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掌編小説

彼について思うこと

作者: 斎藤康介

「彼を殺したのはあなたね」


 彼女は僕に詰め寄り問いただした。僕は違うと答えた。「断じて違う」と。

 確かに僕と彼は親しく、自分で知らぬところで彼の死に関わっているのかもしれなかった。だが例えそうであったとしても彼の死は自殺だった。彼は誰かに殺されることなど決して潔しとしない。

 彼は自分で自分を殺すことで自らの生を飾ったのだ。それは自己愛のもっともとするところだった。


 彼は常々自身を卑下しナルシズムとは無縁に見えた。だが彼は自分に対し理想的な男性像を求めていた。強く、逞しく、英雄的な人物として。だから彼はそうでない自分に苛立ち、人前では隠蔽し抹殺した。そしてこれこそが最も重要な点であるのだが、彼は自分にそのような精神の作用が行なわれていることに気付かないように努力(・・)したのだった。


 自分の中にある不完全な人間性を(それは彼にとって(・・・)のではあるが)恥じ、それを超克する人工的な人格を無二なものとして扱おうとした。それは目指すべき理想像でなく、そうでなければ(・・・・・・・)ならないものだった。もちろんそんなことが上手くいくはずもない。他人は騙せても、彼はそれを意識しないように努める毎に、その存在は大きくなり、ついに彼は耐えきれなくなり自らの命を絶ったのだ。

 そして彼は弱さとして嫌った彼本来の精神を、自身の抹殺という方法で永遠に消し去った。


 それを止めなかった僕は彼女の言うとおり殺人者なのかもしれない。

 僕は彼を見殺しにした。

 だが、そのことに、つまり彼自身の葛藤にもっと早くから気付いていたら彼を救えたであろうか。これは仮定の話だ、そして自分自身への正当性を確認する作業でもあった。

 僕に彼が救えたか。

 答えは、否だ。僕には彼を救えなかった。

 僕は僕のことで目一杯な、そんな人間なのだ。そして、それに彼は他人に救済を求めていたのか。彼が求めた男性像はそんなことを享受できなかったのでないか。彼の本心は別にして……。

 おそらくこのズレが彼を殺した。しかし、他者()がそれをどうやって気付けというのだ。


 『自殺は成熟した人間が持つ正当な権利である』

 つまるところ彼は自分の苦悩に殉じたのだ。それは彼が好んだ英雄的最後でもあった。

 しかし、と僕は思う。本当のヒーローは苦難に打ち勝つものではないかと、不様でも立ち続ける者ではないかと。


 そう、結局彼は自己愛に殉じたのだ。

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