくらいなら何とかする自信はあるけれど…困った事にざっと見た限りで目印になる物が何も無い。
以前に同じように目印の無い砂漠のフィールドで延々と迷った事がある手前、何とかなるさではどうにもならない事は十分身に沁みてわかっている。
さて、どうしたものか…。
行き詰まってふと見上げた空は、雲一つ無い快晴、延々と続くスカイブルーの空。
「…いい天気」
先ほどまでひんやりと湿った霧の中を歩いていた事が嘘のように、さんさんと照りつける太陽と乾いた風。
こんな軽く汗ばむほどの陽気なら、洗濯物がさぞ良く乾くだろうに…。「……あれ?何か…違和感?」
自分で思った事に、ふと、一瞬激しく違和感を感じたものの…どこに違和感を感じたのかがわからない。
別に何かおかしな事を思った訳じゃないのに、何と言えば良いか、こう…ソレ違うんじゃない?みたいな…?
「えーっと………ん?」
違和感の原因を考えようとした矢先に、今度は地面にあきらな異変が。
トットットッと短い周期で地面から伝わってくる…振動?地震の最初にカタカタって来る振動とは違う感じ。
「んー…あ、土煙」
ぐるりと見回せば、まだ遠くの方に僅かにモヤモヤと。
「ちょっと、遠いなぁ…【遠見】」
視界を拡大するスキルを使って眺めれば、濛々と砂煙を上げて突っ走る巨獣とそれから逃げる四名の男女が。
「ベヘモット?なーんだ、中級定番の雑魚じゃないの。あ、でも…追いかけられてるのは初心者か……」
初心者と判断したのは、四人の装備がいずれもお粗末だから。あんな革の鎧とか木綿のローブでベヘモットに挑むのは自殺行為に等しい…まぁ、上級者ならお遊びでやるけどね、革の鎧どころか素手のパンイチで。
「まあ、ここは助けてあげるべきでしょ」
私ですら未踏のフィールドが初心者向けな訳も無く、あの四人もおそらくバグか何かで飛ばされたのだろし。
「帰ったら苦情ついでに弟に報告しておかないと…」 バグで飛ばされたと思われるプレイヤー同士が鉢合わせる確率を考えると…今回はかなりの数のバグが発生してるのだろう事は予想が付くし、弟にはテストプレイヤー的に使われている身だし…。
運良くか悪くか相手は真っ直ぐ此方へと向かって来てくれているので、まずはスキルの【遠見】をOFFに。【遠見】を切らないと近距離の視界がおかしくなるんだよね、さながら双眼鏡が目に付きっぱなしな感じで。
「魔法は…どれでもいいか、どうせ耐性なんか無いし」
タフなだけで魔法への耐性は無し、しかも巨体故に範囲魔法なら多段ヒットするという…見かけの割に残念な相手。中級魔法の一発で倒せる事もあって、1対1ならか弱い魔法職でもどうにかなるのがベヘモット。 とりあえず来たら速攻で一発撃ち込めるように、適当な範囲魔法のチャージを開始…と言っても、スキルの補助のあるお陰でほぼ一瞬で完了。
【詠唱破棄】と【魔力チャージ短縮】便利だよー、必要量の魔力をチャージして対応した呪文を唱え魔法名を言う…の三段階の前二段階が最大で数秒まで短縮出来るんだから。…ま、習得までが果てしないけど。
「さて、もーちょっと頑張ってねー……」
必死で逃げてるだろう四人組さん、上手く此処まで逃げて来てくれるかな…?
「何してるんだ!逃げろ!!」
「早くっ!!」
しばらく待っていると、あちらも先頭の革鎧の男女が私に気付いたようで必死で逃げるよう言いながら走って来る。
もちろん私は逃げないけどね。
「逃げ……!」
「大丈夫、先に行って?」
笑顔でそう言えば、不意をつかれた女性がうっかり足を止めそうになり、男性の叱咤で歯を食いしばって駆け抜けて行った。
そうそう、それで正解。
続いてもう一組の男女…こっちは2人とも魔法職か。男性の方は攻撃魔法使えそうな感じだけど、中級の範囲魔法はまだ未習得かな?
無言ながら心配そうな視線を向けてくるこの2人にも笑顔を向けて、ベヘモットに向き直る。
ダメージ入らないのはわかっていても、極力範囲魔法に巻き込まないのはマナーです。
距離は約50メートル弱…射程範囲内。
「【アース・スパイク】」
ベヘモットの下の地面が何本もの巨大な針状に隆起し、それらに貫かれたベヘモットはあっさり足を止めた。
飛び散る大量の血飛沫…何という見事なスプラッタ。
「…いつの間にこんなグロい仕様に……」
眉をひそめつつも、まだ動いているベヘモットを見て剣を抜く。
アレでまだ倒せていないと言うことは、通常より体力の多い強個体か。
「まっ、とりあえずサクッと片しちゃいましょうか」
ベヘモットの頭上に表示されている体力ゲージはとっくに赤、あれくらいなら素手でも余裕だし…流石に素手はやらないけど。
狙いはベヘモットの首、頭は意外と良く動くから噛みつかれないように位置取りは少しだけ慎重に…躊躇する事無く深めの一閃。
「え……」
ばしゃあっ…と、まるでバケツをぶちまけられたような、生臭く生温かく……。
「なに…これ……は?」
避ける事も出来ず、全身に浴びて…何とも言えない粘りのある物が顎を伝ってポタリポタリと……。
「……っ!!」
ふと落とした視線の先には、ロストせず無造作に転がる、ベヘモットの…首。
何がどうなっているのかを理解した瞬間、私の頭は考える事を拒否して強制的に意識のブレーカーを落とした。